フェゴムーシュの回想【1】
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オランジャとサピエンマーレがいる四阿家に近づいてくる人影があった。
「愛や恋とは違うけど私の話を面白そうにする王が好きだったわ」
オランジャは先代の王を想った。
「うむ。先代王の女性の趣味は桁違いに高尚であられる」
フェゴムーシュが肩に灰鷹を留まらせて歩いてきた。
灰鷹のオキュルスの小屋へは中庭の四阿家を通らなければならない。
フェゴムーシュは小屋にオキュルスを戻しに行く途中なのだ。
「オランジャ殿、窶れてさえ美しい。朝日のような輝きも良いが今の貴殿の夕日のような憂いも美しい」
容姿の賛美に貪欲なオランジャにお世辞やごまかしは通用しない。
そのオランジャも顔を赤らめ微笑んでいる。
サピエンマーレはため息が出た。
出会いがしらでも自然と賛辞が出るフェゴムーシュに女性好感度は天地逆転しても勝てない。
フェゴムーシュには女性賛美が徹底して沁みついている。
モテたいがためではない。
フェゴムーシュにとって女性は芸術であり、賛美するのは息をするのと同じなのだ。
ザナルセン地方の貴族イオナンタ家はかつてはザナルセン領を治める領主であったが急激に台頭してきたフリンカ家がザナルセンを統一しイオナンタは領地を取り上げられ滅亡の危機があった。
他の豪族のほとんどがフリンカの結婚政策によって吸収され、抵抗した豪族はイオナンタ家含めて3家。
そのうちの1家もフリンカからの婚姻を受け入れ絶賛滅亡中である。
元領主のイオナンタ家も領地も資産も没収されたが、フリンカに取り込まれて領地を分けてもらう屈辱を選ばなかった。
だがそもそもイオナンタ家も武力によってザナルセンの領主になったのだから、フリンカ一族を非難する資格は無いのである。
犠牲を出して攻め滅ぼすより政略結婚で取り込む事を選んだフリンカ家の方が支配は緩やかで穏便とさえ言える。
領土が無いから土地から収穫する穀物、鉱物を得る術が断たれたイオナンタ家に残った物と言えば一族が誇る武力、つまり一族に伝わる歴史を重ねて編み出した武術とそれを習得している武人だけだった。
イオナンタは傭兵部隊を運営してフリンカに抵抗した。
様々な地方で仕事を請け負うイオナンタ部隊の活躍は目覚ましく、精鋭を雇うのに結構な対価を払わねばならずその収入で豪族としての体面は保たれていた。
これをフリンカ家は脅威に思い、イオナンタ家との交流を図ってきた。
イオナンタ家当主のドラゴミール・イオナンタは武人として自ら傭兵部隊の隊長を務める武勇の当主だった。
フリンカから盛んに縁談を送ってきているが全て断り、息子たちや孫たちの相手に至るまで完全に拒絶していた。
「我の目の黒いうちはフリンカの血は一滴も入れんぞ」
フリンカは政略結婚を諦め、「領地と屋敷の警護や守備を、傭兵契約ではなく扶持という形で引き受けてほしい」と提案してきた。
つまり、俸禄を出すのでフリンカの武力専門機関になって他の依頼はフリンカを通してほしいと言ってきたのだ。
それではイオナンタがフリンカの一部となってしまうとドラゴミールは激怒したが、傭兵運営頭が内容を精査するとかなりお得な話だった。
絶対間違いなく定期的に支払われる破格の俸禄。
戦争中のイオナンタ側の指揮権。
武器や防具の費用のフリンカ負担。
イオナンタの兵の人事権。
フリンカの領主家族への跪伏礼の免除。
これらはフリンカのイオナンタに対する恐怖の表れと言えるが、とにかくザナルセン領は争いに疲れ切っており、フリンカはこのくらい支払ってでも領内の荒廃による減収よりまだ儲けが出る計算なのである。
運営頭は当主ドラゴミールにこれを受け入れてしばらくイオナンタ家の回復を図ってはどうか?
まず財力を得て力を蓄えれば蜂起はいつでも出来ると説得した。
これによってドラゴミールはイオナンタの復興に向けてフリンカの希望に沿い、フリンカ専属の武力を一手に引き受ける代わりにイオナンタ家に姻戚不介入を取り付け今に至る。
ドラゴミール・イオナンタには夫人のクレオパトーラ・イオナンタとの間に息子2人娘3人、準夫人のマリヤ・ケレスとの間に息子2人娘5人がいる。
多産女性が尊ばれるザナルセンにあって、二人の夫人は十分に尊重される資格があるが、如何せん女子が多すぎてドラゴミールの悩みはこの8人の娘たちの嫁ぎ先探しである。
フリンカ家を避けて相手を決めなければならないのである。
かといって格式を考えると準夫人や妾にする相手にやるわけにはいかない。
現在、やっとのことでマリヤ・ケレスとの娘が2人とクレオパトーラ・イオナンタとの3人の娘を嫁がせた。
あと3人、どうしよう。
最近は後継者問題もドラゴミールに伸し掛かってきた。
長男はマリヤ・ケレスの子のジャバ、次男もマリヤ・ケレスの産んだディミトリ、三男はクレオパトーラとの子サッドと四男で一番末っ子のハイコ。
ジャバは既に妻を娶っており、子供も3人いるし堂々としており後継者にふさわしいのだが、クレオパトーラが承知しないだろう。
かくいうドラゴミールも兄たちがいて四男だったのに当主になれたのは有力豪族出身のクレオパトーラのおかげなのである。
クレオパトーラがドラゴミールを見初めて結婚相手に選んだ事でイオナンタ家の跡取りはドラゴミールに絶対的に有利になったのである。
もちろん後から嫁いできたマリヤ・ケレスも大豪族の娘だが、当時のクレオパトーラは実家の財力も影響力も美貌もマリヤ・ケレスを圧倒していて力の差は歴然だ。
クレオパトーラが対抗ではケレス家もマリヤを準夫人に甘んじさせるしかなかった。
そんな不遇の中でいち早く息子を産んだマリヤ・ケレスは息子ジャバを次期当主にするために夫のドラゴミールを説得したり、ジャバをけしかけたりしているが、実は無駄である。
周囲の意見はクレオパトーラの子サッドで決まっている。
まだまだ若くて凡庸な息子であるが、誰がクレオパトーラに逆らえるだろうか。
マリヤ・ケレスに諦めさせるために朝食は絶対にクレオパトーラとサッドがいる食卓で摂っている悩み多きドラゴミールであった。
「おはよう。我が愛しのクレオパトーラ。貴方と朝に会うと新婚の時のように胸が高鳴るよ」
クレオパトーラはニッコリと微笑んでドラゴミールを見つめた。
この心の奥底まで見透かすような不思議なまなざし!
この館の中にこの眼差しに逆らえる者はいない。




