不穏なディル[1]
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バジルーは埃臭い道具置きテント小屋の中でディルが語る余りにも非実現的で、余りにも魅力的な話に一人でぼうっとしていた。
あれほど激痛を放っていた右手も苦しかった顎や首も夢だったのではないかと思うほど何ともない。
ただ、ディルの細い指の痕さえなければ。
そんなことより、「王になりたくないか?」の件だ。
余りにも旨そうな話にクラクラしてたった今酷い目にあわせられたディルにむしゃぶりついた。
「どうやってやるんだ? え? 王様を殺っちまうのか? え?」
ディルは触れようとするバジルーの 手をはたき落として一歩下がった。
しかし顔は笑顔だ。
「今からそれを調べるんだよ。」
バジルーはからかわれたのだと腹を立てたが先ほどの苦痛を思い出してブツブツ言いながら引き下がった。
ディルは14年前は実際に13歳の少年でロマの軽技師であった。
少女の恰好をし、「子栗鼠姫」と名乗って出演しており、謎めいた美少女がリスのようにあちこち華麗に飛び移り美しくあるいは滑稽にポーズを決める芸は大人気であった。
ちょうど舞台で派手に失敗して怪我をし、左腕が動かなくなった。
軽技を覚え喝采を浴びていた時にはちやほやしていた芸人団の団長も他の団員も途端に厄介者扱いされたものだ。
まだ現実を見えてなかった子栗鼠姫は反発していたが団長である親方から「舞台に出れないなら何でもやって稼いできな。大金を稼いだら皆もお前を見直すだろうさ。だが、そうでないなら雑用をやって飯は半分だ」
芸が出来ない芸人は不要なのだという現実を知って子栗鼠姫は盗みを働くべく街を物色した。
子栗鼠姫は姫の格好で人気のないところに誘い込み、先端を研いだかんざしで急所を一突きで殺し金や装身具を奪った。
必ず殺したし、装身具は潰して金属と宝石にして売り払ったので罪が露見することはなかった。
親方には「ちゃんと飯が食いたいなら稼ぎがあるからって練習サボるんじゃねぇぞ。この前みたいに稼ぎを胡麻化しやがったら3日飯抜きだ。」
どこかで食べていたらすぐにバレる。
肉付きや成長から腹の空き具合まで完全に管理されているのだ。
今夜も空腹で街をさまよった。
「だんな、あたい、背中をご主人に鞭で打たれて痛くてたまらないんだ。薬持ってたら塗ってくれないかい? どれくらい腫れてるか見ておくれよ。そこの小屋の裏で」
人の好さそうな男は小屋の裏手に移動し気の毒そうに子栗鼠姫を見て言った。
「傷薬なら持っているから塗ってやろう」
と懐から本当に薬を取り出した。
こんなお人好しがまだ王都にいるのか、よほどの坊ちゃんだ。
子栗鼠姫はほくそ笑んだ。
かんざしでこめかみを突いて終わりだ。
カチーンッ!
突いたかんざしが硬い物に弾かれた。
男が立ち上がった。拙い!
「手癖の悪いと思いきや、人殺しとは質が悪すぎる子供だな」
子栗鼠姫は素早く逃げようと踵を返したが男にベールを剥ぎ取られ髪を掴まれた。
迷っている暇はない。
子栗鼠姫は編んだ髪をナイフで切り落として男の手から逃れ、その後はお得意の一目散だ。
逃がれはしたが顔を見られてしまった。
しかも肝心の男の顔は逆光で見えなかった。
しくじった‥‥しくじった‥‥しばらく姫の格好は出来ない。
アルバターラはどこかの奴隷の少女からあわや頭を刺されるところだったと王に興として面白おかしく話したところ、王は熱心にあれこれ聞いてきて「連れてこい」との命令が下された。




