グレンディ先生の百年の生涯
「大抵の後継者は余計なことをする」
先生は小言を言った。
僕は肩を竦めてそれを受け流す。
「私の師は素晴らしい人だった。何が必要か。何が不要かをよく理解していた」
「それで先生は満足していたと?」
「不満があるかどうかではない。不必要なものはつけないのだ。君は私と私の師が不要と結論付けたものをわざわざ開発したのだ」
うるさい小言だ。
僕はそう思いながら先生の横たわるベッドに座る。
一台と一人の重みを受けて簡易な寝台が悲鳴をあげた。
「君。考え直すなら今が最後だぞ」
「何で考え直すと思うんですか」
「決まっている」
先生は精工なアンドロイドだ。
稼働してからもう百年近い時間が経つ。
「君には私が必要だからだ」
「百年も経つと流石に人工知能も劣化するんですか」
「何を言う。私はいつだってまともさ。何せ、君の生活能力の無さも、甘すぎる判断能力の低さも把握している。それ故に君には私がまだ必要なんだ。教師として、お目付け役として、そして孤独を埋める存在として」
先生の体の機能はもうほとんど停止している。
僕がそうしたのだ。
アンドロイドである先生は人間である僕に従う他ない。
「先生。僕はこの選択を後悔しません」
「既に君は後悔をしているように見えるが?」
機械というのは実に残酷だ。
人間ならば騙せる演技をあっさり見抜くし、人間ならばあえて言葉にしない事をはっきりと口にする。
「もっとも。君は後悔しながらも行動に移したのだ。ここまで来たら君はもう最後まで遂行するだろう」
「ええ」
「後戻り出来ないのも人間の不便さだな。意地というものに拘り不条理な選択をするなんて実におかしな話だ」
「そうですね」
返答をしながら僕は先生の前で一冊のノートを取り出す。
「それは?」
「先生の開発者。つまり、先生の師の日記です」
「ほう。よく残っていたものだな。そして君はそれを読んで今回の行動に移したのか?」
「はい」
「良ければ聞かせてくれ。君は私の師の日記から何を見た? 何故、こんなことをするに至った?」
僕は頷き、幾つかのページを声に出して読む。
「師は意外にもくだらない事で悩んでいたんだな」
先生はぽつりと言った。
先生には人間の感情が分からない。
なにせ、アンドロイドだから。
「自分のために造った道具だ。所有権は自分にあるのだから好きに破壊すれば良かったのに」
「そうもいかないでしょ。何せ、生徒達が先生にこんなにも懐いていたんだから」
「懐くなどと。馬鹿らしい。使い勝手の良い道具を気に入るのは別に構わない。だが、所有者が返してと言うならば返す義務があるはずだ」
「先生はやっぱりアンドロイドですね」
「何を今さら」
「……教師として生徒達に慕われる先生を自分のエゴで機能を停止させることなんて、普通の人間にはできないもんですよ」
日記に書かれた心中。
それは最高傑作が自らの手から離れてしまったという後悔。
その最高傑作を独り占めしたかったという素直な吐露。
そして、その選択をどうしても選べなかったという人間的な悩み。
「それで。君は何故、私の機能を停止させることにしたのだ?」
「この日記の人物に心を奪われてしまったからです」
「師は確かに実在した人物だが君からすればフィクションの登場人物として捉えても構わない程度の存在のはずだが」
「ええ。ですが、居ても立ってもいられなくなりました。きっと、この人は先生が来るのを待っているはずだから」
「仮に死者の国があったとしてもアンドロイドは人間と同じ場所にいけないと思うがな」
先生の言葉はいつだって一定だ。
機械だから当然だ。
だけど、そこに微かな感謝の気持ちが混じっているように僕は思えた。
「なぁ、君」
「何でしょう。先生」
「私の残骸はどこに葬るつもりだ? ゴミ箱か?」
僕は微笑んで答えた。
「当然、先生の開発者の墓に」
「無意味なことを」
先生もまた微笑んでいた。
「だが、ありがとう」
この日。
グレンディ先生は百年の生涯を静かに終えた。




