囚われのサピエンマーレ
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居住区の北側は王の居間や寝室があり王の日常生活スペースが集まっている。
そのスペースに隣接した廊下から階段を上らないと塔の内部には入れない構造だ。
日光もオランジャが居る南西の塔ほど届かない、薄暗く狭くまさに独房である。
フェゴムーシュは屋上から縄を伝って降り、塔の窓から中を除いたが、明かりは点いているようだが不透明なステンドガラスのため、塔内がよく見えなかった。
外から窓は開けられない。
窓から呼びかけても応えるのがサピエンマーレとは限らない。
風も強くいつまでもぶら下がってはいられない。
ここはひとつ、賭けにでる。
フェゴムーシュは窓ガラスをノックしてみた。
「だれか‥‥居るのですか?」
よし! サピエンマーレの声だ。
「フェゴムーシュである。早く中に入れてくれ給え」
慎重に窓が開けられ、サピエンマーレから「素早く入ってすぐに戸棚の陰に隠れるように」と即された。
と、いうのも王が不定期にのぞきに来るのだという。
明かりは贅沢に点され非常に部屋が明るく、高価な筆記具や新しい紙類が棚に積まれている。
一体、何をさせられているのか。
王自ら覗きにくるとは余程重要な事を命ぜられているようだ。
久しい再会になのだがサピエンマーレは机に向かい、フェゴムーシュは本棚の影に置かれた脚立に座って身を隠した。
「フェゴ、会えてよかった。ずっとレギオに会えないかと願っていたから、もう感無量だ」
サピエンマーレは机に向かいフェゴムーシュを見ずに話を始めた。
「私は王に命ぜられて竜の角を研究しているんだ。竜の角には秘密がある。塔に監禁されて早く解き明かせと急かされているんです」
サピエンマーレはオランジャ妃の件とはまったく関係ないことで王に使役されていたのである。
黒い呪い竜は自分の命と引き換えに呪いを吐くこと、呪い竜には額に角があるということは聞いたことがある。
呪い竜の呪いには如何なレギオと言えど全く歯が立たないのだと。
だから呪い竜に遭遇したら何はなくとも逃げなければならないのだ。
近づくことも出来ない竜の角をどうやって研究するのか?
「フェゴ、驚かないでください。王は竜の角を持っています。この居住区に1本あります」
ありえない! どうやって?
サピエンマーレは王が竜の角を入手したことや角の秘密の研究成果や構想を書物にまとめるように命じられている。
「フェゴ、この書物の草稿やメモを君に預けましょう。リッテがきっと読み解いて綴じてくれるでしょう。書物が完成する前に角を手に入れてください。無理は承知で言っています」
普段冷静なフェゴムーシュも慌てずにいられない。
「研究を遅らせれば良いだろう? 急いでやっているフリをせよ」
サピエンマーレは微笑みながら首を振った。
「王にね、名を使われて急かされてるんだよ」
フェゴムーシュは、あぁとつぶやいた。
やっぱりだと合点した。
悪い予感はよく当たる。
「だから、だからね、書物が完成したら多分もう生きてはいない。竜の秘密を知る者を生かしておかないと思う」
サピエンマーレの目はもう微笑んではいない。
「その紙束をリッテに繋いで貰って、王の持っている角を手に入れてください。さあっ! もう戻ってください!」
フェゴムーシュはサピエンマーレにかける言葉を考える事も、最後に抱擁することもなく屋上の石壁から垂らした縄を昇って行った。
今は何もかも時間が足りない。
一生懸命考えても、いつの間にか3日前のイブリンの書斎での楽しい食事が差し込まれてしまう。
悲しみに慣れないフェゴムーシュを嘆きから守ろうとしているかのようだった。
不思議と王を恨む気持ちは少ない。
フェゴムーシュにとって喜びも悲しみも王から受け取るのだから。




