1 宴会家族
んー、大体はこんなもんかな……。
私は熱気が篭る厨房を出て食堂を見回した。流石に一人ずつ盛るのは無理がある。大きなテーブルにそれぞれ大皿料理をボンボンと置いて、好きなように食べてもらおう。
つまり居酒屋風なんだけどもね。
用意できる食材はそう種類が多いわけでもなく、息吹が用意できるのは植物に限る。そしてなんといっても時間のなさが一番痛い。
鶏肉を使って唐揚げと、ニンニクで味をつけた手羽先揚げ、小さめの鯵を香草パン粉焼きにして、イカは内臓と軟骨を取ったら輪切りにしてそのまま焼き、魚醤で味をつけた。
パンは、ローズマリーを入れたフォカッチャを大きな四角で焼き、包丁で適当に切り分ける。手間いらずの一品だ。それとは別に、ピザも焼く。具はどうしようかなー? と、思いついたのはアンチョビポテト……アンチョビの変わりに魚醤で代用! ピザ生地に茹でて薄切りにしたジャガイモを並べ、マヨネーズとニンニクと魚醤を混ぜたソースをかけて焼く。仕上げに小口切りした細ネギを散らしてみた。
そして、料理長のアウランさんが「とっておきだ!」と、どこからか手配して持ってきたのは牛肉の塊! ――――いや、そりゃ私いくらなんでも牛一頭は下ろせないから塊で正解ですけどね。ええっと、どう調理しようかな。おおよそ五百人前。この塊肉の量なら、前菜にはなれるかな?
「んー、じゃあちょっと塩胡椒して焼き目つけてもらえますか?」
その間に私は赤の葡萄酒とお酢、塩砂糖ローリエを混ぜておく。量が多いから目分量って厳しいね!
表面が香ばしく焼きあがった牛肉をその漬け汁に入れ、同じフライパンで人参とセロリと玉葱を焼き、火を通したら同じ漬け汁に入れておく。
漬けて置くだけだから簡単だね! 時間が経ち丁度いい頃合になったら、薄切りにしてクレソンを添えた。
「ウンノ、これは?」
「牛肉のマリネです。ちょっと冷えてないのが残念ですが」
次々と出来上がる料理たち。
下拵えさえできれば、後の仕上げは簡単な物ばかりなのであっという間に卓上は一杯になった。葡萄酒も並べられ、宴会の準備は出来上がった。
「ねーちゃん!!」
「わわっ! 翔!」
入口近くでアウランさんと最終チェックをしていたら、後から急に抱きつかれた。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
「だってー」
「だってじゃない!」
「うわー、お・い・し・そー!!」
「こら! よそ見しないで人の話し聞きなさいっ!」
大体、私は翔に言いたいことが山ほどあるんだ! 膝詰めで説教三時間コース! わあわあ言って逃げ出そうとする翔を捕まえようとしていたら団長が勢いよく飛び込んできて、私の目の前で立ち止まった。
――――団長、じゃなくて。
アルゼル・クランベルグ近衛騎士団長、この国の英雄。そして――――お父さん。
「ようやく名乗ることができてうれしいよ。私の娘、翔子。一人前の女性に育ったんだね」
大きく手を広げ、私をそっと抱き寄せた。広くて、あったかくて。小さな頃から想像でしかなかった『父親』が、今現実に私を包んでくれている。
「……お」
胸が一杯で、声にするのがもどかしい。けれど、ずっとずっと言いたかった一言を溢れる感情を乗せて伝える。
「お父さんっ」
「翔子!」
小さい頃憧れたり寂しかったりした父親という存在。私を、大きな体で包んでくれるその体からは『愛情』が溢れていた。
「父娘、感動の再会ね~」
「リィン!」
「お母さん!」
「かーちゃんも来るの早いな!」
家族、揃いました……。異なる世界で初めて。お父さんは「これが私の家族だ!」と三人をぎゅうぎゅうっと抱き締めた。
みんなそれぞれ痛いとか離しなさいよとか言うけれど……笑っていた。
やっと、やっと。
「でも」
私が急に切り出したから、みんな何だとこっちを見る。
言いたい事は沢山あるんだから!
「大体、事情知らないの私だけだったじゃない! どういうことよっ!」
「あー……それは、なあ、リィン」
「もう知ったからいいじゃない。あら美味しそうね~。翔、説明よろしく~」
「ちょっ! 待てよそこの両親!」
「か・け・る?」
「……」
絶対逃がさないもんね! 仕上げ作業をアウランさん達に任せ、私は翔と食堂の一番隅に腰掛けた。翔は脱線しながらも色々話す。
――――いずれねーちゃんには話すつもりだった。このタイミングは丁度リストラになったと聞いたから。世界背景は小説読んでたから言わなくてもいっかなーと思ったから。僕と同じ様な『力』は持っているってのは分かっていたから、何とかなるかなーと思ったから。父親の事は、母親から許可待ちだった事。
「だって、ビックリさせたいじゃない? って言われたら……僕は黙るしかないし?」
コレだけ聞き出すのもかなり時間を要した。一つずつ取り上げる度に「あ、それはさ~」「でもこのときって……」って、関係ない話が長い!
言いたいことは沢山ある。沢山ありすぎる。でも、一番聞きたいことは――――。
「ねえ、条件揃ったらまたあっちの世界に戻っちゃうのよね?」
いつの間にか手元に料理が乗った皿を抱えていた翔は、「うーん」と小首を傾げながら天井を見た。
「今回召喚魔方陣作った魔術師……イルだからね。契約事項クリアした時点で戻ると思う。僕その時ちょっと『力』を使える状況になくて、急遽召喚魔法でやってもらったからさー。だけどほらアレだよ。多分ねーちゃんも練習すれば自分で自由に行き来できるんじゃない?」
「自分で?」
「うん、僕はいつも自分で『扉』を作って時空を渡ってるんだけども、ねーちゃんも多分作れる。何とかなると思うよ~」
「??」
扉? 時空?? 何とかなると言われても翔に言われると信憑性がない。でも、本人は本当に行ったり来たりしているようだから……。
「私、一回あっちに帰っても、また戻ってこれるんだよね?!」
じゃないと、私!
祈るような気持ちで訴えれば、翔は……笑った。その顔は、泣くとも笑うともとれるような笑顔だった。
「そっか、ねーちゃん、そうなんだ。いや、それは思った通りになって僕は嬉しいんだ。嬉しいんだけど何だか変な気分だなー。ま、いいや。それはとーちゃんと分かち合うから」
「翔?」
「戻れるよ。保障する」
おもむろに皿の料理をガツガツと口に運びながら、翔はキッパリと言った。
「僕が連れてくし、連れて帰る。僕が『扉』を教える。だから、安心して?」
何故か私を見ないように、けれど力強くこの世界への繋がりを肯定した翔。
――――良かった! どうしても言えなかった、伝えられなかった、あの言葉を彼へ!
すぐにでも会いに行きたいけれど、どうやら事後処理に追われているらしくて姿が見られない。そして徐々に食堂は近衛騎士達で埋まってきた。でもなんでだろう? 数人がこちらをチラ見するたびにぎょっとするのは……。
「ちょっと! カケル……とウンノちゃん!」
そこに現れたのはイル・メル・ジーンで、今日も意匠は違うけど相変わらず真っ赤なドレスを着ている。とても男だとは思えない抜群のプロポーションで着るそのドレスは、イル・メル・ジーンの妖艶さを引き立てていた。
カツカツと恐ろしい速さでこちらに向かって駆け寄る。……それだけで何だか逃げ出したくなる怖さがあるよっ!
「ウンノちゃん、あ、名前違ったわよね」
「いえ、ウンノでいいです」
――――翔子は家族、ショーコは……もう特別だから。
「じゃあウンノちゃん。ちょっと急いで服変えて!」
「えっ?! どうしてですか??」
「この悪魔と見間違うからよ! せめて女性らしく服を変えてちょうだい!」
うっわ! それは嫌だ!!
今の服は男装。動きやすさを一番に考えたらこれがベストだったから。イル・メル・ジーンが服を貸してくれるといったけど、あの魔女的なドレスを着る勇気はない。
侍女服がまだあるからそれにしようかな。ああでも服は王の部屋の近くだったっけ。そう言うと、イル・メル・ジーンは大丈夫と笑顔を見せる。王に仕える女官――――ルネさんが、私の荷物を魔窟に届けてくれたらしいので、急いでそちらに向かって着替える事にした。