平和な時
26
オランジャは王居住区から自由に出れるものの我が子の異形を隠すために現在のまま王居住区に残ることにした。
王が部屋まで来て軟禁を解くから好きに出ていけと言われたのだ。
オランジャは王に子供を見せるべきか、エイブルニアの言う通り王から隠すべきかまだ決めかねていたのでオタオタと赤ん坊をブランケットの上からショールを被せたが、王はチラリと視線を投げただけで全くの無関心で「乳のニオイで咽そうだ」と早々に部屋を出て行ってしまった。
ああ、子供の名前を授かろうと今まで名付けずにいたのに。
オランジャは最初の思惑をすっかり諦めなければならないことを悟っただけだった。
何のために子供を産んだのか、虚しい気持ちでいっぱいになって激しく泣いている赤ん坊を見て‥‥何も考えずにしばらく見て‥‥目が離せずまたしばらく見て思った。
バカな私のせいで飲んだくれの父親との間に生まれて、本命の偉い継父は無関心で黒い角までくっ付けて‥そりゃ泣きたくもなるわよね。
「よしよし、そんなに泣かないで。母さんも泣けちゃうから」
オランジャは赤ん坊の足の裏をくすぐってあやし続けるとしばらくして泣き止み、目を細めて笑い出した。
これこれ! これよ、この笑顔。
心の栄養なのよね。
「歯を見せてニヤニヤしちゃって。王がこの部屋に来てからアンタが落ち込んでるってレキサンドラが言ってたからからかってやろうと思って来たのに。」
いつの間に入ってきたのか、エイブルニアが鏡台の椅子に腰かけていた。
この女、いつも気配がしない。
なんでいつもそぉっと動くんだろう。
「なんだ。イブリンか」
そっけないオランジャの返事にもエイブルニアは余裕だ。
「またまた。寂しくて私を待ってたくせに。王の頼まれごとで少し忙しかったから来れなかったの」
オランジャはエイブルニアのからかいに憮然とした。
「そうね。退屈してたのは事実だけど、どうせならフェゴに来て欲しかったわ。アンタじゃなくて」
エイブルニアは意外な名前を耳にして目を丸くした。
「フェゴ? なに? フェゴを気に入ってるの? 知らなかったわ。連れてきたら良かったけれど、これからはいつでも会えるよね」
オランジャは思ってもない話の展開に焦って赤面した。
「普通はフェゴに用があるって思わない? なんで気に入ってるって話になるのよ! アンタ、何しに来たの?」
エイブルニアはニヤニヤ笑いながら赤ん坊をチラチラ見た。
「お菓子食べに来たのよ。それと赤ちゃんの名前を教えてもらいに」
レキサンドラがお茶と菓子を乗せた盆を持って来た。
盆にエメラルドとルビーをあしらった手のひら大の木製の飾り箱が乗っていた。
「ご主人様、こちらはエイブルニア様の贈り物です。お手製だそうです」
オランジャの瞳は途端に輝いた。
「綺麗な箱ね。ありがとう、イブリン」
レキサンドラが無表情で主を正した。
「ご主人様、贈り物は箱の中身ですよ」
確かに、熟練職人が作ったような細工の箱がイブリン手製のわけがない。
こんな時でも宝石に目がくらんじゃう私って‥‥。
オランジャは自己嫌悪気味で箱を開け中に入っている物を手に取った。
それは子供用の椅子の背もたれ守りだった。
1人掛けの椅子の背もたれに打ち込む飾り物で木や金属で意匠や家紋や椅子の持ち主の趣味の彫刻を施した物だ。
木製で角だけが黄金製のユニコーン‥‥背もたれに打ち込めば見えなくなる部分に鷹が彫られている。まるで貴族みたいだ。
オランジャは感嘆した。
きれい‥‥これ、イブリンが作ったの? なんでこんなに手が器用なの? まぁ、いい香りがするわ。
「言葉にならないわ。こんな嬉しいことが私に起こるなんて」
目を潤ませて見つめてくるオランジャにエイブルニアは照れ臭くなった。
「森で桐の樹木を探してたら綺麗な緋桂の木をみつけたのよね。それでさ、思いついてさ、ほら私、弓を自作したりで木材加工が結構得意でしょ? ここのね、駆け上ってる岩のところにね、赤ちゃんの名前を彫り足すつもりなのよね」
反射的にオランジャは答えた。
「この子の名前はね、ベオアルコンよ! たった今、名付けたわ。ベオアルコン(鷹の祝福)!」
エイブルニアはさらに照れたが、顔に出ないように菓子を頬張って澄まして言った。
「あ、じゃあ一旦また持ち帰って彫ってから磨いてくる」
照れるが良い名前だと思った。




