アルバターラの回想【10】
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ダハブの優しい目付きとは裏腹に声に怯えが見て取れた。
「殺した? 俺が? そんなわけないだろう」
ゲビエラは結婚してくれないなら村長ラクヨロに自分の身の置き所を決めてもらうと言ってマルジュを抱き、家から出て行こうとした。
ダハブはゲビエラを止めようと後ろから髪を掴んだ。
マルジュを抱いているゲビエラはダハブを振り切る為に腕を使えない。
ダハブはマルジュを奪おうと、ゲビエラの首を掴み強く引き寄せた。
こきっ
ゲビエラは頽れ不意にマルジュが床に落ち、ダハブは慌ててマルジュを抱き上げた。
マルジュは激しく泣いたのを見てダハブは安堵した。
そして弾みとはいえ、ゲビエラの首の骨を折ってしまった事を理解していた。
ダハブは何年も前から結婚を迫って来て困らせるゲビエラに怒っていたのだ。
ダハブは殺すつもりはなかったのは間違いないが、その殺害に何の感情も湧かなかった。
泣いているマルジュを寝床に寝かせ、人形のようなゲビエラの遺体を抱き上げ外に出た。
「そして流れの速い村の沢に捨てたんだろう? なんてヤツだ!女の亡骸を発見したのはよりによって誰だと思う? ラクヨロ老だよ。」
マルジュはダハブを笑った。
「あんたが女を殺した事も、その理由もすぐに解ったってよ。女が余所者であんたが子供をかかえてたから黙っててくれたんだとよ。なのに調子に乗ってドゥクスの家に世話になりっぱなしなのを見て、しかも赤竜狩りの失敗の責任をドゥクスに擦り付けようとしたのを見て、俺にバラしに来たんだよ。」
マルジュは声を出して笑っている。
何も言わないダハブにラダは言った。
「ダハブ、マルジュの言う事は本当なの? 」
答えないダハブの代わりにマルジュがラダに言った。
「ラダおばさん、俺は貴女に言ったよな。『親父の言う事に付き合わず、見捨てとけ』って。俺は忠告したのに、親父の言いなりになってあの夜」
やめて!
ラダは叫んだが、マルジュは止まらなかった。
ラダはスラジャとマルジュの結婚をダハブに諦めさせるために、ある夜ナージャ親子の家に訪ねて言った。
「サイマーと何の約束をしたかは知らないけれど、スラジャは嫌がってるの。大事な娘が嫌だと言うのよ。絶対に諦めてもらうわ」
ダハブはスラジャをマルジュの嫁にくれと言ったらサイマーはあっさり承諾したので拍子抜けをしていた。
サイマーが拒んできたら、どうやって責めたててやろうかと思って色々準備をしていたからだ。
だがラダが1人で直談判で乗り込んできたのを見て、ゲネト夫婦がさぞや困り切っているだろうと解ってほくそ笑んだ。
誰が諦めてなんかやるものか。
「マルジュに世話が必要なら何でも私がするわ。スラジャは放っておいて」
ダハブはカッとなった。
自分を捨てて他の男の妻になったくせに、今さら何でもするだと?
ダハブはこの女を許しておけなかった。
そうか、何でもするんだな。
ダハブはラダを慰めるように優しく言った。
「そうは言ってももう決まった話だと思ってマルジュもその気なんだ。マルジュに『スラジャは諦めよう』なんて言ったら何するか判らない」
「なら私からマルジュに言うわ。安心して。ちゃんと解ってもらえるように言うから」
ラダは必死だった。
ラダは生真面目な女だ。
マルジュをなだめて誤魔化したりしないし、ダハブに許可なく勝手にマルジュを説得したりはしない事はわかっている。
ダハブはマルジュとラダに話をさせるつもりなど無い。
ダハブはラダを睨みつけて言った。
「ラダ、お前はずっとこの家に通ってくるつもりか? 俺がそれがどれだけツラいか判らないのか!」
ダハブはラダに掴みかかり、そのまま抱きしめた。
「昔に1度は妻にと思ったお前を諦めたつもりだったが毎日家で顔を合わせたら忘れる事も出来ないんだぞ。1度でも抱かせてくれたら諦められるものを。そうすれば俺も本気でマルジュを説得できるものを!」
ラダはダハブの要求にゾッとした。
結局この男はねだって貰えるものをいつでも狙っているさもしい男なのだ。
ラダはダハブを突き飛ばして言った。
「スラジャの為なら何でもするわよ!その代わり、スラジャはマルジュの嫁にはさせない。わかったわね!」
階段下に潜んでいた人影が呟いた。
「吐きそうだ」




