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なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか

空気読めよ!

作者: マンムート
掲載日:2026/05/31


 王都はパニックに陥っていた。


 住民たちはなけなしの家財を手押し車や荷車に詰め込んで脱出しようとして、王都を囲む7つの城門に押し寄せて、盥から溢れる水のように郊外へ逃げ始めていた。


 スラムでは、逃げるところすらない住民が、避難して無人になった地区を略奪し始めていた。


 だが、貴族の住むあたりは妙に静かだった。


 毎朝、王宮に出仕するために行きかっていた馬車は、互いの屋敷を忙しく訪問する動きに変っていた。



 王宮も静かだった。


 平民上がりの下級官吏や侍女たちは逃げ出した上に、貴族が出仕していない王宮は、静かである以外なにもできない。


 時折、王太子妃のヒステリックな声と、壺や皿を叩き割る音、王太子がそれを怒鳴りつける音が響くだけである。



      ※      ※      ※



 事の始まりは、半年前の夜会。


 王太子殿下が、地味で毒も薬にもならないと噂の婚約者を、いきなり婚約破棄したのだ。


 そして、婚約者の妹を新たな婚約者にしたのだ。


 婚約者の妹は、派手で可憐で、いるだけで周りが明るくなる乙女(?)だった。


 元婚約者は、呆然とし、倒れそうになりながらも、婚約破棄を了承して、嘲笑の中、退場していった。


 翌日、元婚約者は身の回りの僅かな品々を、自分によくしてくれた侍女や、仕事をよく補佐してくれた下級官吏に分け与え、「この国を頼みます」と言い残して去っていった。


 実家に戻った彼女は、そのまま除籍され、隣国へ追放されたのだが……なぜか三か月後には、隣国の皇太子の皇太子妃に納まっていた。


 彼女の実直さと有能さ、そしてこんな目にあっても母国を憂える心根、さらに人から愛に飢えたいじらしさが皇太子の心を鷲掴みにしたのだ。



 逆に、彼女が去った王国は悲惨だった。


 王太子も王も王妃も大臣も、元婚約者に仕事を押し付けていたので、抜けられると大混乱。たちまち王宮の機能は麻痺し、ありとあらゆる政務も事務も滞り破綻した。


 王太子の新しい婚約者は浪費するばかりでなにひとつできず、思ったようにならないので、ヒステリーをまき散らすばかりだった。

 王太子は、元婚約者がいなくなった途端、絵に描いたような無能になった。


 元婚約者は子細な引継ぎ書類を残していたのだが、新しい婚約者が


「キィィィィ! こんなむずかしげなもの! お姉さまのわたしに対するマウントだわ! 燃やしてやる!」


 と言って、残らず燃やし尽くしてしまっていた。


 こうなったら元婚約者を呼び戻すしかない。


 王国の使者は帝国へ向かったが、すでに皇太子妃に納まっていた彼女が、ブラック労働を強制していた国へ戻るわけがない。


 だが王太子と新王太子妃は、自分達が困っていると知れば、彼女は仕方なく戻ってくるだろうと思い込んでいて、豪華絢爛な馬車行列をしたて、先ぶれさえなく帝国へのこのこと出発し、なんとか帝都までは通されたものの、皇太子妃に無礼を働いたかどで即刻送り返されてしまった。


 悪いことは重なるもの。


 交渉(?)の失敗を報告された王は、度重なる心労か、ここ10年ばかりサボっていた政務をするはめになったからか心臓が「うっ」となって急死。王妃も更に増えた仕事に耐え切れず発狂し、城壁から転落してこれまた急死。


 誰が見てもボンクラオブボンクラの王太子が王になってしまった。他にいなかったからである。


 ついでに、顔と可憐さだけの王太子妃が、ヒステリーのためそれすらなくした状態で、王妃となってしまった。


 彼らはなにをとちくるったか、自分達は王になったのだから、元婚約者は言う事をきくはずだと思い込み、厚顔無恥かつ高圧的かつ慇懃がなくて剥き出しに無礼な手紙を帝国へ送り付け。


「血を分けた妹が困っているというのに返ってこないとはなんという冷酷な女! そういうところがクズなんだよ! だが、オレは寛大だ。今なら許してやるからさっさと帰ってこい。第二夫人にはしてやれないが気が向いたら情けを与えてやるかもしれないぞ」と。


 帝国に、皇太子妃を侮辱したという格好の口実を与えてしまい、帝国は王国に宣戦布告。


 同時に皇太子自らの率いる帝国の大軍が国境を突破して来た。



 貴族たちは思った。


「我が国はおしまいだ!」 


 だが、こうも考えた。


「これでようやく、あのバカ王も終わりだ」


「帝国のほうがマシだろう。少なくとも、皇太子は有能だと聞く。無闇に虐殺などはしまい」


「元婚約者殿……いや、我が国出身の皇太子妃殿もいらっしゃる。きっと我々の声をきちんと聞いてくださるはずだ」



 彼らはこぞって帝国に協力を誓う手紙を送った。


 心ある者たちは、自国の溜まりにたまったゆがみや問題点を書き綴った手紙を送った。


 意欲のある若手官僚たちは、具体的な改革案を送った。


 即日、彼らの元には帝国軍に同行している皇太子妃からの、懇切かつ心のこもった返書がもたらされた。


「母国を憂える気持ちは、わたくしも同じです。わたくしは国を見捨てたわけではありません。元婚約者である現王と妹一派がわたくしを捨てたのです。共に国を立て直しましょう」と。


 しかも皇太子には、他国にも聞こえるほどに有能な若手官吏や学者までが多数同行しているという。


 皇太子と皇太子妃は、本気で国を立て直すつもりなのだ。



 貴族たちは歓喜した。


 あるものは命が助かったと。


 あるものはこれで母国の膿が一掃されると。



 滅びに近いのに、希望すらあった。





 そんな中、王都に急報がもたらされた。


 帝国国境で守備を任されている辺境伯が、帝国軍に向かって反撃を仕掛けたと。



 貴族たちは憐れんだ。


「時勢が読めない愚かな田舎者だ。滅びたければ勝手に滅びればいい」と。


 王都の貴族たちにとって、武骨で頑固で、馬の上にいる時間の方がベッドにいる時間より長い辺境伯は、時代遅れの遺物に過ぎなかったのだ。



 その翌日。



 王都に続報がもたらされた。


 帝国の皇太子は戦死。


 皇太子妃は捕縛。



 貴族たちは鼻で笑った。


「は? デマにしてもひどすぎるだろう!」



 さらに三日後。


 王都に更なる続報が届いた。


 戦の経過の仔細だった。



 辺境伯は降伏すると見せかけて、帝国軍の油断を誘い。



 谷間に作られていた農業用水用のダムを密かに破壊。


 真夜中、帝国軍の幕営地に濁流が押し寄せた。


 濁流によって混乱した上に分断された帝国軍に、辺境伯の手勢が襲い掛かった。


 奇襲、しかも皇太子の周囲には、僅かな手勢しかおらず、戦闘開始すぐ辺境伯の手で皇太子は首を討たれ。雑兵の手で、皇太子妃は捕縛された。




 貴族たちは何とか落ち着こうとした。


「あ、ありない。絶対にありえない! 何かの謀略だ!」



 だが、事実だった。



 一週間後。


 辺境伯とその軍が王都へ報告にやってきた。


 その一行の先頭には、槍で突きさされ高々とかかげられた皇太子の首。


 続いて、他国にも聞こえるほどに有能だったり将来を嘱望されていた若手官吏や学者たちの首。


 一番後ろには、国を売った裏切り者として、素っ裸にされた元婚約者が裸馬に乗せられて連行されて来たので、信じざるをえなかった。


 ちなみに、皇太子妃の扱いは、売国奴を王都へ連行する時の遣り方として、昔から法で定められた規定に従ったものであった。



 凱旋行列を見て、王都から逃げるに逃げられなかった庶民たちは歓声をあげた。


「救国の英雄だ!」


「いいケツしてる!」


「武の化身だ!」


「うひょぉ! 素っ裸にするとお貴族サマも普通の女だな!」




 貴族たちは悲鳴をあげた。


「辺境伯ぅぅぅぅ! 空気読めよ!」


 彼らにとって、辺境伯の行動は完全に理解不能だった。


 この国はとっくに終わっている。


 新王はボンクラ、新王妃はゼイタク好きのヒステリー女。


 それに加えて二人とも他責思考。


 政務は麻痺し、国庫は空っぽ。救いようがない。


 こんな国、外部からだろうが内部からだろうが、救ってくれるなら大歓迎だろ!



 貴族たちは本気で憤った。


「あの田舎武士が……余計なことを!」


「あんな行列を見せびらかされては、帝国との和解など夢のまた夢だ!」



 悲憤慷慨する貴族たちが集まっていた夜会へ、辺境伯の率いる軍が雪崩れ込んで来た。


 王都で羽ペンより重いものを持ったことがない貴族たちでは、荒くれ揃いの辺境の男たちに叶うわけがなかった。


 わけがわからないうちに、数珠つなぎにされて王宮に連行。



 貴族たちの前で、帝国軍の本営で発見された大量の手紙が読み上げられた。


 貴族たちが帝国と通じていた証だった。


 辺境伯が押収したのだ。


 ボンクラオブボンクラの王は、こんな時だけ決断が早かった。


 顔を真っ赤にして叫んだ。


「裏切り者は殺せ!」



 その後の大量処刑は、実に迅速かつビジネスライクだった。


 王都の中央広場で、屋台が出るほどに集まった大観衆が見守る中。


 貴族たちは次々と首を落とされながら、最後まで理解できなかった。



 処刑の順番が最後だった貴族が叫んだ。


「田舎者めぇぇ! 空気を――」



 最後に処刑されたのは皇太子妃――元婚約者だった。


 王都に連行されてから一か月後。


 処刑の日。


 元婚約者は、王都の中央広場に素っ裸で引きずりだされた。


 一ヶ月の間、どんなむごい目にあっていたのか一目でわかる姿だった。


 大観衆は、屋台で勝った串焼きや焼きそばやジュースや酒を楽しみながら、

「殺せ殺せ!」

「あんな有様じゃ金積まれたってヤレねぇな!」

「売国奴!」「悪役令嬢!」

 と罵声を浴びせ。


 王が

「このひとつきで女の喜びをたっぷり味わえてよかったな! お前がもうちょっといい体してれば奴隷として生かしておいてもよかったんだが……」

 と、クズオブクズの感想を漏らし。


 王妃である妹は、

「お姉さまにふさわしい姿ですわね! おほほほほほほほ!」

 と嘲笑う中、


 死刑囚は、最前列に座った辺境伯を静かな目で見た。


 死がまじかに迫っている人間の様子ではなかった。



「なぜ、こんな国のために戦ったのですか?」


 周囲の凄まじい罵声にも関わらず、その声は辺境伯に届いた。



 辺境伯は静かに答えた。



「儂は愛国者でありたい」


「どのような国であっても?」


「どのようなを基準にすれば、その基準を変えることで、人は簡単に裏切る」



 皇太子妃は微笑んだ。



 彼女の首に太い荒縄が掛けられて、一気に引き上げられた。



 彼女は、激しく痙攣し、惨めに排泄物を漏らし、こときれた。



 周囲が大歓声を上げる中、辺境伯はひとりつぶやいた。


「どんな死も、死は死だ。どんな国でも国が国であるように……」



 皇太子妃の亡骸と、皇太子と貴族たちの首は朽ちるまで城壁にさらされた。



 貴族たちはもう、なにも思えなかった。


 死んでいたので。



 処刑された貴族たちの領土は全て王家に没収された。


 そのうちの三分の一が辺境伯に与えられることになったが、辺境伯は「儂はやるべきことをしただけです」と固辞し、そのまま領地へ引き上げていった。


 王は、何のためらいもなく、没収した領地や金銀財宝を独り占めにした。



 王も王妃ももちろん反省することはなく、一気に増えた王室財産を使って、贅沢三昧我儘三昧の日々を送った。


 だが2年で王は王妃に飽きて、側近と密通したという証拠をでっちあげて、処刑。


 新しい愛人を王妃にした。


 だが3年後、それにも飽きて処刑。


 そして半年で次のも処刑。


 新しい愛人を王妃にしては、飽きて処刑した。


 だが王を止める者は誰もいなかった。


 帝国は、何度も復讐戦を企てたが、ことごとく辺境伯にはばまれた。


 その辺境伯も、王の5人目の愛人の「あのジジイ目つきがこわーい。あたしのグラマラスボディを狙っているのよ! いや~ん♪」という讒言で、王都に召喚され、反乱と横領の罪を着せられて処刑された。


 処刑は王都の中央広場で行われた。


 暴政と過酷な徴税で疲弊しきった民衆が虚ろな目で見守る中、辺境伯は縛り首になった。


 最後の瞬間まで、何も言わなかった。



 国境の守りが消滅し、今度こそ帝国が……と、ひそかに希望をいだいた貴族もいたが。


 帝国は遠征続きで疲弊し、さらに他国境にも火種を抱えていたため、何もできなかった。


 その上、有望な皇太子とその治世で辣腕を振るうはずだった若手人材をことごとく失ってしまっていたのは大きかった。


 これ以降、帝国は急激に衰退していくことになる。



 王は生涯、6回王妃をチェンジし、最後は7人目の王妃の腹の上で腹上死した。


「おおおおおっ。うっ」


 が最後の言葉だったという。



 めでたしめでたし。


たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、


評価や感想をいただけるととても励みになります。


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― 新着の感想 ―
救いが無い! でも、歴史小説好きだと耐性があるから問題無しw こういうの、色々と考えを巡らせられるので好きです 他国に侵略してもらって国を改革ってテロリストの理屈だよなぁと それに手紙を書いて処刑さ…
まあ、諸悪の根源がほぼ報いを受けんかったって点じゃ後味が悪すぎるのは否定できんな、うん。共犯の方は充分酷い目にあったけど。 ただ、辺境伯自体はむしろ武人の鑑と絶賛してもいいし、悲劇の英雄ではある。 …
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2026/06/03 19:55 コペルニクスの使徒
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