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 詳しい時間は全く分からないけれど、光の加減からおおよそ昼少し前じゃないかと見当をつけた。大勢で食べる為のメニューなんて全く考える暇が無い。


 ―――― あれっ? そういえば毎回時間ないよね?


 私が作るときは大体準備も何もない。前日からとか言ってくれればそれなりに下ごしらえとか漬けて置くとか下準備色々出来るのに……。

 またいつか落ち着いて作らせて貰おう。とにかく厨房へ急がないと夕食の準備が始まってしまう。


 母親のカバンとレジ袋は七番隊の魔窟しつむしつに放り込んでおき、そこから程近い近衛騎士団専用の厨房へと駆け込んだ。

 

 「アウランさんいますかっ?!」


 「おや、ウンノじゃないか! おーい料理長ー!」


 突然入ってきた私に目を丸くしつつ、恰幅のいいおばちゃん料理人は奥にいるアウランさんを呼んでくれた。

 昼食の準備が終わった所らしく、丁度良かったと言いながら私に椅子を勧めてくれた。


 「それでどうしたんだい? そんな急いで」


 私は母親から預かった手紙を渡しながら、今夜の説明をした。

 つまり大宴会をする、と。


 「こ…… これは本当なのか?」


 「え?」


 「精霊姫、いや、リィン様が戻ってこられたと?!」


 「あ、はい。今朝議の席に行っていると思いま……」


 「皆聞いてくれ! リィン様がこのクリムリクスに…… レーンに戻られた!」


 私が最後まで言い終わらないうちに、ガタリと音を立てて立ち上がったアウランさんは、厨房にいる料理人全てに聞こえるよう大声を出した。すると、厨房が水を打ったように静かになったと思った一瞬後、皆一斉に声を上げる。


 「精霊姫様が!」


 「ああ…… よくぞお戻りにっ!」


 「今どちらに?! リィン様ぁ!」


 中には感極まって泣き出す人も出て、歓喜の声は途切れない。

 

 ―――― お母さん、中身アレだけど慕われてたんだな。


 名前の威力というものはすごいと思う。翔も『竜帝』と呼ばれていて、さも高潔な勇者の様に扱われているのには普段をよく知る私にとって、体中の血液が痒くなるという不思議な現象を起こさせるけれど。

 性格はともかく、仕事をキチンとしていれば付けられた名前に間違いはない。


 「皆静かに!」


 アウランさんがもう一度叫び、騒然とした厨房は水を打ったように静かになった。

 

 「リィン様が今夜こちらで宴会をご所望だ。ウンノが指揮を取る。皆頑張って間に合わせよう!」


 おおー! と一致団結した声が上がる。昼食の為に使った道具類の片付けをドタバタと片付け始め、在庫の確認などに駆け出し、そして私の元にはそれぞれ担当する主任クラスの人が集まった。


 「ではウンノ、一体どんな料理を考えているんだい?」


 ―――― え、なんにも……。



*****



 とにかく、在庫によるよね?

 私も自宅でご飯作るときは、まず冷蔵庫の中身と相談したから。

 大体、長らくこの国は悪天候で新鮮な物を手に入れるのが至極困難であり、よって長期保存に適した食材のみが多くある。

 小麦、根菜、卵、乾燥豆…… 簡単に言えばこの程度の物しかない。生野菜や肉、魚は、その時々の入荷次第。私はアウランさんと一緒に倉庫に行って、確認した。


 うーん…… ジャガイモは山の様にある。魚は、流石に海に面した国であるので、白身魚も赤身魚も充分な量がある。ちょっと小ぶりのアジっぽい魚も見つけた。

 

 とにかくお酒に合うというのが母親の希望だ。時間もないし、自宅で作ってたような簡単な物にしよう。

 足りないものは急いで精霊達に頼もう。


 (息吹、頼めるかしら?)


 (…… 承)


 恐らくあの王室専用の庭に沢山生るはずだ。何人かの料理人を呼んで、収穫してくるようにお願いした。自然現象ではありえない現象なのは、母親のせいにしておこう。そうしよう。


 「あとは…… 貝と? うーん、まあ居酒屋メニューでいっか」


 手間もかからず時間もかからず、酒に合うといったらアレしかない。


 「ジャガイモは拍子切りと薄切り! あと茹でて! 鶏肉は一口サイズに!…… あ、その手羽駄目だよ捨てちゃ。それから、鶏ガラのスープ出来てる? えーっと、そう、その乾燥したパンは使えるわ! それからそれから……」


 それぞれ担当する場所に下ごしらえの指示を出す。

 後学の為とアウランさんはメモを片手に色々書き付けていた。またいつか、もっと一緒に作りたいな。


 私も一緒に下ごしらえを手伝いながら、母親との会話を思い出す。




*****




 ―――― ね、名前ってどうやって決めたの? お母さんもこっちの人だったし、日本的な名前考えたんだよね? 大体さ、お母さんの名前の鈴子って何?!


 ―――― えっとねー苗字はさ、ほら、レーンって海に面してるし、その先は野原なんだよね。


 ―――― …… なんか読めちゃった。だから『海野』?


 ―――― あったりー。それに私の名前は鈴っぽいし? それで戸籍に登録したのよ。あ? 戸籍? ほら、まあ色々あるのよ。裏の手がね。うふふっ。まっ、あなた達の名前はさ、日本で色々調べて一個使いたい漢字があったからそれに決めてたんだけど、まさか双子とはねー。だから、二人に付けちゃった。あははっ。


 ―――― 翔、って字ね?


 ―――― 世界を翔けて欲しいなと願って…… ちょっと翔け過ぎた想定外のアレな子になったけど……。


 ―――― そ、そうね……。




*****




 二人して遠い目をしたあの会話。

 母親としては、二人ともこんな能力を持つとは思っていなかったらしい。今まで胎内に子を宿したまま異世界を渡った例がなく、多分そのせいでこのような桁違いの能力が開花したのかも? とあたりをつける。


 何個目か数えるのも嫌になる玉葱の皮を剥きながら、翔の事を思う。

 高校入学してすぐって言ってたよね。バイトしてるって言ってたけど……。後土日は部活の遠征とか言っていないことも多かった……。あれっ? 私気が付かなかっただけ?

 

 ま、いいか。

 また翔にちゃんと聞こう。


 「ウンノちゃん! あの野菜なんなの?!」


 バターンと大きな音を立てて入ってきた料理人のおばさま。血相を変えて私に訴える。


 「あたしがね、採っても捥いでも抜いても切っても生えてくるんだよ! どういうことだいこれは!」


 「あ、あはははは……」


 ―――― 息吹、やりすぎだ。



 私も例の場所へ付いて行き、パニックに陥る料理人達を宥めながら収穫した。



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