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* 番外編 一週間 1 

最終話で翔からの手紙を読んだ所から始まります。


 翔からの手紙を読み終えた私は、途中時が曲がったという箇所を探してみたけれどすべてが元々曲がっている為見つけられず、あきらめて丁寧に畳んで引き出しへとしまった。


 さて、どれから始めようかな?


 一週間引きこもった部屋をざっと見渡したけど、元々自分一人だったし散らかりようがない。とりあえず洗濯機を動かそうかな。幸い天気もよく、抜けるような青空と心地良い風が吹いているからよく乾きそう。

 そこでふと、手に取ったジェネの上着を見て思った。


 ――ジェネの服、なんとかしないと……いけないわね。


 詰襟の制服はとても似合っているけど流石にこの日本では違和感がある。なにか大きめの服がないか探す。翔は確か一七六センチのMサイズ。ジェネは……う、うん。明らかにサイズ違うよね。目測で一八五センチのLL? LLL?

 筋肉による体の厚みがあるため、私の目測の許容範囲を超えている。

 これは起きたら一緒に買いに行かないと! 

 翔からの軍資金は結構な厚みを持ってその金額を知らしめた。翔のポケットマネーにしては用意が良すぎる。……まあいいか。翔だけに、考えるだけ無駄だわ。

 ジェネの足のサイズもなかなか大きそうで、この近辺の靴屋では……取り寄せ扱いになると思う。一週間しか滞在期間がない。なら、いっそデパートで一揃い整えようと思い至る。

 

 シーツや細々したものを洗濯機に放り込みスイッチオン。トイレ、洗面所、お風呂を掃除し終わったタイミングで洗濯機のアラームが終了を知らせた。チャチャッと干し終え今度は冷蔵庫を開けて在庫をザッと眺める。

 

 わぁ……我ながら終わってるわ。


 ただ口に運ぶだけの、日持ち優先で選ばれたそれらは栄養機能が詰まったゼリー飲料。だって食欲なんてなかったし。

 調味料、米、乾麺などは揃っているから生鮮品を仕入れに行こう。

 財布など入れたバッグを片手に、もう一度ジェネの様子を窺う。そろりと足音を忍ばせて部屋に入るけど気付いた様子はなく、規則正しい呼吸の音が聞き取れた。


 ――少し、痩せたのかな。


 頬の辺りをそっと撫でると、あの夜触れた時よりも若干こけた感じがする。気配に敏感なジェネがここまで熟睡するとは……相当疲れていたんだろう。翔の手紙にもあったように。

 沢山お料理作って、食べてもらわなきゃね!

 俄然やる気が沸いてくる。目にかかりそうな前髪を少し横に梳いて、部屋を出る前にもう一度寝姿を振り返って扉を閉めた。



 地元商店街を久々歩き、靴屋でサンダルを買った。ジェネの足を自分の掌を当てて測り、それに丁度合いそうなのを選ぶ。サンダルならそんな足の形を選ばないし少しくらいはみ出しても何とかなるだろう。

 次いで衣料品のお店へ。大きなサイズはLLまでしかなかった。抱き締めたときの感じを思い出し、服を体に当てて見るのもちょっとその場では恥ずかしく、結局ゴムウエストのジャージをカゴにいれた。下着は……うん、翔のと同じボクサーパンツでLL寸。

 まるで格闘技系の人……や、まあ……それ系の人で通せばいいかな? 外国人選手も多いから、ジェネの洋風な面立ちも誤魔化せる、と思う。

 ひとまず用として、一点ずつ購入。


 同じく商店街にあるスーパーでかなり多く買い込み、肩が外れるんじゃないかと思うほどの荷物になって帰宅した。

 コソっとまたジェネの様子を見たけれど、起きる様子はない。

 なら、うんと手の込んだ物を作っておこうかな。

 あちらの世界ではいつもいつも時間がなかった。――しかも量が半端なかったり。ほんの一ヶ月前のことなのに懐かしく感じちゃうな。

 どんな料理が喜んでくれるかな、と想像しながら手際よく下拵えを始める。

 

 コトコトと煮込む間に乾いた洗濯物を仕舞い、それからそれからと細々家事をこなしていたけどジェネは一向に目を覚まさない。

 一週間だけの二人きり生活。でもジェネの体を休めたいから、起こさずに自然に起きて来るまで待つことにした。


 


 ――ん? もう朝?

 カーテンが架かる窓の、隙間から零れる明るさで夜が明けたことを知った。ぼんやりと天井を眺め、掛布団を外そうと腕を動かそうと思ったら……?


 「……!」


 振り向いたらジェネの寝顔が目前にあった。私の背中を抱えるようなポーズで腕枕、さらに腰辺りにもう一本の腕が絡みつき、完全に密着した体勢だ。


 あ、あれ?

 私確か翔の部屋で寝てた、よね?


 昨晩一緒のベッドに寝る誘惑を断ち切り、翔の部屋の床に客用布団を敷いて寝たはずだった。それが何故か私のベッドの上で一緒に寝ているとは?

 寝ぼけて慣れた自分のベッドに行ったのかな、と首を傾げながら、今だ寝ているジェネを起こさぬようそっと絡まる腕からすり抜けた。


 軽く身支度を整えて台所に立つ。昨日は料理をしながら軽く食事を取っただけだったのでお腹がすいた。んー、何食べようかな。

 ぽっと頭に浮かんだのは、表面をカリっとトーストした食パンにバターを軽く塗ったあの香ばしさ。焼きたてのパンは何であんなに美味しいのかな! じゃあそれにオムレツと、ベビーリーフにトマトを足して。

 ヤカンに水を入れてコンロに置き、お湯を沸かす。その間に食パンをトースターに入れてダイヤルを回し、その流れで冷蔵庫から卵二個と牛乳、トマトとベビーリーフを取り出した。

 冷凍庫からは大体十グラムになるよう切り分けたバターを、保存容器から二つ小皿に乗せた。ひとつはオムレツ用、ひとつはトースト用に使う。

 フライパンに一つバターを入れて火にかけ、溶けるまでの間に卵を別容器に割りいれてほぐし塩コショウと牛乳を入れる。急須に紅茶の葉を入れて沸いたお湯を注いでおき、フライパンの中のバターがシュワシュワしてきた所で卵液を一気に投入!

 

 ちゅーん、と音を立てて一気に香りが広がった。ここからは手際が勝負だ。お箸でとにかく細かくかき混ぜながらフライパンを揺すり、全体に満遍なく火を通していく。半熟状態になったら火をとめて余熱を利用しつつトントンとフライパンを叩いてオムレツの形に仕上げ、お皿にそっとのせた。

 その脇にベビーリーフとトマトを添えて、焼きあがったトーストの上にバターを乗せる。


 「いい香りだな」


 「でしょ? ――うわっ! ジェネ?!」


 ダイニングテーブルに並べ、急須からマグカップに紅茶を淹れた所で急に声を掛けられて文字通り飛び上がって驚いた。


 「ショーコ、おはよう」


 「おはよう、ジェネ!」


 穏やかな顔をして私にうっすらわかる程度の笑顔で挨拶をし、私もそれに笑顔で答えた。すると、ぐうぅ……と鳴るお腹の虫が聞こえた。


 「……ジェネ?」


 「……あまりに美味そうだからな」


 ほんの僅かにジェネの耳が赤く染まり、私は笑いを堪えながら先に手を洗うよう洗面所へと案内した。ついでにトイレの使い方も説明をして。設備をしきりに感心していたジェネは「この文明になれたショーコは、さぞかしあちらの生活が大変だったのだろうな」と済まなそうにする。ジェネが悪いわけではないし、それに私はこれからずっとあちらで暮らすつもりだからすぐ慣れるわよ? と言ったら何故か喜ばれた。


 ジェネの為に今から焼くねと言った途端、盛大な腹の虫がもうひと鳴きしたため今度こそクスクスと笑いながら、並べたお皿の前にジェネを座らせて食事を勧めた。


 「美味しそうだ。ショーコ、いただきます」


 「足りなかったら言ってね?」


 と伝えたものの、三口で食パンが消えたのを見て黙ってトースターに追加のパンを焼き始める。それからのジェネはすごかった。食パンは一斤が瞬く間に消え、オムレツもあっという間に胃に収められた。こっちに来てからあまったご飯を冷凍してあったのでそれを三人前ほど解凍し、ネギ、卵、トリガラスープの素と塩コショウだけの焼飯を作った。一人前は自分用に。二人前はジェネに差し出し、それでも足りなそうですぐに出来るカップラーメンを一つ取り出し、ちょっと考えてもう一つ封を開け湯を注ぐ。

 それも食べつくした所でようやくジェネの食欲は落ち着いたようだ。


 「美味かった、ショーコ。まともな食事を今まで取らずにいた為、つい食べ過ぎてしまった」


 三杯目のお代わりした紅茶を飲み、人心地ついたジェネが私に礼を言った。


 「やだ、いいのよ? 私はジェネに食べてもらうのすごく好きだから」


 食後のお茶を飲むジェネの向かいに座ってようやく焼飯を食べる。先に食べてしまって悪いとジェネは謝るけれど、食欲大王の翔で慣れているし、それに。

 あー、なんか幸せ! 慣れ親しんだこの風景にジェネがいるってだけで心が喜びに満ち溢れる。


 「あ、そうだ。あのね、今日ジェネの服買いに行こう」


 「服?」


 「うん。翔からお金も預かってるの。だから遠慮は要らないわ」


 「翔からか。ならば遠慮なく使わせてもらおう」


 

 私が食事を終えるまでの間に、お風呂に入ってもらうことにした。使い方を説明し、熱い湯が自動的に出て、ある範囲だけ雨の様に降りそそぐのかと不思議がりながらも使用方法は理解したらしい。着替えとタオルを置いて、私は食事に戻った。


 「着方はこれでいいのか?」


 タオルで髪をガシガシ拭き上げながら出てきたジェネは……ありえないほど格好良かった。元々見せる筋肉じゃなく、実用的かつ身長とのバランスが大変よろしい。パツパツなジャージはやっぱりLLLだったかなと思うけど、より一層男としての色気が強調されて『これはこれでよし!』と妙なテンションになってきた。何より顔立ちがとてもよく、更に王族の血を引くからか気品が滲み出ている。だけど近衛騎士団七番隊隊長としての凛々しさ、そして無表情さが少しだけ人との距離を開けさせる。

 でも、私に対してだけはその距離を感じさせないんだ。

 その事実が嬉しくて、つい正面からぎゅっと抱きついてしまった。


 「えへへ。ジェネ?」


 「どうした、ショーコ」


 どうしたといいながらも、ジェネは目を細めて私の髪を指で梳いてくれる。あまりに心地が良くてスリスリと頬を寄せると、何故か困った声をあげた。


 「ショーコ、今日は出かけるんだろう?」


 「? うん、そうだけど」


 「であるのならば……。一緒に例の物も買いに行かねばな」


 「例のもの……あっ!」


 何のことか分からず、だけど瞬時に理解した私はあっという間に頬が熱くなる。そんな私の頬を両手で挟んだジェネは「あまり触れると俺の我慢が利かなくなる。だがせめて……」と言って私の唇に軽くキスをした。







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