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扉を開けて室内に入ると、ジェネシズさんは書類らしき帳面から顔を上げた。私とサーラさん、そして後に続いたユーグさんの姿を認めると、再び帳面に視線を落とす。
「ユーグが来たということは、あの件は通ったと理解していいのか?」
「勿論です。国境近辺までとなりますが、ある程度時間は稼げるでしょう」
「流石ですわユーグ……」
ウットリとユーグを見つめるサーラは放っておこう。もうこの際呼び捨てでいいや。
こみ入った話をしている二人だったけど私にはさっぱり分からないので、先ほど食事をしていた時に気になっていたことを確かめようと思う。
部屋の片隅に置かれた、一抱えもある大きさの――私のバッグだ。
こちらの世界に呼ばれた際、無くした物だと思っていたけれど、どうやら一緒にたどり着いたらしい。せっかくなので、中身を確認して、この世界で使えそうなものを別けておこう。
そこで今の服装を思い出した。
あまりに自然に着ていたから忘れてたけど、私スーツのままだ! ううっ、明らかに異世界人とわかるよね……悪目立ちしすぎてしまうわ。
でも、いざ着替えるとしても、手持ちのTシャツにデニムパンツは違和感がある。うーん……と考えてみたものの、自前では無理そうなので後で相談することにしよう。
次にバッグの中身を占めていたのは雑貨だけど、シャンプーやリンス等は寮の物で済ませていたし、化粧品は、もともと数を絞った薄化粧しかしないため、ポーチはかなり薄い。後は、手帳、鏡、スマートフォン、財布、腕時計、ハンカチ、ティッシュ、ガムとタブレット。
うーん、この世界で役に立ちそうなものは無いかもしれない。
せっかくこちらの世界にこれたのなら――そうだな、スタンガンとかさ、エアガンとかさ、持っていたら逆にどうなんだろうみたいな。って、職務質問なんかされちゃった時大変だけどね!
とりあえず、スマートフォンの電源をオフにしておこう。携帯バッテリーも一緒に持っている。これは防災用にいつもセットで持ち歩いていたものだけど、ここでは使う場面なんてなさそうだけど……でも、写真撮りたいな。チャンスがあったら、こっそり試してみたい。
さて、どれを持って行けるかな……と悩み始めたところで、ジェネシズさんが声を掛けてきた。
「ちょっといいか? これからの旅の事での話を詰める」
「はいっ」
そういって、ジェネシズさんは先ほど見ていた書類を手に取り、確認するように声に出す。
「まず最初に。これよりカケルの姉君を『ウンノ』と呼ばせてもらう。『カケル』の名は知られているが姓までは認知度が低いからだ」
「はい」
「それから、女性一人を我が隊で同行させるのは不都合が多い。男装し、私の従者として付いて来てもらうことになる。カケルの姉と言う事情を知るのはここに居る三人とカケルだけだ。サーラにはそれについての支度をしてもらう。それから、ユーグについて。ユーグはカケルの補佐をやっている。事務処理が主な仕事だ」
話を振られ、ユーグさんは私に向かって丁寧に礼を取った。
「カケルはよく『人には向き不向きがある!』と、そういった仕事から逃げますからね。私が大体処理をして、どうしても判断が必要なものだけ判断を仰ぎます」
「すっ、すみません!」
恐縮ですホントすみませんウチの翔が!
「ジェネ、それには何が書いてあるんですか?」
「ああ、カケルからの注意事項が書かれている」
書類を覗き込んだユーグさんは、「相変わらず悪筆ですね」と苦笑してた。なんでも、召喚における再構築でも流石に文字を書くという所までは及ばず、カケルはこの世界の字を学び始めてやっと幼児並みに書ける様になった所らしい。だけど、元々あいつはミミズがのたくったような判別しずらい字なので、たとえこの世界で字が書ける様になったとしても悪筆のレベルは変わらないだろう。
なかなか読み進めることが出来ないジェネシズさんは、眉間に皺を寄せて解読している。
その表情に、私の視線はくぎ付けとなった。鉄壁の無表情と思ったけれど、わずかな変化を見せ、それを見つけた私は、なぜか胸が高まった。
翔の悪筆も、こういう表情引き出せるなら悪くない。