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異世界恋愛系(短編)

継母というのは強欲な生き物ですもの。

作者: 石河 翠
掲載日:2026/11/06

「アリシア、君を愛することはない」


 見目麗しい男が何かを堪えるようにして言葉を絞り出し、ひざまずいた。自分には一生縁のなさそうな言葉を聞けたことに、少々テンションが上がってしまう。少しこけた頬、乾いた唇、ありとあらゆる不満を呑み込んだようなすさんだ眼差し、そしてそれらの欠点さえ魅力的に見せる天性の美貌がまぶしい。今なら悲劇のヒロインごっこをしても許されるような気がする。


『ああ、旦那さま。どうしてそんなひどいことをおっしゃるのですか。わたくしのことがそんなにお気に召さないと? ええわかっております。所詮は政略結婚。旦那さまには他に愛する方がいらっしゃるのでしょう。それでも、わたくしはこの結婚を受け入れるよりほかに仕方がないのです。もはやわたくしの一存ではどうしようもありません。どうぞこの身の上を哀れにお思いになるならば』


 よよよと泣き崩れてみせる私は、やはり無視される。予想通りとはいえ、少々寂しい。腹立たしさのあまり夫となる男の足を踏みつけてやろうと思ったら、逆に足がもつれてすっ転んでしまった。生来の運動神経のなさがここにきて発揮されるとは。あまりの不甲斐なさに地団太を踏むと、お供でやってきたらしい銀灰色の狼のような犬が迷惑そうにこちらを見上げていた。君、なんだね、その眼は。私は君の主の妻、つまりステイタス上は組織のナンバー2なのだ。敬意を払いたまえ。


「だって、君はもう既に死んでしまっているのだから。本当にただ眠っているだけのようだな。まったく、未婚の令嬢が亡くなった場合は冥婚を行うのがこの国の習わしだとは知っているが。棺をクリスタルで作り、高度な防腐魔術をかけてひと月も飾るなんてお貴族さまの考えることは理解できんよ」


 わかる、よくわかるとも。冥婚はいいにしてもそのやり方については言いたいことが私にだって山のようにある。ただ、一つだけ大事なことを言わせていただきたい。私、生きてますから!!! そこの棺で花に埋もれて目をつぶってる私、まだ生きていますから!!!



 ***



 私はハワード侯爵家の鼻つまみ者だ。父親と私の実母もまたお決まりの政略結婚。貴族女性らしい儚く弱弱しい女だった母は、ついぞ父の心を射止めることは叶わなかったらしい。母が死ぬと同時に父は、外で囲っていた外来種並みに生命力の強い女とその娘を屋敷に連れ帰ってきた。まあ私から言わせると、べそべそ辛気臭く一緒にいるとカビが生えそうな女も、辺り一帯から根こそぎ養分を奪いつくすような毒々しい女も、どちらもごめん被りたいものだが。父よ、両極端な女ではなくほどほどの相手を選んでほしかった。


 ちなみに父は私を完全に無視していたけれど、それは私にとって願ったり叶ったりだった。だってお互いに興味がないのだから、かかわらないのが一番だ。嫌いな相手のために時間や労力を割くなんて無駄の極みである。


 だからこそ、継母や異母妹は本当に扱いが面倒くさかった。彼女たちが善意で私を茶会や夜会に引っ張り出そうとしているわけではないことは明らかだ。私が大きな失態を犯せば、自分たちのもとに継承権が転がり込んでくるとでも思っていたのかもしれない。


 ただ私が魔術の才に優れていることが明らかになると、今度は一転して家の中に閉じ込めようとしてきた。よい結婚相手として他家に認識されるのを恐れたらしい。もともと社交など面倒くさかったので、ありがたく部屋に閉じこもって魔術の研究に没頭させてもらった。


 だがこの国は基本的に長子継続だ。家庭環境は最悪だが、私は血筋だけは完璧な令嬢なのである。外でこっそりと囲っていたがゆえに、本当に父の子か出自を怪しまれる異母妹では太刀打ちできないほどに。それでも父親が無能でなければそれなりに穏便にまとまる予定ではあったのだ。


 しかし残念な父親と欲深い継母、物知らずな異母妹によって何が起きたかと言うと暗殺だ。少しばかり魔術研究に夢中になっていた際に、呪術を掛けられてしまったのである。魔術と呪術は相性が悪い。普段から念のためという形で展開している防御魔術でも完璧に防ぐことはできず、恥ずかしながら仮死状態に陥ることになった。一生の不覚である。


 大人しく死んだふりをする私に気が付かない家族は、最初から手配していたとしか思えないスピードで冥婚の準備を行った。この国では結婚しないまま命を落とした令嬢は、家系を途絶えさせると言われているのだ。それは逆恨みでもなんでもなく、純然たる祟りではないだろうか。なぜ誰とも知らぬ相手との結婚で、どうにかなると思えるのだ。


 冥婚の期間は新月から次の新月までの約三十日。結婚相手に自分の声は届かないようだし、このまま本当に埋葬されてしまったらさすがに死んでしまう。私は冥婚が終了するまでに、なんとか自力解呪を行ってみせると心に誓ったのである。



 ***



 さて、先ほど私に率直すぎる声かけをしてくれた我が夫ブラッドリーは、端的に言って美しい。冥婚の相手とはいえ、好色ヒヒジジイではなく目を奪われそうな美青年が用意されたのには理由がある。一応血のつながった父親が、若い身空で旅立つ娘のあの世での幸福を祈った……ということはない。彼が相手に選ばれたのは、ただ単に我が家にとって非常に都合の良い存在だったからである。


 ブラッドリーは生粋の貴族ではない。彼はかつての勇者の子孫なのだ。彼の曽祖父が勇者であり、魔王討伐の功績をたたえられ、領地と報奨金を受け取ったと言われている。この辺りがあいまいなのは、功績を現王家が根こそぎ奪ってしまったからだ。一応形ばかりの叙爵は行われたが、勇者の働きに見合ったものではないことは明らかだった。


 どうにも作物の取れないような荒れ果てた土地を押し付けられ、報奨金もはした金だ。現在では領民も数えるほどしかおらず、細々と暮らしているのだという。それならばいっそ平民に戻りたいと爵位の返上を申し出ても、そんな旨味のない土地の管理など国もやりたくはない。なにせ隣国との国境も近い上に、たびたび魔獣が出没する地域なのだ。押し付けられる人間をみすみす手放したりはしない。


 貴族の内情に疎い私だってこの程度のことは把握している。自分たちにとって都合の良い人間を探すのがうまい実父たちが、格下の相手としてブラッドリーを選んだのは間違いなかった。なにせ万が一にも、異母妹が跡取り長女を呪い殺したなんて醜聞が明るみに出てはいけないのだ。できるだけ速やかに、手早く冥婚を行い、さっさと土の下に埋めてしまえばいい。ブラッドリーも自分が冥婚相手に指名された時点で、後ろ暗いことを抱えている家庭だと気づいていたのではないだろうか。それでも彼がこの婚姻を受け入れたのは、それだけ懐事情がのっぴきならない事態に陥っていたにほかならなかった。


 冥婚の儀式はおざなりなものだ。ブラッドリーは、私の棺を抱えて家を出て行こうとしている。ひとりでクリスタルの棺に入った成人女性を抱えることのできる力強さは素晴らしい。だがしかしだ。なぜこの男は、わずかばかりの金を握らされただけで屋敷を出て行こうとしているのか。


『何を考えていらっしゃるのかしら! 冥婚だというのに、今後の経済援助の約束をとりつけないでどうするおつもりです! 口約束なんてもってのほか。書面で残しても、神殿契約でなければ簡単に破るのが貴族ですのに! ああ、なんてこと。たったこれっぽっちのお金で引き下がるなんて』


 馬鹿正直にしてもほどがあると叫びそうになって、私は口をつぐんた。だって、あんぐりと口を開けたまま私を見つめている幼子と目があってしまったからだ。彼の横には、先ほどの犬が仕方のない奴だ言わんばかりの顔をしている。私も先ほど知ったが、ブラッドリーは子持ちだったのだ。


 いくら非常事態とはいえ、子どもの前で「馬鹿」などと言うのはよろしくないだろう。だがしかし、お金は大事だ。お金がなければ、生きていけいない。少なくともお金があれば、この肌寒い時期に、こんな幼子を薄着で出歩かせる必要はない。子どもというのは、もっとふくふくとして、肉付きがよくあるべきだ。骨の浮き出た手足など論外である。


『そこのおちびさん』

「ぼく、ラルフだよ。こっちはいぬのレン」

『おほほほ、そうなの? ではラルフ、私はあなたの新しいお母さまです。わかりますか? 継母というのは恐ろしい生き物なのです。ですから、私の言うことを聞きなさい』

「こわいの?」

『ええ、私は怖いのです。さあ、ラルフ。今すぐこの屋敷の奥の部屋まで走りなさい。もちろんレンも一緒に来るのです。今すぐ!』



 私が追い立てればひとりと一匹は、猛スピードで屋敷の奥に走り出した。棺を抱えていたブラッドリーは、驚いたのかひっくり返しそうになりながら追いかけてくる。放り投げられるのは嫌だけれど、その辺に置いてきてくれても別に良いのだが。


「ラルフ、何をしている。勝手なことをするんじゃない」

「だって、これおかあさまの、ごめいれいだもの。じさんきんとして、もっていくの!」


 そうだ、そうだ。もっと言ってやれ! 加勢をするように犬のレンも大きく吠えている。ちょっとやかましいが、父や継母たちが怯えているのでちょうどいい。これくらいしておかないと、彼らは私の財産を持ちだすことを認めないだろう。


 ラルフに指示しながら、私は貴重な魔導書や魔石などを、どんどんマジックバッグにつめて、ブラッドリーに持たせていく。この男、魔術の才能はないくせに、魔力を身体強化に使うことはできるらしい。さすが勇者の血を引くだけはある。ポテンシャルは抜群のようだ。荷物持ちとして、きりきりがんばっていただこう。


「さすがにこれは、火事場泥棒では?」

「はなむこの、とうぜんの、けんりなんだって」

「どこで覚えたんだ、そんな知識」


 今、この瞬間ですけれど、何か? 私が呪いを解いたら、冥婚などなかったことになる。だが少なくとも今この瞬間、この男は私の夫であり、この子どもは私の子どもである。私は自分の家族に腹を空かせたままでいさせるような甲斐性なしではないのだ。少なくとも、絶対に子どもらしいふっくらとした頬を取り戻させてやる。鼻息を荒くする私の横で、犬もまた激しく尾を振っていた。



 ***



 嫁ぎ先での新婚生活は、意外と楽しいものだった。今までは他人との交流なんぞ百害あって一利なしとばかりに、自分の部屋にこもって魔術の研究に没頭していた。それがどうだ、新しい屋敷で私はなぜか子どもに腹いっぱい食べさせるために料理をし、犬とともに走り回り、夜は一緒に風呂に入り、同じ布団で休んでいる。


 ちなみに資金源は私が持参金として運ばせた魔導具で、料理などを作る際は、魔力でいろんなものを動かしている。魂だけとはいえ、私にできないことなどないのである。


 そもそも今の私に風呂も睡眠も必要ない。本来ならさっさと呪いを解くために、解呪に向き合うべきなのだが、「いっしょにいて」とじっとラルフに見つめられると、弱いのだ。むしろこのラルフを放って仕事に励むことのできる夫のメンタルが強すぎる。まあ、この土地では必死で働かないと食っていけないので、ブラッドリーの行動は何も間違ってはいないのだが。


「おかあさま、どうしておみみがそんなにおおきいの?」

『それはね、お前の声をよく聞くためだよ』

「おかあさま、どうしておめめがそんなにおおきいの?」

『それはね、お前の顔をよく見るためだよ』

「おかあさま、どうしておててがそんなにおおきいの?」

『それはね、お前をしっかり抱きしめるためだよ』


 継母というか、赤ずきんのおばあさんに化けた狼みたいな台詞を言っているが、それなりに仲良くしているはずだ、たぶん。ラルフもきゃっきゃっと言いながら喜んでいるし、犬のレンも一緒に混じってくるから問題ないのだろう。


 ちなみにラルフがふくふくになると同時に、犬ももふもふになり、夫もなんだかがっしりとしてきた。憂いに満ちた影を背負った美青年も眼福だったが、やはり人間は健康的なのが一番である。皆の者、もっと肉を食べるがいい。


 ちなみにここにきてわかったことだが、ラルフは、ブラッドリーの実子ではない。ラルフは流行り病でなくなった妹の子ども、つまり甥だったのだ。貧乏暇なしということわざのごとく、彼は貧しい領地をひとりで切り盛りし、食べるものも覚束ない中、ラルフを育てていた。自分の食事は平気で抜く癖に、ラルフには三食きちんと食べなくてはなんてことを言っているのだ。馬鹿馬鹿しい。父親が倒れたら、ラルフが困るだろう。私は私の家族にひもじい思いなどさせはしないのだ。


 それにしても、ここはどうにも居心地がいい。そもそも怖い継母さまだぞと脅してもラルフは楽しそうにするものだから、妙に嬉しくてついついいらぬお世話をしてしまうのだ。


 私自身は食べ物など死なない程度に口に入れば十分だし、三食きっちり食べる必要性さえ感じていなかった。そもそも金を稼ぐ手段のない子ども時代は、普通の食事をとろうと思うなら、実家の継母に頭を下げて粗末な食事をありがたがって食べねばならなかったのだ。


 そんな惨めな思いをするくらいなら、まずくても保存のきく携帯食料の方がよほどましだった。魔術の才能がわかってからは、それなりに生きていく術を身に着けることができた。力と金があれば、自分は生きていける。そう思っていたはずなのに、このぬるま湯のような生活が妙に心地よい。だからこそ、つい油断してしまったのだ。


 ある日、実家から贈り物が届いたと聞いて、嫌な予感がした。そもそもあの家から自分あてに荷物が届くはずがないのだ。だって彼らからすれば私は既に死んだ人間だ。生きている時にだって贈り物ひとつなかったのに、死んでから何か届くはずがない。何の警戒心もなく包みを開こうとしたラルフに向かって、必死で開けるなと叫んだ。


 けれど間に合わない。箱からは呪いが蛇のように這い出してきて、小さなラルフに襲い掛かった。


『ラルフ!』


 全身の毛を逆立てたレンが呪いの蛇に噛みつく。騒ぎを聞きつけたブラッドリーが大剣で呪いを切り裂いた。呪いの大元は潰したが、このままではラルフの命が危うい。慌てて解呪のためにラルフに魔力を流した。私にかけられた呪いと同じ種類らしく、解くのはそれほど難しくはない。問題は、二人分の解呪を行うほどの魔力を今現在の私が保有していないことだった。


 思わず舌打ちをする。おそらく実家には、私が持ち出してこなかった魔導具がいくつか残っていたのだろう。必要なときに毎回自動的に自分の魔力が補充されるような機構を施したことがあった。ひとつひとつは微々たる魔力で気にも留めていなかったが、そんな魔導具が止まることなく動いていれば彼らだって気が付くはずだ。私はまだ死んでいないと。


 彼らは念のために、追加の呪いを送ってきたに違いない。そして名ばかり貴族のブラッドリーとラルフは、彼らにとって巻き沿いになる可能性すら考える必要のない存在だったのだ。



 ***



 ふつふつと今まで感じたことのない怒りがわいてくる。変な話だが、自分はいつ死んでも別にかまわないと思って生きてきた。この世界に生きる意味は魔術を研究するためであり、家族だとか、恋人だとか、友人だとか、人間関係を築こうなんて思ったことはただの一度もなかったのだ。自分はこの世界の異物なのだから、息をひそめるくらいでちょうどよかった。


 しかし、ラルフは違う。彼は自分なんかと違って生きる価値がある。自分はラルフがもっとはつらつとした笑顔で過ごしているのを見たいのだ。ブラッドリーだってそうだ。彼は不器用だが純粋な男だ。彼はただ剣をふるうことだけを許されたなら、剣聖の名だって手に入れることができただろう。それなのに自分なんかと結婚したせいで、誰よりも大事な甥を失いかけていた。きゅんきゅんとレンが泣いている。


『誰が奪わせるものですか! 私は強欲な継母なのよ。ラルフの命は、私のもの。絶対に渡さないわ!』


 自分にかけられた呪術を解析していたおかげで、ラルフにかけられた呪いはゆっくりと、だが確実に解けていく。しかし思ったよりも、消耗が酷い。魔力は食事などの摂取でも回復することができるが、仮死状態だった自分は魔力の補給が行えていなかったのだ。


 それなのに子どもの世話にかまけているなんておかしな話だ。けれどラルフを放置して、先に自分の呪いを解こうとは思わなかった。ただ目の前の幼子の願いを叶えてやりたかったのだ。


 もしかしたら、自分は自分が思っていた以上に寂しかったのかもしれなかった。目の前の子どもを幸せにすることで、自分を慰めていたのかもしれない。けれどもう今さらどうだっていいことだ。もはや意識を保ってはいられなくなり、魂が棺の中に納められた自身の身体に引きずり戻されるのがわかった。



 ***



 えぐえぐとしゃくりあげる声がする。ラルフが泣いているのだろう。怖い継母が死ぬのだ。万々歳ではないか。ついでに自分が死ねば、残った魔導具やら魔石やらは夫と継子である彼らのものになる。安心してほしい。これで、飢えることなく、今年の冬を越すことができるのだ。


 耳元でレンが大声で吼えている。せっかくうとうとしているのだから、少しくらい静かにしてくれないものか。


「先ほど、声が聞こえた。『ラルフ、触らないで!』と。君は、ずっとそばにいてくれたのか。結婚して、ラルフを我が子として扱っていたのか。美味しい食事が出てくるのは、俺の頭がとうとうおかしくなったからだと思っていた。でも、違った。君が、隣で俺たちを支えていてくれたんだ」


 気づくのが遅すぎて、なんだかおかしかった。妄想だと思いながら食事をしていたなんて、どうかしている。でも、それくらい彼も切羽詰まっていたのだろう。なんといっても、見ず知らずの女との冥婚を承諾するくらいなのだ。


「頼む、目を覚ましてくれ。俺たちを置いて行かないでくれ。『君を愛することはない』と言ったから、俺はラルフのように話しかけてもらえなかったのか。すまない。俺が悪かった。頼む、お願いだ、声を聞かせてくれ。君を妻として愛したいんだ。夫としての責任を果たさせてくれ」


 なんてロマンチックとは程遠い求婚だろう。けれどこの馬鹿みたいに誠実なところが、彼らしい。意識は今にも途切れそうなのに、ちっとも怖くない。そもそも私はそんなせせこましい女ではないのだ。「君を愛することはない」と言われたからといって、へそを曲げたりなんかしない。


 私の声が聞こえないのは、ブラッドリーには魔術の才能がなかった。ただそれだけのこと。せっかく身の内にあれだけ大きな魔力があるというのに、本当に宝の持ち腐れだ。あの魔力をわけてもらえれば、私も生き返ることが可能かもしれないのに。


『旦那さま。短い結婚生活でしたが、意外と楽しゅうございました』


 そこでがたごとと棺が揺れた。「しんじゃいやだ」と泣き叫んでいたラルフが棺を叩き始めたのかと思っていたら、ものすごい衝撃で闇に溶けそうだった意識が覚醒した。ついでにいうと、口の中に一気に魔力が流し込まれるのがわかる。クリスタルの棺が馬鹿力で砕かれたのだ。


 これはあれだろうか、いわゆるお姫さまは王子さまの口づけで目が覚めるという童話の定番的な? 何か色っぽいことを言うべきだろうかと思いつつ、解呪を済ませて目をゆっくりと開くと、泣き腫らした顔のラルフと、片手を血まみれにしたブラッドリーがこちらを覗き込んでいた。


 ああ、なるほど。魔力というのは、肉体に宿るものだ。つまり血肉である。まあ、それは確かにそうなのだけれども。助かってありがたくはあるけれども!!! 甘酸っぱい恋の味どころか、鉄さびの味で目覚めるとはこれいかに。何とも言えない残念さで、面倒くさくなった私はもう一度意識を失うことにしたのだった。


 ちなみにその後、実家はぼっこぼこにして当主の地位はもちろんこちらのものとなった。そもそも興味がなかったので家督争いに参加していなかっただけである。ブラッドリーやラルフが健康で楽しく暮らすためには、お金も地位もそれなりにあったほうがいい。


「おほほほほほ、継母というのは強欲な生き物ですもの。さあどんどん行きますわよ」

「おかあさま、すごい! かっこいい!」

「待ってくれ! 君たちのために働きたい! 愛してるんだ!」

「愛していると言うのなら、惚れさせてみせてくださいませ」

「わっふ!!!」


 荒れ果てていた夫の領地も着々と緑化が進んでいる。大事なひとたちのために魔術を行使することは、自分のためだけに魔術を研究するよりもずっとずっと楽しいことだった。

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