オランジャの三つの願い
12
オランジャはエイブルニアから4日前に王に会ったこと、今も居住区の深部にいるらしいこと、レギオ達は居住区への立ち入りを禁じられていることを聞いて己の状況が把握できたようだ。
真っ赤だった顔が青白くなったと思えばエイブルニアの前に膝まづいて頭を下げた。
エイブルニアは慌てた。
「御腹が痛いの? 苦しいの?」
オランジャは顔を上げた。
顔には冷や汗が流れており、ただ事ではない。
エイブルニアはオランジャの両肩を手で包んだ。
「馬糞おん‥‥」
「馬糞じゃないわよ!」
オランジャは叫んだが胸に手を当てて気を静めてから言った。
「イブリン、お願い。3つお願いがあるの」
3つもあるなら額を床に着けるくらいすれば良いのに。
まあ子供に何かあったら困るけど。
オランジャは察したのかまた頭を垂れた。
「一つ目は、子供が産まれるまでで良いから助けて。どうせ不貞妃だから助からないのは判ってる。子供が産まれるまでで良いの。産まれたら出来ればその時はアンタが私を殺してほしい」
エイブルニアは驚き言葉も出なかった。
「二つ目は、産まれてきた子を守ってやって。どういう形でもアンタに任せるから」
オランジャはもう母親なのだ。
「三つ目は王宮の牛飼いのバジルーを殺して。あの流れ者のロクデナシはこの子の災いにしかならないから」
オランジャは自身の境遇の危機を先ほど聞いたばかりだというのに、こんなことを言うのか! なんという決断力、なんという行動力!
自身を切り捨て、子を生かすための方法をこの短い時間に判断したのか。
なんという勇気と覚悟を持っていることか。
エイブルニアは初めてオランジャの類まれな能力に触れ、恐れおののいた。
自身より格下だ、軽はずみな愚かな女と思っていた自分の傲慢さに震えが来た。
この女は本物だ。
王の器とはこういう物かもしれない。
オランジャの汗が床に流れ落ち、身体も床に頽れた。
エイブルニアはとっさにオランジャの腹のあたりにムートンを敷き腰をブランケットで包んだ。
「オランジャ! オランジャ!」
エイブルニアは母親を思い出した。
床の冷気を避けるためにムートンを敷くのではなく寝台に寝かせた。
幸い出血も無い。
背に腹は代えられないとエイブルニアはベルを激しく振り鳴らしレキサンドラを呼んだ。
この女中は無表情だがエイブルニアを見て流石にギョッとしたが何も言わず主人の介抱にあたっていた。
幸いオランジャの容態はすぐに落ち着いて安静に寝ておけば大丈夫のようだった。
寝台からオランジャは小声ではあるがハッキリとした声でエイブルニアを呼んでいる。
「イブリン、3つのお願いを忘れないでね。サピエンではダメ。アンタじゃなきゃ出来ないの。判ってるわよね」
エイブルニアはオランジャが望む返事を返した。
「アンタとバジルーとかいう男を殺して、赤ん坊を安全な所で育てれば良いんでしょ。了解よ」
それを聞いてオランジャは少し微笑んで眠ってしまった。
だが、オランジャのこの3つの頼み事は3つとも叶わぬ事になる。
エイブルニアはこの時代がどれほど恵まれていたかを思い知ることになるのである。




