大魔術師とアドナル[2]
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イーライが竜を追っているこの土地は豊かで暖かで美しい。
竜を追いだし手に入れようとしたが呪い竜も惜しがったのだろう。
なかなか引かないのでウッカリ致命傷を与えてしまった。
漆黒の角竜はもはやこれまでと悟ったのを感じた。
止めをさす時間はない。
呪いの詠唱が始まった。
命尽きようとしている呪い竜の詠唱を止めることは不可能だ。
この呪いの受け手はもちろんイーライだ。
イーライは竜を滅多切りにしたが呪いは吐き出されている。
大魔術師と呼ばれた男イーライが恐怖で震え上がったその時、詠唱が止まり吐き出された呪いが霧散していった。
「アドナル!」
お師匠様
危のうございました
どのようにしたのか、アドナルは魔女の大鎌で竜から角を切り落としていた。
「どうやって刃が通ったのだ? 呪いの角だぞ」
わかりませぬ
夢中でございますれば
イーライは切り落とされた角を拾い上げ持ち帰った。
この呪い竜の角には呪いを吸収する機能があることが判った。
竜は呪いを角に込め、命と引き換えに角から呪いを放つのだ。
この角さえ持っていれば呪いをかけられても角に吸い取らせることができる。
イーライはこの角を以って竜を滅ぼし、大地を支配することを夢見た。
大地は創造の途中であるにも関わらず、トリマもザイオンも姿を見せなくなって久しい。
神でも竜でもないのだから寿命が訪れたのだろう。
ただ人々はたいていどちらかの偉人に心をささげていた。
トリマもザイオンも祭り上げられ命と力と奇跡の象徴とされていた。
人々にとって二人の超人は神なのだ。
どれほど竜と戦い人間の土地を広げてもイーライはザイオンほどには崇められない。
ザイオンを神と認めていないイーライは過剰に持ち上げられている二人の超人にいらだっていた。
神とはこの世界を統べるものだ!
不老不死で呪いにも打ち勝つもの。
神とは王なのだ!
私は神になる!
この世で今一番神に近いのは私だ。
不老不死を手に入れ、この大地の絶対的な王となるのだ。
それにはどうすればよいのか‥‥。
呪い竜の強大な呪いの力を蓄えれば不老となろう。
あとは不死となる方法を見つけねば。
角をもっと手に入れるにはアドナルに問わねばなるまい。
イーライは魔術師の屋敷らしく弟子を数人住まわせている。
弟子たちは薬を作り、酒を醸し、料理をし、衣服を作り、いつも師匠の身体を労わる。
それに比べて役立たずのアドナルはイーライの屋敷に住むことを許していない。
始終よだれを垂らした醜い弟子であるアドナルは敷地の外の狭い道具小屋で暮らしている。
屋敷にいる有能な弟子たちはそれでも魔術の腕はアドナルの足元にも及ばない。
竜狩りに連れて行けるのはアドナルのみであった。
近くにいた若い弟子にアドナルを呼びにやらせた。
参りましてございます
お師匠様
まったく吐き気を催す不快な姿だ。
角を集めればもう呪い除けにコレを連れ歩く必要はなくなるのだ。
そうなれば早々に独り立ちさせて守護エリアから離れた土地に赴かせるのが良いな。
イーライはアドナルに魔女の大鎌を以って竜の角を切り落とす方法を問うた。
なぜあのような事が出来たのか、はっきりとは解りませぬ
ただあの時、死んでゆく竜の呪いがわたくしの身体に滲みていくような気がいたしました
「呪いが身体にだと? 触れれば身体が朽ちる猛毒だぞ」
はい、滲みて‥悲しみが流れ込んだようになったので、その元となる角に思わず大鎌をふるいました
あの時、わたくしと竜の呪いは非常に近かったのです
わたくしはある意味呪われた者でございますゆえ、あの竜めの呪いに引きずられたのかもしれませぬ
「ふむ‥‥お前は呪いの詠唱に紛れて角を砕くことが出来るのだな」
いいえ、たまたまあの黒竜めがわたくしに合ったのでございましょう
いつでもやれるとは思えませぬ
もしや、もう2度と無いかもしれませぬ
お師匠様の危機でありましたのでお師匠様の気高い徳が作用したのかもしれませぬ
期待した応えが出来ぬと判って美句を添えてくる。
気高い徳ときた。
ずいぶん持ち上げるものだ。
アドナルは頭脳明晰であり、忠義は信用に足る。
ただ容姿が長所を上回るほど不快なだけなのだ。