サピエンマーレの回想[3]
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しかし冷静に考えてみるとこのままあの、頭脳だけを神から貰って他はどこかに落としてきた兄に任せれば普通の想定よりも大騒動になる気がする。
それは自分も困る。
どうすれば一番良いだろうか?
フェルムは兄や父や継母の事は考えず自分が一番楽な方法、つまり父に洗いざらい報告して父に後始末させることにした。
当然、兄は出て行かざるを得ないし、継母は実家に返品し、スッキリと家業に精が出せる。
後は父がどこかの老嬢と再々婚すれば良いし、自分が職人ギルドに縁談を頼むのも良い。
フェルムの報告で父は烈火のごとく怒り、エッカルトを家から叩き出した。
フェルムのシナリオでは追い出されるのは継母のイルマで、兄のエッケは気まずさで後日に家を出て行ってめでたしとなるはずだったのだが。
父よ、よく考えてくれ。
エッカルトはまったく悪くない。
悪いのはその家事もろくに出来ない、美人でもないのに男の尻を追っかける事だけ一人前の、若い事しか取り柄の無い女と、若いからと甘やかしたアンタだぞ。
エッケを追い出して、なぜその女を家に置いておくんだ?
フェルムは父がもう少しまともに動いてくれると思っていたのに幻滅していた。
自分の師であり、尊敬すべき父親がただの若い嫁に鼻の下伸ばしたジジイだと知った息子の気持ちをどうしてくれるんだ!
エッケ、強く生きていけよ。
蔵書は保管しとくから。
エッカルトはしたたか顔を殴られほぼ手ぶらで追い出された。
上着も金銭も持たず、持っているのは左側レンズが割れた眼鏡と読んでいる途中の羊皮紙製の本「石の魔術的作用」。
家の離れのエッカルトのアテリアにある書籍には高価で貴重な物も少なくない。
エッカルトはその書籍達への未練で落ち込んでいた。
街で助けを求めれば同情して手を差し伸べてくれる見知った人達もたくさんいるのだが、オットーの近くにいるのが嫌だった。
母さんが亡くなってかなり経つから再婚で舞い上がるのは解るのだが、娘くらいの歳の、しかも常識的な価値観と考えを持っているならともかく美人でもないし、父にとっていったい何が良かったのか判らない。
もしかして、自分よりかなり歳若いのが良かったとか?
正直それは気持ち悪い。
こうしてウジウジ考えても仕方ない。
ノロノロとではあったが意志を持った足取りで王宮に向かった。
鎖に繋がれて炭鉱にやられるか、公人専門職として雇ってもらえるか。
エッカルトにとって一世一代の賭けが始まるのだ。
門番や召使いに門前払いされるのを防ぐため、支配人の知り合いだと言ってアトリウムに通してもらった。
とにかく、支配人クラスに会って売り込まなければ。
「その本は支配人への贈り物かい? 預かるから渡しな」
贈り物が必要なのか‥‥貢物は考えてなかったな。
エッカルトは説明したいから直接渡すと言って本は死守した。
召使いは自分への賄賂を出さないエッカルトに急に2日後に来るよう冷たく言った。
エッカルトは泣く泣く母の形見の指輪を通している首の鎖から指輪を外してその金製の鎖を「気が付かなくて」と召使いに渡した。
賄賂としては高価すぎる品物に召使いは「結構待たせるかもしれないが待ってろ」と言ってウィンクとともに扉の向こうに去って行った。
話の判る支配人が来ますように。
エッカルトは心を落ち着かせるために広いアトリウムで本を読んで待つことにした。
5分くらい経ったと思った頃いきなり頭をはたかれて顔を上げたら黒い肌の男の顔が真上にあって驚いて眼鏡と本も取り落としてしまった。
窓に夕日が差しているのを見てエッカルトは驚きキョロキョロと周りを見た。
朝に来たはずなのに?
そして恐る恐る褐色の、見るからにカラセン民族の若い男性を見た。




