惨劇の始まり
36
エイブルニアとアルバターラはいち早く見に行った。
周りに静まるように言ったものの、叫ぶのも無理はない。
血まみれの女らしき物が床に倒れている。
身体を引きずってここまで来たのだろう。
床に血で身体を滑らせた跡が続いている。
アルバターラは女の顔を確かめるために仰向けにした。
「レキサンドラァ!」
エイブルニアの叫び声にアルバターラを突き飛ばす勢いでオランジャは走ってきた。
しかし取り乱してはいない。
「サンドラ! サンドラ! 目を開けて! 誰にやられたの?」
レキサンドラは薄っすら瞼を開けたが、もはや見えていない様に瞳を彷徨わせて声にならない吐息で言葉を吐き出した。
「ベオ‥‥アルコン‥」
後は息が続かず、レキサンドラはこと切れた。
気丈だったオランジャが今度はひどく取り乱し、意味の解らない言葉を叫び散らしながら走りだそうとしたのをサピエンマーレが止めた。
「はあっ‥はあっ‥ベオ! アルコン‥‥はっ!‥はっ!‥わたしの!」
サピエンマーレは正気を失いそうになったオランジャを羽交い絞めにしてそのまま抱きかかえて西の塔のオランジャの部屋に向かって階段を駆け上がっているアルバターラ達に続いた。
長身ではあるが非力なサピエンマーレがオランジャを抱えて階段を上がるなど、考えられない事だったが火事場でリミッターが外れたサピエンマーレは部屋の前で仲間に追いついた。
扉は空いていてエイブルニアが踏み込んでいた。
「オランジャを入れるな!」
部屋の中からエイブルニアの声が響いた。
サピエンマーレは部屋から後ずさりしたが、腕の中のオランジャが猛烈に暴れ始めた。
畜生! サピエン、離してとオランジャのリミッターも外れて大暴れし、腕に噛み付かれてひるんだ瞬間にするりとサピエンマーレの拘束を抜けて脱兎の如く部屋の中に入って行ってしまった。
血で汚れだ床に寝室から持ってきたであろう真っ白な敷布団が敷かれ、その上に小柄な少年が立っていた。
手前に赤黒い塊。
それは頭を割られた赤ん坊。
オランジャは一瞬、それが我が息子と考えたがすぐに自分の考えを壊すことにした。
「ひっ、ひいぃぃぃっ、ひあぁぁぁぁー!」
アルバターラが咄嗟にオランジャの首の後ろを殴りつけ、オランジャは前のめりに血だらけの床に倒れて気を失った。
「ディル」
アルバターラが喉を絞るように少年の名を呼んだ
フェゴムーシュがオランジャを抱き上げ長椅子に横たえさせながら呻いた。
「なんという惨い事をするのだ? 貴様は人ではない」
汚れたくないのか、白い敷布団の上に立ったディルは目を血走らせ唇から流れた血の痕は乾いて黒い筋をくっつけて、懐から黒い角を取り出しこちらへ突き出した。
「ふふん、コイツが欲しかったんだ。仕方ないだろう?」
エイブルニアはかつてオランジャからオランジャとバジルーを殺すように頼まれ、承知したことがあるが今、生まれて初めて自分が人を殺したいと思った。
「お前は地獄に堕ちろ」
怒りにひくひくと声が震えていた。
ディルは噛みつくようにエイブルニアに向き直って睨んだ。
「お前が悪いんだ! こんな卑しい女と仲良さそうに! おいらは目立たないよう、近づかないよう大人しくしてるのに! お前らは堂々とデカい顔しやがって! おいらだってお前らと同じレギオなんだぞ! そいつを王に思い知らせてやる!」
「支離滅裂だ」
アルバターラが思わず言った。
どうやら壊れてしまったらしい。
「ほぉ、余になんだと?」
全員一斉に後ろを振り向いた。
重苦しい呪いのオーラと腐臭。
王がにぃと笑った。
「その角はどうした? 疾く渡せ」




