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第3話 雨の通学路

 翌日の朝、俺は気持ちのいい朝を迎えていた。


「んん〜⋯⋯っ」


 体を起こし、大きく背筋を伸ばす。


 窓にかけられたカーテンを開ければ、眩しい太陽の光が俺の体を照らし──てはくれず。


 空を見上げれば曇天の空。今日から新学期なのに雨が降っていて、なんだか少しだけ嫌な気分であった。


「⋯⋯俺の夏休み、異世界を救って最終日に課題だけやって終わっちゃったな」


 昨日はあまりの課題の量に絶望していたのだが、いざ始めてみるとそこまで苦ではなかった。


 少し前なら毎日提出する必要がある自主勉強のノートを1ページ埋めるだけでも苦だったのに、昨日はなんと5時間くらいで全てを終わらせることができた。


 しかも、答え丸写しではなく全部自力で解いたのである。


 ちなみに正答率は70パーセントくらいなため、まぁ妥当っちゃ妥当なところだ。


「んー、朝食はコンビニで適当になにか買うか」


 30日も家を空けていたため冷蔵庫の中は割と悲惨な状態になっていて、味噌や醤油などの調味料以外は、ほとんどダメになっていた。


 一人暮らしなためそこまで冷蔵庫に物が入っているわけではないのだが、それでも食材をダメにしてしまったという罪悪感はあった。


 それから俺は顔を洗って歯を磨き、7時半くらいまで適当に漫画を読んだりして時間を潰してから、学生服に着替え外へと出る。


 俺の家から学校までは徒歩30分なため、ホームルームが始まる30分前には学校に到着することができる計算だ。


 一応自転車で通学してもいいことになっているが、今日は夏休み明け初日なのにあいにくの雨であり、徒歩通学を余儀なくされている。


 だから俺は玄関にある傘を手に取り、歩き慣れた道を1人静かに歩き進めて行った。


「まぁ、さすがに1ヶ月くらいじゃ風景は変わらないよな」


 変わったものと言えば、工事中だったお店が綺麗になっていることくらいだろうか。


 それ以外は1ヶ月前と同じではあったのだが、300日も異世界にいたせいか、不思議と懐かしさを感じていた。


 そうして歩き進めていると、前方に赤い傘をさして歩く1人の女子生徒を発見する。


 その服装は俺と同じ学校の制服であり、遠目で見ても分かるくらい長く伸ばされた綺麗な黒髪が、風に吹かれてなびくように揺れていた。


 そんな少女の奥から、こちらに向かってなにかが近づいてくる。


 それは自転車を漕ぐ人だったのだが、この雨のせいかその人は傘をさしていて、片手運転と風のせいもあってかなんだかフラフラとしている。


 その瞬間、ふいに"嫌な予感"が俺の脳裏に過ぎる。


 微かに感じたソレはただの予感ではあるものの、俺の体を動かすには充分過ぎるものであり。


「危ないっ!」


「えっ──ひゃっ!?」


 俺は目の前で歩く少女に駆け寄り、体を押して盾になるように身を乗り出して、自転車から遠ざけた。


 それによって自転車は接触すれすれのところを通っていき、特に謝罪の言葉があるわけでもなく、そのまま通り過ぎて行ってしまった。


「まったく⋯⋯前方不注意にも程があるだろ」


 もし俺がいなかったら、今頃正面衝突している可能性もあった。


 自転車と言えど、車と同じだ。あの速度で突っ込まれたら、普通に人が死ぬ勢いである。


「大丈夫ですか? その、いきなりごめん。正面から自転車が来てて危なかったからさ」


「い、いえ。助けてくれて、ありがとうございます──って、あれ⋯⋯? もしかして、天宮くん⋯⋯?」


「ん⋯⋯?」


 謝罪をしながら後ろを振り向くのだが、俺が今助けた少女は、ぼっちの俺でもよく知ってる人であり。


「もしかして、高峯さん?」


 高峯たかみね 愛梨あいり。俺と同じクラスの同級生であり、クラスの級長でもあり生徒会書記もやっている優等生だ。


 テストでは毎回上位トップ5以内の成績であり、運動は少し苦手らしいが、人望があり男女共々に人気というのはぼっちの俺でも知ってる情報だ。


 あと純粋に可愛い。1人で昼食を食べている時に、何度か告白されているのを見たことがある。


 そんな高峯さんが、どこか申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んできていた。


「やっぱり天宮くんですよねっ、お久しぶりです」


「あ、あぁえっと、久しぶり。高峯さんの家って、こっち側だったんだ」


「はい。ここから徒歩5分くらいのところにありますね。天宮くんの家も、こっち側なんですか?」


「一応、俺もここからだと10分くらいの場所かな」


「そうなんですねっ、知りませんでした。私たち、案外ご近所さんだったんですね」


 そう言ってお淑やかに微笑む高峯さん。


 きっと、その笑顔とほんわかとした柔らかな雰囲気に男たちは惚れるのだろう。


「それにしても⋯⋯天宮くん、なんだか少し変わりましたね?」


「えっ、そうかな」


「前髪とか短くなってますし、なんだか雰囲気が前よりも明るい気がしますよ?」


「あー⋯⋯まぁ、気分転換だよ。前髪、邪魔だったしね」


 夏休み前の俺は前髪が目にかかるくらい長くて、背筋も少し曲がっていたため結構暗めの雰囲気だっただろう。


 だが異世界に行ったことで敵との戦闘中に前髪が邪魔になり、仲間に髪を整えてもらった記憶がある。


 曲がっていた背筋も仲間に注意されてからいつの間にか真っ直ぐになっていたし、性格も以前よりは前向きになったはずだ。そう信じたい。


「こうして天宮くんとちゃんとお話するのって、今回が初めてですよね。あの、これから一緒に学校へ行きませんか? 立ち話を続けるのもあれですし」


「えっ、いやでも俺なんかが高峯さんと歩いてたら申し訳ないというか、なんというか⋯⋯」


「同級生なんですから、一緒に登校したって不思議ではありませんよ。それに、助けてもらったお礼とかもしたいですし」


「⋯⋯途中、コンビニに寄ってもいいのなら」


「もちろん。時間的余裕はありますし、大丈夫ですよっ」


 ニコッと微笑む高峯さんと肩を並べ、2人で学校を目指し歩いていく。


 もしかしたらまたさっきのような自転車が来る可能性もあるため、俺は道路側の方に立って歩くことにした。


 以前までの俺はぼっちでありコミュ障でもあったため、家族以外の人と関わるのが苦手で苦手で仕方なかった。


 だが異世界で多くの人と出会い、多くの人と関わるようになってからいつの間にか苦手意識はなくなっていき、知らない人とでも普通に話せるようになった。


 高峯さんのような人気者と歩くのは少し緊張はするものの、だからといって変になるわけでもなく。


「えっ、天宮くんも雨時雨先生の作品読んでるんですか?」


「全部読んだことがあるわけじゃないけどね。でも、1番好きなのはやっぱり『五月雨と夕立』かな」


「あっ、あれいいですよねっ! 私その作品を読んでから、雨時雨先生のファンになっちゃったんですよっ」


 話している内に共通の話題が見つかり、いつの間にか会話が盛り上がっていく。


 高峯さんは聞き上手であり、こうして高峯さんと面と向かって会話をするのは初めてなのに、驚くくらい話しやすくて。


 気づけばいつの間にか校門の前にたどり着いていて、ほんの少しの会話ではあったものの、お互い笑い合って話せるようになっていた。


「あっ、私生徒会室に用があるので、ここで失礼しますねっ」


「うん。多分雨と湿度のせいで廊下が結露してるかもしれないから、階段とか気をつけてね」


「はいっ、ありがとうございます!」


 こちらに向かって小さく手を振りながら、生徒会室の方へ向かって歩いていく高峯さん。


 俺はそんな高峯さんの通り過ぎていく背中を見送りながらも、自分の教室を目指して歩いていくのであった。

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