アルバターラの回想【8】
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結局サイマーは馬狩りのオーダーを取れなかった。
赤竜狩りの失敗が響いているのだ。
今夜、ダハブとマルジュのナージャ親子が沈んだ夕餉を盛り上げに来てくれるらしい。
ラウルはあの親子と飯を食うのは真っ平だったが母が青白い顔をしていたのを見て理解した。
奴らはスラジャの結婚話を詰めに来るのだ。
なんて忌々しい奴らなんだ!
その夕餉にスラジャの同席は許されなかった。
ラダは不安そうなスラジャに優しく言った。
「大丈夫よ。きっと諦めてくれるわ」
食事中も狩りの話、パーティの話等が進んだが、マルジュもラウルもラダも相槌程度でほぼ無言だった。
とうとうダハブが口火を切った。
息子とスラジャの結婚はいつにするのかと。
ラダがすかさず言った。
「その話は断ったはずよ。マルジュには悪いけど私たちもスラジャが大事なの」
ラウルもイラついて少し声高で言った。
「マルジュの事は俺が引き受ける。スラジャは乗り気じゃないのが判ってて無理に話を進めるならコッチだって考えがあるぞ!」
マルジュは無表情で無言だったのでダハブが言葉を継いだ。
「そうは言ってもいつまでもサイマーのカミさんに面倒見て貰う訳にもいかないし、俺が嫁を貰うより息子の嫁になってスラジャが俺やマルジュの世話をしてくれる方が良いだろう?」
ラダは拳を震わして叫んだ。
「何言ってるの! あんた、何言ってるのよ! サイマー、こんなヤツの言うことを聞く事は無いのよ! 」
サイマーはラダの剣幕に怯んではいたが「もう決まった事なんだ」と下を向いて言った。
ラウルは終始無言のマルジュに腹が立った。
「マルジュ、お前の事は俺が世話をする! スラジャは関係ないだろ? なんでこんな事をするんだ!」
マルジュはエールをひと飲みし、カップを置いたその顔は醜く笑っていた。
「ラウル、お前の世話なんかに誰がなるかよ。ラダおばさんももう家に来なくて良いよ。スラジャには親父の世話なんかさせないし、俺の面倒も見なくていい」
マルジュの言葉にダハブは目を剥いて何か言おうとしたが、黙れとマルジュに制された。
「黙れ! このクズ野郎め!」
驚いて二の句を告げないのはダハブだけではなかった。
「スラジャには傍に居てくれるだけでいい。杖は使うが俺は動けるし、そこのクズ野郎のご都合主義に付き合う事はない」
マルジュは邪悪な笑で視線だけカップに注いで言った。
マルジュはダハブおじさんを憎んでいたのか。
父親にクズ野郎とは普通じゃない。
マルジュは怪我を負ってから変わった。
駄々っ子で癇癪持ちで負けず嫌いで傲慢で傷つきやすく18歳になってもまるで甘やかされた子供のようだったが、突然無口になり無表情で何を考えているのか判らない。
アルバターラはここから始まるマルジュの話を思い出したくなかった。
そうだ、あの頃万が一でもマルジュに負ける気がしなかったのに不具になってからのマルジュが不気味で恐ろしかった。
だからマルジュと話をしようとしなかったのだ。
マルジュのカップにラダはエールを注いで申し訳なさそうに言った。
「スラジャは諦めて。あの娘はまだ子供でこれから幸せになるのよ」
唐突にマルジュがラダに聞いてきた。
「ラダおばさんは俺の母親の事は知ってるかい?」
「いいえ。何も知らないわ。そんな昔のこと」
マルジュはニッコリと微笑んで言った。
「なぜ誰も聞かないんだい?」
その笑みを見てラウルもラダもゾッと寒気がした。




