フェゴムーシュの回想【10】
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ハイコは得意の素早い身のこなしで攻撃をギリギリで躱してはいるが、こちらの剣はなかなか当たらない。
反撃したくとも王の大切な貢荷から離れるわけにはいかず、防戦一方となってしまう。
攻めてくるのは砂除けの覆面で顔を覆った者のみ1人だが、2人確かに居る。
荷から離れればもう一人が馬ごと奪って去るだろう。
それに何と強い盗賊だろう。
剣術も武術も騎士の其れではないが、明らかに基本に忠実な鍛錬をしている動きである。
ハイコはこの街道での死を覚悟した。
街道で王の荷を守って力尽きて死ぬ。
それも良い死に方ではないか。
アンギャルカを守れなかった自分に荷を守れるはずも無いが、それでも今度守ることが出来なければ自分は生きてはいない。
近い! もう躱せない
「アンギャルカ! 我はここまで!」
覆面男の攻撃がふいに止まり後退した。
「アンギャルカ? 馬の名前か?」
覆面男の声にハイコは訳が判らなくなった。
「アルバターラ様? 貴殿に納める荷を運んでおるのですぞ? なぜ奪おうとなさる」
「すまんすまん。ちょっと夢中になり過ぎてしつこくやってしまったな」
総支配人のアルバターラは出身地のカラセンでは無敗を誇る無頼の男だ。
時々は思いっきり試合いたいが相手がいない。
そこで腕が立つと評判のハイコに仕掛けて騎士の武とはどんなものかと襲ってみたというのだ。
なかなか荷を諦めぬハイコにアルバターラは「荷守りついでに相手しやがって」とプライドを少し傷つけられムキになってしまったらしい。
「アンギャルカとは、お姫様みたいな名前の馬だな」
と、アルバターラは馬の首をぽんぽんと優しく叩いた。
「ところで、出てこいウビボタネ!」
こそこそと肥満の中年男が街道に転がり出てきた。
もう一人の気配はこの男か。
どうやらこの二人は別々にハイコの所へで鉢合わせしたようだ。
アルバターラはウビボタネを無視してハイコに言った。
「この油のおっさんはお前さんが邪魔なので関所に入る前に適当な理由でお前さんを捕えようとしていたんだ。前任の視察官の時から荷を奪わせてたのはこの油なんだよ」
中肉中背のやりくり上手だった元商人の男はこの数年で判り易く太っていった。
今はウビボタネは尋常ではない汗を流して立ち尽くしていた。
「調べはついてるからな。明日の正午に王座の間に来い。安心しろ、俺も行ってやる」
その場にはハイコも同席させられた。
王座には異形の神が座し、凍るように冷えたオーラを放っていた。
ウビボタネとハイコは王の目前まで来るよう即され、膝をついていた。
御前で王に汚いものでも見るかのように睨まれ、小刻みに震えていたウビボタネはもうすっかり諦め切って項垂れている。
ハイコは自分が睨まれている訳でもないのにゾクゾクとした恐怖と悪寒を覚えた。
これが大陸の支配者の存在感か。
ふいに王が口を開いた。
「消えよ。ウビボタネ」
その瞬間、ウビボタネと思っていた人型はザラっと砂のように崩れ消えてしまった。
もう、隣の空間には何もなかった。
ハイコの額から冷や汗が流れた。
支配者からまた声があった。
「さて、最後まで余の物を守っていたそうだな。其方には厚い褒美をやろう」
ハイコは王の直属の視察官の地位を頂いた。
王に直接視察の報告をする高い地位だ。
そして手当の倍増と高級馬を5頭、1頭につき1人の世話係、地方領主を交代させる権限。
「さらに余は其方に名づけを賜ろう。頭をあげよ」
顔を上げたハイコのすぐそばまで王は近づいた。
「余にその忠誠を以って仕える者に名を与える。今より、フェゴムーシュ(逃げるネズミ)と名乗るがよい」
フェゴムーシュはハイコの名を捨て去り王に誓った。
「我の血の一滴まで王の御為に使う所存なり」
日もすっかり沈み切り厩に明かりを持ってきた馬子に愛馬のマッサージを頼み、次期当主のジャバ・イオナンタとともに外に出た。
ジャバは王を領主を束ねる親玉だと思い違いをしていたので、その凄まじい威厳に軽い眩暈を感じた。
そして男性ならば誰でも気になる質問をフェゴムーシュに問うてきた。
「フェゴムーシュ殿、その‥‥王の妃というのはやはり相当美しいのであるか?」
フェゴムーシュは偽りなく答えた。
「うむ。王宮には妃、女中、侍女、召使、奴隷で300名以上の女性がいるが、一人残らず美女である。中でも100名ほどの妃はいずれも宝石のごとく。10名ほどの上級妃は女神と見まがう美しさであるぞ」
すっかり暗くなったのを見てジャバ・イオナンタは自分の当直用の個室に泊まって行くよう視察官に薦めた。




