狙われているのは、君のほう。 ―Noin side―
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第45弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「誤読をされるのは、君のほう。」の後の話です。
※こちらはヒーロー・ノイン視点となります。ヒロイン・オルガ視点もあります。
「今日道案内したよ!」
口元に少しだけ不敵な笑みを浮かべて、言われる。
「道案内?」
「うん。洗濯物が飛んじゃって、追いかけたんだけど」
「外に出たんですか」
遮って問うと、彼女は少し眉を寄せた。
「はあ? 洗濯物干してるから出てるに決まってるじゃない」
「続けてください」
対象不明の第三者が、自宅周辺でオルガに接触をしている。
促せば、彼女はするすると喋る。
心地の良い声の高さ。意識していないのに喋り方も、それに伴う動きも他人を楽にしてしまう……それなのに。
見た目も、なにもかもが、どこにでもいる、ふつうの。
「飛ばした肌着は無事でしたか?」
「すっ、好きで飛ばしたんじゃないよ!」
むっとして軽く睨みつけてくる意識が、羞恥にほうへ向く。
「俺の下穿きが飛んでいったら、放っておいていいです」
「なに言ってるの!」
「そんなものより、君のほうが大事です」
「なんで私と下着を比べるの?」
「さあ、なんでですかね」
軽く笑うノインに、オルガは顔をしかめた。
**
翌日の夕方。
居間の食卓の上にある包みに、視線が向く。
「なんですか、これ」
「昨日の人がくれた」
なんでもないことのように、オルガは言う。
彼女は興味がそもそもないだろうことが、わかる。
包みを手に取ると軽く、中を確認すると焼き菓子だった。
「明日、職場に持って行ってもいいですか?」
持ち上げてそう尋ねると、彼女は少しだけ驚き夕飯の支度をしている手を止める。
「いいよ。私は食べてないし、ノインに全部あげる」
「ありがとう」
微笑むと、「ん?」とオルガが怪訝そうにする。
「そんなにお菓子が食べたかったの? いま食べてもいいよ」
食いしん坊な君とは違います。
と、言いかけて、ノインはやめた。少し怒らせることは予測できるし、菓子から意識をそむけたい。
怒らせるよりは。
「今から夕飯ですし、明日にします」
「それもそっか。
フッフッフッ。今日はね、ちょっと違う一品があるよ」
「また自分の分を減らしたんですか」
「し、してないよ!」
上擦った声を聞けば、わかる。
甘いものが好きなくせに、手をつけずに残されていたこと。
際限なく使える金銭はないが、食べるのに困らないくらいはあるのに関わらず、自分のほうを削る癖。
迂闊なものを口にしない警戒心はあるが、奇妙なくらい外見と合致しない無防備さ。
「冷たいものばかり食べていたら、おなかを壊しますよ」
「のっ、残り物なんだから冷えてるに決まってるでしょ!」
ぷんすか怒る様子も、一切計算が見えず、幼稚さが少しうかがえる。
彼女の年齢なら、すでに消えている善性と、純朴さ。無知でも無垢でもなく、ただ、無防備なだけ。
大人になるにつれ備えるものを、今のオルガは持っていない。
そして――。
彼女のような人間は、他人に確実に利用されて、消費され……きえる。
「そんなことでお腹を壊すわけないし」
ぶつぶつと文句を言っている。
ノインは包みを彼女の視界に入らないように、隠した。捨てるか、もしくは同僚にでもあげよう、こんなもの。
**
「道を訊いた人、また来たよ」
聞いた瞬間、ノインの中で確実にスイッチが入った。
「また?」
「うん。お礼、気に入りましたかって」
徐々に警戒度は上げていたが……ほぼ確定した。
対象は、接触そのもの、を……目的にしている。
「もうお礼をしてもらう理由はないから、扉を開ける理由もないしね」
彼女は自身の中にある基準で判断しているから、理由がなければ知り合いでもない男に対してこういう雑な対応になる。
ノインも以前、その中にいた。
いわば、その他大勢、というものだ。
夫になったからといって、彼女の中でその他大勢から外れることはない。
彼女の家族でさえ、その他大勢であり、特別扱いがない。
だれも特別にしないから、自分の中に踏み込ませない。
それなのに。
「ど、どうだった?」
「? 味ですか」
「おいしくなかった? お店のものだから大丈夫だと思ったんだけど、私が作ればよかったね」
他人が邪な感情で近づいたとは、微塵も思わない。
外見が特別でもないのだから、そういう対象にならないと本気で思っている。
けれど、特別になろうとしてここまできたノインは彼女の言葉に、口角が自然に上がった。
菓子作りも得意じゃないくせに、やろうとする。
ただの夫なら、そんなことまでしようとは思わない。
自宅周辺の確認回数を増やしたい。
巡回ルートを調整したいところだが、昼の配置はほぼ固定されている。
小隊長のトールに打診したところで、却下されることは火を見るよりも明らかだ。
現在は、彼女に対して実害がない。以前も似たようなことがあったが、未遂で終わらせたから理由としては挙げられない。
苛々が募ると、発散したくてたまらなくなる。
**
翌日、彼女から例の男の話が一切出なかった。
姿を見せなかったということがわかるし、オルガは興味すらないから気にも留めない。
しかし。
ノインの中でさらに警戒が上がる。
間を空けたということは、観察段階に入った可能性が高い。
行動が一段進んでいるのだから、もはや時間の問題だった。
そして、その日はやってきてしまう。
**
昼の巡回は市場の区画。人が多い場所をトールの小隊は担っていた。
「おまえ、たまには愛想よくしろよ……」
同じ小隊のジョスが溜息混じりにぼやくが、ノインは無視した。
べつのことに集中していた。
異物が混じれば少しでも気づけるように。
普段よりも、さらに集中して音を拾う。
荷車の軋み。布の擦れ。すべてを分離して認識する。
「さっき、騎士に声かけたんだけど無視されてさ」
聞き取っていた中に、引っかかる言葉があって瞬時に全神経がそちらに向いた。
通りすがりの男の会話だ。
足が止まる。
「どこで?」
「6区のほう。なんか急いでたみたいでさ」
6区。
現在の巡回は複数人単位で、単独行動はない。
街の人間の言葉を無視する理由もない。
騎士に偽装した、単独行動者だ。
思考が切り替わり、優先度が最大に引き上げられた。
自分の位置関係を即座に再構築するべく、脳内がすさまじい速度で動いた。
現在は市場中央。自宅は6区の外縁。最短経路を割り出し、ノインは駆け出した。
引き留める声は彼には届かない。
視線が近くの繋ぎ場へと動く。商人の馬を疾走しながら視界に捉え、一瞬で距離を詰めた。
「借りる」
言いながら縄を解いた。
「お、おい!」
制止の声など聞こえていないように無視して鞍に手をかけて馬に跨り、踵で腹を蹴った。
馬が走り出し、すぐに速度をあげる。
直線は少ない。人は避けなければならない。
荷車の間を抜け、角は減速しないように速度を維持した。
前方に荷車が幅いっぱいに広がっており、引き手がこちらを見ていない。
手綱を引いて、わずかに減速した。すぐに脇を抜ける。
再加速し、頭の中で時間を刻む。
市場を抜けて一分。
5区境界で二分。
合わせて三分が経過した。
まだ大丈夫。だが余裕のある時間ではない。
倉庫区である6区に入り、人の密度が一気に落ちた。
ノインは速度をさらに上げた。
直線を取り、目的地へと急ぐ。
ノインの視界に自宅の門が入った。閉じている。門は、閉じているが。
馬を門前で止め、飛び降りるとそのまま中へと踏み込んだ。
空気が違っている。
人がいる。数は、二。
足音を殺す必要がないため、そこに気を払わない。
玄関扉が開いており、男の背中が見えた。
二人の距離は近く、オルガは後退している。視線は男に固定されていて、事態の深刻さを……なにが起こっているのかを理解していないことがわかった。
距離は三歩。
男の右肩が動く。
手が伸びる予備動作を、模擬戦や普段の訓練時同様に、薄桃色の瞳がその動きの癖を見抜く。
一歩目で間合いに入るために踏み込み、左手で相手の手首を外側から叩いた。
軌道を逸らすのと同時に、右足を相手の足の外側に差し込み、体重を前に崩す。
体勢が浮いたのは本当に一瞬の出来事で、そのまま肩口に体を当てて押し込み、壁に叩きつけた。
息を詰まらせる音をノインの耳は確実にとらえていたが、間を置かずに相手の首元……鎖骨の下に指を滑り込ませていた。
神経を圧迫する位置に力をかける。抵抗はくるが……遅い。
肘を折って関節を固定し、逃げ道を潰して体重を乗せ、床へと押さえ込んだ。
相手の意識を落とすために、顎の付け根に短く一撃を与える。
すべて過剰な力を使わず、必要な分だけ。
崩れ落ちた音は最小で、なにが起きたかわからない速度で処理をされたものではあるが、ノインとしてはかなり手加減をしたほうだ。
視線を男から外して、振り向く。
驚いているオルガの姿が目に入った。
だが、顔色が悪い。
どうせまた、悪い想像をして、混乱して、心配して、たくさん……きっと、たくさんのことを俺に向けたのだ。
緊張していた体から一気に力が抜けたので、ノインは支えるように抱き留めた。
ああ、足元の塵が邪魔だ。
「ご、ごめ……あんしん、したら……」
声が震えている。
「もう大丈夫です」
「はー……。びっくりしたぁ」
男に迫られた割には呑気な声音で、それでも、心底安堵しているのはわかった。
きっと状況を正確に理解していないが、それでいいのだ。
それで、いい、が。
時間差で遅れてくる恐怖。
もし、あと三分遅れていたら……そんな思考の前に、顎に指をかけて顔を上げさせて唇を重ねた。
深く、長く。
時々本当に、彼女がご馳走のように思えて困る。
「も、もっ、ちょ」
貪っていたのに、タイミングをみて彼女が離れた。舌打ちしたくなる。
真っ赤になったと思ったら、目を瞬かせてすぐにべつのことに意識が向いたのを、本当ににくたらしく思ってしまう。
「さっきの人は」
オルガが視線を落とし、仰天するというよりは理解が追いつかずに不思議になっていた。
「なんか……気絶してる? 大丈夫かな」
は?
「気にしなくていいです。君が気にするのは、こっちです」
もう一度舌をねじ込んでやろうとしたのに、困惑の眼差しを向けられた。
「ま、まだするの」
「嫌ですか」
「嫌じゃないけど……」
気が散っている。
「…………塵が気になりますか」
小首を傾げられたので、よくわかっていないのだろう。
全部終わってからでいいか。
切り替えて、言い聞かせるように微笑んだ。
「今日はこれ以降、誰が来ても扉を開けないでください」
「え? わかった」
「俺は少し、詰所に戻ります。帰りはちょっと遅くなるかもしれないので、気にせず寝ててくださいね」
頷いているけど、彼女が集中していない。
邪魔な足元の男を蹴って、玄関から外側へと動かす。
「では行ってきます」
襟首を掴んでずるずると門の外へと引っ張り、一度手を離した。
門を閉めてからノインの表情が消える。
男の視線がこちらと合い、意識が戻ったのかと冷たく見遣った。
軽く屈んで小さく告げた。
「触るな」
**
詰所の扉を、ノインは足で押し開けた。
昼の時間帯なので、詰所の中の人数は多い。
視線が一斉に向いた。
「……なんだそれ」
誰かが呟いた時には、肩に担いでいた物体を床に放った。
鈍い音を立てて、転がる。
無表情のノインは短く。
「拾いました」
ひろいました???
あまり喋らないこともあり、そこにいた騎士たちは意味を図りかねて顔を見合わせていた。
「顔やばくないか?」
「死んでないです」
即答するノインの言葉を確認するためか、近くにいた一人がしゃがみ込んで男の顔を覗き込む。
「……生きてるな」
「気絶してるだけか」
打撃で腫れあがった頬だけではなく、唇は切れ、さらには片方の目元がうっすらと腫れ始めている様子に……何人かの視線が誰がやったかわかってそちらに向かう。
無傷で相手を制圧することもできるノインに、「罪状は」と誰かが尋ねた。
「家に入り込もうとしました」
端的な言葉のあとに、付け加えるように続ける。
「女性相手に、強引な接触」
しん、と静まり返った。数人の顔色が変わる。
「……証人は?」
「俺です」
「……おまえかよ」
誰かが小さく息をもらした。
「どうした」
奥から近づいた足音の主は、ノインの所属する小隊の、小隊長を任されているトールだ。
視線を落とし、転がっている男を見てから……ノインへと目線を動かす。
「説明」
「6区外縁、自宅付近で不審者を確認。侵入を試み、対象に接触。……制圧しました」
トールがじっと見てきて問うたため、ノインは端的に答える。
「……やり過ぎてはいないか」
「最小限です」
一切躊躇いのない言葉。
「……まあいい」
トールが息を吐いた。
「動機は?」
「勘違いです」
ノインの言葉に、誰かが吹き出した。
トールが怪訝そうに続ける。
「勘違い?」
「自分に好意があると誤認していました」
空気が微妙に歪んだが、ノインには気にした様子がない。
意識が戻りかけているのか、床の男が呻いた。
そして、焦点の合った男の視線がノインと合う。
「ひっ」
顔を引きつらせた。
その様子に誰かが眉をひそめたが、ノインは興味もないからか男から目を逸らした。
「記録を取る」
トールの言葉に、近くにいた騎士が机から紙を引き抜く。
男の肩を、覗き込んでいた者が素早く押さえた。
「名前は」
短く問うトールの声と同時に、紙の上で筆が走る。
問われた男は震え、答えない。声にならない音を何度ももらすだけだ。
トールは小さく溜息を吐いた。
「ノイン」
「はい」
「なにをしたんだ」
「必要な処理です」
悪びれもせず、表情も変えずに言ってのけるノインは、トールから視線を外さない。
数秒経ってから、やれやれとトールが呆れた。
「無断離脱、馬の無断使用、管轄外への急行、単独行動の規律違反……。
ノイン、おまえはもう帰れ」
「報告は」
「おれがまとめておくから、今日はもう、家に戻れ」
「……命令ですか」
口頭注意だけ。言ってみれば、軽い自宅謹慎ということだ。
犯罪を未然に防いだという明らかな結果をノインが持ち帰っている以上、必要のない罰は与えるわけにはいかないのだろう。
「命令だ」
「了解」
静かに言ってから、ノインは身を翻して家路へと急ぐように歩き出す。
「優しいな、トール小隊長は」
誰かが小さく言ったその声を、ノインは拾いはしなかった。
*****
当日、午後。
厩舎にグラナードを入れ、裏口から入りながらノインは気分を落ち込ませていた。
前は警告一度で済んだのだが、今回はそうもいかなかったからだ。
計算通りに自宅に間に合わせたが、「遅い」と自己嫌悪に陥っていた。
溜息が落ちそうになるが、家の中まで持ち込むわけにはいかないので思考を切り替える。
「ただいま」
「あ、おかえり。早かったね」
返ってきた声にノインは少し硬直してから、表情を緩めた。
「自宅待機を命じられました……謹慎ですね」
告げると、オルガがぎょっとしてから駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫? なんで謹慎なん」
て、と言いかける前に抱き寄せた。
腕の中で驚きつつ「どうしたの」と声がした。
「なにかあった、の!?」
顎に手をかけて上向かせ、素早く唇を重ねた。
深く。
舌を差し入れて逃がさないようにする。
「……っ、ん……」
息が乱れるが、構わずに続けた。
抱き込む力を強めて、さらに密着する。
呼吸がしばらく混ざっていたが、ようやく少しだけ緩めると腕の中のオルガが真っ赤になって細かく震えていた。
「……すみません」
「すみませんじゃないよ! 本気で心配してるのに!
なんでそんなにキスしてくるの! もおおおおおっ!」
癇癪を起こしたように拳を握り込んで唸る。
「ゆっくりします」
「ゆっ!? そういうこと言ってるんじゃないって! …………」
こちらの顔を見てから、彼女は急に押し黙り「はいはい」とばかりに何度も小さく頷く。
「ちゃんとするから任せて! よし来い!」
「…………」
なにが任せてで、なにがよし来い、なのか。
彼女の中では筋が通っているのはわかるが、どうせ、落ち込んでいるから励まそう程度なのだろう。
思考回路が読めないことが愉快になったノインが、堪らず吹き出した。
「なんで笑うの!?」
「す、すみません……。ふ、ふふっ……じゃあ、ちゃんとしましょう」
抱き上げると「へえ?」と変な声を出された。
「寝室でしましょう」
言葉にすぐさままた真っ赤になり、仰け反る。
口を何度か開閉してから悔しそうに「わかった……」と洩らす。
「ぐっ、こ、これで元気が出るなら……うぅ、負けない……」
俯いて小さく言っているのが聞こえて、ノインはまた笑いそうになった。
彼女の中では、勝手になにかの勝負が始まっているようだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




