オランジャの回想
41
サピエンマーレがオランジャに特に心を掛けるのは同郷人同志だからである。
二人ともセンクィーが首都になる前からセンクィー住みの家系なのだ。
オランジャは先祖代々、先祖が豪族に飼われる小作人になり損ねてセンクィーの貧民窟に居付いた筋金入りの物乞いの血筋である。
実質、奴隷の待遇とはいえ裕福な家の小作人に抱えてもらって生きるのは至極普通の事だが、それさえ叶わず盗賊になっても頭目から搾取され逃げて来て首都の片隅のスラムに居付く。
時折投げてもらう小銭と荷物持ちや馬子やお遣いなどで手間賃を貰い生きているのである。
女であれば自分の身体で金を稼ぐことが出来ればスラムに住む必要がないのでスラムには圧倒的に男が多い。
スラムにいる男たちはなんの才覚もなく頭を下げるか飯を食うしかできないし、女たちは男を魅了して生きる事が期待できない容姿の者が大半だ。
そんな街でリーテスは生まれ育った。
先王に名付けられるまでオランジャの名は「リーテス」といった。
リーテスは幼いころから自分の容姿が周りに比べて、ずば抜けて良い事に気づいていた。
こんな環境だから気付かずには居れない。
街の少女たちはリーテスに嫉妬し、何もしていないのに罵られることもあった。
リーテスはこの絶望の漂う街ですっかり自分の決定事項を理解してしまった。
私は売れる! 将来この街を出ていけるんだ。
きっと金持ちになって幸せになれる。
それまでは嫉妬や嫌がらせで身体や顔を傷つけられる事から自分を守らなければ。
リーテスは肌や髪を汚し頭が弱い振りをして過ごしていたから本来の美貌をほとんど外に出すことは無かった。
不思議なことに鈍重で愚者の振りを始めると何故か両親はリーテスを可愛がった。
まるで汚らしくてウスノロになってしまえば愛されるのだと考えるように。
いやいや、そんな罠にハマってはいけない。
心地よく浸ってはいけない。
それは絶対正解じゃない。
両親と言ってもどちらの親を見ても肌の色、髪の色、目の色は全く似ていないので、この子供のいない二人が何処からか自分を拾ってきたか攫ってきたのだろうとリーテスはふんでいる。
それでもリーテスは大事にしてくれる両親を愛した。
この土地で汚い愚鈍な娘を可愛がる親など居ないからだ。
そんな訳だったので泥を塗って控えめに過ごしたにも関わらず、両親から適当な扱いをされている周りの娘たちの嫉妬は相変わらず一身に浴びていた。
16歳にもなるとリーテスの美貌は隠し切れなくなってきた。
そして愚かな母親の考えなのか、愚かな父親の思い付きなのか知らないが貸し馬屋の男どもに身体を売られたのだ。
リーテスは貧しい両親のためにそのような仕事をして金を稼ぐ事は当然だと思っていたので素直に顔を洗って父親についていった。
が、我慢ならなかったのは馬の借り賃と引き換えだったことだ。
リーテスのプライドは自分の価値が馬1頭の借り賃だとは受け入れられず、リーテスの怒りは愛していた両親を捨てるに十分であった。
王の犬猫狩りで捕まるまでどうやって生きてきたかも覚えていない。
犬猫狩りとは、王宮で使役する奴隷を集めてくる「奴隷狩り」のことである。
狩られる対象は無宿者や盗賊、精神障碍者などで、かき集められて王宮での重労働に使役されるがまともに仕事が出来ない者は早々に処刑され、オートル河の肉食の生き物たちの餌となっている。
これは一種の王都の口減らしなのだ。
放っておくと物乞いやスリ・強盗の犯罪者達で裕福な都はあっという間に溢れかえる。
置屋にいる売春婦や屋根のあるねぐら持ちは見逃されたが、路地や橋の下などで寝泊まりするものは定期的に一掃され炭鉱、炭焼き、糸紬などの遣り手のない辛い仕事に従事させられる。
あの頃は「売れるうちに高く売りたい。でも絶対に安売りはしない」と決意し、早く身体の汚れを落とせる日が来るよう、それだけを考えていた。
オランジャはサクルメを飲みながら王に出会う前の自分に想いを馳せていた。
なんの後悔もないあの頃。
自分の行動は常にベストだったと自信満々だったあの頃。
ベオアルコンを産んだことは後悔があるか?
いいえ。
これは運命だった?
いいえ。いいえ。選んだ事。望んだ事。
全てを受け入れる事に怯えているオランジャ。
なんてだらしない。
絶対に吞まなければならない灼けた鉄片ならば、呑むことを、苦痛を怖がり引き延ばして何になるのか?
自分はそんなに弱かったのか?
いいえ!
私は絶対後悔しない。




