大魔術師とアドナル[3]
3
右半身を腐らせた男はこの時のアドナルの様子を回想していた。
何も不審なところはなかったがこの女は誰よりも呪いに強かったのだ。
竜の毒気に触れた時、角と呪いについて誰よりも理解したのだ。
角は呪いを吸い取るがその量や力の許容量に限界があったことをこの女は知っていた。
そして竜の角を携えていた自分にそのことを知らせなかった。
そのうえで竜を殺せと私を嗾けたのだ。
「呪いの力があふれて竜の角が壊れる事も壊れればどうなるかも判っていたのだろ? 私をあおって竜を殺させたのだろ? 何が目当てだ?」
女弟子は無表情に、だが声にあざけりを含んで言った。
お師匠様が呪いに耐えられるかどうかは解っておりませんでした
耐え抜いた上にご自分の力とされるとは!
支配者への執着、恐れ入りましてございます
「だまれ!」
わたくしを憎んでくださいませ
さあ、憎いわたくしをお討ちくださいませ
私はこの女に憐れみをかけ助けてやった。
いや、本当は呪いの受け先にする気で育てたのではなかったか?
忌み子なら呪いを押し付け殺してしまっても誹謗を受けず、ましてや罪悪感など感じない。
正義のために竜を一匹殺してしまったので呪い除けを投げただけだ。
呪い除けはまた作れば良いのだ。
「それを‥‥恨んでいるのか?」
輝けるわたくしのご主人様、貴方様を恨むなどあり得ませぬ
頭に袋を被せられ不潔な者どもに与えられていたわたくしを助けてくださった
己がなぜこのような痛みと恥辱にまみれるのか解らずただただ嘆いていたわたくしにその道理を説いてくださった
貴方様はわたくしの力と知恵の大樹
人がどれほど愚かで残酷なのかをわたくしに教えてくださった
わたくしにはトリマもザイオンも貴方様と比べれば不遜な化け物に過ぎませぬ
「不老不死を手に入れたら、貴様の容姿もなんとかしてやろうと思っておったものを!」
おほほ!
そのような事を望んでおりませぬ
わたくしのねじくれた心をお判りでございましょう
貴方様のその半身の腐った傷は癒える事はありませぬ
おお、臭いこと
この先誰にも愛されることはございませぬよ
ええ、わたくし以外には
「口を閉じろ!」
おほほほほ!
何も手放さずにチカラだけ望むとは
神となられるのですから!
王となられるのですから!
そのように浅ましい姿でこそこの汚れた大地の王でございます
わたくしは今の貴方様に似合いの花嫁とは思いませぬか
右の御腹に空いた穴の不潔な蛆虫はむしろわたくしのほうがマシでっっらっ!!
アドナルの立っていた辺りの地面には大きく抉れ深い穴が穿たれ、生き物の痕跡などどこにも無かった。
イーライによってアドナルは一瞬に消し飛ばされた。
竜の王を殺したことにより角から溢れた呪いを受けたイーライは角の正しい使い方を教えず身代わりにもならなかったアドナルを激しく恨んだが、
皮肉なことに呪いを浴びたことにより不老と大地を支配する力を得た。
王となったイーライは右半分の腐った顔の血肉の汚臭を嗅ぐたびに、額の角の重さを感じるたびにアドナルを思い出す。
憎い憎いさかしまの女は生まれ落ちた時からとっくの昔にこの世界に絶望していたと今ならわかる。
望みを与えてやったと思っていたのはイーライの独り相撲だったと。
アドナルの望みは支配者となったイーライに殺されることだったのかもしれない。
そして望み通り私を王にし、憤らせ新たに得た力で討たせ死んでいった。
あの女は私よりも何もかも世の道筋を理解していたのかもしれぬ。
まったく他人を侮っていた私は知識があれば理解があると思っていた。
知識と悟りとは別物だと思い知らされた。
「憎い女弟子」