side 翔
「カケルと…… ジェネシズか。いいだろう、入って来い」
「あーい」
ジェネが何か言い出す前にサッサと返事をする。
(ギース、窓枠まで上がって? 僕達を下ろしたら、みんな空で待機しててー)
心声で四匹の竜に命を下し、「おっじゃまっしまーす!」と、とーちゃんが開けた窓から堂々と入った。遅れてジェネもしぶしぶ続く。
うわー、みんなの視線が集中するぅ! 僕、アイドルー!…… なんつって。実際「誰だコイツ?」だろうな。あははっ。
ついつい、その目線が気持ちよくって、にっこりと笑ったら後頭部を叩かれた。
「気が抜けるからそれやめろ」
「失礼な! イタタ、ジェネ手加減してよ!」
僕の猛抗議を軽く流し、ジェネは団長と王に「失礼致しました」と礼をとる。しかしそんなジェネの姿を見た宰相に阿る者達が、猛然と抗議の声をあげた。
「今度は一体何事ですか?! 全く団長殿は騒動の火種にしかなりませんな」
「団長よ、何故その様な身元の知れぬ者と下賤の血を引く者を招くか!」
「この機に乗じて、王位簒奪を目論んでおるのだろう!」
「何をしている! 早くつまみ出せ!」
なんだこいつら。ジェネに対して平気でそういうこと言うわけ?
「そこの王を騙る者と共に、国家転覆を狙う逆賊を捕らえよ!」
その言葉が聞こえた途端、僕は怒りの為溜めておいた『力』を一気に放出した。
「 あー、もー、うるせぇっ!! だぁぁまぁぁれぇぇぇぇぇっ!!! 」
バッシャーーーーッと、朝議の席全ての者に満遍なく水をぶっ掛ける。滝のよーにっ!
「んだよお前ら! そういうこと平気で言うわけ? それにさ、王の御前であるぞ控えおろう!!」
某時代劇風に声を張り上げた。一回は言ってみたいセリフのひとつだねっ。
それから僕は馬鹿共に未成年の主張…… あ、成人してるけど。僕の思いを一気にぶちまけた。
「大体、王はこの国で一番敬意を払わなきゃいけない人だよね? なにが国家転覆だ、お前らにそれが言えんのかバカ! 国の一大事だろ? テメーらの欲に塗れた足の引っ張り合いしてる場合かあほんだらっ!
あのね、政の役職にいるという自覚ある? ただこの椅子に座ってるだけで満足すんなよ。その地位その役職ってのは、全うしてからこそなんだよ馬鹿! やりもしねー提案だの、揚げ足取りだのくだらねーっての!」
わーっと捲くし立て、ふうっと大きく息をついた。ああなんだか色々メンドクサイ。
「あーもうお前らアレを向こう三年立たなくしてやるからなっ! そんでもってイルに『災厄』落とさせる!…… 勿論、個別にねっ」
「あんたナニソレ。勝手に私を使わないでよ」
びっしょりと水に濡れたイルが、顔にかかる髪を掻き上げながら文句をつけた。ふと周りを見ると、イルとジェネと団長以外は自分の大事な部分をきゅうっと押さえていた。縮み上がったかバカ野郎。しかしハルは堂々と立っていた。―――― うん、アイツはソコに関して規格外だからそうなのだろう。
宰相の腰巾着達は『災厄』と聞いて更に震え上がっていたけど、んなこた知るかっ!
ギロリと一瞥すると、目を伏せる者、蒼白になって震える者と様々な反応が見てとれた。
「あら? いいのよ遠慮しなくて。特別休暇あるでしょ。その時に自分のおかれた立場をよぉーく考えたら? オジサマ達。そんなことよりカケル、私の折角の美貌が台無しよ!…… まあ、これはこれで私の魅力は変わらないけれども」
「カケルやりすぎだ。なんとかしろ。これでは収拾がつかない」
「あー、はいはい。んじゃ、『水よ集まれ~』」
イルとジェネの抗議を受け、僕は両手を前に差し出しイメージする。あたり一面びっしゃびしゃに濡れた水や、『近衛騎士団員とイルと王だけ』衣服についた水分を、僕の目の前の空間に集める。
すると、割合大きな水球が出来た。それを…… どうしちゃおっかなー。
「あんたほんっとにデタラメな力ね。それ作るだけでどれだけ魔力がいると思ってるのよ」
「カケル、遊んでないで捨てろ」
「えー、あんな事やこんな事したかったけど…… まあいっか。ぽーい」
宰相の息の掛かった兵士達が後へ回って僕達を捕らえようとしていたので、そちらに水球を放った。バッシャーという音と共に情けない悲鳴が聞こえたが、しーらない。
「お主…… 何者だ?」
宰相がなんとか居住まいを正し僕の正体を尋ねる。あ、そっかー。あの時は仮面被ってたし自己紹介してないっけ。
「あー、えっと。ラスメリナの王様?」
「自分の事なのに何故疑問形を使う!」と、ジェネから小声で突っ込まれた。いいじゃん、僕がそれっぽく見えないの自覚あるからさっ。
すると、それを聞いた外野からのざわめく声が聞こえた。
「ラスメリナの……王っ?!」
「竜帝!」
あ? ごめん、意外すぎだった?
「……城壁の悪夢っ!!」
……いや、その二つ名初耳だけど?
「あのな、僕は王としてやってきたんだ。正体知った以上それなりの態度あってしかるべきだと思うんだけど、どうかな?」
団長の横から一歩進み出て、腕を組んで相手の出方を見る。一国の王が出てきたんだ。さあ、どうする?
するとハルに支えられて立っていた人物が、僕の正面へと歩みを進めた。
「ラスメリナの王、カケル殿。わざわざお越し頂き有難うございます。私はこのレーン国の王、ディエマルティウス・アルディアント・レーンと申します。此度の我が国の者達の貴殿に対する無礼極まりない態度、恥ずべきものであり、王として非常に申し訳なく思っております。何卒お許し下さいますようお願い申し上げます」
うっとりと見惚れる所作で腰を折ったこの国の十六歳の王様。隣国の王に対し、最大級の敬意を示した。その動きに宰相以下メンドクサイやつ達が動揺する。
「王がそのように頭を下げるなど!」
「我が国が阿る相手ではありませんぞ!!」
「竜帝はこれを機に我が国を属国扱いなさるおつもりでは?! レーンもおしまいだ!」
「アホか! 属国扱い? するわけないだろこの僕が。――――メンドクサイもん」
最後の一言は聞こえないよう呟く。王はそいつらに「失礼なことを申すな!」と窘めるよう声をあげていたけれど王としての立場は限りなく低いからか、あまり聞き入れられなかった。
ワーワー好き勝手言い出す小物達を眺めながら、僕の傍にいた団長がゆっくりと立ち上がる。
「おぬしら、黙らんかっ!」
団長が机をバーンと叩き、一喝した……うっわ、怖っ! 流石戦場の鬼だねっ。気合の篭った声はこの場を一発で静めた。折角静かになった事だし、僕が思う提案を話そっと。
「この王が一人前になるまでは僕が後見人になる。僕にとって大事な人達がいるから他国なんかにやりたくないからさ。拒否権は無いと思って? つーか、拒否できる立場ではないって自覚あるだろーし、そこんとこヨロシク」
宰相を見れば、もはや血の気が見られない顔色をしていた。うーん、前回のお仕置きも効いてるな。よしよし。しかし辛うじて動くその舌で僕に対して聞く質問は、全く意外な所だった。
「り、竜帝……何故隣国の王などになったか。この国を乗っ取る事も容易いだろうに」
「あ? そんな事? ……隣国の王に理由ねえ。ほら、ラスメリナがレーンにとって一番脅威だっただろ?
そこ抑えちゃえばこの国暫く大丈夫かなーと……何となく。ま、有名な竜がいる国だし欲しかったし? あと……まあいいやあれは内緒」
「しか、しか、しかし! 例え貴殿がラスメリナの王であろうと、いや、だからこそ、我が国内の政に干渉される訳にはいきませぬ! しかも王位に就く以前は謎に包まれた……と言えば聞こえはいいが、ただの素性すら知れぬ成り上がり者ではないか! その様な者、信用が置けぬ!! クランベルグ殿、この騒動の責任はこの者達を引き入れたそなたの――――いや、そもそもこの国の混乱こそ、そなたが招いたものではないか!! そなたと行方知れずの精霊姫が!!」
鹿鹿いうな、馬鹿!
「グランドー! なんと言うことをっ」
レーン王が立ち上がって宰相を制止したその時……。
バーーンと観音開きのドアが開き、カツカツとヒールの音が聞こえた。
「ハーイ、お久しぶりね皆さん?」
なんつータイミングだよ、かーちゃん!
絶対狙ってたね!