5 宴会家族
「大体そんな脳内万年花盛りの人に言われたくありませんね」
「ほう、それはそれは。心も体も満たされるのを知らぬとは悲しいな」
「不要ですよ面倒な」
「愛でる心が無いとは……もっと心に余裕を持て」
「余裕持ちすぎて下半身がだらしない人と一緒にしないでいただきたい」
「なんだとこの冷血家!」
「色情狂!」
「棒切れ!」
「筋肉ダルマ!」
――なんなのこれ。
ハルとロゥが争うように杯を重ねながら、舌戦とは言いがたい、なんとも低レベルな争いが目の前で繰り広げられ私は呆然と立ち尽くす。
ハルは両手に目麗しい女性を腕に抱えて左右の膝に据わらせ、その周囲にも様々な職種の女性(たまに男性も)ぽぉっと頬を染めて見入っていた。す、すごいよハーレムだよ。まさにここにハーレムがあるよ! 男女の垣根を越えてハルは魅了しつくしている。破壊力抑制眼鏡も今は外され、色気がダダ漏れだ。ああ、部屋の片隅にはその色気に当てられた人が何人も倒れている……公害レベルだよ!
対してロゥといえばその冷徹にみえる水色の目をすうっと細めながら、武人にしては細い体を椅子の背に預け足を組み、およそ普段の姿からは想像つかない低次元の口論をハルに対して展開する。
わー……見ちゃいけないもの見てしまったような。回れ右して移動しよ……
「ウンノ! こいつを少し鍋で茹でてくれ! 少しは血が通うだろうからな!」
「ハハ、そちらこそ、その苔みたいな色の髪を桃色に染められるがいい! なに、常春な脳内と同じで分かりやすかろう」
やめてー! 巻きこまないで私を!
なにこの二人、実は相当仲が悪いの? だけど口から出るのは小学生レベル。くだらない言い争いにどうやって仲裁したらいいものか困っていると、助け舟が来た。
「あんた達いい加減にしなさいよ? この酔っ払いが! ウンノちゃん困ってるじゃない」
イル・メル・ジーンが片手に葡萄酒のボトル、片手に杯を持って現れた……って、説得力ないよその姿!
手酌でトトトトッと注ぎ、それはそれは美味しそうに飲み干すイル・メル・ジーンは、とてもハルと同じ年に見えないし、男とも思えない絶世の美女っぷりだ。いや、ハルもそう言う意味では年齢より割と若く見えるので……結局規格外なんだよね。並ぶと目麗しい二人なのでお似合いだけど、イル・メル・ジーンは女装が趣味なだけで男性が好きというわけではないらしい。ハルはどちらもいけるクチだけど、イル・メル・ジーン相手では……ありえないそうだ。
「ハル、まず侍らせるのやめなさいな! そういうのはヨソでやって頂戴!」
ボトルをゴスッとテーブルに刺して(刺して?!)ハルに取り巻く一団にギロっと一瞥をくれると、『災厄』を知る、または噂を聞いたことがあるのか、サァァっと潮が引くように皆あっという間に散っていった。
それを未練がましそうに見るハルを「フン」と鼻息一つで片付け、今度はロゥに向き直る。
「ロゥ、アンタも考えなしに当たれる相手だからって気を抜いてるんじゃないわよ! ――ったく、恋人の一人でも早く見つけなさいな」
「生憎その方面は全く興味ありませんので」
興を削がれた、まさにそんな表情でイル・メル・ジーンが刺したボトルを取り上げ自分の杯に葡萄酒を注ぎいれた。
うーん、確かにロゥさんてクールなイメージで、こう……熱血ーとか、彼女にメロメローなんて姿は想像できないけれど。もしそういう相手がいたらどうなるのか見てみたい気がする。
「しかしウンノ、あなたには感謝する。隊長に関して私達では心労を取り除く事などできなかったからな。よくぞ来てくれた。ありがとう」
「そうだぞ、若の凍った感情が緩く溶け出したのもウンノのお陰だ。私からも礼を言う」
ロゥとハルからそれぞれ言葉をもらい、私は慌てて両手をバタバタ左右に動かす。
「やっ、そんな! 私はっ」
「ふふっ、そんな可愛い顔しないで? 食べちゃいたくなるわ」
「イル・メル・ジーン、お前がそう言うと洒落にならん」
「あら失礼ね! ――ねえウンノちゃん。契約条件済んであちらの世界に戻っても……また帰ってきてくれるわよね?」
急に改まった口調でイル・メル・ジーンが私に尋ねる。その緑柱石のような輝きをもつ瞳は僅かに揺らめき、じっと私を見つめる。
「もちろん帰ってくるだろ? 若の為に。勿論私の為にもね?」
「隊長殿には心の羽を休める場所が要りますからね」
二人の声も続き、私は……心がじんわりと温かくなり、そしてこの世界での居場所が少しずつ増えて行くのを感じた。嬉しい、嬉しいよ!
「ありがとう。翔がいうには、私も練習すれば『扉』っての作れるし、行き来自由になれるみたい。私、あちらの世界で仕事に行くところだったのよ……色々整理してから、絶対こちらに戻るわ」
来る、じゃなくて、戻る。
私はこちらの世界を基本として生きて行く。その決意をこめた返事を感じ取ったのか、イル・メル・ジーンは「ウンノちゃんっ!」と私をギュウウと抱きしめた。
「きゃー! イル・メル・ジーン! 苦しいー!」
そ、その胸は何で出来てるの?! やけに精巧な作りで、プニプニでやわやわで……! 燃えるような赤髪はとてもいい香りがして、こんな妖艶さを醸し出すイル・メル・ジーンに私は男だったら悩殺されてたね! だって女の私だってクラクラしちゃうもん!
「あ、ごめんなさいねウンノちゃん。……ったく、ジェネは何してるのかしら! 早く来ないと私がいただいちゃうわよ?」
食べちゃうとか、いただいちゃうって、なにーっ!
その言葉に軽く怯えている私をよそに、イル・メル・ジーンはハルやロゥ、そして周りの騎士達に尋ねて回る。――どうやら団長に、今日中にやらねばならない事後処理を一人だけ任されてしまったらしく(丸投げ?)仕事量が半端ないらしい。
――早く会いたいな。少しでもジェネと離れたら寂しく思うようになっちゃった。ジェネさえ迷惑に思わなければ、共にありたい、傍にいたい。会ったら、言いたい事沢山あるのに。
「なに辛気臭い顔してるのよ翔子」
「っきゃー! お、お母さんっ」
突然両胸をわしっと掴まれ小さく悲鳴を上げてしまった。
振り向くと……半眼になって上機嫌の、完全に酔っ払いと化した母親が私の胸を背後から掴み、「アハハハハ」と笑う。
「アハハじゃないわよっ! やめてセクハラよもうっ!」
「ふふふ、よおく育ったわね、私の手じゃ掴みきれないわ! ……ちっ、くれてやるのが勿体無いっ!」
おおおお母さん?! 何を言いました?? 舌打ちもすごく怖いわっ!
母親は私の耳をクンッと引っ張って、口を近づけた。内緒話?
「いい? 今夜キめてきなさい」
「え? 何を?」
「光の精霊と契約よ」
――――それはつまり……っっ!!
ボンッと一気に顔から火が出る。え、え、えーー!! お母さん、いま私にそれ言うの?!
私が内心パニックを起こしていると、母親は「腹を決めなさい」とニッコリ笑った。
「私も通ってきた道よ。そりゃ、精霊と契約する為にやんなきゃいけないってのは嫌よ。でもね? 『繋がる喜び』って、好きな相手だからこそ喜びであるし、私だってアルゼルじゃなきゃ嫌だわ。まず考える順番を変えてみればいいのよ? 好きな相手と一つになれたら、たまたま精霊と契約できた、ってな具合にね!」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
あけすけな言葉に目を白黒していると、しいっと指を一本唇に当てて声を落とすように注意された。うわ、危ない危ないっ。聞かれちゃ困るよ!
「婚前交渉は特例ってことで認めるけど……まだおばあちゃんになりたくないわ。本当だったらせめて結婚の契約をしてからが理想なのよね。それだけが心配だわー」
そ、そこ?!
その前にもっとなんか色々あるでしょ! こう……親として複雑な心境とか、色々!
「とにかく頑張りなさい。――――って、ジェネシズ君は? え、まだ? もー! アルゼルったら」
私の心境など知れているのか、さっさと話を畳み、元精霊姫である母親をポカンと見ていた三人に向かって鋭い声を向ける。
「ハルドラーダ・メッシ! 七番隊隊長を直ちに呼び戻す! ロゥ・グイラン! 一番隊副長及び四番隊副長らと共に七番隊隊長の仕事を引き継ぐ! それからイル・メル・ジーン! ……翔を抑えておきなさい」
「はっ」
「はっ」
「はぁい……一番厄介だわ」
う、うん。翔を押さえるのってかなり……大変だと思う。
それぞれかなりの酒量を体内に入ってるのは、床にずらりと並べられた空瓶から分かるけど。
さっと仕事の顔をして立ち上がり、それぞれの目的に向かって行く姿は『一滴も酒など飲んでいません』と見えるからすごいと思う。
感心していたら、私に向かって母親が「じゃあ翔子はぁ……」と人差し指を口に咥えた。
「ツマミもっとちょーだい?」
お、おかーさんっ! 娘にやるポーズとしてどうかと思うよ、それ!