フェゴとオランジャ
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オランジャの身体は日に日に変化がある。
何も食べられないほど気分が悪い日、いくら食べてもお腹が空く日、身体がだるく床を離れられない日、外の空気を思いっきり吸いたい日。
1人で鬱々と過ごしていたが、イブリンやリッテが忙しい中訊ねてくれるのでオランジャの精神状態はかなり保ち直してきている。
オランジャの専属女中のレキサンドラは無口で不愛想であるが悪くない女中である。
無理も聞いてくれるし、余計な告げ口もしない。
食事もさりげなく好物を厨房に頼んでおいてくれたり、いったい日常の気働きだろうか?
そして今夜イブリンが部屋に置いて行った男だが、挨拶も無いし親の仇を見るように睨みつけられたがイブリンが言うには優秀なレギオであるらしい。
集金係のフェゴムーシュである。
きっとサンドラのように悪くないレギオなのだろう。
先ほどサンドラとフェゴがジロジロと睨みあっているのを見て、まるで猫の縄張り争いのようだった。
イブリンに見せたかったとオランジャは思い出し笑いをした。
フェゴがおもむろに窓を開け、桟の上に乗ったまま外側にのけ反って上を見上げたのでびっくりした。
「何してるのよ? 危ないわ!」
オランジャは思わず声をかけた。
フェゴムーシュは床に降り、鳩尾あたりに両手を置いて言った。
「心配無用である。美しきご婦人よ、母になられる身であるのだから心安らかにしておられよ」
フェゴムーシュはオランジャに一通りの計画を語った。
オランジャの南西の塔の窓から居住区の最上階の屋根まで上り、北の方角に移動してから外から北の塔まで降りてサピエンマーレを探す。
これを深夜に行うと。
オランジャはサピエンマーレがなぜそんなところに居るのか解らない。
探すということはサピエンマーレは王に囚われていて監禁状態であると判る。
北側の塔なら警護の厳しい大廊下を通らなければならない。
大廊下を避けるために屋根に上って北まで移動しようとしているのか。
どれだけ身軽なのかしら?
オランジャもサピエンマーレに会いたいと思っていたので協力は惜しまない。
「それ、可能なの? 何を手伝えば良いの?」
フェゴムーシュは鳩尾に置いた手を左胸へ当て無表情だが穏やかに言った。
「身重のご婦人は何も手伝うことなどない。今のまま美しくしておられるが良い。其方の気高き心意気は有難く我に響いている」
オランジャには聞いたことも無い「騎士道の言葉」だった。
「まあ‥‥悪い気はしないわ」
と言ったものの、ヤだ惚れそう。
オランジャは最下層の身分でセンクィーの貧民窟の生まれである。
その私にこの扱いなら、貴族出身のイブリンには王女級に傅いているに違いない。
オランジャは先走ってイブリンに嫉妬している自分に呆れた。
「フェゴ、貴方はイブリンと同じ貴族の生まれなの?」
「左様。同じと言ってもイブリンはオーセン領主の令嬢で我はザナルセン領内の警護で領主から禄を貰う家系である。名誉だけで裕福ではない」
「そう。私にはイブリンにどうしようもないコンプレックスがあるのよ。生まれだけじゃなくね。本当にもう病気なの」
「? イブリンは美しく賢く慈悲深い。しかも公明正大な素晴らしい女性だが」
その通りだ、それに比べて私は。
「其方も同じように美しく気高い。何より御身に命を宿している尊い女性だ。なぜイブリンにコンプレックスを持つのだね?」
私にはお腹に子供が。
「その御子のためにも今後はイブリンにコンプレックスなど持ってはならない。美しき聖なる母よ」
この子のために。
オランジャはまるで暗示にでもかかったように自身に力が湧いてくるのが判った。
「フェゴ、今後はイブリンを気にしないわ。この子が居るのだから」
フェゴムーシュはうむと頷いて壁をよじ登る支度を始めた。
何も手伝えないオランジャはそれを見守っていた。
フェゴムーシュは居住区の屋上に居た。
屋根があると思っていたが、実際はフラットになっており、石塀が囲んでいた。
壁を掘って杭を打ち込まなくても石塀に縄を括り付けることが出来るのでありがたい。
風が強いので弱まるのをもう少し待つか。
しかし視察で王都の外を回る身として、王宮の妃達は街の女性に比べると本当に美人だらけであるな。
アルバターラなどは麻痺しているが我は王宮では眼福である。
今回の帰還後に初めて会ったが妃の中でもレギオの二人はレベルが違う。
イブリンは洞窟の闇の静寂のような冷たく静かな風情だが、心は熱く正義に燃えている女神ジュスティティアのようだ。
オランジャはその真逆で煌々と眩しいほどの美貌に暗く冷たい宝石を持っている。
王の女性の趣味はなかなか良いということだな。
フェゴムーシュはふむふむと1人で納得し、さてゆくかと足に縄を結わえて飛び降りた。




