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* 番外編 一週間 5 




 家に帰り、超特急でご飯の支度。買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、五合炊きの炊飯器をセットして。今夜は舞茸と牛蒡の炊き込みご飯にする。ジェネはこちらの世界の料理にも問題なく……どころかいたく気に入り、和食を希望してきたのだ。野菜を切った時に少し分けておいた物をビニール袋に入れて昆布茶をまぶして揉んで放置。他には? ざかざか切ってすぐに出来上がるメニューで、しかもボリュームって……あれ、なんかまたスピードメニュー?

 豚バラと白菜の重ね蒸しには、生姜を摩り下ろしたものを酒と共に振りかけて蒸す。最後にポン酢をぐるりと回しかけて完成。他にはなすとピーマンの味噌いため、あさりとわかめの潮汁。ジェネが「肉がもっと欲しい」と言うので、漬け込み時間短縮できる薄切りの豚肉を使った生姜焼きを作った。


 丁度いい頃合で炊飯器の終了の合図が聞こえる。

 おかずをリビングテーブルに並べた。うちでは大きなダイニングテーブル置くスペースがないので、床座りになって食事を食べるのだ。このスタイルにジェネは最初戸惑ったけれど、旅を通じで異文化に触れたり、野宿でもなんでも経験しているのですぐに慣れた。お箸は難しいようだけどね。

 ご飯を二膳よそう。ジェネの分は初めからどんぶりで。出かける前にまた五合ご飯を炊かなければいけないな、なんて思ったり。米の消費量はお母さんと翔と三人で住んでいた頃の三倍はある。翔、こちらの世界にいた頃は、普通の男の子の量を食べていたんだけどな(遠い目)


 その間にジェネは冷蔵庫からピッチャーを取り出し、冷たいお茶を用意してくれた。

 大分家電に慣れたようで、特に冷蔵庫はお気に入りらしい。冷たい飲み物――特にビールが気に入り、いそいそと用意する姿は微笑ましい。流石にこれから出かけるとあって控えているけれど、帰ったらまた飲むんだろうな。お母さんが大量に買って置いていたらしく、在庫は沢山ある。


 いただきます、と私は手を合わせ、ジェネは左手を自分の胸に当てて何かを呟く。私のいただきますと意味合いは同じだと言っていた。


 「このコメやショウユを使った料理、あちらで作れないか?」


 ジェネにどんぶりご飯二杯目のお代わりを渡すと、そう聞いてきた。本気であちらでも食べたいなと思っていてくれるのは嬉しい。嬉しいけど――。


 「うーん、自分たち周りだけならいいけれど……生産、製造となるとやりたくないわ」


 一言に纏めるなら、今の私の気持ちは『けがしたくない』だ。

 あちらにはあちらの文化がある。もともとある物での工夫ならいずれ発生するかもしれないけれど、育てる、製造するというのは文化を変えてしまいそうで怖い。

 あくまでも、内々だけで……じゃダメかな? と尋ねれば、そうか、と頷いた。

 

 「ショーコの気持ちはよく分かった。――世界を大事にしてくれて、ありがとう」


 ジェネは、私の大好きな……深い海の底の色をした目を私に向けてほわんと緩めた。色気ダダ漏れだからやめてー!




*****




 「こんばんはー。海野(うんの)です」


 「おお、翔子ちゃんじゃないか。久し振りだな」


 ジェネと連れ立って、自宅近くにある道場に入ると、アキラちゃんのお父さんがすぐに声をかけてくれた。


 「おじさん、お久し振りです。お元気でしたか?」


 「ああ勿論だ。翔君はどうしてる?」


 「あー……元気にしてますよ……はは……」


 翔は小学生の頃から、この道場に通っていた。とても面倒見のいい――アキラちゃんのお父さん――おじさんが誘い、翔の基礎はここで作られたと言ってもいい。「男たるもの」を教えてくれた恩人なのである。

 ……ゴメンねおじさん。あの頃は本当にご迷惑をお掛けしまして。

 とにかく、翔は規格外だった。

 観察力があるのか、じっくり先生の動きを見たかと思えば即自分のモノにして。

 昇段審査は日が決まっているから、飛び級するにも制限がある。しかし制限いっぱいまで毎回飛び級で合格し、最短日数であっという間に黒帯となった。型を見たことあるけれど、まるで一本芯が通ったかの様に縦軸が動かない。頭の位置は水平に動き、手足の軌跡が見えるかのような流れるような美しい動き。組手も観察力を生かし、相手の隙をつくのが非常にうまい。

 これが普段「ねーちゃんねーちゃん」言っている同一人物なのかなと、目を奪われる現実からちょっとだけ逸らしたくなる。

 黒帯にまで昇段した後は、空手の練習には顔を出すものの別の武道にも手を出していた。そしてそのすべてに置いて最高の位まで達するデタラメさ。しかし……大会などの参加は、積極的にはしなかった。『僕は結果を求めない。目に見える結果じゃなくて、ただ強くなりたいだけなんだ。世界を相手に守りたいものがあるからだよ……ねっ?☆』と、青い発言を残したのは後輩達の語り草となっている。


 「お兄さん、待ってたよ!」


 私とおじさんの間に飛び込んできた声はアキラちゃん。空手着に黒帯を締めた姿はとても凛々しい。それこそ幼い頃は本人すら「あたちサルなの!」という程、男の子のように見た目も動きも活発だった。しかし中学生に上がってから徐々に女の子らしくなって、将来空手界のアイドルになるのも時間の問題だとお母さんと話したことがある。

 「折角の容姿の変化なのにまだ中身が伴わない」など、おじさんが嘆くのをご近所さんの立ち話でよく耳にしたものだ。

 アキラちゃんは実に好戦的な姿勢でジェネを組手へと誘う。


 「ねえ! 彼氏さん早速手合わせをしようよ!」


 目を爛々と輝かせて畳敷きの中央へと引っ張っていく。そんなアキラちゃんをおじさんは「待てアキラ。折角だから着替えていただこう」と引きとめ、おじさんと二人更衣室へと消えていった。

 その間、夕食を食べながらジェネと話した内容を思い出す。


 ――ねえ、準備運動とか……あと毎日鍛錬とかしていなくても、維持できるの?


 陸上競技などの運動選手は、一日でも休むと体が鈍る――そう聞いたことがある。しかし私が異世界に行きジェネに会ってからというもの、何か体を鍛えているという場面に出くわした事がない。それなのに緩む事のない筋肉に動きの無駄のなさはどうやって作られているんだろう? 余分な所が微塵もないあの体の筋肉の締まり具合、素肌で触れ合った時の……いやいや! 待って! なに思い出しちゃってるのよ私!

 頬に熱が集中するのを誤魔化す為両手でぺちぺちと頬を叩く私に、ジェネはご飯粒一つ残すことなく食べ終えた茶碗を置いて、お茶を一口啜りながら答える。


 ――いついかなる時も動けなくては意味が無い。何日休んだからといって鈍るような体では、己を守ることなど出来ないからな。


 ひと時も休まる暇がない王太子時代。出奔後の傭兵時代。近衛徴用から今までの騎士時代。隙あらば死という過酷な環境で、緩むわけにいかない緊張感。ジェネはその様な日常に身を置いて培った体力精神力で、今もなお克己心を高めているからこそ、己に絶対の自信を持てているんだ。改めて、自分の愛する人は尊敬できる素晴らしい人だなと胸が高鳴った。


 そして再び現れたジェネに、私は「うわっ」と目を見張る。上背もあり、実用的な筋肉に包まれたその体格で空手の道着を纏うその立ち姿は、一枚の絵画のようでとても美しい。スーツ姿も良かったけど、これはこれでまた……。う、うん。この姿を見られただけでも、アリだったわ。


 「じゃあアキラ、まずジェネシズさんに一通り型を見せなさい」


 父親だけれど、この道場では師範であるおじさんには流石のアキラちゃんも従う。


 「はいっ」


 と、気合の入った返事でアキラちゃんは道場の真ん中に立ち、姿勢を正す。


 「まずは基本型。始めっ!」


 



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