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ネフィイルム  作者: ハニー・キルヴァ
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第十八~三十二章


第十八章 ダー・バーダ(死神の山)


「ベイル。ここにイリミヤを置いていくわけにはいかない。イリミヤも連れて行くよ」

「コウがそうしたければそうするがいい」

 反対されると思ったがベイルはイリミヤを連れて行くことをあっさりと認めた。それにあの事件以来ベイルはすっかり喋らなくなった。イリミヤとも変に距離をとっている。きっとイリミヤに申し訳ないんのだろう。それは分からないでもない。無実の罪をこんなに可愛らしいイリミヤに押しつけようとしたのだから。イリミヤは僕の手をしっかりと握りしめにっこりと笑った。可愛らしいイリミヤ。僕も笑い返さずにはいられない。

「コウよ。着いたぞ。ダー・バーダだ」

「一緒に来たのだから言われなくても分かるよ」

 素っ気ないベイルの態度に僕も味気ない態度で返した。目の前にそびえ立つダー・バーダは壮大だった。もちろんここから頂上をうかがい見ることは出来ない。無数のどす黒い岩からなるダー・バーダ。不気味だがどことなく神秘的な感じがする。

「伝説ではこのどこかに赤い盾が隠されているのか… 」

 七色の大陸の物語が不意に頭をよぎった。でも今は伝説に頼るときじゃない。

 僕はここでまず紅い目の能力を手に入れるはずだった。でも絶体絶命の危機を前にその能力はすでに開花している。残されているのは武器の想像だ。

「ベイルとりあえず武器の想像だね」

 でもベイルは何も喋らずまるで不審者でも見るようにこちらを見ている。

「なんだよベイル。何か気に入らないのかい。イリミヤのことをまだ気にしているの? 」

 もう僕は怒っていないのに。そう言いかけて途中でやめた。

「そうではない。おかしいのだ」

「何がおかしいの? 」

 するとベイルは突然マントを勢いよく後ろへ回した。マントがベイルの後ろでばさばさと揺れている。そのたくましい体は全身黄色い甲冑で覆われていた。ありきたりだが中世ヨーロッパの騎士が身につけるような鎧だ。でも肩当てや膝当てにはトゲのような突起物があり、よく見るととても独特な形をしている。

「格好いい鎧だね。どうして今まで隠していたの? 」

「別に隠していたわけではないが… 見せる必要もなかった。それにネフィルム族は本気で戦うとき以外マントをとらない」

 ベイルはほめられたのが恥ずかしかったのか少し照れくさそうに笑って見せた。

「それで今見せたと言うことは今見せる必要があるからだよね」

「そうだ。通常鎧は死神と契約を交わし目の力を手に入れたときに自然と想像され体に表れる。これもまた契約の記でもある。目と同じ色の鎧が体に浮き出るのだ」

「ええ? おかしいじゃない。僕のどこにも鎧なんて張り付いてないよ」

「だからおかしいと言っている。もしかしたらお前の契約はすっかり終わってないのかもしれない」

「それってどういうこと? 」

「私にも分からない。全く計りきれないメシア様だ」

 ベイルはあきれたように首を左右に振って見せた。

「とにかく山に登るぞ。武器は山の中腹にある”創造の源“と呼ばれる洞穴の中で創るのだ」

「それじゃあアキラもそこで… 」

「そうだ。ただ洞穴は一つではない。我々が向かっているのはサーダとは違う洞穴。そこでお前がアキラに会うことはない。それにアキラはすでに武器の創造を終えている可能性が高い」

「そうか… まだアキラには会えないんだ… 」

 死界に来てからどれくらいの時間が過ぎたのか。死界は朝も昼も夜もない。時間さえも存在しないと思えるほどだ。空にはこの世界で唯一色を付けた丸い石が浮かんでいる。それは人間界で言う月とよく似ている。でもネフィルム族が【永遠の金貨】と呼ぶこの月は光こそ放たないが、人間界の月とは比べものにならないくらい美しい。完全な球体で金色に輝いている。金の丸い固まりが浮いている感じだ。

 ネフィルム族は唯一色を持つこの巨大な石を神のように崇めている。ネフィルム族にとって金色は特別な色だ。そう支配者に相応しい色なのだ。

「あの色はアキラに相応しい色なのかなーー… 」

 僕は永遠の金貨を眺めた。アキラに会えないのは残念だがアキラに近づいたのは間違いない。そうだ一刻も早く山に登ろう。山の頂ーー そこがゴールかもしれない。もしかしたらそこで全てが終わりるかもしれない。

 僕は走馬燈のように繰り返されるアキラとの思い出を頭の隅に追いやり、悪しき旅が終わることを願いながらダー・バーダを見つめた。未知なる力。大いなる力を引き出せしネフィルム族の聖地ダー・バーダ。ふみ込んだとたん、とんでもないことが起きるかもしれない。

「何がおきるんだろう」

 僕は緊張しながらも興奮をおさえきれず、ゆっくりとダー・バーダに足を踏み入れたーー が、拍子抜けするほど何も感じなかった。何の感覚もない。特に変わったこともなく僕の体に鎧が浮き出ることもなかった。

「何も感じないよベイル」

「もう少し登ってみよう。何か変化が起こるかもしれない」

「そうだね」

 多少落胆しながらも何か変化が起きることを期待して山を登り続けた。足場は鋭い岩が無数に突き出ていてすぐに足が切り傷だらけになった。ムー・シーから生傷が絶えない。一体どれだけのキズが刻まれたんだろう。

 現れるのは小さな生キズばかりで鎧は現れる気配もなかった。でも登るたびに右目に鈍い痛みが走り、上へ行くほど増していった。銀の目に襲われて以来すっかり消え去っていた痛みが新たに蘇えってきたようだ。

「ベイル。なんだか右目が痛み出したよ」

「そうかそれは何かの兆候かもしれない。もしかして力の覚醒が始まったのか? お前に何が起きるかは予測不可能だからな」

「ベイル。今覚醒したらまずいよ。間違いなく金の目にはならない」

「それはそうだ」

 まるで投げやりな態度をとるベイルに僕はしかめっ面で返した。イリミヤは気を遣ってか、僕の顔をしきりに眺めてにっこりと笑っている。可愛らしいイリミヤ。君は僕の疲れ切った心を心底いやしてくれる。

 激しくなる右目の痛みをこらえつつ、黙々と歩き続けた僕たちは思ったよりも早く創造の源と呼ばれる洞穴に着いた。洞穴は思った以上に大きかった。普通巨人であるネフィルム族が使うのだから大きくて当たり前と言えばそうだけどーー

 深さは思ったより浅く五メートルほど。下ではなく真っ直ぐ正面に掘ってある。高さは五、六メートルといったところだろうか。幅は同じく五、六メートル。丸くはなくざっくりと四角く掘ってあり穴の上には何か模様のようなものと文字が掘られていた。

 死語ではない。本かテレビで見た覚えがある。古代ヘブライ語ではないだろうか。古代ヘブライ語が旧約聖書の言語として使われていることを考えればまず間違いないだろう。ベイルに内容を聞こと思ったが意地悪く違う方向を向いている。まだイリミヤのことを気にしているのか。意外と器が小さい。するとイリミヤがにっこり笑ってこう読んだ。

「創造の源 神がお許しなった 唯一の創造 許しは一度 偉大な力を手に入れよ」

 可愛らしいイリミヤ。器の小さな誰かさんとは大違いだ。僕は親しみとお礼を込めてイリミヤの頭をなでた。ベイルは気に入らない態度をありありと表情に浮かべ素っ気なくいった。

「さあ、穴に入って座るのだ」

 横柄な態度は気に入らないが、まあ、仕方ない。僕は洞窟の入り口に手を当てて言った。

「でもベイル。どうやって武器を創造するのさ」

「私も経験がないのでうまくは言えないが穴に入れば自然と分かるそうだ」

「そうか… 分かったよ」

 少し頼りないと思いながらもベイルが言ったとおり洞穴に入り座り込んだ。誰に言われたわけではないがあぐらをかいて座禅をするように手を膝の上に置いた。その時だった。

「うっ 」

 突然右目がカッと熱くなった。まるで熱湯でもかけられたようだ。でも痛みは全くない。紅い目の能力を発動したときとはまた違う感触だ。でも間違いない。これは力の発動。

 ガタガタと体が揺れる。今度は体全体が燃えるように熱くなってきた。やはり苦痛はない。むしろいい気分だ。力がどんどん湧き出るような感覚。

「凄い! 凄いぞ! 」

 血がわくのを押さえきれず、飛び上がって、踊り、叫びたい気分になった。偉大な力を手にするとき誰もが今の僕のような気持ちになるに違いない。しばらくすると目の前がチラチラとしてきた。

「光、光だ」

 体全体、いや、洞穴全体が二色の色で光り出した。光が強くなる度偉大なs力が血液のように体の中をまわり始めた。もうこらえきれない。

「うをおぉぉぉぉぉぉ!! 」

 僕は理性のないどう猛な野獣のように吠えた。興奮が波のように襲ってくる。ベイルとイリミヤがあっけにとられてこちらを見ている。ベイルに言わせればこれもまた普通ではないんだろう。

 僕は例えようもない優越感に浸っていた。体中が紅と橙に光り輝き見たこともない素材がぐにゅぐにゅと動き回っている。まるで生き物のようだ。二色の素材はゆっくりと僕の体中を包み込んだ。そして二つの光が消えたとき、僕は新たな力と紅と橙に色分けされた美しい鎧を身にまとっていた。


第十九章 新たなる力


 僕はひとまず洞穴をでた。特に理由はない。単にベイルにこの鎧を自慢したかっただけだ。ベイルは驚きを隠せず得体の知れない者を見るような目で僕を見ている。二色に彩色された鎧を見てベイルは言った。

「コウ。新たなる力を手に入れたな。しかも鎧は二色。お前は二つの能力を手にしたのか。しかもそのような色は死界には存在しない。その色は一体… 」

 驚くベイルに僕は誇らしげにいった。

「これは橙色だよ。ベイルが初めて目にする色だよね」

「この色が橙… というのか。伝説の色。お前はその目の色の力を… 新たなる未知なる能力を手にしたというのか!? 」

 ベイルは高ぶる感情を隠しきれずぶるぶると震えている。

 そうだ。確かに僕は新たな力を手に入れた。僕の目に焼き付いた新たなる呪文。橙の目がもたらす新たな力。それば紅の目の力をより強固とする力だった。でもそれをベイルに話すわけにはいかない。この能力を知るものは今この死界に誰一人としていないのだから。

「いや、ベイル。確かに鎧は二色。目の色も橙に変えることも出来る。けれど能力は発動しなかった。きっとこれは相手をかく乱させるためのものだと思う」

 ベイルは明らかに疑いの目差しでこちら見ている。僕はすかさず橙の目を発動させた。初めて目にする橙の目にベイルは驚き息をのんだ。どうやら橙の目はベイルを黙らせるのに十分すぎるほど効果があったようだ。

「そうかただの飾りか。確かにいくらお前が特別でも二つの力を同時に持てるはずがない」

 ベイルは納得したふりをした。ベイルが完璧に信用していないことは僕にも分かる。でもこれでいいのだ。ベイルは納得していないようで納得している。誰も知らない新たな力を他人に喋るなんて愚かなことだ。もし僕が橙の目の能力を自慢げに喋ったなら愚かな奴と逆に愛想を尽かされたに違いない。それにしてもベイルはよほどこの鎧が気に入ったらしい。羨望の目差しでこちらを見ている。死界では決してあり得ない二色の鎧。きっと珍しいんだろう。うんともすんとも言わないベイルを横目に僕は洞穴へと戻った。

「何だよ。せっかく自慢しよう思ったのに。気の利いた台詞はないのかい? 」

 でもベイルは反応しない。座り込んでからちらっと除いてもベイルそのままだった。

 僕はそんなベイルをうとましく感じながら目を閉じ精神を集中した。目を閉じてすぐにイメージが流れてきた。武器を創造するイメージがまるで滝のように頭の中に流れ込んでくる。止めどもなくありとあらゆる必要な知識が流れ込み、まぶたの奥にイメージを焼き付けていく。

 ぱっぱっぱと絵が移りこみ一度焼き付いた絵は消えることがない。そうか武器はくうで無から創る。目の前の空をつかみ形に変えていく。つまり空気をつかみ形成していく。頭の中で形をまとめ、目の前の空をつかみ、粘土をこねるように形を作ればいいんだ。

 でも僕は完全に武器を創造する前にどうしてもベイルに聞いておかなければならないことがあった。それは銀の目の能力。あの時僕が予測した力で間違いはないのか。用心に越したことはない。

 僕はベイルを威嚇するように橙の目に変えた。

「ベイル。武器を創造する前にどうしても確かめておきたいことがある」

 声が洞窟の中で反響して二重にも三重にもなって聞こえてきた。するとベイルはかがみ込み洞窟を覗きながらやはりきたかといった風で僕を見た。

「銀の目の能力のことだけど。僕の想像は間違っていないよね? 」

 ベイルは僕を睨み付けたまま黙り込んでいる。何かを考えている。もしかして僕の考えは間違っていたんだろうか。しばらくしてベイルが重い口を開いた。

「コウよ。それは言えない。長の命令であるしそれに卑怯ではないか? 」

「相手は十分すぎるほどに僕の紅い目の能力を知っていると思うけど? 」

「そう知っている。紅い目の能力はな」

「うっ 」

 僕は言葉に詰まった。つまりベイルこう言っている。相手は紅い目の能力は知っているが橙の目の能力は知らない、それで互角ではないかと。確かにそれは言えている。言葉には出さないがベイルは橙の目がただの飾りでないことくらいとうにお見通しなのだ。

 僕はベイルの口から銀の目の能力を聞き出すのは諦めた。いいさ。ベイルの口からそれは聞かない。長い沈黙の後僕は武器の想像を始めた。

「それじゃあ始めるよ。見ていてもいいけど集中するから黙っていてね」

 嫌みったらしくぶっきらぼうに言った。でもベイルはにやにやといやらしく笑うだけだった。対照的にイリミヤはこぼれんばかりの可愛らしい微笑みを僕に投げかけてくれた。

「この二人本当に同じ民族ネフィルム族なんだろうか? 」

 とりあえず二人が僕に無言の声援を送ってくれていることに間違いはないはずだ。僕は目を閉じて集中した。紅い目橙の目。僕の能力は守りに優れている。だから僕はこの守りの力を更に強固にした武器を創りたい。もちろん未知の力を持つ銀の目の能力も念頭に置かなければいけない。それにふさわしい武器にしなければならない。

「決めた! 武器はこれしかない! 」

 僕は空をつかみこね始めた。手を握り細く延ばしていく。

「もっと、もっとだ。もっと長く」

 太さを決め適当な長さを決めると一流の鍛冶職人が造る美しい曲線をイメージした。

「装飾は美しいものにしよう。手に持ちやすく。ここは少し太くしてみるか」

 創るうちに武器に“特別な能力”を付けられることが分かった。

 予想はしていたがこれほどとは。

「なるほどこれは重要だ」

 焦ってはいけない。時間はある。ゆっくり考えるんだ。がらくたが並ぶ骨董品の中から価値ある一品を見つけるように、よく見、触り、吟味する。まがい物を選んではいけない。今はっきりと断言できる。サーダが銀の目の能力を教えたくない理由。それは武器に条件を付けることで銀の目の能力に対応することが出来るからだ。完全には無理かもしれないがある程度は対応出来る。

「そう条件は大切だ」

 よく考えて決めなければならない。やはり銀の目の能力を知っておいたのは賢明だった。

「さあ、考えるんだ。銀の目の能力に対応する条件」

 僕は何度も何度も頭の中で銀の目との戦いをシミュレーションした。そして条件を決めると最後に武器の形成に入った。空が光り出し形を縁取っていく。

「長い! ここで傾けないと」

 まだ全貌を見せない武器を斜めに傾けた。光はゆっくりと形をあらわにしていく。少しずつ光は小さくなっていき数十分かけて完全に消え去った。そして想像が全て終わったとき僕の中で新しい第三の力が光り輝いた。完成した武器を見たベイルが興奮しながら言った。

「おおおおぉぉぉぉそれが! 」

 僕は武器を持ち意気揚々に想像の源の洞穴から出てきた。

「そうだ! 新たな力! これが僕の武器だ!! 」

 大声で叫ぶと武器を灰色の空に高々と突き上げた。手の中で美しく光り輝く弓がその存在感を損分に示していた。


第二十章 石獣ヴァーム


 想像の源と呼ばれる洞穴で僕は大きな力を二つ手に入れた。。

 一つめは橙の目。いまだかつて二色の目を持ち二つの能力を使えるネフィルム族はいない。それに橙の目を持つ者もいない。だからこの能力を知る者は死界にはいない。

 僕にとって力強い武器になるだろう。

 そして二つめは創造された武器。紅い目で守りを中心とした戦いでは接近戦で戦うのは危険だ。離れて攻撃できる弓がもっとも適していると考えた。

 形はアーチェリーをモチーフにして日本の弓のように細く長くした。両方をミックスしたような形だ。高さは僕の背を超えている。全体に唐草模様の美しい刺繍が掘ってある。素材はクリスタル。と言っても本物のクリスタルであるはずがなく、クリスタル風の石と言った方が正しいんだろう。

 やはりというか。死界では武器といえども色を付けることが出来なかった。だから薄く透明にした。でもやっぱり透明度はクリスタルにはかなわない。弓を持つ僕の手はひどくゆがんでうっすらとしか見えなかった。

 ちなみに矢もクリスタル風。弦を引いた瞬間に矢は自動的にセットされる。矢は無限。いくらでも打つことが出来てしまう。弓の最大ともいえる弱点が僕の弓にはない。

 そして重要なのが武器に条件が付けられる事だ。もちろん条件を好きなだけ盛り込むのは無理。条件には当然のように制限がある。だから条件はよく考えてつける必要があった。僕は武器を創る大半をこの条件に注ぎ込んだ。結果は上乗。それは僕の自信に満ちた表情が物語っているはずだ。

 満足げに武器を吟味ずる僕を見たベイルは珍しさからか始めこそ喜んでいたが、しばらくすると遠くから狙って敵を倒すなど邪道だと言い出した。事実武器を創造したネフィルム族はみんな槍や剣で飛び道具を創造したものは一人としていないらしい。

 確かにそう言われれば郷で大鎌以外の武器を持ったネフィルム族を見かけたが、みんなまがまがしい巨大な武器を持っていた気がする。これは僕にも言えることだが創造された武器は空気のように軽い。どれほど大きくしようが関係ない。軽くぶんぶんと振り回すことが出来る。だからみんな邪魔にならない程度に大きくするようだ。

 ベイルに臆病扱いされて内心いい気持ちはしなかったが、僕は戦い好きなネフィルム族とは違う。野蛮人のようにただ剣をがちがちとあわせて危険を楽しむつもりなど毛頭ない。僕には僕のやり方がある。それで戦うしかないんだ。そう… 戦うしかーー 

 ふと天運なる戦いが頭をよぎった。

 いや、アキラとの戦いを避ける手だては必ずあるはずだ。

 僕は迷いを振り払い歩き続けた。しばらくするとベイルが僕の肩に手を置いて言った。

「あそこだコウ」

「え? 頂上? そこにアキラがいるの! 」

 僕は興奮を抑えきれず自然と早走りになった。でもどう見ても頂上とは思えない。先の見えない上り坂はまだまだ続いている。

「いやまだ頂上ではない。確かにアキラは頂上にいる。しかしアキラに会うには【試練の洞窟】を通らなければならない」

「試練の洞窟? 」

 僕が不安そうな目でベイルを見つめるとベイルはにやりと笑った。

「たいそうな名前がついているが心配することはない。武器を想像したものが武器の力を試す場所だと考えればいい。つまり武器を想像したものは必ず洞窟でヴァームを相手に武器の威力を試すのだ」

「ヴァーム? 」

 どうやらそれは武器を試す相手の名前のようだ。

「ヴァームを相手にした証としてその鎧の左の胸に十字架が刻まれる。武器を想像した者の胸に十字架がないと臆病者として生涯はずかしめを受ける。いやしくもお前はメシア候補。胸に十字架が無いことは許されない」

「え? それってーー 」

 強制だ! きっと洞窟を通らなくても頂上へは行ける。一刻も早くアキラに会いたいのに。でも仕方ない。どういってもベイルには通じないのはわかっている。がちがちのネフィイルム族め。まあ命まで奪う試練とは思えないしさっさと終わらせよう。

 僕は言われるまま試練の洞窟へと向かった。洞窟の入口は唐突に現れた。変に山になじんでいる感じがした。穴から時折強い風が吹き付けてくる。一見すると穴は何か巨大生物が掘ったような跡にも見えた。例によって穴の上には古代ヘブライ語で何か書かれていた。

 僕が文字に目をやると喋りかけたイリミヤをさえぎるようにベイルが言った。

「試練の洞窟 許されし想像の力 その力存分に示せ」

 ベイルがイリミヤにちらりと目をやる。イリミヤがくやしそうにベイルを睨んだ。睨んだ顔までもなんと可愛らしいイリミヤ。それに比べて、

「なんて意地の悪いネフィルム族! ベイル! 」

 するとベイルが乱暴に僕の肩を押した。

「さあ、コウ。洞窟に入れ! 」

「やっぱり憎たらしい! いいさ! 入ってやるよ」

 僕はベイルを睨み付けると意気揚々と穴に入っていった。

 すると入ってすぐに嫌な臭いが鼻をついた。生ゴミが腐ったような臭いか動物の死臭か。とにかく臭い。僕は顔を歪めると腕で鼻を押さえ洞窟を進んだ。振り返るとベイルとイリミヤが何事もないようについて来た。

 恐るべしネフィルム族。完全体に近づくと嫌な臭いさえも消し去ることが出来るのか。僕だけがこの異臭と戦わなければならないとは… 急に不愉快になりすたすたと早足で歩いた。とにかくこの試練を早く終わらせてしまいたい。すると突然目の前が開けた。

「ドームだ! 巨大なドーム! 」

 半球体の洞穴は野球が出来るほどの広さがあった。ドームの中は風もないのにゴーゴーと騒がしい音がこだましている。天井の中央には十字架の形に刻まれ穴が開いていた。十字架の穴から灰色の空が見え永遠の金貨が光っていた。

 床も壁も何かで磨いたようにつるつるで床には直径六,七メートルほどの穴が無数に開いていた。どうやら騒音はこの無数の穴から聞こえてくるようだ。穴は真っ暗でまるで底が見えない。小さな石を落としてみたが床に落ちる音が聞こえることはなく、不気味な穴の深さを確かめることは出来なかった。

「なんろうこの穴は? 巨大なモグラでも住んでいるのかな」

 巨大モグラ。この考えは間違ってはいなかったが当たってもいなかった。

 僕はこのあととんでもない生き物を目にする。その生き物ヴァームは唐突に現れた。

 穴をのぞき込んでいるとベイルが大声で僕の名前を呼んだ。

「コウ!ーー… 」

 振り向くと入口でベイルとイリミヤが何かを伝えようと叫んでいるようだった。でもドームに響き渡る騒音で何を言っているか分からない。イリミヤが手話で何か伝えている。自分の背中を指さしている。

「背中を見ろ? と言っているのか? 」

 嫌な予感を感じながら恐る恐る振り向くが何も見あたらない。すると一瞬、ドームにこだましていた騒音がぴたりと止んだ。そして再びベイルが叫ぶ。

「コウ気をつけろ! 今度は左後ろの穴だ! 」

「今度? 左後ろ? 」

 僕は再び恐る恐る振り向いた。するとそこにヴァームがいた。

 二.三メートル先の穴からぬっと顔を出している。そのあまりに異体な姿を見た僕は石像のように瞬き一つすることなくその場で硬直してしまった。その時気がついた。

「騒音が消えている」

 ヴァームが顔を出した瞬間から騒音は消えていた。

「そうかドームの騒音はヴァームが穴の中を移動する音だったんだ」

 ヴァームは絶えず地面の下をはい回っているらしい。そしてモグラたたきゲームのように時折穴から顔を出す。

 僕はヴァームを巨大なモグラと言ったが実際は違っていた。ヴァームは巨大なミミズだった。しかし厳密に言えば死界の生き物がミミズであるはずがない。その体には無数の鋭い石が鱗のように張り付いているし色もピンクではなく灰色だ。胴回りは直径にして三メートルといったところか。決定的なのは目があることだ。しかも無数に。数えてみると紅く怪しく光る目が十個もあった。

 そしてもう一つ耐え難い特徴がヴァームにはあった。それは体から発せられる悪臭。その臭いは相当なもの。ドーム全体を、いや、洞窟に入ってから臭っていた悪臭はヴァームの体臭そのものだったんだ。体から垂れ流されるぬるぬるとした灰色の液体。これが臭いの元だ。あまりの臭さに顔を歪ませるとヴァームは顔を出した穴に吸い込まれるように消えてしまった。

「どこへ行った? いや、どの穴から出てくる? 」

 同時にゴーゴーと凄まじい音がドームを包み込んだ。ヴァームはこの無数に空いている穴から出てくるはずだ。

「どの穴だ… 」

 注意深く穴を見つめる。すると三メートルほど離れた穴からヴァームが勢いよく飛び出してきた。ヴァームはすぐさま空中で弧を描き僕にめがけて突進してきた。

「これがヴァームの攻撃か!? 」

 そうヴァームは体当たりをして相手を倒すんだ。倒すか倒されるか。ネフィルム族らしい解りやすい試練じゃないか。

「よし! 行くぞ! ヴァーム! 」

 紅い目がカッと光る。僕は体当たりされる寸前で紅い目を発動しヴァームをやり過ごした。

 ヴァームは僕をすり抜け違う穴へと移った。間一髪で避けたつもりだったがヴァームの緑の液体が足先にべっとりと付いていた。慌てて足を上げると液体はねばねばと納豆のように糸を引いた。その瞬間、

「こ、これは? 」

 絶句した。初めて緑の液体の高い能力に気がついた。

 この液体はやっかいだ! 早くとらないといけない。すぐさま液体を手で払うと量が少なかったのが幸いし液体は簡単に取り除く事が出来た。もし液体が付着したままだったら大変だった。この緑の液体はひどい臭いを放つと同時に数秒で固まってしまうからだ。もし体全体に緑の液体を浴びたら悪臭と身動きがとれないので一巻の終わりだ。

 その後もヴァームは何度となく攻撃を仕掛け緑の液体をミサイルのように飛ばしてきた。僕は緑の液体をかけられないように慎重に紅い目を使いヴァームをやり過ごしていった。

 そのうちにヴァームの攻撃パターン、そしてどの穴から飛び出してくるかが分かるようになってきた。

「ヴァームは僕の右隅、あの穴から飛び出してくる」

 すると予想通り僕が指摘した穴から飛び出してきた。ドームでヴァームを目で追うのは無意味だ。それよりも耳で聞く。いや、耳で見なければならない。ヴァームが出てくる穴は少し、本当に微妙だが他の穴より音が少し大きくなる。最初にヴァームが出てきたときすでに気付いていた事だ。そしてそれはヴァームにもいえることだった。なぜならヴァームは僕が動くわずかな音を関知して居場所を確定しているからだ。

 そういえる理由の一つはベイルとイリミヤがこのドーム内には入ってこないこと。数人の足音があってはヴァームが試練を受ける者の足音を見分けられなくなるからだ。そしても一つ。ヴァームは僕が移動して数秒してから現れる。僕の足音を聞いてい位置を確認している証拠だ。

 すべて判った。もう逃げる必要はない。僕の武器を使えば難無くヴァームを倒すことが出来る。僕は逃げ回るのをやめ弓を構えた。

「さあ、戦闘開始だ! 」

 弦を引くと同時に矢がつがえられる。狙いは分かっている。そう、ヴァームの弱点。それは十中八九あの十個の目だ。右に丸い灰色の玉が五つ。同じく左に五つ。計十個の目が奇麗に対に並べられている。全ての目が弱点なのか、その内の一つが弱点かは分からない。でもどちらでも構わない。

「全ての目を打ち抜いてやる! あの穴… いまだ! 」

 僕は勢いよく飛び出してきたヴァームの不気味な紅い目に狙いを定めて矢を放った。矢は電光石火に走り抜け一発でヴァームの目を一つ貫いた。紅い目が真っ黒になる。ヴァームはグニャグニャと体をくねらせ穴の中に消えた。明らかにダメージを与えている。

「おおー! 」

 ベイルの驚きの声が耳に届いた。きっとこの武器の性能と威力がベイルの予想以上だったからだろう。スピード威力扱いやすさ。どれをとっても剣を大きく上回っている。

 僕はにやりと笑い再び弦を引いた。つがえらられた矢の先端がきらりと光る。

「僕の矢は絶対に的を外さない! 」

 矢は光を帯び、目にもとまらぬスピードで走り抜け“確実”に標的をとらえてくれる。武器を想像する際にイメージしたとおりだった。試練の洞窟で武器の試し打ちが出来たのは吉と出たようだ。矢をつがえながら少しずつ移動する。ざくざくと土を踏みならす音がする。

「さあ、ヴァーム出てこい…ーー 」

 でもなかなかヴァームは出てこない。目を打たれ警戒しているのか。それともたまたま急所の目を貫いたのか。いや違う。それが証拠にドームにけたたましい騒音がこだましている。まるで怒って叫んでいるみたいだ。

「来る… 」

 微妙だが足下にある四つの穴から聞こえる音が大きい。この下をヴァームがぐるぐると回っている。よく耳を澄ませば、さらにどの穴からヴァームが出てくるかは予想できる。

 僕は耳に全神経を集中させヴァームが現れるのを待った。

 まだ目は九つある。右側の穴の音がかすかだが大きくなった。弓を構える。予想通りヴァームが飛び出してきた。次の矢も外れることなく目を貫いた。苦しそうにヴァームが穴に逃げ込む。もう決着はついた。僕に負けはない。まさに完璧な戦い方だ。

 ヴァームはダメージを受けるたび穴に逃げ込むがそれが僕にとっては好都合だった。どんな武器だって完璧じゃない。必ず何らかの欠点がありもちろん僕の武器だってそうだ。

 それは矢を放ってから次の矢をつがえるまでの時間だ。

 一度矢を放ったら二秒待たなければ次の矢をつがえることが出来ない。これは武器を想像するときにすでに分かっていた。でも問題はない。なぜならその欠点を補う力があるからだ。

 それこそ紅い目の力。姿を消す能力だ。この能力の精度はかなりのもの。姿を完全に消し去る事が出来る。例えばカメレオンが擬似的に周りの色に体の色を変えて姿を消すと言った中途半端なものじゃない。消えている間は誰も僕にふれることは出来ない。極端な話落とし穴があっても消えていれば落ちることなく歩くことが出来るし、仮に飛び道具で攻撃されても体をすり抜けてしまう。だから姿を消している間は完全に無敵状態でいられる。でも当然紅い目の能力にも欠点はある。それは姿を消せる時間に制限があることと後に発生するリスクだ。

 僕の場合、マックスで十秒間。なぜマックスと言ったのか。さらにこの能力には力の反動があるからだ。もしマックス十秒消えてしまうと、その倍、つまり二十秒間姿を消せなくなってしまう。二十秒姿を消せないのは致命傷だ。だから姿を消すのはせいぜい、二、三秒にしなくてはならない。だからヴァームがダメージを受けるたびに逃げてくれるのは好都合という訳だ。

「さあ、来い! ヴァーム! 」

 僕はわざと大きく足踏みをしてヴァームを威嚇した。すると怒ったヴァームはジェットコースターのように猛スピードで穴から出てきた。

 僕はさっと姿を消しさりヴァームをやり過ごす。その間二秒。消えている二秒の間に矢をつがえる。そして姿を現しすぐさま矢を放つ。能力の反動四秒のリスクと同時に武器のリスク二秒発生。でも能力のリスク四秒を消化する間に武器のリスク二秒は消化できるので結果は四秒。その四秒の間ヴァームは穴に逃げ込んでくれる。

「完璧だ! 完璧な戦い方! 」

 この繰り返しで一度も外すことなくもう九つの目を貫いた。イリミヤが大はしゃぎで手をたたき、ベイルは腕組をして感心したようにうんうんとうなづいていた。

 僕はヴァームの最後に残った目を確認すると調子に乗って十発目の矢を、ヴァームに背を向けて放った。壁に刺さると思った矢はブーメランのように見事な弧を描いて見事にヴァームの最後に残った目に命中した。

「ギュギュグギュウウウー 」

 叫び声のような雄叫びを上げながらヴァームは精根つきはてたように、ダラリと体を傾け重力に逆らうことなく穴の中に消えていった。ドームをたえず騒がしていた騒音も消えさり、すがすがしいまでの静寂がドームを包み込んだ。

「やったぞ! ヴァームを倒した! 」

 僕は絶叫した。初めて感じた充実感。何かをやり遂げる素晴らしさを生まれた初めて知ったような気がした。すると天井の十字架の穴から金色の光が入ってきた。永遠の金貨から発せられた光のようだ。金色の光は小さな十字架となって僕の左胸に焼き付いた。

 光は十字架を一つ焼け付けるとその位置を変え再び十字架を焼き付ける。その繰り返しで左右五個ずつ、計十個の十字架を左胸の鎧に焼き付けた。

 僕は得意になって鎧の十字架をイリミヤとベイルに見せた。イリミヤがぴょんぴょんと飛び跳ねて手をたたいて喜んでいる。まるで一流マジシャンのショーでも見たかのような異常な喜びようだ。でもベイルは十本目の曲芸じみた打ち方が気に入らなかったのか、怖い顔で僕を見ている。ほめる気など少しばかりも無いといった感じだ。なぜかは想像がつく。

「ああ… さすがにヴァームはもう動かないよな? 」

 僕はベイルの視線を避けヴァームが消えた穴を除いた。ヴァームが消えたのはドームのど真ん中一番大きな穴だった。

「やっぱり真っ黒だ。何も見えないや」

 そう言ったとき、奥の方で紅い小さな光が見えた。ビー玉ほどの紅い光。色を持つ物体は死界では珍しいことだ。

「なんだあの光は」

 食い入るように見ていると、突然黒い物体が凄まじい音をたてながらもの凄いスピードで迫ってきた。

「まずい! ヴァームだ! 」

 まだ動く力があったのか。僕は能力を発動しようと身構えた。その時だった。

「え?! あっ、こ、これは! 」

 それを見た僕は思わず絶叫した。

「そうか! ヴァームの本当の弱点は! 」

 僕は見た。確かに見た。それに見とれて消えることをおこたってしまった。その結果、ドームに響き渡る爆音と共に僕は意識を失った。


第二十一章 再会


「コウ… 大丈夫か… コウ… コウ… 」

 誰かが僕を呼んでいる。

「誰だ… 僕を呼ぶのは… 」

 頭がくらくらする。うっすらと記憶がよみがえる。

 ヴァームを倒し… 穴を覗いた… そして… 見た… 見た! 僕は見た! ヴァームの目を! そうだ! ヴァームには! 僕は意識を取り戻すと同時に飛び上がり大声で叫んだ。

「ヴァーム! ヴァームだ! ヴァームに十一個目の目があった! 十個の小さな目の最後に大きな目があったんだ! あいつ! でかい目を閉じて隠してたんだ! 」

 興奮して足のモモを数回たたくとふと我に返った。すると目の前でベイルとイリミヤが心配そうに僕を見ていた。僕はきょとんとして二人を見つめた。

「な、何があったの? 」

 まだ意識がはっきりとしない僕にベイルはにやりとして小馬鹿にするように笑った。

「まだ詰めが甘いな。最後の最後で油断した。お前は見事にヴァームに体当たりされ吹っ飛び壁にたたきつけられた。穴の中に落ちなくてよかった。穴に落ちていたら間違いなく死んでいた。何せ体中の骨という骨が砕けていたのだから。もっとも穴に落ちなくても私がいなければ数分で死んでいたがな」

「そうか… ベイルが助けてくれたのか… 」

 僕が悔しそうにしているとベイル穏やかに話し始めた。

「落ち込む必要はないぞ。お前はたいしたものだ。実は試練の洞窟へは必ず黄の目の者が同行する。あの黄の目をバカにしていたザイルガでさえ黄の目の者が同行した」

「それはどういうこと? 」

「つまり試練の洞窟では皆がヴァームに吹っ飛ばされ死ぬほどの致命傷を受ける。だから黄の目の者が同行しなければならないのだ。お前のようにヴァームに挑んだネフィルム族は全て黄の目が治療したというわけだ」

 ベイルは自慢げに微笑み僕にウインクした。そして僕の左胸を指しながら誇らしげに十字架の数を数えて言った。

「その鎧に刻まれた十字架の数。それはヴァームの目を打ち抜いた数! そして今まで十字架を一番多く刻んだのはザイルガの六個。つまりコウ、お前は死界で一番と言うわけだ。それに十一個目の目があることは私でさえ知らなかった事実だ。その十字架を見たら郷の猛者どももさぞや驚くことだろう! 」

「僕が一番! 」

 僕は先ほどの悔しさを忘れ嬉しくて飛び上がって喜んだ。でもふと疑問に思った。今までの最高がザイルガの六個? 

「ちょっと待ってよ。サーダは幾つだったの? 」

「サーダは試練を受けていない。サーダが武器を想像したのは銀の目になってからだ。故にその必要はないと誰もが納得した」

「なんだ… そうか」

 どうやら僕は暫定一位のようだ。とりあえずよしとして歩き出そうとしたとき、ベイルとイリミヤの首に小さな石が掛かっていることに気がついた。

「あれ、ベイル。その首に掛かっている石は何? 試練の洞窟に入るまでしてなかったじゃないか」

「これか。これは消臭石。洞窟の中は臭いからな。この石は半径一メートルほどの臭いを完全に無臭に出来る特殊な石だ。洞窟にはいるときには必ず身に付ける」

 ベイルはにやっと嫌らしく笑った。

 こいつ、殺す! 生まれて初めて僕は殺意を覚えた。でも僕はこの悔しさをベイルに知られたくなくて目を細めわざと笑って見せた。

「へー 死界には便利な石があるんだね」

 でも後で聞いた話だがベイルが消臭石を渡さなかったのは意地悪ではなく、それも試練の一つとのことだった。ドームではある意味見えない敵と戦うことになる。ヴァームは穴の中に消えるために、目、視覚が使えない。そして強烈な臭さから、鼻、嗅覚が使えない。つまりドームでの戦いでは、耳、聴覚をフルに使うことが大切だったのだ。

 戦いによっては五感を極限まで高めろ。最後にベイルはそう言った。僕もなるほどと納得し、消臭石の恨みは綺麗さっぱり消えて無くなった。

 試練の洞窟を出てからどれくらい経ったのか。しばらくするとあたりに黒く濃い霧が立ちこめてきた。ここは山の頂上付近。さしずめ黒い雲といったところだろうか。するとぼそりとベイルがつぶやいた。

「黒の輪廻… 」

「黒の… 輪廻…ーー 」

 僕は反復した。

「この霧は生死の境。この霧の中で死神は生死を繰り返すという… この黒い霧が晴れたとき、お前のメシアとなる戦いが始まる。天運なる戦いが」

 ベイルが厳しい顔で言った。生死の境。黒の輪廻。この霧が晴れたら戦いが… いや、ちがう! この霧が晴れたらーー

「アキラに会えるんだ… 」

 否応なしに胸が高まった。会ってどうするのか。いや、どうなるのか。今は想像も付かない。

「アキラはどうなっているんだろう? アキラの心は… 」

 僕はすでに自分の心の奥底にある黒い欲望に気づいている。この死神の偉大な目の力に魅了されている。この力を超える力があるのなら手にしたいとも思い始めている。アキラはどう思っているんだろう。僕よりも数段優れている銀の目を手にしたアキラは… もし、メシアの金の目が互いの死によって以外手に入らないとしたならアキラはどうするのかーー

 いいようない不安に押しつぶされそうになりながらあらゆる妄想が頭を駆けめぐった。でも今はそんな事を考えても仕方ない。答えは目と鼻の先に死者のように静かに横たわっているのだ。僕は嫌な考えを頭から振り払った。

「もうすぐだ… あそこにアキラがいる! 」

 手から汗が吹き出し体が小刻みに震えた。黒い霧は晴れついに僕は生死の境をこえた。もう頂上は目の前だった。すると汗ばんだ手をイリミヤがぎゅっと握りしめ、心配そうに僕を見つめた。僕はこくりとうなずくとイリミヤの震える手を握りしめたままついに頂上へと着いた。その瞬間、

「うっ! 」

 イリミヤの手を離し両腕で思わず体を包み込んだ。殺気を感じる。一瞬、ネフィイルム族の郷に入ったときのことを思い出した。死を押しつける殺気。ぎんぎんと殺気を放っている。氷のように冷たい殺気。このまま浴び続けたら凍傷にかかってしまう。そう思われるほどだった。

 でももう昔の僕じゃない。誰とでも対等に渡り合える力と自信を持っている。こんな殺気に押しつぶされることはない。それにしてもこの殺気、

「近い! 」

 当然ベイルも気付いている。でもベイルは何も言わない。戦いになれば一対一がネフィルム族の戦い。戦いでは死神でさえ手出しは許されない。つまり死神に命令を出してはいけないのだ。だからベイルが僕を助けることもない。ふと隣を見るとイリミヤが僕の顔を心配そうに見つめていた。

「可愛らしいイリミヤ。心配はいらないよ。もう、いい。いいんだよイリミヤ」

 じっとイリミヤを見つめたとき僕はふと気がついた。

「そうか、それで僕は… イリミヤを… 」

 こんなにもイリミヤが可愛らしくて、可愛らしくてたまらなかったのかーー 僕が気付いたのはネフィイルム族ではあり得ないイリミヤの右目下にある“小さなホクロ”だった。

「イリミヤ… 」

 僕がイリミヤの顔にそっと手を置いた瞬間だった。突然イリミヤの目がカッと光った。目が銀色に光っている。僕はびどうだにせず橙の目でイリミヤを見つめた。同時に後ろでベイルがわっと声を出したのが聞こえた。イリミヤの手にはあの時と同じ短剣が握られている。イリミヤは顔色一つ変えず短剣を僕の首めがけて振り下ろした。

 それはほんの数秒のこと。普通ならあっという間に首を斬りつけられ首から噴水のように血が噴き出していただろう。でも僕は寸前のところで能力を発動し消えた。そして再び姿を現すとイリミヤの後ろに立ち短剣を持った手をねじり上げていた。

 イリミヤは僕の手を力任せに振りほどくとさっと遠ざかった。そして悔しそうにこちらを見ると一瞬にして煙のように消え去った。主人を無くした短剣が地面に落ちからからと音を立てた。すると、

「ほぉー よくよけたものだ」

 すさまじい砂埃が舞い上がり黒い土煙の中から人が出てきた。銀色の目をぎらぎらと輝かせシルクのような美しい銀色の髪がライオンのたてがみのようになびいている。黒いマントは後ろに回され銀色に光り輝くまがまがしいまでの鎧があらわになっていた。銀色に輝く鎧。まるであふれ出す溶岩石のようにぼこぼこと歪み、独特の形をかもしだした造形は悪霊が取り憑いているかのようにも思えた。力と権力を誇示するような自信に満ちた表情。

 間違いない! ネフィルム族の長サーダだ。

「サーダ。残念だったね」

 臆することなく淡々と話す僕の態度を見たサーダは美しい顔を醜く歪ませた。

「調子に乗るな! 私はイリミヤに殺せとは命じていない! 」

 サーダの覇気が僕の体にびりびりと伝わってくる。でも僕も負けない。

「でも“致命傷を与えろ”と命令したんじゃないの」

 サーダの顔がさらに醜く歪み覇気が円を描いて地面を削りあげた。完全に臨戦態勢だ。

「ついに来た! 戦いの時! 」

 アキラはいない。どこかにいるのか。もしかして僕との戦いを避けどこかへ逃げたのか。それとも幽閉されたのか。頭の中でいろいろな考えが駆けめぐる。でも今は考えまい。とにかく目の前の敵を倒すんだ。

「相手はネフィルム族の長! あの銀の目だ! 」



第二十二章 初めての戦い


 僕は創造の源と呼ばれる洞穴で二つの武器を手にしてから、倒すべき相手はサーダだと考えていた。僕とアキラの為にこの男はどうあっても倒しておかなければならないと覚悟を決めていた。そしてそのチャンスはいきなり巡ってきた。

 サーダと対峙してからどれくらい時間が経ったのか。サーダは一向に攻撃を仕掛けてこない。きっと僕の能力が気になるのだろう。橙の目の能力、そして武器の性能。と言いたいところだけど武器の性能や条件はイリミヤを通して試練の洞窟で十分承知しているはずだ。

 あの曲芸じみた十発目を放ったとき、ベイルが怖い顔をしていたのは僕が調子に乗って武器の条件を見せたからだ。ベイルはあの時イリミヤが敵であると確信していた。その敵に対して見せたのだから怒るのも無理はない。

 ずばり今サーダが沈黙を貫くのはこの橙の目の能力が分からないからだ。でも僕だって動こうにも動けない。サーダの行動、性格、考えをもっと観察して戦いを有利に進めたい。これは遊びじゃない。ましてゲームの世界でもない。死んだら終わり。コンテニューは出来ないのだ。サーダが知らない能力橙の目。今こそフル活用する時だ。

 僕は橙の目に変えてサーダに揺さぶりをかける一言を口にした。

「イリミヤ… 可愛らしいイリミヤ」

 理解しがたい言動を発する僕にサーダは困惑した表情を浮かべながら言った。

「何を言っている? 」

「僕はイリミヤが可愛くて可愛くて仕方なかった。なぜだなんだろう? 」

 サーダは黙っている。僕の一言一言に注意深く耳を傾けている。

「それはイリミヤが完璧ではないからさ」

 僕は用心のため紅い目も使い橙の目と使い分けながらサーダに話しかけた。

「完璧ではないとはどういうことか? そうイリミヤはネフィルム族でじゃない。イリミヤは人間だ! 」

「何だと! 」「何?! 」

 ベイルとサーダの声が全く同時に重なった。でもベイルは次にこういった。やはり… と。

「僕は死界に来てから常に完璧に美しいネフィルム族の中にいた。だから気づかないうちに同じ不完全さを持つイリミヤを愛おしく思っていたんだ」

「お前まさか!? 」

 サーダが銀色の目が大きく開かれた。

「そうだ。僕は知っている。イリミヤが人間だと考えた時、銀の目の能力の答えがでた。銀の目の能力、それは人間の魂の具現化! 」

 能力の暴露! これはサーダにとってかなり衝撃的なはず。でもサーダは動じないふりをしてゆっくりと口を開いた。

「ほぉー… もしかして後ろの裏切り者にこっそり教えてもらったのかな? 」

「違う。イリミヤを通して知っているはず。ベイルは銀の目の能力については一言も喋っていない」

 サーダは狂気に満ちた目で食い入るように僕を見つめた。

「確かにイリミヤが一緒にいる間ベイルは銀の目の能力について一言も喋っていない。お前はイリミヤと私が心身共に完全に繋がっていることにも気付いていたのか」

 覇気を押さえ込み冷静を装うサーダ。でも次の言葉を聞いたらきっとサーダも冷静ではいられなくなるだろう。僕はさらに銀の目の能力と、その能力を打ち負かす唯一の手段。銀の目の能力を破る核心に迫った。

「具現化されるのは人間の魂。つまりネフィイルム族では触れられない。決して倒せない敵になるわけだ。だけど死界人間界の両方の目を持つ僕はどうか? そう目を左右同時に使えば僕は“人間の魂に触れる”ことが出来る。触れると言うことはつまりーー… 」

ここまで言ってもまだサーダは顔色一つ変えない。でも僕には分かる。サーダの心は荒波を渡る小さな船のように恐ろしく揺らいでる。ここで決定的な一言を口にすれば、それで船は荒波にのまれるだろう。

「そう。僕なら具現化した魂を倒すことが出来るんだ! 」

 サーダの表情が一変した。冷静さを装った仮面は落ち、怒りで唇を震わせいている。

 僕は紅い目と橙の目を左右それそれぞれに振り分けることが出来る。その際人間の目である左目を開いてもさほど酷い状態にはならない。きっと人間の目に死界の能力が混ざり合った事がいい効果をうんだのかもしれない。

 そうだ。この死界で唯一銀の目を倒せるのは僕しかいないんだ。

「お前はそれを一番懸念していた。だから僕に銀の目の能力を知られたくなかった」

 でも完璧な能力は存在しない。必ずなんらかの欠点はある。僕はあえてその欠点も更毛出す。でもそれは僕にとって取るに足らないものだからだ。

「ただし、両の目を使うにもリスクはある。それは能力の半減。でも僕の能力は姿を消す能力。十秒消せるところが五秒になるだけだ。僕には銀の目は通用しない」

 サーダの目が怒りの炎で燃えあがった。表情は怒りで満ちあふれ銀の目からちらちらと小さな光を放っている。サーダの銀の目がぎらりと光った。

 その瞬間、目の前に銀の目のイリミヤが立っていた。手には短剣を握っている。僕はすぐさま姿を消しイリミヤから離れた。

 サーダの武器はどうやらあの短剣のようだ。死界では周りの物から武器を作り出すことはできない。武器は死神の持つ大鎌もしくは創造するしかない。そして創造した武器は創造した者しか扱えない。他の者が手にしようとしても掴めない。空気を掴むのと一緒だ。サーダの場合具現化した魂自体が武器になるはず。だから具現化した武器である魂に更に武器を持たせる必要がある。

 そうなると武器の条件は「具現化した魂も武器を使用することができる」だろう。

 武器と条件は表裏一体。どちらかを犠牲にしなければならない。ある意味二重武器というかなり困難な条件のために短剣という殺傷能力の低い武器になったに違いない。

 消えてから二秒、もう時間だ。姿を現さなければならない。僕も戦いの準備に入りつつ姿を現した。同時に橙の目を発動させる。

「その薄気味悪い目をやめろ! 」

 サーダの銀色の目が怪しく神々しく光った。光は蜘蛛の巣のように辺りに散らばり広がる。その瞬間僕が予想だにしない事態が起こった。

「バカな! 」

 思わず声を荒げた。イリミヤの姿が見る見るうちに変わっていく。ただ化け物や妖怪に変っていくというわけではない。イリミヤは五,六才の女の子だった。それが今成長したのだ。少なくとも僕と同い年かそれ以上。十四、五才の女性に変わっている。

「そうか! これで一つ謎が解けた! 」

 僕を襲ったのはやっぱりイリミヤだったのだ。あの時マントの奥で見えた顔はうっすらとしか憶えていないが間違いなく小さな子供じゃなかった。

 どうやらサーダは具現化した魂の人間の年を操ることが出来るようだ。たぶんイリミヤは十四、五の頃に具現化されたのだ。そして時期を戻すことが出来た。これは予想外だった。銀の目の能力まだまだ計りきれない力だ。

 もっと情報を引き出したい。でも今は無理だ。すでにサーダがイリミヤに命令を出している。

「死ね! 偽りのメシアよ! 」

 サーダが叫ぶと同時にイリミヤが目にもとまらぬスピードで襲いかかってきた。僕は瞬時に紅い目に変え、寸前でイリミヤの攻撃をかわす。恐るべきスピード。かわすのに一秒もいらない。でもそれだけ消えている時間を短縮できる。かえって好都合だ。

 消えている間に出来るだけ離れ姿を表すと同時に橙の目に戻す。次のイリミヤの攻撃は右からだ。紅い目に変え攻撃をかわす。僕は攻撃を仕掛けず寸前で攻撃をかわす行為を何度も繰り返した。両の目を使わず武器も出さない僕にサーダは明らかにいらだっていた。

 でも武器を使わないのは決してサーダをバカにしているわけではない。

 やはり撃ちにくい。あの可愛らしいイリミヤを撃つなんて… 両の目を使ってイリミヤを打ち抜けばイリミヤは死んでしまう。敵だと分かっていても一緒にここまで来たあの小さな可愛らしいイリミヤの顔が頭から離れない。

 イリミヤを撃つなんてーー 僕の矢は狙った者を確実にしとめる。撃てば必ず当たる。それが武器に付けた条件だからだ。でもいつまでもためらってはいられない。

「もう、やるしかない! 」

 僕はガンタンを頭の後ろに回し、右目に紅、左目に橙の色を入れて両の目を開いた。軽い目眩と共にぐにゃりと景色が歪み、人間界と死界の景色がダブって見える。乗り物酔いをしたような苦痛。でも耐えきれないものではない。ただ急がなければならない。急がなければ先に僕がまいってしまう。

「くそ! なんて見にくいんだ! 」

 でも周りの景色が見にくいのは景色がダブっていただけではなく、また気分が悪いからだけでもない。それは僕の目に涙が溜まっていたからだ。

「イリミヤを殺さなければならない… 」

 心臓にナイフが突き刺さったように胸が痛む。でも僕は決意した。涙をぬぐい心の中で十字を切った。紅い目を今までより余分に使い、十分に距離をとると、弓を構えイリミヤに狙いを定め弦を思いっきり引いた。弓がしなり矢がつがえられる。弓がキリキリときしむ音がやけに耳についた。まるで泣いているようだった。

「さよなら。イリミヤ… 」

 まさに手を離そうとしたその時だった。

「もういい! サーダ! 引け! イリミヤをむざむざ死なせるな! 」

 そ、その声は! 聞き覚えのある声! 探し求めた友の声! 間違いない!

 僕は弓を納めガンタンを戻し声のする方へ振り向いた。

 同時にすさまじい風が吹きあれ土埃を舞い上げた。黒い石を削り取り、巻き上げ、とぐろを巻いて大きな円を形成する砂嵐。その黒い砂嵐の中心に浮かび上がる人影。

「あれは! 」


第二十三章 支配者


ベイルは息をするのも忘れたかのようにただ立ち尽くしていた。

 砂嵐の中心からブワッと激しい風が吹きつける。そのすさまじい風は砂嵐を吹き飛ばし再び砂埃を舞いあげた。でもそれはただの風ではなかった。砂嵐を吹き飛ばしたのはどでかい馬の鼻息だった。

舞い上がる土埃の中。ゆうに五メートルは超えようという馬の背に、身長三メートルはありそうな銀の目の男がまたがっていた。

 それにしてもあの馬。なんて素晴らしいのだろう。つやつやとした美しい黒いたてがみが黒い風になびき波のようにうねっている。がっしりとした美しく強靱な筋肉。そして何よりあの色。黒の中の黒。これ以上の黒など無いのではないだろうか。

 それに体を覆う銀色の鎧。美しくもまがまがしい。いや、おぞましい。四本の足に付けられた鎧に死神の大鎌と同じほどの鋭利な刃物が付けられている。あれで斬られたら一瞬にして首が胴から離れるだろう。まさに全身凶器。最強の武器ではないか!

 自信に満ちあふれ何をも恐れぬ気迫。威風堂々たるその態度。まるでこの世の支配者のように馬にまたがる巨大な男。この男こそ…ーー


 アキラだ!


「アキラ? アキラなの? 」

 震える声で呼びかける。唇は乾き、目がうるみ、涙がたまるとアキラはまるで霧の中にいるようだった。僕は霧深い森をさ迷うようによたよたと力なく、それでも一歩一歩アキラに近づいた。ようやく、ようやく会えたんだ。

「コウ、久しぶりだな」

 アキラは銀の目を不気味に輝かせながら不適に笑った。その笑みた僕は一瞬怯み歩みを止めた。霧が晴れてようやく現れたアキラはある意味でアキラではなかった。

「見違えたよアキラ… まるで… 」

 僕は思わず見とれてしまった。そのあまりの美しさに言葉を失った。アキラは元々美形だった。でも昔の面影を残してはいるもののその姿はまるでネフィルム族そのものだった。

 いや、それ以上と言っていい。化粧をしているかのようにはっきりとした目鼻立ち。すっと逆三角形にとがったあご。その顔には小さなキズはおろか毛穴さえも見あらない。乳白色の肌は赤ん坊のようにきめ細かく、ゆで卵のようにつるつるとして白く光っていた。全く左右対称と思われる姿はネフィルム族譲り。美しい絹糸のような銀色の髪が風になびき、さざ波のように静かに泳いでいた。

 顔と同じく体も見事だった。鎧の上からでもよく分かる。はち切れんばかりの筋肉は鎧をはじけ飛ばすのではないかと思えるほどふくれあがり、体を覆い尽くす鎧は何度も磨き上げられたように光沢を放ち銀色に輝いている。

 ただアキラの容姿や鎧の光沢の美しさとは相反して、造形はおどろおどろしく醜くも感じた。鋭い突起物がぼこぼこと溢れだし、人間が恐怖に脅える形相とも思える模様が鎧全体を覆い尽くしている。一見するとクロムの海で人が助けを求めているかのようにも見えた。

 でもそのアンバランスさがかえってアキラの美しさを引き立てているようにも思えた。ネフィルム族の両の目を移植された人間。そこから生まれた美しさだろうか。明らかにネフィルム族より美しいと感じた。でもアキラだからこそここまで変われたのかもしれない。

 僕は言いようないむかつきと耐えられない嫉妬感に包まれた。

 アキラが美しい微笑みを僕に投げかける。

「コウ。お前は片目だけの移植だから変わらなかったのだろう。しかし俺は両の目を移植することによって完全なるネフィルム族となったのだ」

「完全? アキラ、それは… 」

 僕は言いようのない不安と恐慌を感じ、いてもたってもいられず再びアキラに向かって歩き出した。

 アキラはアキラだ。変わらない。そう思いながらも体が震える。不安が押し寄せる。不安を一掃したい。アキラに触れればこんな不安はどこかへ消えてしまうに違いないのだから。

 歩みはいつしか駆け足と変わっていた。その時、

「止まれ! それ以上近づくな! 」

 アキラの声が僕の歩みを止めた。

「ど、どうしたんだ? アキラ」

「もう俺は昔の俺ではない」

 アキラがゆっくりを首を左右に振る。それに合わせて美しい髪が揺れアキラの顔を隠したりだしたりした。

「違う、アキラはアキラだ! 」

 僕も激しく首を左右に振り歩き始めた。でも足に力が入らず膝が勝手に内側や外側に曲がってうまく歩けない。全身が震え涙がどっとあふれだした。鼻水が垂れ涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった。僕は恥も外聞もすてて悲鳴にも似た声をあげた。

「アキラーー!!!!! 」

 一気に縮まらずともアキラとの距離は少しずつ縮まっていく。するとアキラは拳を突き上げ叫ぶように言った。

「コウ。この偉大な力を手に入れたなら人はどんな過ちでも犯すだろう! そして可能となればどんな者でも手にかける。それが肉親であったとしても! そしてそれが友であったとしても!! 」

 そう言い放つとアキラはもう僕の歩みを一歩も許さなかった。

「俺は身も心もネフィルム族となったのだ! 」

 あふれんばかりのすさまじい覇気がアキラの体から噴き出した。アキラはボーリングをするように手を上から下に振り下ろした。とたんに蛇が地面をはうように疾風が駆け抜けた。

 瞬間、僕は紅い目の力を使っていた。疾風が体を突き抜ける様を呆然と見送ると姿を現した。感情を更毛だすこともなく表情が数ミリと動くこともなく、ただ疾風の刃の軌道を見ていた。すると、

【ズズズズズ… ガゴゴゴオオオオ… ドゴン! 】凄まじい爆音が響いた。

 後ろにあった二メートルほどの黒い岩がまっぷたつに割れて地面に横たわっていた。もし姿を消さなかったら僕の体はあの岩のようにまっぷたつになっていた。数秒岩を見つめた僕はその光景の結末を確認しゆっくりとアキラを見た。

「よく避けたものだ。コウ」

 アキラは腕を上げたまま僕を見て笑った。とたんに僕の感情が戻った。怒り悲しみ虚しさ。

あらゆる負の感情が爆発した。心臓がドンドンと太鼓のように激しく鳴り響き、血液が恐るべき早さで頭のてっぺんから足のつま先までドクドクと駆けめぐった。

「アキラが僕を殺そうとした! 本気で殺そうとした! 」

 怒りを抑えられない。兄弟のように育った親友に裏切られた苦しみ。耐えられない。悲しみなどで癒されるものじゃない。人は常に楽な選択をしてしまう。悲しみで苦しむより、怒りで相手を憎んだ方がどんなに楽かわからない。

 自分が消えていく感覚を覚えた。頭の中でなにかがぷつんと切れた音がした。自分の顔が鬼のように変わっていくのが分かる。目は血走り歯が折れんばかりに食いしばっている。体は怒りでがたがたと震え、いつの間にか背中にしょっていた鎌を握っていた。鎌を握る拳に力が入り腕がぶるぶると震えている。そして鎌は我慢できずにガタガタと震えながら叫んでいた。

『俺をアキラに突き立てろ! 』と。

 僕は両手で鎌を握りしめ振り上げると絶叫と共にアキラに向かっていった。

「アキラ!!!! 」

【ガギン! 】

 アキラは難無く片手に持った鎌で僕の一撃をはじき飛ばした。僕はすぐさま飛び上がり何度もジャンプして力任せに怒濤の攻撃を繰り返した。でもアキラは表情ひとつ変えず子供の相手をするように軽く攻撃をかわし続ける。

「お前が腕力で俺に勝てるはずがないだろう」

 アキラは言い放つと僕の鎌をたやすくはじきとばした。僕は鎌と一緒に飛ばされ馬の足下に這いつくばり四つんばいになった。その瞬間、

「ぼ、僕は何を? 」

 一瞬我に返った。そして釜に写った怒りで醜く歪んだ顔を見てがく然とした。

「ち、ちがうアキラ… 僕はアキラと戦う気はない… 」

「コウ… お前」

 アキラがあわれむように首を振る。

「死界の毒気にやられたか。だがそれでいい。かかってこいコウ! 」

「待って、他に手はある。帰る方法を僕はずっと考えていたんだ」

「帰る? 」

「そう帰るんだ。銀の目を使って人間界へ」

「銀の目… 」

 アキラは不思議そうに首を傾ける。

「そう銀の目で人間を具現化してその目を移植する。銀の目ならそれができるはずだ。アキラなら完全な人間の具現化ができる。そうだろう? 」

 僕はメシアの目を手に入れなくても帰れる方法をずっと考えていた。そして出した答えがこれだ。

「な、できるだろう? アキラ? 」

 するとアキラは少し沈黙するとバカにしたように鼻で笑った。

「うむ、できる。しかし必要ない! 」

「えっ? 」

「お前も気づいているだろう。箱舟とは人間界に行く舟。わざわざ目を移植しこの力を捨てる必要がどうしてある? 」

「でも、それじゃあ、ネフィルム族も一緒に行くことになる」

「それで? 」

 アキラがにやりと笑う。一瞬戦りつが走った。

「アキラ… お前まさか… 」

 僕は顔を上げひとつの眼球に橙の目と紅い目を半々にしてアキラを見た。

「やっぱり、お前。ネフィルム族と一緒に人間界を支配するつもりなんだな」

 すると僕の目を見たアキラが突然僕の顔めがけて鎌を振り下ろした。でも僕は難無くその攻撃をかわしアキラから離れた。

「不思議な目だ」

 アキラは何か確かめるようにパターンを変えつつ鎌を振り下ろしてきた。僕はそれを”目の力”で難無くかわし続けた。

 アキラは変わってしまった。アキラを止めなくてはならない。本気でアキラと戦うしかないんだ。最悪の戦いに備え考えた作戦。

 やるしかない! 僕は決意した。

 アキラの鎌は容赦なく振り下ろされる。それにしてもなんて早い攻撃だ。いくら両の目を移植されたと言ってもこれほどに人間が変わるものだろうか。

「アキラなんて力を身につけたんだ! 」

 悪態をついたときアキラがにやりと笑った。その瞬間ピストルで撃たれたように瞬時に声が入ってきた。

「嘘だ! アキラお前は! 」

 驚きでアキラの顔を覗き込んだ瞬間、互いの攻撃がピタリと止んだ。するとアキラが眉間に深いしわを寄せて僕を睨んだ。そして全てを悟ったように薄笑みを浮かべて静かに言った。

「そうか。聞こえたのか。なるほどそれが橙の目の能力か」

 戦いは一瞬の静寂に包まれた。僕はゆっくりと後ずさりをしてアキラから離れた。小さく首を左右に振り、手で見えない虫を払うように手を振った。がちがちと歯をならしぶるぶると唇を震わせ化け物でも見るような目でアキラを見つめた。

「アキラお前は… お前は… 」

 するとサーダが相づちを打ちながら感心したように言った。

「アキラ気付いたか? 頭を、脳を触れられる様な感覚。感覚を研ぎ澄ませればより分かるだろう」

「ああ、確かに。俺も気付いたよ“親父おやじ”」

「オヤジ…? 」

 ベイルは首をひねるとバカにしたように続けて言った。

「長よ。もうそれほどにメシア候補と親しい間柄になったのか」

「くっくっくっくっく 」

 するとサーダは逆にいやしく笑った。後ずさり続けていた僕は、足下の小さな黒い石にかかとをぶつけぐらりとよろめいた。

「違う… 違うんだベイル」

「何が違うのだコウ」

「アキラとサーダは… 」

 そう言いかけたときサーダがさえぎるように衝撃の事実をベイルに伝えた。

「ベイルよ。私とアキラは実の親子だ」

 一瞬、ベイルはサーダが言った意味が理解できずしばらく沈黙すると改めて口を開いた。

「な、何… なんと言ったのだ? サーダよ」

「私とアキラは正真正銘血を分けた親子だと言ったのだ」

 ベイルはあまりの衝撃に目を見開いたまま固まってしまった。そして僕を見ると顔を引きつらせながら力なく言った。

「ば、バカな… コウ、長は、サーダは何を言っているのだ? 」

 僕は尊敬する偉大なるベイルを、そのあまりに弱々しいネフィイルム族を、身につまされる思いで眺めながら言った。

「本当だ間違いない。聞こえたんだ。「なんて力だ」と僕が言ったとき、アキラが「俺の血にはネフィルム族の血が半分流れているからな」と確かに言った。それはつまり片親がネフィルム族であるということ。そうなればそれは一人しかいない… 」

「バカな、アキラはそんなことは言っていない! 」

 否定するベイルにアキラは腕組みをしながらフンと鼻を鳴らしていった。

「それこそが橙の目の能力! つまりは心を探る能力! 」

 さすがはアキラと誉めるべきなのか。アキラはあの短い戦いで橙の目の能力を見破った。

 僕は観念したように半ばあきらめ気味に話した。

「そうだ僕の橙の目の能力は心を探る能力。橙の目の力にリスクはない。常に心を探る事も出来るけどあまり意味はない。探れるのは強い思考だけだからだ。でもそれで十分。攻撃を仕掛ける瞬間の思考が読めればいいんだから。それにこの通り右目の目球に二つの色を宿すことも、また両の目に振り分けることも出来るんだ」

「確かに。俺の攻撃を全てかわしていた事実もある」

 冷静かつ、余裕もうかがわせる口調で淡々と言ったアキラとは対照的に、ベイルは半狂乱で苦痛に顔を歪めて苦しそうに叫んだ。

「それはつまり、ネフィルム族を増やせることだ!!! なぜだサーダ!? 」

 サーダはその問いかけに、人差し指をたてた手を空に突き立て、誇らしげに胸を張り、つまりはその態度で答えた。

「ベイル。私はお前達に完全な人間の具現化は無理だといった。実体、つまり肉体は人間界に置き去りにされると。それは嘘ではない。通常の具現化ではそうなのだ。しかし神の山を通った魂は完全なる具現化が可能となるのだ。目の移植も必要としない。そう、肉体をも呼び込むことが出来るのだ! 」

 高らかに宣言するとサーダはゆったりとベイルに向き直りにやりと薄笑いを浮かべた。

「つまり子供を産むことも可能ということだ」

 はっきりとサーダから真実を聞いたベイルは、砂山がくずれるようにゆっくりとその場に座り込んだ。

「更に話すならアキラの母親はお前もよく知る人物。そう、この女だ」

 サーダの目が銀色に光った。するとベイルの前に冷たい表情を浮かべるイリミヤが煙のように現れた。しかもイリミヤは僕たちと同じ学校の制服を着ている。長い美しい髪が風に吹かれそよそよと空を泳いでいた。遠目に三人を見ながら僕はその真実にがく然とした。

「そうか… アキラの母親はイリミヤだったのか」

 学校の怪談話。自殺したというその女生徒の正体こそイリミヤだったのだ。するとサーダはさらに驚くべきことを口にした。

「すべては私の計画通り。私はイリミヤにアキラを産ませるとメシア候補、つまりは予言に現れる片目を失う子供を捜した」

 まさか、僕は思わず声を荒げた。

「それが!…ーー 」

 サーダが不気味に笑う。

「これを見ろ! 」

 またサーダの銀の目が光った。するとイリミヤは消え去り、二十歳そこそこの美しい女性が現れた。

「ばかな! アイミナ! 」

 ベイルが驚いた表情で叫んだ。

「そうだ。お前のエヴァ。アイミナだ」

 サーダが不敵に笑う。

「アイミナはイリミヤと同じ学舎で知識を教える者。賢く美しいエヴァだ。私はアイミナを光の山より呼び出した。そしてお前に合わせたのだ。お前たちは知らないが人間とネフィイルム族の間に生まれる子は例外なくアダムなのだ」

「すると! まさか! 」

 ベイルの顔には不安と一緒に何か安堵のようなものが見えた。

「そうだ。アイミナは子供を宿し産む直前に病によって神に召された。はず? いや召されてなどいない。私が操作しそうお前に思わせた。具現化した魂は私の思うがままだからな。アイミナは人間界で子供を産みそして捨てた。ある施設の前に。そうアキラが捨てられた七日後にな。さらに私に幸運だったのはお前の子が母親によく似ていたといことか。人間の血をより多く受け継いだ、ということだ」

 サーダは僕を見てにやりと笑った。

「えっ! ま、まさか… まさか」

 僕はベイルと顔を見合わせた。

「そうだ。アキラの生贄となる子供。か弱くひ弱な子供。そしてベイルの子供! それがお前なのだ! 」

「それが… 僕… 僕がベイルの子供」

僕にも半分ネフィイルム族の血が流れている。それも尊敬するベイルの血が。苦しみと喜び相反する感情が複雑に混ざり合った。

 困惑する僕を見てアキラは口元に笑みを浮かべた。

「コウ。分かるよ。俺も自分が半分ネフィイルム族だと聞かされたときはショックだったからな。でもこの銀の目の偉大なる力。さらに上に手にすることの出来る力があると知ったら、そんなものはどこかへ消えたよ。金の目を手に出来るなら、お前を殺す事なんて何とも思わない」

 アキラの心ない言葉に例えようのない怒りがこみ上げてきた。積み重ねてきた思い出が一瞬にして消え去った。信じていた友人はただの幻だったんだ。

 僕は父を得たが友人を亡くしてしまった。まさかの展開に感情がうまく整理出来ず、僕は力なく倒れ込み体をくの字に折り曲げ両ひざを土に着いた。すると燃えかすのような僕を見てベイルがいった。

「なぜだサーダ。なぜ我々に隠す必要があった? 」

 するとサーダは怒りをぶちまけるように叫んだ。

「まだ分からないのかベイル! もし問題が解決したらどうなる? メシアなどいらないというバカどもが騒ぎ立てるだろうが! あのユダ率いるレジスタンスUDA! 」

 ベイルは怒りをその目にメラメラと燃やしながら続けた。

「私がアキラと共に支配者になったあかつきには、ユダは真っ先に滅ぼしてくれる! あの醜い石仮面を粉々に砕いてくれる! 」

 そしてサーダは恐るべきもう一つの真実をも口にした。

「そうだ。ベイル。一つお前の重荷を取り除いておくことがある」

「なんだ? 」

「私のエヴァ、サーミヤが何故死んだのか、だ」

「ま、まさか」

「そうだ。私が事故に見えせかけわざとこの手で殺めたのだ」

「ば、ばかな何故? 」

「それはお前には分かるまい。ムーサー・ダーと契約した者にしか分からぬ事だ。契約後いつも目の力が私に語りかけてきた。怒れ、怒れと。そして私が考えた最大の怒りは最愛の者をこの手にかけることだった。それによって覚醒したのが銀の目なのだ。だからお前が鎌をサーミヤに渡したことなど気にする必要など無かったのだ。馬鹿な黄の目ベイルよ」

 拳を突き上げ何か握りつぶすように拳をギリギリと握るサーダに、ベイルはさっと立ち上がるとその怒りの感情を更毛出し叫んだ。

「お前は悪の中枢、悪魔の寄生虫! サーダ死ねい!!! 」

 そしてマントを脱ぎ捨て黄色い髪を蛇のようにくねらせながらベイルは突進し、サーダの頭目掛けて鎌を振り下ろした。

【ガゴン!! 】サーダは難なくベイルの鎌を防いだ。同時に互いのぶつかり合った覇気によってサーダの足下の地面が十センチほど丸く沈み凄まじい黒煙が二人を包みこんだ。

「愚かなりベイル! ここで死ぬのか!! 」

 サーダはベイルの攻撃を防ぎずつアイミナに命令を出した。ベイルはサーダの攻撃を防ぐのに精一杯でアイミナの相手をする時間は数秒たりと費やすことが出来ない。

 アイミナはここぞとばかりに短剣でベイルの体を何度も刺した。数カ所に幅五センチほどのキズがぱっくり開く。だがベイルはすでに黄の目の力を使っている。瞬時にキズはふさがり血が噴き出すことはなかった。それでも痛みは感じるらしくたびたび苦痛の表情をにじませた。

 でもその苦痛は痛みではなく、かつて愛した人に刺されているという感情の苦しみだろう。

「サーダ! 私はお前を倒し息子を守ってみせる! 」

「思い上がるなベイル! お前は私の足下にふれ伏しているのがふさわしい! 」

 ベイルはわずかな隙を見いだしてアイミナに向かって腕を振るうが、腕は無情にもアイミナの体をすり抜けてしまう。今アイミナは不完全体と完全体の中間、つまりアイミナはベイルに触れられるが、ベイルがアイミナに触れらない程度にに具現化されているのだろう。

 やはりネフィルム族が具現化した魂を倒すことは出来ない。倒すには僕の死界の目と、人間界の目が必要なのだ。するとベイルは僕に向かって叫んだ。

「コウ! アキラを倒せ! アキラは今や悪の権化となったのだ! アキラを倒せるのはお前しかいない! 」

 その言葉が父の声が僕の魂に火を付けた。アキラを止めなくてはならない! 腕に力を込めると腕の筋肉が倍にふくれあがった。カエルのようにしゃがみ込み、思い切りジャンプすると三メート以上飛び上がった。僕は鎌を頭の後ろにのけぞらせアキラ目掛けて鎌を振り下ろした。

「アキラ!!! 」

「コウ!!!」

 アキラが勢いよく鎌を振り回し鎌ごと僕を吹き飛ばした。僕は空中でくるりと回転して地面に猫のように着地した。そしてゆっくりと立ち上がりアキラをにらみ付けた。その時、

【ゴゴゴゴゴォォォォォ!! ドガァ!! ドォン!! 】凄まじい轟音が辺りを包み込んだ。一瞬サーダとベイルは戦いをやめ空を見上げた。

「おおおおっ空が、天が、天運なる戦いの開始の告げたようだ」

 サーダがにやりと笑う。すると黒い風が黒い雲を巻き上げ渦を巻き、僕たちの頭上をグルグルと回り激しい黒色の砂の雨を降らせた。すると、

【ドドッドドッドッドオッドッドオオ】足下がぐらぐらと揺れた。地震だ。凄まじい勢いで地面が揺れている。同時に真っ黒な景色が徐々に明るくなってきた。

「こ、これは」

 僕は揺れに耐えきれずその場にしゃがみ込んだ。その場にいた誰もが膝をついた。

「地面があがっている! 」

 地面はあっと言ういう間に黒死界全てを持ち上げ死界と同化した。今や境界線は取り払われ、死界と黒死界は一体となり完全な球体となった。灰色の風が吹き付ける。

 僕は灰色の世界に戻っていた。

「天が、神が興奮している。この戦いに! 今死界は一つとなった。まず死界を支配せよと神は言っているのだ!! 」

 サーダが両手を広げ興奮を隠しきれず叫んだ。

【ザー!!! 】黒と灰色の混ざった砂の雨が体を叩き付ける。

 すると黒い雨に刺激されたのか、僕の体がブルブルと震えだした。黒い砂の雨で黒く染められた体を抱きしめ下唇を噛むと血がにじみ出し、あごをつたって地面にポタリポタリと落ちた。目は真っ赤に充血している。そして怒りが血管をかききると、僕は血の涙を流しながらゆっくりとアキラを見た。

「アキラ、お前がメシアとなり全てを支配したいと願うのなら僕は決して許さない! 」

 僕は鎌を横に構えて雄叫びと同時にに突進した。アキラは余裕の表情で身構えると銀の目をギラリとちらつかせ叫んだ。

「永遠の死を! 」


第二十四章 天運なる戦い ーーグイルーー


 雲が渦を巻き頭上をグルグルと回り微細な黒と灰色の砂が雨のように降り注いだ。それは天運なる戦いを告げる合図だった。


 僕は鎌を振りかざし突進していった。アキラは慌てることなく悠然と構え迎え撃つ。ブンと鎌を振り下ろすと無数の疾風が風の刃となってとんできた。頬を、腕を、足を、風の刃が切り裂く。僕はあまりの痛みで思わず踏みとどまった。するとアキラが言った。

「お前、気になっているだろう? 同じ目であっても使う者の力量によってその力は変わる。紅い目でもお前は十秒消えることが出来るが、五秒しか消えることしか出来ない奴もいる。当然お前もそれに気づいている」

 僕は何も喋らず沈黙で答える。アキラは余裕の笑みを崩すことなく続けた。

「具現化された魂の強さは? お前は気にかけている。これは重要だ。俺は具現化された魂をグイルと呼んでいる」

 アキラの笑みが増し歯がギラリと光る。

「なぜそう呼ぶか分かるか? 」

「もしかして… 」

 僕は不安を隠しきれず苦痛の表情を隠すことなく更毛だした。アキラは僕の不安を瞬時で見抜きたたみかけてくる。

「俺のグイルは使い捨てだからだ」

 覇気で土埃を巻き上げ砂のカーテンを造り上げると、アキラは砂のカーテンの向こうで薄気味悪く笑い決定的な言葉を口にした。

「お前は気がかりで仕方がない! そうだ! 俺が具現化できる魂の数が!! 」

 アキラがついに銀の目の能力を発動させた。砂のカーテンの向こうに人影がうっすらと現れる。その数…

「くそ! やっぱりだ! 」

 僕は溢れ出る失望感を押さえることが出来ずやり切れない思いで表情を曇らせた。アキラは“三人の人間の魂を具現化”している。しかもあのグイル。イリミヤとは全く違う。というより、

「人間ではない? 」

 アキラの銀の目の能力はサーダの能力とかけ離れていた。別の能力と言ってもいい。

「なんてことだ! 」

 僕は悪態をつかずにはいられない。

「あれが人間の魂を具現化したもの? あれがそうなのか?ーー 」


 グイルの異様な出で立ち。頭は馬と人間が掛け合わされたような… どちらかというと馬に近い。胴体、つまり頭をのぞく腰から上、上半身は完全に人間。逆に腰から下、下半身は完全に馬。しかも足には鋭いかぎ爪がつている。馬人間とでも言うべきか。何にせよ。死界、また人間界に存在しうる生物じゃない。あのような化け物を創り出すなんてーー

 僕は灰色の空を眺めて押し黙ったまま動けなくなった。苦痛から逃れようと目をそらすとベイルの驚きの表情が視界に入った。神でも見るような目でアキラを見ている。ベイルには新しい生命体を創り出したように見えているんだろう。

 でも僕はだまされない。アキラは魂を具現化する際魂と武器を融合させたのだ。ただこんなことを思いつくのも、また成し遂げられたのもアキラでなければ不可能だったに違いない。アキラの武器はあの馬鹿でかい馬。アキラは具現化したグイル三体に武器である馬の力を三等分して配分した。それが証拠にグイルが現れたと同時に馬が消えている。

 アキラはその計りきれない力で武器と具現化した魂を融合させるという途方もない複雑な条件を可能にした。相手がイリミヤのように一人であれば問題にならないが、三人となると話は別だ。アキラは僕が“一回の攻撃で一体の敵しか倒せない”ことを知っている。

 僕はブルッと武者震いをした。

 でもアキラが僕との戦いに全く懸念材料がないわけでもない。僕が銀の目の能力をすっかり理解した上で武器を想像したことは、アキラもサーダもイリミヤを通して知っている。そしてすでに橙の目を開眼させイリミヤが敵だと分かっていたにも関わらず、試練の洞窟であえてイリミヤに武器の条件を見せた僕の行動の根拠が見いだせないでいる。

 なぜ能力を見せても差し支えないのか。なぜそんな必要があったのか。アキラは悩んでいる。橙の目によって瞬時に聞こえる声がそう言っている。アキラいいだろう。お前の懸念材料を取り除いてやる。今度はお前が絶望に打ちのめされる番だ。


第二十五章 天運なる戦い ーー完璧なる戦いーー


 アキラは具現化した不気味な三体のグイルをいつでも戦えるように保ちながら僕に探りを入れてきた。

「お前は武器を創造する直前ベイルに確認だと言って銀の目の能力について聞いた。つまり銀の目の能力を知り武器を創造したと考えていい」

 その言葉を聞いた僕ははっとしてベイルを見た。するとベイルがアイミナとサーダを見たまま何とも言い難い苦悩に満ちた表情を浮かべた。

 そう、僕はベイルを利用した。銀の目の能力を確かめるために… 僕は父であるベイルの顔を直視できず視線を下げた。

「つまりは武器の条件! 一つは分かっている。それはーー 」

「待てアキラ! いいだろう。教えてやろう」

 僕はアキラが喋るの遮って自ら告白した。

「僕があえて試練の洞窟でイリミヤに武器の条件を見せたのには理由がある。それは“見せても差し支えがない”と同時に“あらかじめ見せる必要があった”からだ」

 微妙な言い回しにアキラの眉がぴくりと動いた。

「アキラ、僕は現実にした。そう、僕は武器に“二つの条件を付けた”んだ」

 その瞬間アキラの表情が一瞬こわばり銀の目が少し曇った。

「なんだと? 」

 不審を抱き、小首を傾げるアキラを横目に、僕は淡々と喋り続けた。

「一つめは試練の洞窟で見せたとおり。狙った敵に確実に当てるという条件。武器の想像は表裏一体。力量にもよるが複雑な武器を想像すれば条件は優しいものになり、条件を難しくすれば武器はシンプルなものになる。

 僕はシンプルな武器を選び条件を増やした。大切なのは条件。この死界で二つの目の能力そして二つの条件を持つ武器を持っているのは僕だけだろう。そしてアキラお前は二つめの条件が何かを恐れている」

 アキラの顔がみるみる怒りに満ちていく。歯をむき出しにして銀の目は怒りで充血している。銀の炎がめらめらと燃えている。

「俺は恐れない! お前は嘘をついている。一つの武器に対して条件はひとつ! お前は俺を動揺させ戦意を失わせようとしている! お前は気の小さい卑怯者だ! 」

 怒りにぶちまけてアキラがいきなり攻撃を仕掛けてきた。瞬時に三体のグイルに命令を出す。グイルが一斉に襲いかかってきた。僕はガンタンを後ろに回し両の目を使った。二つの景色がダブる。目眩と吐き気が襲ってきた。

 しかし耐えるしかない! 橙の目の能力を発動。指示する一瞬の思考を隠すことは不可能。アキラが命令する声が聞こえる。

「まずは右のグイルが左方向から攻撃、続いて正面のグイルが上から、そして最後のグイルは下からの攻撃」

 グイルの攻撃は恐ろしく早い。紅い目で消えるのは一秒足らずで事足りる。直ぐさま姿を表し矢を放つとグイルは煙のように消えた。グイルはいわばアキラの操り人形。僕には手や足に無数の糸が見えているようなものだ。橙の目でアキラの思考に触れ、グイルの動きを読み攻撃を避け倒していく。この矢は倒すべき相手を一度目すれば確実に打ち抜くことが出来る。グイルに矢を避ける事は不可能だ。

 僕はばったばったとグイルを倒していった。

 でもアキラは腕を組み不適な表情を浮かべながら悠然と構えている。そしてわざと強く念じ訴えかけてくる。もう一つの条件はどうした? と。

「いくら倒してもグイルは瞬時に現れるぞ。ストックはどれくらいだ? 百? 千? 億? 魂は無尽蔵にあるぞ? いつまで逃げ切れるかな? 」

 アキラはまるで狩りでも楽しむように僕を追い立てる。

 最初は三体のグイルがやられるのを待ってから三体同時にグイルを出していた。でもしばらくすると一体グイルをやるたびにすぐさま新しいグイルを追加するようになった。今やグイルは絶えず三体存在している。休む間がない。緊張が走り汗がだらだらと流れ出した。

 僕はちっと舌打ちをして目を細めた。

「絶えず三体のグイル。このままの攻撃ではいつかやられる! 」

 条件、もう一つの条件を発動するしかない! 

「十、十三…ーー 」

 僕はグイルを倒す度にその数を数え始めた。

「くそ! 間に合うかのか! 十八…ーー 二十三…ーー 」

 数秒足りと休む間がない。両の目を使った僕の紅い目の能力は最長で五秒。反動は十秒。つまり反動を考えると紅い目が使えるのは一秒。矢を放ち素早く消えさり、一秒間にグイルを避け可能な限り離れる。姿を現したときには武器のリスク二秒はクリアしている。そして紅い目の反動がでる二秒の間に再び矢を放つ。

 さっと縫い針に糸を通すほどの集中力が必要だ。指先が震えたら一巻の終わり。追う者と追われる者。狩人と獲物。僕は今や追い詰められたウサギ。

「二十五… 間に合うか? 」

 その時アキラがグイルに出す指示が変わった。

『アタック』細かい指示ではなくその一言だけだ。

「二十八、あと二体! 」

 グイルが一体で突進してくる。僕は迷わず突進するグイルを打ち抜いた。グイルが煙のようのように消えた。消えたはず、なのに。

「まずい! 」

 倒したグイルの背中に張り付くようにもう一体グイルがいた。

「一秒では足りない」

 止む得ず紅い目を三秒使った。グイルが体を通り抜ける。グイルは二体。二体のグイルが電車のように連なっている。

 消えている間に武器の反動はクリアしたが姿を現した後紅い目の反動は六秒が待っている。どうやっても六秒間グイルから逃げるのは不可能。絶体絶命だ。

「間に合うのか」

 僕は姿を現し突っ込んできたグイル、一体だけなんとかを倒した。しかし、

【ドシャン!! 】

 最後のグイルが僕に覆い被さった。グイルがぐしゃぐしゃと刃を地面に突き立てる。アキラにはそれが肉を切りさいた音に聞こえたかもしれない。

「うぉー ふぉふぉふぉふぉ!!!! 」

 アキラの雄叫びが死界にこだます。グイルは丸まった体を起こしてゆっくりとアキラの方を向いた。アキラが僕の死を確かめようとグイルの元へゆっくりと近づく。その瞬間、

【ボンッ】

 グイルがアキラの目の前で煙のように消え去った。

「三十ーー… 」

 僕は全く逆方向から現れて言った。アキラは驚いた表情を浮かべ振り向く。でも僕の姿を見ると満足そうに微笑みを浮かべて言った。

「故郷へ帰っていたのかコウ? 」

 そう僕は右目を隠し人間界へ逃げ込んだ。でもこれで最後。もう人間界に帰れる体力も余力も残っていない。たった数秒戻った今でも激しい目眩と吐き気に襲われている。しかもグイルの攻撃で肩から腕にかけ両腕に五十センチはあろうかという傷をつけられてしまった。致命傷だ。引き裂かれたキズから血が吹き出している。激しい痛みで腕を上げることもままならない。武器を持つことも、もちろん弓を引くこともできない。

「終わった… 何とか三十体倒したというのに… 」

 目を閉じ項垂れると悔しさで涙があふれ出しぼろぼろとこぼれた。わなわなと体を震わせていると突然腕の痛みがスーと和らいできた。見ると腕のキズが見る見るうちにふさがっていく。接着剤でひっつけているようだ。数秒でキズはふさがり体調不良も消え去り万全な状態に戻った。

「なぜだ? 」

 顔を上げると僕に向かって手をかざすベイルの姿が目に飛び込んだ。その手が優しい黄色の光に包まれている。

「ベイルだ! 」

 間違いないベイルが僕に向けて能力を発動しいている。ベイルの能力は僕の想像以上に強力だった。ベイルは対象物を見るだけで手を触れず治療することができるんだ。

 僕は直ぐさま体制を立て直した。

「助かった」

 ベイルがいなかったら確実にやられていた。けれどもうベイルの援護は必要ない。なぜなら僕はすでにグイルを“三十体倒した”からだ。

「なるほど黄の目か。素晴らしい能力だ」

 アキラは自分が不利になることなど微塵も考えることなく平然と言った。そして僕に向き直り悠然と構えた。

「次はこうはいかないぞ? 」

 アキラが不気味に笑う。確かにその通りだ。

 でも、もういい。もう逃げる必要がない。いや、なくなった。

「死ね! コウ! ふぉほほほほほほぉぉぉぉぉぉ」

 アキラが勝利の雄叫びを上げながら新たなグイルを三体具現化し襲ってきた。僕はグイルがぎりぎりまで迫るのを待った。そしてグイルが僕を覆い隠した瞬間、三体のグイルを一斉に葬り去った。

 アキラの雄叫びが消え去り沈黙へと変わる。アキラは確かめるように新たなグイルを具現化して襲ってきた。僕はあえて分かりやすくするために、グイルが近くに来るのを待たず距離をとって矢を放った。“三本の矢”は三体のグイルを一度にほうむり去った。

「なるほど。コウ。お前の言ったことは本当だったようだ。しかしなぜだ? なぜすぐに条件を発動させなかった? 」

 アキラはすでに冷静さを取り戻し冷静に分析している。

 僕はあえて嘘は言わない。第二の条件が発動した今アキラに勝ち目がないことをしっかりと思い知らせてやる。それに次の戦いのために嘘を言うわけにはいかない。

「武器に条件を増やすのは想像以上に大変だった。だから条件を増やすため、条件の発動に条件を付けた。二つめの条件を発動させる条件は敵を三十体倒すこと。そして武器の第一の条件を敵に予め教えること。だから僕は試練の洞窟で武器の第一の条件を敵であるイリミヤに見せた。敵を一体しか倒せないのが僕の能力武器の欠点。それを考慮して考えたのが第二の条件。僕は一度に“五本”まで矢をつがえことができる。本当はもっと増やしたかった。なぜなら銀の目が何体まで魂を具現化できるか分からなかったからだ。でもこれ以上はどうしても無理だった。五本が限界だった。それ以上増やすと条件が一つ減ってしまう。だからこれはある意味賭けだった。けれどアキラ! どうやら僕はその賭に勝ったらしい! グイルは三体。五本の矢のうち三本の矢はグイル。そして残り二本… そう、二本はアキラ、お前の目だ」

 僕はしんみりと言った。紅い目の能力、武器の能力、戦い方。僕の仮想の敵はサーダだった。

 まさか使う相手がアキラになるとは… 苦々しい思いでいっぱいになった。砂を噛んでいるように口の中が気持ち悪い。僕の矢がサーダの目ではなく、アキラの目を貫かなくてはならないとはーー

「俺の目… 」

「そうだ。お前の目… お前の目を打ち抜き能力を消し去る。それで終わりだ!! 」

 僕は高らかに勝利を宣言した。でもアキラは落ち着き払っている。意外にも反応したのはサーダだった。

「アキラ! 私とお前二人でやるしかない! 矢は五本。アキラとグイルで四人。私とアイミヤで二人。計六人。一人は確実に自由になる! 」

「そうはさせないぞサーダ! 」

 ベイルが立ちはだかる。しかしその前にアキラが言った。

「親父落ち着け。俺たちの目的は何だ? そうだ俺たちの目的は金の目だ! 金の目を得るには一対一サシでの勝負が絶対! “コウを倒す”のは“俺”でなければいけない! コウはそれを十分承知して条件を明かしている。今やコウは金の目など求めていない。俺たちの計画を阻止する。それだけだ! 」

 アキラは銀の目をぎらりと光らせた。異常に落ち着いているように見える。

 何を考えている? この窮地をどう切り抜けようというのか。無理だ。なんの手だてもないはず。でもアキラは諦めてはいない。僕は決意した。

「アキラをやる! 」

 辺りが水を打った様に静まりかえった。嵐の前の静けさ。静寂が僕ら四人を包み込みまるで僕たちの時間が永遠に止まっているようだった。いつまでも止まり続けると思われた時計の針を動かしたのは僕の涙だった。

「なぜ泣く? コウ」

 静寂を破ったのはアキラの声だった。

「アキラ… もう、本当にこれでお別れだ。アキラと過ごした日々は僕にとって本当に充実したものだった。兄弟のいない僕にとってアキラ。お前は本当の兄弟のようだった。でも、もう、本当にこれでお別れだ。さようならアキラ」

 僕は止めどもなく流れる涙を拭うことなく弓を引き五本の矢をつがえた。


第二十六章 金の目


 矢がキリキリと音を立てる。本当にこれでおしまいだ。その時突然アキラが割れ鐘の様な声で笑い出した。僕は一瞬ひるんだが矢はつがえたままにしておいた。

「何だ? アキラ」

「やっぱりお前は甘いよ」

「な、何だって? 」

「敵に涙など! その甘さが命取りになる! 」

 アキラの銀の目が光った。能力の発動。やはり最後は戦いの中で死ぬのかアキラ。

 僕は目を閉じると心の中で十字を切った。そして弓を引き直し新たに現れたグイルに照準を合わせた。その瞬間、体が凍り付いた。

「バカな。あれは! 」

 狙い定めたグイルの姿を見た僕は自分の目を疑った。まるで冬の海に身を投げ出したような冷たさが体を包み込む。ゆっくりと顔を上げたグイルはある意味グイルではなかった。

「アキラお前そこまでーー 」

 アキラの前に新たなグイルが“三人”立っている。そう三人だ。

 僕は弓をおろした。アキラはにやりと笑った。今アキラはご自慢の馬にまたがっている。具現化された魂に“武器が融合”されていないグイルは生身の姿で現れた。

 武器を融合したグイルでさえ歯が立たないのに、生身のグイルでは僕に敵うはずがない。ではなぜアキラがそんなことしたのか。それは僕に三人のグイルの魂の持ち主を認識させるためだ。それは、僕の、いや、僕とアキラがよく知る人物だった。

「オサム、ミチ… アイナ」

 アキラが不適に微笑む。

「そうだコウ。オサム、ミチ、そしてアイナ。俺たちの大切な仲間だ」

 アキがの言うとおり目の前に立つ三人は施設で家族のように育った大切な仲間だ。

 僕は始終アキラと一緒にいたがそれ以外はいつも三人と一緒にいた。オサムはよく僕たちを笑わせてくれた。アキラと三人で馬鹿騒ぎをして夜の町を遊び回ったりした。

 ミチは正義感の強い男だ。僕たちが悪さをしても止めはしないものの参加することもなかった。それでもミチとは仲がよかった。きっとその人間性がよかったのだと思う。人を助ける仕事につきたいとよく話していた。その正義感は本物だろう。

 そして… アイナ。僕が愛した女性。そしてアキラが愛した女性。僕らは色白で可愛らしいアイナに惚れていた。悪さをするとよく怒られたものだ。僕に次いでアキラを恐れないのはアイナだけだった。結局アイナはアキラを選んだ。でもそれはアキラが僕より容姿がいいとか、そう言った理由ではなかったらしい。アイナが言うにはアキラは危なっかしくて一人にはできないんだそうだ。

 僕はアイナを心から愛していた。でも男らしく身を引いた。アキラもアイナを愛していた。いや、そう思っていた。

「でもそれは間違いだったのか? 」

 アキラは恥じらうことなく勝利に執念を燃やし仲間を死界へよこした。

「戦闘兵グイルとして! 」

「お前もとっくに気付いているだろう? 俺の具現化は完全体ではない。その場合肉体は人間界に残される。いわば植物状態になるわけだ。無論魂の具現化を解けば魂は肉体に戻り何もなったように目が覚める。そう、何事もなかったように。しかし! 」

 アキラは自分の指を胸に押し当てた。

「魂を破壊された人間はどうなるのか? そうだコウ。今までお前が倒したグイル。あいつらの肉体はもう二度と目覚めることはない。つまり死だ。魂が破壊されたと同時に心臓が止まる。全ての体の機能が停止する。完全なる死だ! 」

 確かに僕は分かっていた。心を鬼にしてグイルを、いや、人間をその手にかけた。すべて承知の上だ。僕は心に十字架を背負った。あまりに重い十字架を… 僕は一本一本祈りながら矢を放っていたーー するとアキラは胸に当てていた指を僕に向けた。

「しかしコウ。この三人は特別だ。お前に倒せるのか!!! 」

 銀の目が不気味に光りアキラが乗っていた馬が煙のように消えさった。同時に三人は正真正銘グイルへと変わった。アキラの次の号令で三人は躊躇せず僕に向かってくる。何のためらいもなくその足のかぎ爪で僕の首をはねるだろう。

 僕はあえて五本ではなく三本の矢を弓につがえた。僕の本気を見せるためだ。

「コウお前… 本当にやる気か? オサムを、ミチを、そしてアイナを! 」

 アキラの銀の目が憎しみと怒りで燃えさかる。アキラは僕の本気を十分に理解している。矢が放たれることを承知で最後の賭けにでた。寸前で僕がためらい矢を放つタイミングを遅らせると踏んでいる。その為の作戦を奴は考えている。でも僕は躊躇しない。それには理由がある。

 それは条件! 

 僕はアキラに武器の条件は二つと言った。でもそれは真実ではない。実際に条件は三つ付けた。僕が語った絶対に外せない条件。それこそが三つ目の条件だ。そのために矢は五本が限界になりさらに発動させるのに難しい条件が必要となった。

 もしこの三つ目の条件がなければ矢は十本まで可能だったし発動させる条件さえもいらなかった。いや、それどころか条件を五つにできたかもしれない。かなり有利な戦いができた。それでも三つ目の条件は外せなかった。その条件とは、


“具現化された魂の解放。”


 そして三つ目の条件にも発動条件があるがそれはすでにクリアしている。

 発動条件。それは二つ目の条件を発動させ発動した条件全ての能力を敵に話すこと。僕はすでにグイルを三十体倒し二つめの条件を発動させ、第一第二、その条件に至る全てをアキラに話した。

 僕は追い詰められたサーダが最後に具現化する魂は僕の親しい友人であると予測していた。しかしその行為にいたったのはサーダではなくアキラだった。でも結果は変わらない。

 僕は三人の友人の為に三十人の他人を犠牲にした。それほどの条件を付けない限り武器に三つの条件、そして難易度の高い条件は付けられなかった。でもアキラに三つ目の条件は話さない。僕が本気で友人を葬ってまでもアキラを倒すのだと認知させる。それはアキラの戦意を失わせることになるからだ。

「そしてもしかしたら… 」

 僕は愚かな考えも持っていた。アキラはもう、心身共にネフィルム族だと言うのにーー

「死ぬのだ! コウ! 」

 銀色の目がギラリと光る。アキラが三人に指示を出した。瞬間、オサムとミチの武器が解除されその力がアイナ一人に融合された。

「アイナ! 」

 一瞬うろたえた。アキラの作戦。それはアイナだけに力を集中させ最強のグイルにすることだった。スピードも力も今までのグイルの三倍。鋭いかぎ爪が両手両足に備えられ、その姿も更にまがまがしいものへと変化している。

 僕の首をはねるのに、二、三秒もあれば十分だろう。あえてアイナに武器を融合させたのは僕の心をかき乱すアキラの作戦だ。僕の油断も躊躇も数秒でいい。もし僕が少しでも躊躇したら終わりだった。でもそれはない。逆に僕の矢は三人を解放するのだ。

 僕の矢は三人が走ったと同時にすでに放たれていた。アイナに武器が融合され強力な力を手に入れた時矢はすでにアイナの胸を貫いていた。胸にぽかりと穴が開き徐々に広がり始めている。すでにアイナの武器は融合が解けアイナはアイナ本来の姿に戻っていた。

 そしてミチ、オサムの融合も解け二人は消えて無くなった。アイナの体はまるで空に舞う黄砂のように少しずつ崩れていく。僕はその時アイナが薄い笑みを浮かべたように見えた。もちろんそんなことはあり得ない。僕の勘違いだ。勘違いだが、でも、アキラを止めてあげて、そう言ったように思えた。アイナの胸の穴はさらに広がりを見せ全身を飲み込んだ。そして三人は文字通り煙のように消え去った。

 三人の魂は解放された。今頃アイナたちは何事もなかったように目覚めているはずだ。でも僕の心は痛んだ。友人に矢を向けて放ったこと。いや、それよりも、項垂れ、失望のふちに沈み灰色の地面にはいつくばうアキラが哀れで仕方なかったからだ。

 僕はのどにまで出かけた。アキラ違う。あの三人は死んでいない! と。でも言えなかった。今こそアキラを倒す絶好の機会。文字通り赤子の手をひねるようなもの。けれど弓に矢はつがえたが放つことができない。

 もしかしたら? という思いが引っかかる。アキラは間違いなく悔やんで悲嘆に暮れている。勝利できない絶望というより、友をなくした失望感が漂っているに違いない。橙の目を使うまでもない。その小刻みに揺れる肩が全てを物語っている。

「アキラ… まだ人間の心が残っていたんだねーー 」

 僕の問いかけにアキラが力なく答える。

「そうだ… 俺には人間の心が残っていた。心からアイナを愛していた。だからアイナを具現化した。アイナでなければ駄目だったからだ」

「え? 」

 僕はアキラが交わした言葉にいいよういない恐怖を憶えた。

「これほどにやり切れない怒りを覚えたのは初めてだ! 最愛のものを亡くすことがこれほど苦痛に感じるとは! 」

 アキラの覇気がいきなりあがった。覇気が風となって辺りの石を巻き上げ始めた。

「ぐわはぁはぁはぁはぁーー 」

 アキラは地面に手足を着いたまま恐ろしいまでの高笑いをしている。次の瞬間僕は驚愕した。

「よ、鎧がーー… 」

 アキラの鎧の色が変わり始めている。鎧は目の能力を表す。アキラの足と手の鎧が変化していく。その色は、

「まずい! 金だ! 」

 僕は大変なミスを犯した。銀の目の能力を知ったときありとあらゆる場面を想像し、作戦をねり、武器に条件を付けた。これまでは作戦通りアキラの裏の裏をかいて戦闘を有利にしてきた。でもアキラはさらにその裏をかいてきた。冷静に僕の力を分析しているように見せかけ、いかにも自分が圧倒的に勝利するように思わせた。

 でも結局アキラにとってそれはどうでもいいことだったのだ。ただ僕にアイナの命を奪わせることができればそれでよかったのだ。結果として武器の三つ目の条件を知らないことがアキラにとって有利に働いてしまった。あの時、魂の解放という条件をアキラに伝えていればーー そう思うと悔やんでも悔やみきれない。

「くそう! サーダはどうやって銀の目を手に入れた? それは怒り。自らの手によって葬った最愛の人を亡くした怒りだった! 」

 僕は予言書に従い戦いに勝利した者が金の目に覚醒すると信じていた。

「でもよく考えてみろ? 」

 予言書にはそんなことは一言も書かれていない! 覚醒しやすいのはむしろ怒り! アキラは確信していた。覚醒は怒りによって持たされると。だからサーダと同じ怒りを手に入れたかったのだ!

 僕の武器の最難関な条件、魂の解放。それさえ無視できれば一度に矢を何本でも一斉に放つことはできた。それはアキラにとっても同じことだ。そう、アキラほどの力があればきっと〝グールも好きなだけ一度に具現化〝することが出来たのではないか? 馬と大釜、かなりの条件だと思ったが今思うとアキラにはたやすいことだったのかもしれない。

 ではなぜ三体のグールだったのか。矢もグールもアキラにとっては同じことだ。きっと僕の武器が弓であると確認した時点ですでに何本同時に矢が放たれるのかと考えたアキラはあえて僕が打てるであろう矢の数を予想し三体のグールを具現化した。一体でも二体でもなく三体を。

 それ以上グールは具現化出来ないと僕に思わせた。アキラは分かっていたんだ。僕が狙っているのは力を持つ己自身の目だと。

 全ては大切な人の命を僕に奪わせるために!

「僕はなんて愚かなんだ! 」

 すでに勝ちを確実なものと勘違いし最後の最後に失敗をした。

 僕がアキラの力を見余った時点ですでに勝敗はついていたんだーー……

「これが金の目の力か!ーー 」

 アキラが叫ぶと金色の覇気がとぐろを巻きながら僕に襲ってきた。まるで竜のようだ。金色の竜に姿を変えた覇気が迷うことなく僕を飲み込もうとする。

【ぐがおおおおおおお!!!! 】すさまじい雄叫びを上げる金色の竜。

「まだだ! まだ間に合う! 」

 目の能力は呪文となって自然と目の中に浮かんでくる。呪文を読めば力の使い方はすぐさま理解できる。厳密に言えば読むと言うより見ると言った感じだ。でも能力を得てすぐさま使うにはアキラといえども数秒の時間はかかるだろう。

「今すぐ攻撃すれば能力を発動する前に目を貫くことができるかもしれない! 」

 僕は急いで矢を五本に増やし矢を放った。同時にゲーター・ダーに指令を出す。

「ゲーター・ダー! アキラの首を落とせ! 」

 ゲーター・ダーが矢と同じくらいのスピードで突っ走った。まるで風のような早さだ。矢とゲーター・ダーがアキラに迫る。その瞬間、アキラは伏せていた顔を上げた。

 その目は金色に光っていた。

「まずい! 能力を発動している! 」

 アキラの目を見たとき僕は金色の竜に飲み込まれ金色の目映い光に包まれていた。


第二十七章 目覚めた悪夢


 冷たい… 寒い… 痛い… 確か… そうだ… 僕の矢… 矢は… アキラに当たる瞬間… 消え去った?… アキラには… 当たらなかった… そうか… 僕は死んだのか… いや、意識がある… 死にかけている… でも確実に死ぬんだ… 僕は… 負けた… でも… 不思議だ… 別に… 悔しくない… 死ぬのは… 思ったより… いいものだ… ああ… 全てが終わった… あれ? あれは何だ?ーー

 

 真っ白だった景色に色がつき始めた。白い校舎ーー…


「見覚えのある景色… 学校だ。そうか人は死ぬ前にゆかりの場所を訪れるのか… 」

 心なしか先ほどよりも意識がはっきりした気がする。どうやら僕はうつ伏せで倒れているらしい。不意に隣に気配を感じ首をゆっくりと傾けると、僕はその信じられない光景に思わず声を張り上げた。

「アキラ! 」

 アキラが血だらけで倒れている。その両目にはしっかりと目球が揃っている。

「落ちた? 落ちたのか? 僕はあの校舎に、過去に戻ったのか? 」

 過去に戻ったなんて何を馬鹿げたことを言っているんだ。

「夢? 夢? 僕は長い夢を見ているのか? 」

 体を動かそうとすると全身に激痛が走った。この痛みは間違いなく本物だ。この痛みが夢であるはずがない。

「そうか! そうだったのか! 」

 自らの夢見がちな性質を考えれば納得がいく。僕はとんでもない夢想家。SF好きで物語を作るのが大好きだ。施設で聖書も読んでいた。ネフィルム族も、死界も、全ては僕の想像が産んだ産物に過ぎなかったのだ。

「どうして気付かなかったんだろう」

 人は死ぬ直前、人生が走馬燈のように頭を駆け巡るという。僕の場合想像した物語が頭の中を巡ったみたいだ。あまりにリアルにその夢を体験していたーー

「知ってしまえばなんてあっけないんだろう」

 物語の終わりに夢から目覚めたというわけだ。

「そう、悪い夢から覚めた」

 僕はこのまま死んでしまう。この様子ではアキラも助からないだろう。でもそれも運命だ。あの夢のラストシーンを考えれば今の最後の方がどんなにましかーー 思いにふけり目を閉じた時空高く目映い光が現れた。

「暖かい… なんて優しい光なんだ… 」

 美しく暖かい光だった。魂を導く尊い光。悲しみも、苦しみも、恐れさえも包み込む光。どのような悪人も罪人も、その凶悪な罪さえも、光は優しく包みこみ全ての者を平等に包みこみ、全ての罪を許し極楽へと導くのではないだろうか。僕にはそんな風に思えた。

 すると光の中から人が現れ優しく微笑み僕に手をさしのべた。僕は感動で体を震わせ恥じらうことなく、小さな子供のように大声で泣いた。そして言った。

「父さんーー 」と。

 光から現れたのはベイルだった。ベイルは全身を黄金色に輝かせている。その暖かい穏和な表情、光り輝く全身、それはまるでいつか本で見た薬師如来のようだと僕は思った。

「ああ、意識が薄れてきた。ついにお迎えがきた… 」

 目の前が真っ白に包まれていく。白い校舎も、そしてアキラも真っ白な霧の中に消えていく。目映い光ーー

「暖かい… 優しい… 全てが終わる… 本当に全てが終わる… ようやく悪い夢から覚めた… もう二度と悪夢を見ることはない… 」

 僕の目から一筋の涙がこぼれ落ちたーー


第二十八章 死神の正体


 暖かく目映い光が僕の全身を包み込む。

 僕の命は今や風前の灯火。いや、灯火だった。

 手を差し出していたベイルの姿が変わるまではーー


 僕の手がベイルの手に触れる寸前だった。

 ぷるぷると震える僕の指に触れる寸前、ベイルはさっと手を引っ込め頭の後ろに手を回した。そして唐突に現れたフードを頭からすっぽりとかぶった。ベイルの顔はフードの奥の暗闇に飲み込まれた。その瞬間、フードの奥でルビーのような紅い小さな光がひとつ、ぽつりと光りだした。黒いマントをひるがえしフードの奥に新たな顔がーー

「ば、バカな? あの光… あの顔… 」

 ルビーのように光るのは紅い目。顔はシャレコウベーー

「シャレコウベ! まさかゲーター・ダー! バカなこれは夢だ! 」

『コウ… コウ』

「ゲーター・ダー? し、死神が、し、しゃべっている!? それにこの声。聞き覚えがある」

『運命の子よ… 選ばれし子よ… まだ終わっていない… 果たせ… すべきことを…… 帰るのだ… 死界へ… さあ… つかめこの手を! 』

 白い手が、真っ白い手が迫ってきた。肉は奇麗さっぱり腐り落ち、乳白色の節だった骨だけになった指が、不気味にカクカクと動きながら手招きするように上下している。間違いなく死神ゲーター・ダーの手だ。

『帰るのだ! 死界へ! 使命を果たせ! コウ! 』

「そうだこの声。そうかあなただったのか。死神の正体は…ーー 」


 死神は僕の手をつかみ引き寄せた。マントの中は灰色の世界。

 僕は帰ってきてしまった。灰色の世界、死界へ。


第二十九章 死神の反乱


 声だ… 聞き覚えのある… 声が… 声がするーー

「なぜ帰ってきた? お前あいつと一緒に心中するつもりか? 」

「カシキヤ、私はコウの相棒だ」

「ううう… お前は… あいつの愛に応えるのか? お前はバカだ! 」

 誰かにののしる声。そしてガチャガチャと鍵を外す音がする。

【ドスン!】何かが空から振ってきた。僕のすぐ近くに落ちたようだ。うめき声がする。

「人… か? 」

「コウ! 生きていたか。きっとお前なら帰ってくると信じていたぞ! 」

「そうか… ベイル… か」

 うっすらと景色が見えてきた。どこかの洞窟にいるらしい。縦穴だ。上に十字架の格子が見える。どうやら僕は牢屋に入れられているようだ。しかもこの牢屋試練の洞窟の真上にあるらしい。天井と同じく床に掘られた十字架の穴から、ヴァームが造り上げたドームが見える。ヴァームとの試練がまるで何年も前のような出来事に感じた。

「しかしコウ。よく助かったな。もうだめだと思ったぞ」

「ああ… あの時どうなったの? あまり覚えていないんだ… 」

 よろよろと起き上がる僕にベイルは唇を軽く噛みしめ悔しそうに語り始めた。

「憶えていないのか? あの凄まじい戦い、天運なる戦いをーー… 」

「天運なる戦い… アキラとの戦い… 」

 見る見るうちに目に生気がみち戦いの記憶が蘇ってきたーー…

「僕はアキラの金の目に見事にやられた」

 全てを思い出し深いため息をつくと、ベイルは僕の記憶が途絶えたその後の話を聞かせてくれた。

「アキラが金の目を発動させたとき、お前の矢は寸前のところでくだかれた。ゲーター・ダーは至近距離でアキラの覇気をまともに受け、まるで塵のように消え去った。そしてお前は倒れ込んだ。仰向けになったままピクリとも動かなかった」

「そうか… そして僕はあの夢を見たのか… 」

 するとベイルは僕の両肩に手を置いて真正面に向き合った。

「金の目の力は絶大だった。金の目によってお前は武器も目も、そして死神も失った。しかも死神を失ったのはお前だけではなかった」

「そ、それは… つまり? 」

「つまりはアキラの死神タームー・ダーを残し全ての死神が死界から消えたのだ」

「全て…? 」

「そうだ、全て。全ての死神だ。もちろん私の死神も例外ではない。金の目には他の者の力をくだく力があるらしい。アキラの金の目によって全てのネフィルム族も目の力と死神が持つ大鎌だけを残し無くしてしまった。つまりネフィルム族の武器は今や目の能力と大鎌だけになったのだ」

「想像した武器と死神を失った… 」

 金の目の力。僕は苦々しく微笑を浮かべた。

「そして同時にアキラの武器も変わった。馬は消え去り変わりに金色の大鎌になった」

「そうか… そんなことが… それだけの力だ。きっとリスクが発生したんだろう。自分の武器を捨てる変わりに全てのネフィルム族の武器と死神を取り上げたんだ。それとも武器と死神を消す事に何か深い意味でもあったのかな…? 」

「分からない… とにかく死神が消滅した後しばらくアキラはお前を見つめていた。私には分からないがお前は金の目によるなんらかの攻撃を受けていたようだ。お前は瞬きもせずまるで人形のようだった。生きた屍といった感じだ」

「そうか、僕は死にかけたんだね」

 するとベイルは僕の肩を強く握りしめた。

「しかしそれから数分後。突然お前の手が上に伸びた。そうだ! お前は生きていた! 」

 僕はにっこり笑って、素直にうなずいた。

「何かを掴むように手を出したお前を見てアキラはひどく驚いた様子だった。なぜ生きている? といわんばかりの顔は激しい怒りに満ちていた」

 ベイルは突然手を振り上げた。

「そして無防備なお前の息の根を止めようと! そう、お前の首を切り落とそうと金色の大鎌を振り上げた。その時だ! 」

 ベイルは大げさに騒いで見せた。

「アキラの前に立ちふさがったものがいた! 間違いなくコウをかばったとしか思えない! 誰だと思う? 」

 僕には検討もつかない。話からしてベイルではないようだし一体誰なのか? するとベイルは想像もつかない人物の名を口にした。

「サーダだ」

「サーダ!? 」

 僕は驚きを隠すことなく、大声を上げた。

「バカな! なぜサーダが? 」

「それは分からない。もう、誰にも分からない。アキラにも誰にも」

「誰にも…? 」

「そう、誰にも。なぜならその時サーダはアキラの金色の大鎌で首を落とされたからだ」

「サーダが?… 死んだ…? 」

 あのサーダが死んだ… しかも僕をかばってーー… 僕は何も言えずにただベイルを見つめるしかなかった。

「アキラもまさかサーダが飛び出すとは予想していなかったのだろう。大鎌を止めることが出来ずそのまま首をはねたのだ」

「アキラがサーダの… 父親の首をはねたのか… 」

 敵であるアキラになぜか申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。ベイルも複雑そうな表情を浮かべながら話を続けた。

「そしてその直後。アキラは突然何かを探すように、きょろきょろと周りを見渡し始めた。私には必死に何かを探しているようにも見えたし、また、錯乱しているようにも見えた」

「不審な… 行動だ」

「確かに。しかし不審な行動はすぐに終わった。仮にも父をその手にかけた直後だというのにアキラは顔色一つ変えることなく、しばらくするとグイルを呼びだしコウを牢に閉じこめるように指図したのだ。それを聞いた私はその場から逃げ出したというわけだ」

 僕は我が耳を疑った。

「冗談でしょ? ベイルが逃げ出すなんて」

 ベイルは何か考えているようだったが、まるで子供のように無邪気に笑って見せた。

「いや、急に死ぬのが怖くなった。それだけだ。それよりコウ。お前はアキラにどんな攻撃を受けたのだ? 」

 僕はベイルが死を恐れて逃げ出していない事は知っていたが、そのことには触れないことにした。“ベイルの口から聞く必要がなかった”からだ。

「金の目の能力。あれはきっと夢を見せ夢を現実にする力。あの攻撃を受ければネフィルム族でも首を切らずに殺すことができるよ。きっと精神が完全に破壊される」

「そんなに恐ろしい力か」

「うん。それに早い。あっという間に力に落ちる。あのタイミングで僕がやられたんだ。発動すれば一瞬だ」

「そうか… それでどんな悪夢を見たのだ? 」

「悪夢じゃない。とてもいい夢だ」

「いい夢? 悪夢ではないのか? 」

「いい夢だった。だからこそかかりやすい。安らかな死を相手に送る。きっと誰もがためらいもなく受け入れる。苦しみも恐れも悲しみもない。そんな暖かくて優しい死だ。死へ向かう前の現実全てが本物だった。穏やかに葬る。まるで神の力だ」

「それでもお前は帰ってきた。その現実を偽物と見破った。さすがは私の息子だ! 」

「えっ… 」

 ベイルは父さん。でも僕たちが親子と分かってまだ数日しか経っていない。照れくさくてとてもじゃないけど面と向かって父さんとは呼べない。でもそれはベイルも同じだ。僕とベイルは顔を見合わせると恥ずかしくなって互いにうつむいてしまった。僕は照れ笑いを浮かべながらベイルに言った。

「助けられたんだ… あの時… 手を握っていたら… 僕は間違いなく安らかな死を迎えていた。あの時手を引いてくれたのがーー 」

 僕はぐっと拳を握りしめ目を閉じた。

「どうしたコウ? いったい誰に助けられたのだ? 」

 僕はゆっくりと目を開けてベイルを見た。でも言葉に出しては言えない。僕は無言のままベイルを見つめるだけだった。ベイルも僕の気持ちを悟ったのかそれ以上何も聞こうとはしなかった。

 僕は心の中でベイルに話しかけた。ベイル違うんだ。僕を助けてくれたのはゲーター・ダー、“死神ゲーター・ダー”。そして“父さんなんだ”。あの時僕を助けたのは父さんなんだよ。“死神の正体”、それは“ネフィルム族”。つまり死神との戦いによって死んでいったネフィルム族こそが死神だったんだーー… 


 僕がゲーター・ダーに手を引かれ、灰色のトンネルを通る途中にゲーター・ダーが語った死神の秘密。


【我々ネフィルム族は死神として生まれ変わる。いや、生まれ変わるという表現は適していないかもしれない。再生といった方がいいのか? こうしてネフィルム族の記憶と心を受け継いでいる。でもその記憶は心の奥底へと押し込まれる。そして感情を一切持たない死神として死を迎える一瞬までネフィルム族の思い出を振り返ることはない。

 死神と契約者がひかれ合うのは契約者と死神に深いつながりがあるからだ。死神はその記憶から無意識に契約者を選択する。私がコウを契約者として選んだのは私たちが血を分けた親子だったからだ。

 死神に再生されると時間も空間も飛び越え過去へと戻る。どの時間へ飛ばされるかは分からないが、契約者との時間に何らかの関わりを持つのかもしれない。

 コウ、お前はこれから大切な使命を担う。そうお前はこれから…ーー 】


 ベイル。いや父さんはこの先も君は僕を助けてくれる。この後おきる悲劇が続くまで… 父さんは僕のためにその命までも差し出す。それはゲーター・ダーが、父さんが語ってくれたこれから始まる短い未来。父さんはこの後命を落とし死神となる。父さんの記憶はここで終わり過去から始まる。僕と一緒にーー

 僕の“灰色の目”から涙がこぼれだした。

「どうした? コウ、なぜ泣く? 」

 僕はあふれる涙を乱暴に腕でぬぐった。

「いや、それよりベイル。今、僕の目は灰色だろ? つまりネフィルム族の目。まだ契約を交わしていない、ゼロの状態である目だ」

「あ、ああ、そうだコウ。ザイルガによるとアキラはお前に契約を交わしていないネフィルム族の灰色の目を移植させたらしい。ネフィルム族は契約に失敗し死んでいった者の灰色の目を形見としてとっておく風習がある。その一部がお前に移植されたのだ。何でもアキラはお前に地獄を見せるためだと言っていたそうだがーー 」

「そうか… 地獄か。つまりはベイル。しつこいようだけど僕の目は灰色。まだ死神と契約していないことになる」

「うむ、確かに理屈からすればそうかもしれない」

「じゃあ僕は死神と契約できるということになる」

「確かにそうかもしれないが… お前は突拍子もないこと考えるものだ」

 ベイルは感心したように僕を見た。でも違うよ父さん。これも死神である父さんが話したことなんだ。ただ僕が死神と契約できたかまでは知らない。なぜなら父さんはそれ以上の未来は見ることができないから… そろそろ… もうすぐだ。見張りのネフィルム族が悲鳴を上げる。

「ぐわぁーー!! 」

「くそ! 何だ! なぜ死神がーー!! 」

 外が騒がしくなってきた。始まった。僕は叫んだ。

「ベイル! 死神の反乱だぁーー! 」

 心を持たぬ死神。自らは決して攻撃を仕掛けないはずの死神が今まさにネフィルム族を襲っている。死神はネフィルム族。だから死神からネフィルム族を襲うことは決してない。潜在的に仲間を襲ってはいけないと感じていたからだ。

 でも今は違う。死神からネフィルム族に戦いを挑んでいる。父さんは言っていた。アキラが金の目の能力を使ったと同時に死界の死神一人残らず消えたと。死神の死。それを意味するものとは何だ? 全ての死神が消えたということは、つまり今ネフィルム族を襲っている死神は死界に現存する六百人のネフィルム族の誰か、ということになる。

 アキラはグイルで何人かのネフィイルム族を殺し、死神に変えた後、その死神を使ってネフィイルム族を襲っている。それこそ金の目の力に違いない。

 そして死神が増え続けていると言うことは、殺されたネフィルム族がすぐさま死神になっていると考えていい。時を超えることなくネフィルム族が一人消えるたびに一体、死神が増えている事になる。これもまた金の目の能力の影響なのか。死神が全て消え去ったのも、今ネフィルム族が死神として復活するのも、何か重要な意味があるとかもしれない。でも今の時点では分からない。

 とにかく時は来た! 今こそ父さんが言った使命を果たすときがきたんだ。

「どうしたのだ。いったいこれは何の騒ぎだ! 」

 何も知らないベイルがただならぬ事態に戸惑っている。でも僕は知っている。そして僕はゲーター・ダーに、いや父さんの恩に報えねばならない。体に精気が蘇ってくる。

「ベイル。死神の反乱だ」

「死神の反乱? 」

 ベイルは僕の言動に半信半疑だ。成り行きがうまく理解できていない。

「きっとこれは金の目の能力」

「金の目の能力? 」

「そう金の目の能力! 金の目は最強の目。複数の能力が使えるに違いない。第一能力は夢の現実化。そして第二が死神の支配! 今死神はアキラの命令で死界に存在する全てのネフィルム族。すべてを葬ろうとしている」

「バカな! あいつも半分はネフィルム族だぞ! 一体何の得があるというのだ? 」

 確かに父さんの言うとおり。いったいアキラに何の得があるというのか。父さんが語ったのは死神の反乱だけだった。その意味までは知らない。ネフィルム族の抹消。その意味は誰にも分からない。でも全てのネフィルム族が殺されるのはなんとしても阻止しなければならない。それが父さんとの約束だから。

 父さんはこの事態を理解していない。でも何か大変な事態が起き、僕だけが知り得る情報でネフィルム族を救おうとしていることは十分理解していた。

「コウ、私は死を恐れてアキラから逃げたわけではないぞ! 決してな! 」

 僕はうなずいた。

「私は想像の洞穴へ行ったのだ。もしもの時のため。そう今この時のために! 見ろ、コウ! これが私の武器だ!! 」

 ベイルは高らかに宣言し手を空にかざした。その瞬間、白い大きな固まりが牢を突き破って飛び込んできた。牢の入口からキラキラと光が落ちて来る。まるで星が降ってきたようだった。僕はそのあまりの美しさに言葉を失った。

 煌めく光を残しながら白い固まりは、優美な姿を誇示するように勇ましく僕たちの前に降り立った。白い固まりが神秘的な紅い目で僕を見据える。それは飛び切り立派な白馬だった。しかもただの白馬ではない。背中から美しい羽が伸びている。

「天馬ペガサスだ! 」

 ベイルは叫んだ。ペガサスは白い光を放ちながら白鳥のように翼を優雅にはためかせると、そっとベイルに寄りそった。ベイルが優しくペガサスののどをなでると、ペガサスも嬉しそうにのどを震わせた。

「コウ。私はアキラの武器を見て思った。私も同じ武器が創れないかと。そしてお前が捕まったときに決心した。お前を救い出すためにペガサスを創ろうと。羽は条件として付けた。空を飛ぶためだ。つまり私の武器であるペガサスは戦いには向いていない。逃げることを前提とした武器なのだ」

 戦うことしか知らないネフィルム族。逃げることを最大の恥と考えるネフィルム族が、逃げることを目的に武器を想像するなんて… とても辛かったに違いがない。やり切れない気分でいっぱいになった。

「さあ、コウ。乗ってくれ。お前のための私の武器だ」

 僕はこうなること知っていた。辛い現実も知っている。でも僕は父さんの思いに答えなければならない。迷っている暇はない。危険はすぐそこまで迫っている。

 僕はペガサスに飛び乗った。

「ベイル… 」

 何か言いたいが言葉にならない。これから死にゆくものにどのような言葉をかければいいのだろう。父さんは首を振った。何も言わなくていい。そう目が語っている。

「ただしコウよ。武器も創造者が死ねば消えてしまう。私の命がつきるまでにアキラを見つけだし倒してくれ。いいな、コウよ。ペガサスが消えたとき私の魂も消えるのだ」

 僕は我慢しきれず大粒の涙を流しうなずいた。

「コウ、戦士に涙は似合わない。」

 ベイルは大きな指で僕の涙を拭き取った。その時、

【ガラガラガダダダー 】無数の岩と共に影が二つ空から降ってきた。二体の死神だ。

「うおー! 」

 ベイルは雄叫びを上げると死神から大鎌取り上げぶんと一振りした。死神は恐るべき俊敏さで攻撃を避けて後ろへ飛び退く。その隙にベイルは勢いよくペガサスの尻をたたいた。ペガサスは大きく前足をあげてヒヒーンと一鳴きすると、白く美しい羽を羽ばたかせブワリと宙に舞い上がった。

「行くのだ! コウよ。何があっても後悔するな! 」

 そしてベイルは今までに見たこともないような優しい顔をして言った。

「私はお前と共に旅をして今までに感じたことのない暖かい感情を憶えた。いてたまらないほど切ない感情ーー そしてムー・シーでお前を抱き上げたとき、マントごしに感じたお前の体温がその答えを導き出した。胸が熱く、締め付けられているように苦しい。守ってやりたい。この命に代えてもお前を守りたい。私はあの時お前を息子とは知ら無かった。しかしあの時すでにお前を息子のように愛してしまっていたのだ」

「そんな… そんな… ことって… 」

 僕は泣きじゃくりながら首を振った。ベイルはそんな僕に子供をあやすようにたしなめた。

「泣くな息子よ。お前は立派だ。ネフィルム族以上に立派な戦士だ」

「ベイルーー… ぼく、ぼく… 」

「行け私の息子! 私はお前を! 最後まで! いつまでも見守っているぞ!! 」

 最後にベイルは声を出すことなく小さく口を開いた。僕はベイルの言葉を読み取り代わって声にした。

「サー… クー……… 」

 途中で涙がどっと溢れだし声につまった。サークー・ムーハー(父親)。

 僕がマザーの前で登録した死語。ベイルは見ていてくれたんだ。きっと僕の死語を優しい笑顔で眺めていたに違いない。そう思うと息が苦しくなり胸が熱くなった。ペガサスは勢いを落とすことなくあっという間に牢屋から飛び出した。

 小さくなる十字架の出入口から死神と壮絶な戦いを広げる父さんの姿が見えた。僕は身を乗り出し小さくなる父さんに手を伸ばし叫んだ。

「父さん… 父さあ~ん!!!!!! 」

 それが父さんとの最後の別れだった。父さんは言葉の通り死んでもなお僕を守り続けてくれていた。死神ゲーター・ダーとしてーー…


第三十章 伝説の目を持つ死神


 僕はペガサスの首にしがみついて泣いた。

 僕はなんて馬鹿なんだろう。ベイルはメシアとしての僕を守り旅を続けていたと思っていた。

 でも違った。ベイルはもう僕を実の息子のように思い息子を守るために守ってくれいたのだ。はじめから僕はベイルの息子だったのだ。

 郷で誇り高きネフィルム族カシキヤがどうして僕に頭を下げたのか。それは僕がメシア候補だったからじゃない。誇り高く負けを憎むネフィルム族。例えそれがメシアであろうが気に入らなければ迷わず殺していただろう。

 ではなぜか。僕はあの時すでにベイルを父親のように感じていたのだ。家族が侮辱されている。それでたまらなくなってカシキヤにくってかかった。カシキヤもそれに気付いた。僕がベイルを父のように慕い、またベイルが僕を我が子のように可愛がっていることに。だからカシキヤはその親子愛に答えるために僕に頭を下げたのだ。

 僕は涙を拭いペガサスを走らせた。いつまでも泣いるわけにはいかない。父さんの心にむくいるためにもまず死神を見つける。できるだけ強くアキラに支配されていない死神を!

 僕はわずかな望みに賭けペガサスを走らせた。空から見ると黒い固まりがうようよと動いているのが見えた。死神だ。死神が集団となって移動している。意志を持たない死神が軍隊のように規律正しく行動している。かなりのスピード。死神があれだけ早く移動するのは契約者の命令を受けたときだけだ。

 多勢に無勢。卑怯などという言葉が死神に通じるはずもない。単独で戦うネフィルム族が勝つ術は万に一つもない。せめて勇敢に戦い死んでいくので精一杯だ。もう間もなくネフィルム族は全滅するだろう。

「いったいアキラは何を考えている? アキラにどんな得があるんだ? 」

 僕は軍隊蟻のように列を連ねる死神を見てアキラの恐ろしい最終目的が頭をよぎった。

「アキラは人間界を死神という軍隊を引き連れて支配する気か? 」

 そう考えれば納得いく。単独主義で自己私欲の強いネフィルム族。お世辞にも扱いやすいとはいえない。いつ裏切ってもおかしくない民族だ。それに比べればあまりに扱いやすい死神。意志を持たず、逆らわず、忠実な死神。死神は最強の兵士だ。

 これほどに強靱で扱いやすい軍隊は他にいない。金の目の能力が全てが明らかになったわけではないけれど、金の目が方舟をもたらすのは間違いない。そして人間界へ行くことも間違いない。アキラが死神と共に人間界に現れたとき全ての人間はアキラの足下にふれ伏すのだ。

「間違いない! アキラは死神と共に人間界を支配する気だ! 」

 その時黒い小さな粒が見えた。明らかに大きな固まりから外れている。あれほどに規律正しい隊列から一体だけが外れることは考えられない。

「単独で動いている。間違いない! アキラに支配させていない死神だ! 」

 僕は思わず声を上げた。

「落ち着け… 落ち着くんだ」

 まだだ。今はまだだめだ。もし支配されている死神とアキラが同じ景色を見ているとしたら危険だ。今降りていけばあの黒い集団の死神に見られてしまうかもしれない。

 僕はかたずをのんでいきさつを見守った。

 黒い固まりが遠のくのを待つ。完全に離れるまで待つしかない。そう思った矢先、荒い息づかいと共にペガサスの羽ばたきが弱くなってきた。

「ベイル… 父さんがが弱っている? 」

 ペガサスが苦しそうにぶるぶると何度も首を振る。

「ペガサス! 父さんもう少し頑張ってくれ」

 僕はペガサスの首を何度も優しくさすった。ペガサスは苦しそうに荒々しく鼻息をバフバフと吐き全身全霊をかけて羽ばたいた。でも高度が上がることはない。高度が下がる度黒い不気味な固まりが大きくなっていく。黒いマントの軍団。まるで草原を移動するバッファローの群のようだ。

「だめだ! 」

 このままではあの群れの中に落ちてしまう。その時ペガサスが最後に残ったわずかばかりの力を振りしぼり力強く羽ばたいた。僕たちは再び高度を上げ黒い軍団から離れると大きな岩陰に隠れた。そしてペガサスは僕をおろすと力なく一声上げその場に倒れ込んだ。

「ペガサス! 父さん! 」

 僕はペガサスの首を持ち上げ抱きしめた。ペガサスはピクリとも動かない。どんどん薄くなっていく。まるで水の馬か、クリスタルの馬でも抱いているみたいだった。手が透けて見える。透明度はさらに増していきしばらくするときらきらと輝きだした。

「これが命の輝き… なんてはかなく美しいんだろう」

 僕は腕の中に小さな星々を、そう、小さな銀河を抱いていた。はかなく消え去る銀河を…

 底知れぬ美しい命が今僕の腕の中で消え去った。完全に塵となり無に帰ったのだ。

「さようなら父さん… ありがとう…ーー 」

 僕は悔しさと自分の不甲斐なさに唇を噛みしめた。その時、

「うっ! 」

 一瞬心臓が止まったかと思った。背後に言いしれぬ気配を感じる。背中に無数の氷柱が突き刺さされているようだ。

 冷たい、とにかく冷たい。僕は恐る恐る振り向いた。

「バカなーー 」

 一瞬言葉を失った。後ろに立っていたのは死神だった。それもただの死神ではない。アキラの支配を逃れた死神。そして何より、


 金の目を持った死神ーー


第三十一章 金の目の能力


「バカな? どういうことだ? なぜ金の目をもつ死神がーー 」

 信じられないが目の前にいるのは紛れもなく金の目の死神。アキラと対当に渡り合える力を持った死神だ。死神はネフィルム族。死神は絆によって契約をする。僕の死神ゲーター・ダーは父さんだった。

「そして… アキラの死神ーー 」

 アキラの死神はアキラの父サーダと考えて間違いない。そう考えればタームー・ダーが始めから銀の目を持っていても不思議ではない。

「ではこの金の目の死神は? まさか… まさか… 今、死界で金の目を持つ唯一の存在… アキラ? アキラだというのか? 」

 そうだ他に考えられない。そう考えなければ金の目を持つ死神が存在しうるわけがない。アキラは時を超えすでに死神として遙か昔からダー・バーダにいたのか。

「けれど… そう考えるとーー 」

 死神との契約には絆が必要。絆… 僕とアキラの絆。親友であると同時に敵。死神は潜在的に契約者を決める。そうなればアキラにとって敵である僕と契約を交わすはずがない。

「どうする? どうすればいい」

 答えはでない。でも死神と契約しないままアキラと戦っても勝てるはずがはない。

「現在のアキラと戦うか、未来のアキラと戦うか」

 この死神がアキラだと考えればアキラは死ぬことになる。そう考えれば答えは簡単だった。少しでも、ほんのわずかでも可能性がある選択。

 死神との契約! 今はこれに賭けるしかない。

 僕は腕に力を込めた。すると血管が浮き出し丸太のように太くなった。

「だああああーー… 」

 雄叫びと共に飛び上がり腕を振り上げた。パンチは見事に死神のあごにヒットし、バネでも付いているように死神の顔がグラングランと上下左右に揺れた。でも死神は微動だにもせず大鎌を手に取りずいと差し出した。

 僕はよろめき大鎌の前で立ち止まった。すると大鎌がパカリと二つに割れた。大鎌は寸分の狂いもなく、全く同じ大きさの鎌がピタリと合わさって一つになっていた。

 金の目の死神はその内一つを僕に渡そうとしている。

「そうか。そう言うことか」

 よく考えればおかしな事だ。想像の洞穴で武器を創るには死神との契約が必要になる。この死界に存在する武器は死神が持つ大鎌と想像した武器だけだ。そうなれば全てのネフィルム族は素手で死神と戦うことになる。

 いくら何でも素手で武器を持った死神に敵うはずがない。その答えがこれだ。死神は自らの武器を二つに分割しその一つを挑戦者に渡すわけだ。つまり死神は僕の挑戦を受けたんだ。

「よし、勝負だ! 金の目の死神! 」

 分割された大鎌を握りしめ死神目掛けて改めて向かっていった。

「うおりゃあぁぁぁーー 」

 絶叫にも似た大声を上げながら大鎌を振り抜く。

【ガシャン! 】あまりの痛みにその場に倒れ込み仰向けになった。

【ジャギン! 】仰向けになった僕に容赦なく振り下ろされた鎌をかろうじて防ぎはじいた。慌てて立ち上がる。

「強い! なんて力だ! 」

 今の僕はただの人間ではない。灰色の目を両目に移植したことで力が大幅にあがっている。それでも鎌が重なる度おもいきり後ろにのけぞってしまった。

「ものすごい反動だ! 」

 そしてそのスピード。鎌が重なる度、目にも止まらぬ早さで僕の後ろに回り込む。僕は体を反転させることなく鎌だけを背中に向けて交わすしかない。

「まずい。このままではやられる」

 金の目の死神は容赦なく僕の首を狙い打ちしてくる。そもそも死神はどこで挑戦者を契約者と認めるのか。金の目の死神は間違いなく僕を本気で殺そうとしている。

「くそ! 死神はすでに僕を契約者として認めてないんじゃないか? 」

 不安がよぎる。不安が集中力を鈍らせ一瞬の気のゆるみが動きを遅らせた。

「しまった! 」

【ガジャン! 】強い衝撃と共に僕の大鎌がまるで竹とんぼのようにくるくると宙を舞った。

 僕は大鎌が灰色の空に吸い込まれるのを虚しく見守るしかなかった。

「終わった。完全に僕の負けだ」

 覚悟を決めた僕は誇り高きネフィルム族のように、いさぎよく死を受け入れ静かに目を閉じた。

【ビューーンッ】鎌が風を切る音が死者を見送る賛美歌のようになぜか美しく聞こえた。

 僕の首は無惨にもこの灰色の大地を転がり真っ赤に染め上げる。あまりに鮮やかな美しい赤色でーー でも… 何も起こらない。すでに僕の首は体を離れているのだろうか。いいようのない不気味な静寂が辺りを包み込む。

 一秒か、数分か、とてつもなく短く、とんでもなく長い時間が続く。耐えられない静寂が永遠に続くように思われた。もう、耐えられない。恐怖を押し殺し、しっかりと目を開いた。

 その瞬間、

【ズバッ】死神の鎌が横一文字に僕の顔面を走った。やはり死神は僕を契約者とは認めなかったーー 目の前が真っ暗になった。何も見えない。無残にも大鎌は僕の目球を切り裂いていた。


第三十二章 新たなる契約


「僕は… 死んだのか? 」

 気が遠くなり吐き気がした。あっけない、あまりにあっけない。死神に勝てないことは承知していた。でも… こんなにあっさり終わってしまうとはーー

「父さん… ごめんよ」

 その時、ぱっと視界が開け灰色の世界が飛び込んできた。

 僕は生きている? 生きているのか死んでいるのか一瞬本気で考えた。

 いや、間違いない。間違いなく僕は生きている! 顔色がぱっと明るくなった。そして次に目に飛び込んできたのは目球を無くし真っ黒な空洞を二つ、ぽっかりと開けた死神だった。

「そうか、そうだったのか! 」

 僕は喜びのあまりまるで子供のように飛び上がった。

「やったぞ! 契約できたんだ! 」

 目を切り裂くのは契約が終了した証だったのだ。足元を見ると死神はすでに僕の影と一体となっていた。すると死神はさーっと僕の後ろに回った。今でも信じられない。何とも味気なく素っ気ない。契約は一瞬だった。僕は少し落ち着きを取り戻し死神に名前を付けることにした。ネフィルム族が付けるような名前はよそう。シンプルで分かりやすい名前ーー…

「そうだ! お前の名前はゴールドアイだ! 」

 その時、僕の体が黄金色に包まれた。

 新たなる鎧が体を覆うっていく。永遠の金貨のように美しい金色。前と変わらず突起物はなくつるつるだ。美しい唐草模様で飾り立てられ、その色、その模様、その形は名だたる美術品のように美しかった。

 鎧の再生が終わると武器が自動的に想像された。金色の大鎌だ。僕は大鎌を掲げてゴールドアイを見つめた。その時ゴールドアイのマントがサーと広がった。僕はマントの中に吸い込まれていく。体が止まらない、止めようがない。まるで催眠術にでもかかったようにマントの中に吸い込まれていった。

 目に鋭い痛みが走る。力をゆずり受けるようだ。そう、アキラと同じ力く金の目の能力をえるんだ。目に金の文字が浮かび上がる。古代ヘブライ語。一つ… 二つ… 三つ… 能力は三つ。一つ目は夢を具現化する。二つ目は死神を支配する。そして最後ーー


ーー方舟の復活ーー


「そうか… 方舟とは… アキラ分かったよ」

 全ての力を譲り受け全てを理解したとき思いもよらない事が起こった。

「ぐわぁーー 」

 鋭い痛みが全身を電光石火のごとく貫いた。まるで無数の釘を全身打ち込まれたような、それとも無数のサソリの毒針に一斉に刺されたと例えるべきだろうか。とにかく尋常な痛みではなかった。

 あまりの痛みに倒れ込み僕は地面にのたうち回った。血管という血管が浮き出し、どくどくと脈打ち、血液が恐ろしいスピードで体中を流れていくのが分かる。体中の骨がばきばきと音をたて指の爪がワインの蓋を開けるようにばんぱんと宙を舞った。

「ぎゃあああああああああ!!!!! 」

 痛い! とにかく苦しい! このままじゃ発狂して死んでしまいそうだ。拳を握りしめるとまるで生き物のように筋肉がもこもこと波打ち体中を這いずり回った。そして限界にまで腫れ上がった筋肉が皮膚を突き破り全身から血が噴水のようにふき出した。

「ぐわあああああぁぁぁぁーー 」

 金色の目玉がぐるりと上を向く。白目をむきだしにして、エビぞりになりながら体中をかきむしった。このままでは痛みでおかしくなってしまう。いや、確実に死ぬーー…

「どういう事だ… 紅い目も… 橙の目の時もこんな痛みは… なかったぞーー 」

 もしかしてネフィルム族の移植した目が適していなかったのか。ネフィイルム族の血が肉が僕を拒否しているのか。恐怖で頭がどうにかなりそうになった。

「もうダメだ」

 痛みが限界に達したとき突然痛みがすーと抜けてきた。同時に大量の血が口の中に溢れてきた。

「うう… ゲボッ」

 耐えきれず血を吐き出す。

【ドロ… ボタリ】灰色の地にダラリと落ちた真っ赤な血の中に数個の白い固まりが見えた。

「こ、これは… 」

 我が目を疑った。それは歯だった。全ての歯が抜け落ちてしまった。

「うわっぁぁぁ!! 」

 異変は止まらない。今度は髪がするすると抜け落ちる。頭をさわると髪はばさりばさりと抜け落ちた。手に絡まった髪を見て僕は遠吠えするオオカミのように永遠の金貨を見て雄叫びをあげた。

「うおおおおおおーー 」

 すると顔に虫でもはんでいるようにむず痒くなってきた。

「かゆい、かゆい」

 耐えきれず顔をかきむしると日焼けしたように肌の皮がぺらぺらと向けてきた。

「た、助けてくれ!!! 」

 恐怖で地面をのたうち回るとゴールドアイが視界に入った。微動だにせずこちらを見ろしている。僕には死神が笑っているように見えた。

「僕は死ぬのか… ここまで来て… 」

 覚悟を決めたとき、急に歯茎がかゆくてたまらなくなってきた。

「こ、これは! 」

 思わず指を口に突っ込む。歯が生え始めている。息つく間もなく全ての歯が生えそろった。すると今度は頭がむずかゆくなってきた。

「あ、あ、え、え? 」

 そして頭皮に触るか触らないかする内に髪の毛があっという間に肩につくまで伸びた。

「ま、まさか! 」

 急いで金の大鎌に顔を映してみると剥けた肌がすごい早さで再生されていた。きめ細かくまるで赤ん坊のような肌が再生されていく。

「こ、これは… 」

 鎌に映し出されているのは別人の顔だった。白く美しい歯。もちろん虫歯などあり得ない。大きさも並びも全て完璧だ。髪も美しい黄金色。美しいつや。もちろん枝毛や痛みなどは一切ない。僕は悟った。

「ネフィルム族になる! 」

 そう、僕の肉体は完璧なる種族。ネフィルム族に変わろうとしているのだ。

 体が、骨が、ぎしぎしときしむ。体中が海のように波打つ。筋肉が盛り上がり、体が大きく、背丈もぐんぐんと伸びているのが分かる。全てが終わると僕は言いよう無い至福に包まれた。背丈は三メートルほどだろうか。ネフィルム族らしく左右対称の美しく均整のとれた肉体。ムー・シーで付けた切り傷もきれいさっぱり消え去り、小さな子供の頃につけた古傷も無くなっていた。淡雪のように白く美しい肌。金褐色の髪が更にその美しさをきわだたせていた。

「もう、昔の僕では…… いや私でない!! 私は生まれ変わったのだ!! 」

 幼虫がサナギになり蝶に羽化したように。今まさに子供が大人に、心身ともに私は変わったのだ。力も容姿も知識も全てにおいて今やアキラに劣る箇所はない。

「アキラ、待っていろ! 」

 生まれ変わった私はアキラとの最後の決戦へと向かった。



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