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全員が席に着き、ルネが美味しそうな香りを漂わせた茶を配り終え部屋を退出したのを機に、マルちゃんが一人立ち上がって挨拶をする。
「皆のもの、今回は私的な集まりなので他言は無用だ。先に紹介したとおり、宰相には再びこのダーリスを据える。そして大将軍はアルゼルに任せたい。承諾、してもらえるか? そして――どうか未熟な私を支えて欲しい」
マルちゃんは徐々にではあるけど自分がこの国の「王」である自覚が出てきて、とても頼もしく感じる。奢ることも無く、出来ない事は素直に物言えるし意見を謙虚に聞き入れるのは大変貴重だと思う。その感覚は皆が感じ取っているようで、これからの成長が楽しみの一つとなった。
「ハハハ、王よ。今この場では構わないが、公式の場でその様な弱腰では困りますぞ! な、ダーリス」
「そうですとも。我々はディエマルティウス様を支え、そして構造腐敗のおきた内政や外交を立て直すのに久々腕が鳴っております。是非とも王には見た目だけでも堂々となさっていて下さい」
と、茶目っ気たっぷりにダーリスさんはマルちゃんに笑顔を向けて、役を受け入れた。
うん、肩の力を抜けさせるの上手だね、ダーリスさん。マルちゃんのこわばった表情が緩んで、少し緊張が解けたようだ。
「では私から少しお伝えしたい事があります」
母親がその緩んだ空気の間に入り込んだ。
何を言い出すのか? そんな怪訝な顔で皆が母親に注目をする。その視線を浴びて一つ頷くと、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「えー、私の次の精霊姫ってのが、実はここにいる翔子なのよ」
「は?」「え?」「まさか……!」それぞれの驚きの声が一度に上がり、それはそのまま私に向けられた。
「翔子、本当なのか?」
父親からの問いかけに、黙って小さく頷いた。
「血縁者からってのは過去帳調べたけれど、そうそう無い例よ?」
イル・メル・ジーンが真っ赤な羽扇をヒラヒラ仰ぎながら言う。この場で先に知っていたのは母親と翔とイル・メル・ジーンと……精霊姫になる事に背中を押してくれたジェネだけだ。
「確かに、翔子がこの城に来てから天候が安定しているとは感じていたが……」と父親が言うけれど。うっ……多分それ、ジェネが私にキスしたりして私の感情がワーっとなったからだと思うのよね。
だけど感情とか契約内容とかそんなのは絶対口が裂けてもいえないわ!
お腹の中にいた時にはすでに次代に決まっていた事や、耳に彩る六つの宝珠を見せて「つまりこういう事になりました。よろしくお願いします」と一同に向かってぺこっと一礼をした。
精霊姫となるのは、きちんと心を決めた結果。だけど表舞台に出るのはちょっと……出来れば謎の人という事にして欲しい。そんな私の勝手で我儘な願いをマルちゃんは許してくれた。
やけにアッサリ了承してくれたな、と理由を聞いてみたら。
そもそも精霊姫だった先代の母親は、色々元気すぎた為に(随分遠まわしな言い方だね)表に出てきていて、更に戦争という一大事があった。だからなおさら小説の主人公となりえたらしいんだけど。
それまでの精霊姫は、なんというか……存在だけでよかったらしく、どこかの宮にただ囲われているだけで一生を終えていたようだ。特に表に出ることもなく、王の公式な謁見などの折に傍に仕えるだけの存在だった。うぅ、私が目立つのは嫌だと思うキッカケはただ母親のせいか!
まあ……謁見の折もベールやフードをつけてなら、いてもいいかな? なんて思えた。
ジェネはそんな私をほんのり口元を緩めて温かく見守ってくれていて、応える様に私も視線を絡ませた。
「ひゅーひゅー」
場違いだし死語だし……って、翔っ!
「お熱いねぇ! いよっ、お二人さんっ!」
「こらっ! んもうっ」
椅子を倒さんばかりに立ち上がって翔の口を塞ぎにいく私をよそに、当時戦友だった両親とダーリスさん、セイベンさんの四人は、久し振りに会ったとも思えぬ気安さで会話が進んでいた。
「ふ、複雑な父親心というのは、こんな感じなのかっ……」
「アルゼルよ、どちらもお主は大事に思っているのだから丁度いいのではないか」
「しかしいや娘が……娘がっ!」
「温かく見守ってやるのが父親だぞ」
「あきらめなさいよアルゼル。私がいるじゃない」
「リィン!」
「あの様子じゃ孫が早くできるかもしれないわね? アルゼル、『娘の父親』実感する前におじいちゃんになっちゃうー!」
「……!」
「リィン、それくらいにしてやらんか。みよ、アルゼルの顔色がおかしくなっておる」
「ま、茶でも飲め」
そしてもう一方はマルちゃんとイル・メル・ジーンとジェネが。
「兄上……ウンノ、と、恋仲なのですか」
「ああ。やらんぞ」
「こらジェネってば意地悪しないの! ねえマルちゃん良く考えてごらんなさいよ」
「マルちゃん……」
「あら非公式ならいいでしょ? 可愛いわ、この呼び方。でね、実はウンノちゃんて二十三歳なのよ。だからウンノちゃんにとってはあなた弟としか思われてないのは確実。……でもよ? 家族となれるなら、どう?」
「か、ぞく?」
「そうよ! マルちゃんの大好きな兄上と一緒になってくれたら、義姉上って呼べるのよ?」
「……あねうえか。それはそれで……いいな」
頬をほんのりピンクに染めたマルちゃん……って、ちょっとちょっと待ってよ話進みすぎてない?
私の気が逸れたのを気付いた翔は私のバッグを手にして、書状を取り出した。
「あーこれこれ! ……うっわ、よかったコレそんなにマズい事書いてないや」
「どんな事よ!」
「いやーほらさ、書いた時はここまでアレとかそこまでソレなんて思ってなかったからさ!」
「アレとかソレってなによ!」
「ラスメリナ王から私への……ああ、前にウンノが言っていた書状だな?」
書状の中身を広げて一人ウンウンと頷いていた翔は、興味が湧いたらしいマルちゃんに「お? 見たい? いいよー」と――――ぽん、と渡した。
「あ」
私を中心として――――空気が歪む。
「えっ?!」
何が起こったのか視線を彷徨わせた私は、マルちゃんの手にする物を捉えた。
「しょ……」
書状! そう、それは召喚の契約条項であって……満たされると私は――え、え、こんな急に?
「ショーコ!」
渦巻く密度の濃い空気が厚い壁となって私の周りを阻む。切羽詰ったジェネの声やみんなの声が……声だけが私に届く。
でも私はただ一人だけの声を、喉を枯らさんばかりに叫ぶ。
「ジェネー、ジェネーーー!!」
私の足元には半径一メートル程の円が幾何学模様を描いて鈍く光る。そこから螺旋状に濃密な気配が上昇し、私のスカートの裾がはためいた。
すでに人影すら見えなくなり、それでも手を伸ばすけど見えない壁に阻まれる。無理だと分かっていながらも、その壁を力いっぱい叩いて――せめてひと目、せめてジェネと一言でも会話したかった。
「ねーちゃんこれーっ!」
ボシュっと音がして、私のバッグが外より円の中へ放り込まれた。翔が何かしらの力を使って無理矢理ねじ込んだようだ。歯の根も合わぬほど震える私は、突然すぎる展開に恐慌に陥り両手でぎゅうっと縋るようにしてバッグを抱きかかえた。
「ねーちゃんっ! 迎えに行くから待っててー!」
パパパパパッと閃光が煌き、そして――――。




