王子の誕生
19
既に昼過ぎ、オランジャは叫びまくっていたので一度衛兵が恐る恐る覗きに来た。
エイブルニアは鬼の剣幕で衛兵を追い返した。
レキサンドラが落ち着いてテキパキと動いていたのでエイブルニアも落ち着いて手伝いが出来た。
突然、レキサンドラがあぁっ! と叫んだ。
エイブルニアがどうしたのかと訊ねたが、レキサンドラは何事も無いというように、「ご主人様、もうすぐ終わりますから」とオランジャを励ました。
オランジャがひと際大きく悲鳴を上げた途端、赤ん坊の元気な鳴き声がして唐突にこの大きな出来事は終わったのでる。
オランジャはやったわぁという様な安らかな笑顔と対照的にエイブルニアは無意識に溢れた涙でぐしゃぐしゃだ。
無表情のレキサンドラがうなだれて取り上げた赤ん坊を洗っていた。
赤ん坊の深い薔薇色の肌に黒い髪の男の子。
エイブルニアは赤ん坊の頭を見て息をのんだ。
黒い髪ではない!
黒く艶々とした角が赤ん坊の額から生えている!
まさしく王の角である。
オランジャは敏感にエイブルニアの様子を察して叫んだ。
「赤ちゃん、見せて! 私の赤ちゃんよ! 早く見せて! 早くー!」
黒い角の生えた赤ん坊を見たオランジャは茫然としたがしっかりと抱いている。
どういう事なの? なんでなの? と呟いていたが自動的にカクカクと動いて無意識なのか、授乳を始めた。
エイブルニアは混乱した。
この赤ん坊を攫ってもアルバターラの部下に預けることなど出来ない。
そもそもザナルセンに養子に出すことも出来ない。
レキサンドラが無表情で冷静に言った。
「おめでとうございます。ご主人様。王によく似た王子でございます」
それを聞いてオランジャはピクンと反応した。
「そうね‥‥王に知らせなくちゃ」
エイブルニアはとんでもないとオランジゃに意見した。
「ダメよ! 王はこの子を生かしておかないわ! 生かしておいてもアンタを操る道具にするに決まってる!」
オランジャは乳を呑み終わってウトウトしている我が子を改めて眺め、ツラツラと考えていた。
王はこの子の角を見たら自分の王子と認めざるを得ない。
そして私を王妃と認めざるを得ない。
私はこの子を育てながら王宮の頂点に立つ妃になるわ。
イブリンなど足元にも及ばない立場になる。
もう顔を踏みたいとは思わないけれど、私の側近になって後ろを歩くのよ。
王の隣に座った私の傍にイブリンが椅子を使わず膝まづく‥‥。
オランジャの中でフェゴムーシュの言葉では抑えることは出来ても消しようのないどす黒い感情が上がってくる。
エイブルニアはオランジャが王に子を見せようとする事が心配で心配でこの部屋に泊まろうとしたがオランジャに拒否された。
「どのみちこの子をどうにも出来ないのだから一人で考えたいの。クタクタだからもう帰って。それから、サンドラはあげないわ。前言撤回よ」と言って部屋を出されてしまった。
お産の後で疲れたと言われれば居座るわけにもいかず、帰ろうとしたらレキサンドラが甘い匂いの籠を差し出した。
「こちらをお持ちください。デーツとイチジクのパイです。朝から居住区特製のパイを取りにいらしたのでしょう?」
そう‥‥だったっけ?
「頼んでくれてたの? あの状況で?」
「厨房に頼むだけですから。ご主人様がこのパイがお好きでねだられたのですよ。エイブルニア様の分もと」
無感情のはずのレキサンドラが少し拗ねたような口調で答えた。
「オランジャ様はまったく悪魔的な甘え上手なのです」
「わかる」とエイブルニアも同意した。
籠からこってりした甘い匂いを漂わせながら自室に戻った。
これ、必要だったか?
必要だったのである。
召使たちにしてみれば、エイブルニアは早朝走って居住区まで菓子を食べに行ったのだ。
一体どんなパイなのかと好奇心いっぱいだったのである。
召使にパイの籠を渡して私用に一切れ持ってきたら、後は分けなさいと言ったら狂喜した。
貰ってこなかったらめんどくさいことになっていた。
赤ん坊を攫って来れなかった事をアルバターラに伝えなければならないし、これから角のある赤ん坊をどうすれば良いのか考えなければ。
オランジャの不貞は王に申し開きが出来そうで一安心であるが、赤ん坊の実の父親はバジルーという亜麻色の髪の流れ者のはずなのに、どういう因果で赤ん坊は角を持ったのだろうか?
知らず知らずに私たちは王の受けた呪いの気に浸され、お腹の子供も影響を受けたと考えられるのかもしれないがそんなことが起こり得るのだろうか?
「あれは‥忌み子だ」
オランジャは下腹が絞られるような痛みが続き、寝ては起き、起きては寝てを繰り返していた。
サンドラからお腹の中はキレイになったと言われたが赤ん坊を抱いて歩いて部屋の外に行くなどとんでもない。
痛みは続いているし頭は働かないしすぐ眠くなるしでしばらくは動けなさそうだ。
付属寝台に赤ん坊を寝かせているが大抵泣きわめいている。
私の赤ちゃん‥‥その角は何なの?
でもこの角が無ければすぐにお別れになるはずだった。
その角のお陰で私は殺されないし、赤ちゃんとずっと一緒に居られるわ。
動けるようになったら王に赤ちゃんを見せて、王子としての立派な名前を付けてもらわなければ。
王子を抱いた自分にエイブルニアが跪いて貴族の挨拶をする‥‥オランジャはもうそのことばかり思い描いてゾクゾクしていた。




