トウモロコシの分け前
20
パイを持って帰ったその日の深夜にエイブルニアは私室にアルバターラを呼び出した。
パイはもう残っていなかったが。
書斎でアルバターラに赤ん坊は攫えなかった事、その理由を説明した。
アルバターラは驚きはしたものの妙に落ち着いていた。
「それもこの間の話の竜王の呪力の影響だろう。王も王のレギオも何か不思議があってもおかしくない強い呪いを王の周りで感じる。悪いがオランジャ妃の子どもよりサピエンの方が心配なんだ。名前を使われ命じられてるんだろう?」
エイブルニアはいつも不思議に思っていた事があるが、アルバターラが答えを持っているかもしれない。
「常々疑問に思っていたのだけど、名前は使える回数が決まっているの? 最初からレギオを縛らずある程度自由にさせておくのはなぜ?」
アルバターラはサピエンマーレを思ってか少し顔をしかめたが、俺の考えだがと聞かせてくれた。
「名前による命令は魔法や洗脳ではなく『王の呪い』なのだと俺は思ってる。自分の意思に反して逆らえないんだ。行動が自分の意より王の意のままになってしまうのに、意識は自分にある。その結果、大抵心が壊れてしまう。呪いってのは精神を蝕むんだ。名前による命令ってのはなぁ‥‥すぐに使い物にならなくしてしまうんだと思う。だから無暗に使えないんだろ。見てきた限り、精神力の強靭さに拠って急に狂ってしまうのもいればゆっくり壊れていくのもいた。サピエンも今苦しんでいると思うぜ」
意志は自分にあるのに行動は王の意向にある‥‥自分なら耐えられない。
エイブルニアはゾッとした。
アルバターラを送りに私室のドアを開けると正面に黒衣の人物が立っていた。
王だった。
なぜ私の部屋の前に?
エイブルニアはなんとか王に夜間の挨拶をした。
アルバターラは少しも慌てず「これは失礼いたしました。王宮随一の美女との逢瀬にむさ苦しい顔をお見せして」
そう言ってニカッと笑って見せた。
王の側近を努める者の百戦錬磨の対応である。
王はアルバターラの対応に満足げな表情を浮かべつつ、ニヤニヤしながら 言った。
「 こんな遅い時間に何をしている ? もしや我が妃に懸想しているのではないであろうな ?」
アルバターラはわざとらしい慌てたポーズを作って言った。
「明日は私が犬猫売りと商談なのでこちらに来れない事をエイブルニア妃に伝えたら、トウモロコシの分前の件でお急ぎとの事でしたので、こんな時間に訪問したのです。まさか王のお邪魔をするとは! 私は早々に去った方がよろしいですね?」
犬猫売りとは、奴隷商の事である。
商人との交渉、商品の選別や買い入れの担当としてはアルバターラはかなり年季が入っているのだ。
エイブルニアは突然の王の訪問で慌てたが、いずれ王とは話をしなければと思っていた。
フェゴムーシュも居ない上にオランジャの赤ん坊の事、角の捜索等何もかも上手くいかなくなった事で少しヤケクソになっていたのかもしれない。
「王よ、久しぶりに昔話などゆっくり致しませんか? 良い季節なのでさほど夜でも寒くはありません。中庭の四阿屋でワインはいかが?」
王はほぉ?と言って面白そうに承諾した。
びっくりしたのはアルバターラだ。
エイブルニアは「今、ワインを中庭に用意させます。私も着替えて行きますから王も外套をお召くださいませ」
王は一旦引き上げる間際に「イブリン、召使いに用意させる必要は無いぞ。アルバターラ、お前が中庭に用意せよ。くっくっくっ」
アルバターラは疾く引き上げて色々工作を厚くしようとしていたのに、そんな時間を潰されてしまった。
「かしこまりました。ワインの選別は私にお任せを」




