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婚約破棄されたので悪役ヒロインはじめました  作者: ぴゅあぴゃあぴんく
婚約破棄編

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エリカの追放

「だが、その前に私から一つ、訂正と新たな決意を述べさせていただきたい」



――リオン様の表情が変わる



シャンデリアの魔道光が、彼の頬を照らす色を静かに変える。わずかに出来た影の隙間から、銀の眼光が鋭く輝いた。


(リオン様・・・・・・?)


わたくしは言葉を失い、その横顔をただ見つめるしかなかった。貴族たちも異変に気づいたのだろう。会場に、ざわざわとした小さな波紋が広がっていく。


「古の約定は、帝国の伝統と秩序を守るためにあった。 白月家の尽力も、誰より私が理解している……だが」



——だが



その言葉の先を誰もが息を呑んで待つ。今まで、この瞬間まで信じていた幸せな未来が足元から崩れていく。そんな予感に胸が震えた。


(どうか・・・・・・この先は仰らないで・・・・・・)


願いも虚しく、リオン様の瞳がわたくしを通り越す。

遥か彼方の未来を見ているかのように。


「ゆえに・・・・・・私、リオン・ヴァン・アルブレオは新たなる帝国の未来を築くために宣言する!!」


そこで彼は一呼吸を起き、聴衆と化した貴族たちに視線を配る。まるで、皇帝が国民に演説を聞かせるように。


「エリカ・フィオレッタ・白月侯爵令嬢との婚約を、この場を持って完全に破棄とする!!」



――ハキ?



言葉の意味が理解できない。いや、理解するのを拒んだのかもしれない。どうか遠くの異国の言葉の様に感じた。


シャンデリアの魔導光が遠い星の瞬きのように見えた。


耳がざわめきを拾うけれど、音なのか、それとも人の声なのか、判断できない。意識が海の底へ引きずり込まれたようだった。


「まさか……」「白月家が……」「嘘だろう、前代未聞だ……」


貴族たちの言葉が、途切れ途切れに浮かんでは消えていく。もう、全てがどうでも良くなった。わたくしの全てが、いま、終わりを告げられたのだ。


そして、混乱と騒動の最中、リオン様が次の言葉を紡ぎ始める。


「古き約定はここに精算された!」


その言葉は、白月家とわたくしと決別する宣言の様に聞こえた。ここにわたくしの居場所はない。


気がつけば、会場の入口へと向かっていた。一歩、また一歩と、夢遊病の様なふらついた足取りで。


途中の男性貴族たちのいやらしい視線が、更に心を締め付けた。


「ここからが新たな帝国の夜明けとなるだろう! 皆々様方に、是非とも私を支える新たな婚約者を紹介したい!!」


リオン様が最後の言葉を言い終える、その瞬間、広間の入口にたどり着いた。これ以上ない最悪なタイミングで。



――扉が開く



あの香水の匂いがふわっと漂う。過去のわたくしと未来の彼女が交差する。朦朧とする意識の中、天使の様な微笑みを浮かべる少女を、確かに見た。


薄桃色のフリルとボリュームのあるカールがかった髪が揺れる。


お互い言葉は交わさない。ただ、すれ違うだけ。


「シャーリィ・フォン・リーデル、彼女こそが私と帝国の未来を支えるのです!!」


一際大きいリオン様の声と、会場を埋め尽くす拍手がわたくしの後ろで響いた。





その日を堺に、わたくしの境遇は目まぐるしく変化した。リオン様に捨てられた女として、社交界から哀れみと嘲笑の対象となったわたくしを、夜会に誘う貴族はいなくなっていった。


ただ、部屋に閉じこもり天井を見つめる日々。


両親もそんなわたくしを見かねたのか、ついにある決断を下した。白月家からの追放である。


「貴様は最早白月ではない」


それが父と最後に交わした言葉だった。


わたくしの追放先に選ばれたのは、帝都から遠く遠く離れた最北端に近い高地。


『ノット・フォーゲットの丘陵』と呼ばれる、帝国の人々でさえ正式な名を思い出せない、正に忘れられた地だった。


幾度も馬車や船を乗り継ぎ、わたくしは数週間かけて、やっと辿り着いた。この地に白月の遠い祖先が残した屋敷があるという。そこが、わたくしの新たな居住地となる。


荒れ果てた沼地を馬車で突っ切る。夜の沼地から吹き付ける風は、じっとりとした湿気を含んで、わたくしの頬をいやらしく撫でた。


きらびやかな帝都の灯りが恋しくなった。夜でも昼のように照らしていた光は、この見果てぬ辺境の地までは届かない。



――なぜ?



――どうして?



問いかけても返ってくるのは、虫の羽音だけ。帝国の威光ですら届かない最果てに来て、ようやくもう二度と戻れないのだと悟った。


涙が頬を伝わり、震える手の甲へと落ちる。


リオン様に婚約破棄をされて以来、死んでいた感情こころに再び火が灯ったように感じた。馬車の窓から景色を見ても、夜の闇が全てを塗りつぶしている。


わたくしの未来を暗示するような暗い闇を、ただひたすら馬車で走る。新たな屋敷へ着くのはおそらく夜が明ける頃。





どれほど、時が過ぎたのだろう。漆黒だった闇が、気づけばわずかに色を変え始めていた。深い藍色が、地平線の端からゆっくりと這い上がってくる。


幕が引いていくように、少しずつ夜が明けていく。


馬車の揺れる音だけが、静寂を満たしていた。

涙は、もう乾いている。


(一生分の涙を流した気がするわね……)


怒り、失望、絶望、全て涙で流した気さえしてくる。


窓の外を見てみると、暗闇に埋もれていた自然の輪郭が、ぼんやりと浮かび上がり始めた。



――わたくしは、もう『エリカ・フィオレッタ・白月』ではない



その事実が、ようやく心の奥底まで染み渡る。痛みも悲しみもいつの間にか消え失せて、ただ澄み渡るような静けさだけがあった。


空の色が、さらに淡く変わっていく。薄紫が薄桃色に溶け、淡いオレンジの光が雲の切れ間から顔を覗かせる。


そして、遠くに、ぽつんと小さな屋敷のシルエットが見えた。朝日を背に、寂しげに佇んでいる。


忘れられた地に建つ、忘れられた屋敷。捨てられた女の新たな居場所。


馬車がゆっくりと速度を落とす。夜の終わりを告げるように、小鳥のさえずりが聞こえてきた。


(すべてを失ったわたくしは、ここで何かを為せるのでしょうか?)


その問いかけに返事はない。


ただ、眩しい朝の光がわたくしの手の平をほんのりと照らしていた。


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