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終わりから始まりへ


 どのくらい抱き合っていただろうか。

 お互いの温もりと匂いに包まれて幸せを噛み締めていたけど、私の耳は朝刊を配るバイクのエンジン音を拾った。


 ――――え……と。今って早朝なのかな?


 時間を見ないで寝たり起きたりを繰り返していたから、外が少し明るいとか全く気付かなかった。

 やだっ! あの新聞配達は確かこの棟にも来るのよね!

 とにかくジェネには家に上がってもらい、話を聞きだそうと玄関の中に引き入れてドアを閉める。しかし部屋に上がる所で、何故かジェネが少し戸惑う様子が見て取れた。

 あっ、そうか! 異世界!

 今更ながらに違う文化にいたんだなと実感させられた。私もあちらに行ってすぐは電気がないとかトイレは……など戸惑ったのは身に覚えがある。

 まず靴を脱がせ、リビングへと案内した――案内するといってもそこは日本のアパート。数歩もすればたどり着く。ジェネの大きな体がこの空間にいるというのがまず不思議で仕方がない。一人だと広く感じたこのリビングはやけに手狭に感じた。


 ソファーにジェネを座らせ、台所に行きヤカンに水を入れ火にかける。沸くまでの間に棚に置いてある瓶を幾つか取り出した。

 ジャーマンカモミールと、レモンバーベナ、ほんの少しラベンダーとペパーミントを足そうかな……?

 ドライになったハーブを目分量でザザッと急須に入れて、沸いたお湯を注ぎいれる。少し残ったお湯はマグカップに入れて温め用にした。


 淹れたハーブティーをソファーの前にあるリビングテーブルに置き、ジェネを改めてよく見ると……あれ、少し痩せた? それに、顔色が幾分悪いような。 

 ジェネは興味深そうに室内へ視線を彷徨わせていたけれど、私が隣に座ったら緩く口の端を上げて腰を引き寄せ密着の体勢をとった。


 「わっ」


 「ショーコ、待たせてすまなかった」


 私の腰に手を回したまま、ジェネは私の頭に頬を預けた。

 心からそう思っているのが伝わり、私は塞ぎこんでいたこの一ヶ月の自分はあっという間にかき消される。ジェネに会えただけでたちまち浮上できる自分って現金なものだな、と心の中で苦笑した。


 「ううん、ちゃんと来てくれたから。それだけでもういいわ。でも、どうしてジェネが来たの? 翔は?」


 あの時確かに翔は「迎えに行くから」と言っていた。翔なら直ぐにでも来れそうなものだし、そもそもジェネは『扉』をひらけない。――来てくれたのはとても嬉しいんだけど、どうしてなんだろう?

 そう尋ねる私に、ジェネはマグカップを手にとり一口飲んだ。


 「詫び、だそうだ」


 「詫び……?」


 「ああ、俺は一週間休暇を貰いこちらで過ごす事になった。社会見学、といったところか」


 え、と……?


 「最終日に翔は迎えに来るそうだ。ロゥの回収もかねて、な」


 ロゥの回収?! えっ、何やっちゃったの翔!

 ギョッとする私に、ジェネは視線を遠くにやりながらその時の話をしてくれた。


 ――翔子が消えて、即座に俺は翔に迎えに行けと迫ったが、ラスメリナに戻らねばならない翔に『一週間待って!』と懇願され不承不承ではあるが待つことにしたんだ。ラスメリナの国内もまだまだ落ち着かず、在位三ヶ月の翔は対応に追われているようだ……あの不思議な力も温存しておきたいのだろう。

 イル・メル・ジーンが召喚を行っても良かったが、それこそ準備に一ヶ月は掛かる上、当人が面倒がって実現できなかった。

 ようやく約束の一週間が経ち、現れた翔は少し生気がなく、いつもならば突然現れるのに竜に乗ってやってきた――それほどに余裕が無かった様で……文句も無理矢理飲み込んだ。『扉を開けるのは一日三回までが限度』と言っていたしな。ショーコを呼ぶのならばこの地……レーンで行った方が手間が省けるとの弁だ。


 そして……ああいや、ここからの話は脱力以外何物でもないんだが……。

 『扉』を描いた翔は、いざ自ら飛び込む段になって――――クシャミをしたんだ。あ、こら呆れるな。待て、とにかく続きを聞け。

 そのクシャミの反動で『扉』があさっての方向に飛んで行き……たまたま俺を呼びに来たロゥに当たって……どうやらこちらの世界に飛ばされたようだ。

 


 あまりのありえなさに一瞬言葉を失い、はぁ……と私は大きく溜息を一つ吐く。

 ウッカリにも程があるだろう!


 「つまり、翔のクシャミでロゥはこちらの世界に?」


 ああ、頭が痛い。


 「そう……らしい。座標は合っている様なので、この近くにいる事は間違いない」


 ゴメンねロゥ。とばっちりもいいところよね。

 私はすっかりぬるくなったマグカップを手にして一気飲みする……心の中で『ウッカリ翔』を知ってる限りの罵詈雑言を浴びせ続けながら。

 うん、まあロゥならばかなりシッカリしているからこの世界でも大丈夫だとは思うけど。むしろ私が動かない方が、ロゥは自力で見つけてくれる気もする。


 「それで? もう一回『扉』を作ることは出来なかったの?」


 あと二回は出来ただろうし、食事や睡眠さえ取れれば回復すると聞いたことがある。そう尋ねると腰を抱く手とは反対の手が私の頬をなでた。


 「自国の統治の為に力の余分は出せないそうだ。カケルはカケルだけれど、ラスメリナにとっては唯一の王なんだ。あいつもその辺りは自覚があるのだろう。

 失敗はしたが、厳しい情勢の中無理矢理時間を作って来たカケルに無茶はさせられない――俺だけの願いだったら何が何でも押し通したが、隣国である以上外交にも影響が出るだろう。今更それは避けたいとの思いもあり……翔子とロゥが結果的に後回しになってしまった。本当にすまない」


 いいのに。

 ジェネが謝る事じゃないし、ウッカリしずぎな翔が全部悪いのに。


 「待つ、というのは本当に辛いものだな。やれる限りの仕事をこなしていたら仕事が尽きてしまい……訓練に精を出せば団員どもは直ぐに音をあげ……」


 ああ……前にバッツが言ってたな。ジェネは隊長としてとても厳しい人だと。いやそんな綺麗な言葉じゃなかった、確か『訓練の鬼』……近衛騎士となるほど実力がある団員が根をあげる程って、どんだけしごいたのやら。

 食堂に集まる面々を脳裏に浮かべ同情した。


 私の頬をなでるジェネの手が背中に回され、ふんわりと抱き締められる。顔は私の首筋に埋められ、息が当たる度背中が甘く疼いた。そのままの体勢でジェネは再び口を開く。

  

 ――翔がやっときた時に、団長……ああいや、いまは大将軍に代わったのだが、俺は一週間の謹慎を命じられた……部下を虐げた罰とやらで。

 自室を出ないのが条件。俺には気の狂いそうな罰だったが、リィンどのが耳打ちで補足をしてくださったんだ。

 ―― 一週間、翔子のところへ行ってらっしゃい。休暇をあげるわ、と。


 「そうして、俺はここに送られたんだ」


 言い終えたジェネは、耳に心地いい低音で語り終え、私を抱き締めたままソファに仰向けになった。ジェネに圧し掛かった様な格好になり、私はあたふたと声をあげた。


 「ちょっと、ジェネ?!」


 「すまないショーコ。……安心したら、眠気が……」


 「あああ、ここじゃ駄目よ! 私のベッドに!」


 顔色の悪さは睡眠不足のせいだったのか? すでに半分寝ているようなジェネから降りて無理矢理腕を引っ張り起こし、私のベッドに誘導する。途中「手紙が……」とジェネが呟いたけどそれきり黙ってしまった。ちょっと! その先きになるじゃないのよ!

 皺になるといけないから制服を脱がせて、ズボンは……そのままにして寝かせた。流石に枕を使うと足が少し飛び出る。

 横になった途端すうっと寝入るジェネを見て、なんだか自分の心が浮き立つのを感じた。


 ジェネが私のところに。

 そう思うだけでモノクロだった世界が途端フルカラーに見えるのだから。


 私の部屋の窓はそのままに、リビングやあちこちの雨戸とカーテンを開ける。途端爽やかな朝の空気が、鬱屈とした空気を一掃していった。

 よし、ジェネの目が覚めるまで掃除と、洗濯と、料理の準備をしよう。それからそれから……。ほんの少し前の自分がウソのように心も体も身軽に動く。

 さて家事を始めようと先ほど飲み終えたマグカップを片付ける為、リビングテーブルに行くとその下には手紙が落ちていた。

 気付かなかったけど、どうやらジェネが落としたらしい。そういえば手紙、って言ってたわね?

 テーブルに置いておこうと手に取ると、そこに書かれていたのは――。


 ―― ねーちゃんへ


 翔からの手紙だった。

 え、私宛? ちゃんと汚い字ながら日本語で書かれたそれは、確かに翔から私に宛てた手紙だった。これを渡そうとしてたのかな。

 私宛ならば開けてみても問題ないだろう。封はされているけどよっぽど慌てていたのか封印も折り目もずれている。

 中身を取り出し広げると。


 「……」


 ――うぅっ。よ、読みづらい……!


 ミミズののたくった様な、『翔フォント』で書かれたその文字を読むのはなかなかに骨が折れる。しかし長年この文字に付き合ってきた私は、なんとか初見で解読できた。




 『――ねーちゃんへ。


 おまたせ! やっとジェネをそっちに送れたー! いやホントごめんって。多分ジェネが伝えたと思うんだけど、ラスメリナってあの時相当ヤバくてさ。内乱もあったし三方国土を隣国に囲まれてて、レーンはもう大丈夫だけどあっちもこっちもチョッカイ出されててさー! いや参ったよ。今はちょっと落ち着いたから、ようやく迎えにいける。


 僕は出来る限り力を使いたくない。

 それはこの国の将来の為でもあるから。


 ユーグと、それに信頼できる臣下もボチボチ増えてきて、徐々に任せているんだ。その調整が正直きつくて……ねーちゃんを結果的に放置することになっちゃって、ほんとごめん。

 

 一旦落ち着いた時を狙ってレーンに行ったんだけど、ちょっと失敗しちゃってさ! ちょっとだけウッカリ……何だっけな……ああ、ろーね、ろーと言ったかな? あいつ日本に送っちゃったんだ。聞いた?

 座標は間違っていないから自宅前に着くと思うんだけど、もしかしたら『運命の~』がいてそこに落ちてたらもう分かんないよズレちゃうから。ま、ねーちゃんを僕が迎えに行ったときちゃんと探すから大丈夫! ……多分。


 あーもうジェネが急かすから字が曲がっちゃったじゃんか!


 そうなんだよ、ジェネったらさ! 自分じゃ絶対言わないだろうし日本語読めないから手紙にしちゃうんだけどね? 

 ねーちゃんが消えてからそれはそれは……荒んでたらしいよ。僕も後から耳にしたからアレなんだけど、何かを振り払うかのように事務処理に没頭し、それが尽きれば騎士団でのシゴキに明け暮れて。脱落者多数で中には泣き喚いて止めるよう懇願した人もいたって聞いたよ。超怖いってそれ! どんだけだよ!

 しかもさ、ベッドで寝ないらしいんだ。ほぼ不眠不休体勢でずっと執務室に詰めて、限界が来たらスイッチが切れたように椅子かソファで寝て、でもまた直ぐに起きて執務に取り掛かるという鬼気迫る状況だったみたいよ。そりゃ周りみんなガクブルだよね!


 あー……なんか悪い事したよね、僕。

 しかも一回失敗して、結局一ヶ月待たせちゃったもんね。反省してるって!


 そんなジェネを見ていられないって流石にとーちゃんが心配してさ。とーちゃんもちょっと父親として複雑な気持ちだったけど、ねーちゃんとジェネが想いあっているの……ちゃんと分かっている。

 どんどん憔悴していくジェネに休暇を取らせようって事で、ねーちゃんの所に送ることにしたんだ。

 ほら、こっちにいるとどうしても仕事があるからね? 無理矢理切り離そうって。

 だから、一週間だけどジェネの異世界体験楽しんでね。


 あー、ジェネが刀に手を掛けてる! 早くしろってことらしいよ。焦るなってば!


 まあとにかく。

 僕はさ、こっちに来てジェネに会った時から確信してたんだよ。ねーちゃんの相手はジェネしかいないって。僕が認めた相手だから間違いない。だから召喚したときにジェネの所に落ちてくれて――メチャメチャ嬉しかったよ。確信が現実になったって。

 いやー、さすが僕! そっち行ったら褒めてね! そんでもって、ご飯食べさせてー!


 うわー、なんだろ、背後からおっそろしー気配がするわ。首筋スースー寒気するわ。じゃこれからとにかく送る!

 滞在費っつーかジェネにかかる費用、僕の部屋の引き出しにあるからさ、それ好きに使ってー。


 じゃ、また一週間後に!




   翔』


 


*****




 それから、あっという間の一週間が過ぎていく。


 あちらの世界と全く違う文化に驚くジェネと、蜜月と言っていいほどの時間を過ごした。

 初日は丸一日ジェネは寝ていて。その後三日程二人で部屋にいたんだけど、流石に人としてどうよ! とジェネをたしなめて、ちょっと近所を散歩することにした。体のアチコチが痛くて(謎)長い時間は無理だったけど、なんてことはない日常風景にジェネと歩けるのが楽しかったり。

 そうして、次の日も人生初のデートなど楽しんだ。

 

 六日目はちょっと電車乗って遠出して。夕方私が一人で買い物をしていたら、なんとロゥが声をかけてきた。自力で私を探し出すなんて、流石ね、ロゥ!

 丁度明日翔が来る事を伝えると、何か辛そうな面持ちで「分かりました」と踵を返した。一体何があったのか知らないけれど、ロゥなりに異世界の一ヶ月を過ごしてきたのだから、思う所があるのだろう。


 七日目。ロゥがあの表情をした意味が分かった。ロゥの傍に寄り添う女性……あの人の所に『落ちた』んだね。

 私は早く『扉』を使えるように頑張るから、と宣言し――――。


 

 「お待たせー! あれっ?! どうしてろーがいんのさ!」


 私たちの目の前に現れた翔は目を丸くして驚き、私とジェネは顔を見合わせて笑った。





 これから私は精霊姫として。

 そして『扉』を開く者として――――「世界を翔ける!」

 

 




2010年10月7日~2011年6月9日

大体8ヶ月もの間に渡り書き続けた「世界を翔ける!」

これにて完結となりました。

ひとえに皆様のお陰です。本当に有難うございました。

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