4 宴会家族
アイツのいる場所はすぐに知れた。
周りの騎士達が恐ろしくて近づけない為に、ぽっかりと空間が開いているからだ。
「こら翔っ!」
「わーい、ねーちゃん! ご飯美味しいけど足りないよー、もっとないの?」
「もっとないの、じゃなーい!」
冬眠前のリスみたいに頬袋を膨らませてモリモリ食べるその姿はある意味気持ちがいいけれど……いかんせん、食べすぎよっ!
「ほらージュノーもさ、もっと頂戴っていえよ!」
「うっせ! 大体、お前が食べ過ぎなだけだろーがバカヤロウ」
翔だけだと思っていたテーブルには、もう一人が座っていた。わ、ジュノーさん! 母親との席で、ジュノーさんは翔が天敵と言っていたけど……どうして一緒に座ってるのかしら?
そう聞くと、ふて腐れたようにテーブルにコンコンと指を打ちつけた。
「俺はサッサとこんな国オサラバしたかったんだよ。実入りのねぇ無駄足踏んじまったしな!」
「オトモダチの僕に声かけないなんて酷いー!」
「誰が友達だ! ――――フン、報酬代わりに酒もツマミもたらふく食ってやらぁ!」
杯になみなみ入れた葡萄酒をまるで水を飲むようにあおり、「で――――」と切り出す。
「アイツはどうしてるんだ」
「んー? あいつって?」
隣のテーブルから無理矢理奪ってきた料理の皿をテーブルに並べていた翔は、聞かれた意味をわざとらしくとぼけた声で聞き返した。うっわ、意地悪! ジュノーさんなんだか言い辛そうにしてるのに。
案の定、額に青筋立てながらジュノーさんは大きく息を吐き、ぷいと横を向きながらもう一度翔に声を潜めて尋ねる。
「サーラはどうしてるんだ」
「プーーッ! なんだよやっぱ気になってるんじゃん! もー、早くそこ認めて堂々と会えば? ばっかだなあ」
「テメーふざけんな! 俺はだな、ただ情報として持つだけであって別にアイツは……!」
バーンとテーブルを叩いて立ち上がったジュノーさん。声を潜めた意味自分からなくしてるよ!
「ええっ?! どうしてジュノーさんがサーラの事を? んん? まって、翔に聞くって事はあのラスメリナのサーラよね?」
「あーそっかゴメンゴメン、ねーちゃんには言ってないっけね! ジュノーはサーラのパパなのだー」
えええっ?! ちょっとほんとなのそれ! サーラって確か十四歳だったわね。ジュノーさんって見た目四十歳前後だから、無くもない。それにじっと見れば確かに面影が?
「うっせーカケル! 叩っ斬るぞテメー!! ……まあ、なんだ。裏の世界に生きる俺だし、そうそう父親だなんて名乗れねぇよ」
後半は私に向かって語ったジュノーさん。その目は少し寂しそうで、何があって離れて暮らしているのか私にはわからないけど、私たち親子みたいにいつか……。
しんみりとした私とジュノーさんの間に、翔の軽い声が割って入った。
「あっれー、ジュノー知らないの? サーラもアンザスにいたんだけど」
「は、はぁぁぁぁぁっ?! なんだとオメーふざけんなよっ」
「翔! ちょっと冗談でしょ?!」
アンザスというのはこの世界で最も恐れられている暗殺集団の事であり、その構成員と認められたごく一部は世界中の政変や戦争の裏で暗躍している事は、小さな子供ですら知っている。『出来ない事は無い』と豪語し、また情報にも強く、一度請け負った任務は必ず遂行されるとあり、正義だろうが悪だろうが金次第で動く引く手あまたの集団だ。
そんな所にサーラがいたとは……。ユーグさんとあの甘い関係を築くまでに一体なにがあったのかな。間違いなく翔が絡んでいるんだろうけど。
「まあそれはともかくさ。あっ! ねーちゃん風竜が呼んでるよー」
「え! 風竜が……って! バカ翔! その前にサーラの事言いなさいよ! どうしてアンザスに?!」
「えー、面倒くさいな。大体でいい? 僕がこっちに来て知り合って連れてった、以上!」
「ちっともわからないわ!」
「まあいいじゃん」
「よくない!」
「すげぇな、竜帝カケルと対等に会話できてるぜ。いやー、姉君も充分怖ぇよ!」
はっと気が付くと、ジュノーさんが私達を眺めながら酒を飲んでいた。い、いやいや! ジュノーさん、そもそもジュノーさんがサーラの事聞いたんじゃない?! なんで俺外野みたいな顔してるの!
「いんや、そりゃまさかアンザスっつー同じ所にいたのは驚いたけどよ。俺? 俺はずっと地方回り専門だから知らねぇさ。同胞であっても情報は隠すのが常だ。だけどよぉ……アイツが今ラスメリナにいて、それでいて元気にしてるんならそれでいい」
ふんと鼻を鳴らして翔の座る椅子を一つ蹴飛ばすと、再び酒を飲み始めた。
……そうなのかな? 無事さえ分かればいいのかな? 色々抱えるものがあるだろうから簡単には言えないけれど、サーラがもし望むのだったら会わせたいな。
そう口を開きかけたとき、翔が待ちきれないといった様子で立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「ほらねーちゃん! 風竜呼んでるってホントだから行こうよ! 風竜がめっちゃねーちゃんを気に入ってるんだけど、何かしたの?」
ぐいぐいと窓に向かって歩き出す翔。私は躓きそうになりながらも何とかついていった。広い食堂を横に突っ切り、窓が幾つか並んだ壁伝いに歩いて、人気の少ない一つの窓の前に立つ。
二人で外に顔を出すと、少しひんやりした空気と吸い込まれそうな濃紺の空に星がいくつもちりばめられ、六つの月のような球体がぽっかりと浮かんでいる。
そのうちの一つの球体を背にした黒いシルエットが浮かぶ――――あれは、竜?
(娘。久しいな)
心声で直接語りかけるのは、まさにあの時の風竜だ。
(わあっ! お久し振りです風竜様)
ちょっと遠くて姿が良く分からないけれど、心声ならば聞き取れないことがないから大丈夫だ。窓から少しだけ身を乗り出していたら、ぐいと腕を持ち上げられた。何かと思って腕の先を見たら、翔が窓辺に立ち上がって私の腕を引っ張っている。
「もー、僕聞こえないからツマンナイじゃん。いっくよー!」
「え、ええっ?! まってー!! ……っっきゃーーーーっ!!」
ぴょいと気軽に翔は飛び降り、腕を捕らえられたままなので自動的に私も落下。遊園地の落下を楽しむ乗り物みたいけれど……な、生身生身! 安全装置ないし!
「あー、そうだった! ねーちゃんまだ飛べないんだっけ」
ウッカリーと笑う翔を見て殺意を覚えたのは仕方ないよね! 地面まであと僅か! ってなんで翔まで一緒に落ちてるのよ!
「ひめさまー! ぼくささえるよー!」
「きゃっ!」
ふわっと体が浮く感触がした。あ、危ない所だったー!! 私と翔を助けてくれたのは精霊の疾風。風の力を使ってゆるやかに元の窓辺付近まで持ち上げてくれた。
「ありがとう! 助かったわ。あ、そうだ! 風竜様の所まで連れて行ってくれる?」
「はーい! ぼく ふうりゅうだいすきー」
そうね、属性が一緒だもんね。
どうやら翔は疾風は見えないようだけど、この展開にキャッキャしてた。
「うっわー、すげ! ねーちゃんなにこれ! あれ? っていうか? えーまじでほんとすげえ!!」
「……分かるように喋ってよ」
「親子で?」
端的過ぎる翔の言葉に呆れつつ「親子二代で精霊姫なんだ?」と正確な意味で驚く姿が、ああ翔ってだからこの世界で必要とされているんだな、と私はすとんと腑に落ちた。
理性的や論理的という言葉がちっとも当てはまらなくても、翔は感性だけで全てを引っ張っていく。「こいつならなんとかしてくれる」と思わせる何かがあるんだ。
「まあ……そういうことになったのよ。でも私はあまり……」
「表に出たくない、でしょ? っていうかさ、ジェネがねーちゃんを出さないでしょきっと。まーいいじゃん、いちいち公表しなくたってさ、天候落ち着いているんだったら別に困る事もないし。その辺うまくやってもらお。――――こっちで暮らしたいんでしょ?」
辿りついた風竜の背に翔はよっこらせと移り、竜の頭の天辺までいって座る。
私は疾風に支えてもらいながら風竜と翔の目の前に立った。うわー、こう見ると風竜の顔はとても大きいし、ワニの様な……? 爬虫類系の顔は恐ろしいけれど心声で通じ合った後なので、実はおちゃめな毒舌家というのも分かっている。何より翔と契約しているから安心だ。
そう考えていたら、軽く目を眇めて風竜が低音の威厳ある声で私に問いかけた。
「娘、どういう意味だ?」
「きゃー! 心を読まないで下さいよっ!」
「フン、主の思ってる事など読むまでもないわ」
「あははっ! ねーちゃんどうせシューの事、毒舌だとかなんとか言ったんでしょ」
何で分かっちゃたのかしら! でも『次会う時は、多少の色気をつけておけ』なんて言われたし、アレを毒舌じゃなくてなんだというの?
あ、でも先にあの事を伝えなきゃ!
「風竜様、私に『読みとり』を授けて下さって有難うございました! 今回、あの力がなければ正直何も出来なかったと思います。本当に助かりました」
ぺこっとお辞儀をして礼を言うと、竜の頭にごろっと寝そべっていた翔が飛び起きた。
「ねーちゃん! ちょっと何どういう事?! まてシュー、お前……!」
「いいだろうカケル。我は主の姉が気に入ったまで。我に言霊で縛った『ねーちゃんを大事に扱え』それに反しているとも思えぬしな。――――して、我が名は読み取れるか?」
えっ……いいのかな? 契約者だけが知りえる真名。私が読み取る事によって翔との契約が揺らがないか心配だけど。
翔を窺うように見ると「うーん、まあいいんじゃないか?」と口を尖らせた。
「ちぇっ、僕にはそんなに優しくしてくれないくせにー。ずるいなー」
私はじっと風竜の瞳をみつめ、その奥に見えるものに意識を集中した。初めて会ったときは断片的だったある文字が、今は……一列に繋がり……。
「シュラ…… シュライナルギース……ゼルネ、ス? シュライナルギースゼルネス!」
するとパパパパッと花火が私を取り囲むように明るく瞬き、風竜――――シュライナルギースゼルネスの体がぶるっと打ち震えた。
「我、得たり」
「すっげ、ねーちゃんやるぅ! 風竜の加護貰っちゃったね。つーか名前長くて覚えられないからシューでいいよ!」
「三文字以上覚えられない翔が言うなー!」
「何人かは覚えてるもん!」
「何人かだけってのが問題なのよ!」
ホントに翔は……名前を覚えられない。二文字が限度で、三文字以上もし覚えていたら相当親しい人物であると察することができる。親しい? 親しい……あれ、なにか引っ掛かる。あ!
「そうだ翔!」
「なんだよ急に」
「翔はこの世界に来たとき誰に落ちたの?」
私の問いかけに、珍しく翔は「え」と言ったきり黙った。
あの翔が黙った。
ちょっと、何?! あまり見た事がない翔の動揺っぷりに、これは一体何があったのかを絶対聞き出さなきゃと近づくと、翔は両手で円を描くよう指で器用に上から下へと滑らせた。赤い――――光る文字? 下まで書き終えて、それを私に投げつけた!
「きゃ! 何よこれ!」
「転送ー! ぽーい!」
私の目の前で円の真ん中が開き、そして飲まれた――――。
ぎゅっと閉じていた目をそろそろと開けると……あれ? ここは窓辺? 後の方からは宴会の喧騒が聞こえてくる。うわ……翔、やってくれたわね!
恐らく聞かれたくなかった事に違いない。手っ取り早く質問から逃げようと、私に向かって何かしらの力を使ったんだ。あれが翔の『時空を翔ける力』なのね? なんてデタラメなの!
先程までいた場所を窓から見上げると、ぽうっと明るく光る球体を背にした竜と翔のシルエットが小さく見えた。軽く手も振ってたり……!! もうっ!
絶対絶対聞きだしてやる! そう心に固く誓った時、知っている声が二つ言い争っているのが背後から聞こえてきた。
わ、何? 何だろう?
私は様子を見ようと騒ぎの中心へ歩を進めた。
☆妄想部☆
http://mypage.syosetu.com/144526/
6月1日に部で新作出します。
そして私はまだ書いていない……(汗)どうすんだ!