アルバターラの回想【9】
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「誰も聞きたくもないよな、ラダおばさん。おばさんがサイマーおじさんと結婚した後の親父の女の事なんて。子供だけ連れて帰ってきたんだからロクな話じゃなさそうだもんな」
ラダは慎重に言った。
「そうね。ダハブが口にしないのに私が聞ける事じゃなかったわ」
ダハブ・ナージャの過去はゲネト夫婦も自分達が傷つかない為にタブーになっていた。
それをマルジュは無神経に両家がいる場所で話し始めたのでラウルは腹が立ったが、スラジャの為にいい加減タブーを解消しようとマルジュがぶち撒けているのだと思い直した。
それは思い違いであったのだが。
マルジュは続けた。
「俺を産んだ女は親父の馴染みのアポラセン人の娼婦だよ」
「マルジュ!」
ダハブがマルジュの話を制した。
「誰に聞いた? お前はどこまで知っているんだ!」
「さあ? 今から話す事が俺の知ってる事だ。前の村長のラクヨロ老が教えてくれたよ」
「止めろ!」
マルジュはダハブを睨みつけ、えぐれた頬を引き攣らせて笑った。
「黙ってな。今さら親父の株はこれ以上下がらないさ」
マルジュが自身の産みの親の事を話し始めた。
まだサイマーとラダが出会う前、ダハブ・ナージャとラダが許嫁であった頃、ダハブはアポラセンから来た売春婦ゲビエラと懇意になった。
ゲビエラは身寄りが無く、引き取りたくない親戚によってカラセンに連れてこられ置き去りにされた気の毒な女だった。
必死に身を売って生きていたが情が深く頼り無さげで知恵の無いゲビエラにダハブは同情に似た愛情を注いでいた。
ダハブはラダと結婚した後もゲビエラを愛人とするつもりだった。
この可哀想な女をどうして捨てられるだろうか。
結局許嫁のラダはダハブに嫁ぐことは無かった。
許嫁を決めたダハブとラダの両親も亡くなっていたし、当時のドゥクスもラダにダハブの結婚を強要する事はなかった。
第一、ダハブ自身もサイマー・ゲネトと争って惨めに負けるより、ラダを譲ったカタチにすればサイマーの方に非難が集まる。
事実サイマーとラダはダマンテ村の外れに追いやられひっそりと暮らす事となった。
ダハブは今まで通り隣村の安宿で暮らすアポラセンの女ゲビエラの元に通った。
村の外れでサイマーとの結婚を後悔しているはずのラダが大きな腹で幸せそうに馬の身体にブラシをかけてやっているのを見ると、ダハブはひしひしと現実の自分の惨めさを感じた。
やがてゲビエラは身ごもった。
ダハブの惨めな人生の中で最高に幸せな知らせだった。
ゲビエラを愛していたし、許嫁を横取りされた自分も子供を持つ事が出来たのだ。
ゲビエラは早く自分を家に迎えて妻として暮らして欲しいと言ってきた。
ダハブは、それならギルドの無料宿を出て家を構えるから少し待ってくれと言った。
そして男の子が産まれダハブは狂喜し、我が息子にマルジュと名付けた。
マルジュが2歳になっても結婚してくれないダハブにゲビエラは痺れを切らし、ダマンテ村の村長ラクヨロに会いに行った。
ダハブに自分を早く妻にするようにと訴えたのだ。
ラクヨロに呼ばれたダハブは激怒した。
マルジュはため息をつきながら父に問うた。
「あんたは母さんと結婚する気なんかさらさらなかったんだよな。なんで自分が娼婦を娶らなきゃならないんだってね。ねえ、父さん」
ダハブはマルジュから目を背けてしばらく黙っていたが優しい目をして言った。
「違う。色々と忙しくしていて住処を構えるのが遅れてしまったけど、ゲビエラは俺を信じて待ってくれなかったんだ」
ラクヨロから子供とゲビエラと早く所帯を持つように言われたダハブはゲビエラに恥をかかされたと激昂した。
「なんで俺が娼婦のお前と所帯を持つと思ってるんだ! こうやってちゃんと金を渡して通ってきてるだろう? 身の程を超えた事を望むな!」
ゲビエラは以前から持っていたダハブへの不信感は確信に変わり絶望した。
ダハブに、それならマルジュを連れて出ていく、もう決めたと出ていこうとした。
ダハブは優しい目でマルジュに言った。
「ゲビエラに俺を信じてくれと引き止めたがお前を置いて1人でアポラセンに帰ってしまったんだよ。まだ小さいお前を。でもお前を置いて行ってくれて良かったと思っているんだ」
ダハブは目にうっすら涙を浮かべてマルジュに弁明した。
マルジュは顎を上げ見下すようにダハブを見た。
「違うだろ?母さんは俺を連れてアポラセンじゃなくて、ラクヨロ老の所へ行こうとしたんだろ? だから母さんを殺したんだろ?」




