2 解読
翌朝、休日。寝不足で眠たい目を擦りながら起きた山野は、テレビをつけて少し遅めの朝食を取った。
ニュースでは、ある地域で大規模な武力衝突が発生したことを報じていた。ここ半年、世界各地で紛争が続発している。
山野はタメ息をつきながらテレビを消すと、車で最寄りの駅へ川端を迎えに行った。山野が「鳥肌メッセージ」の解読の応援を求めたところ、川端が山野の自宅まで来てくれることになったのだ。
山野と川端は、山野の自宅に到着するなり、「鳥肌メッセージ」について2回目と3回目の電波の意味を考え始めた。
電卓を叩きながら、川端が呟いた。
「2回目のビット数2291は、素数である29と79の積で、3回目の2573は、同じく素数である31と83の積か」
山野が頷いた。
「うん。アレシボ・メッセージのように、平面にデータを並べることを意図してるんだとは思うんだけど、どうしてビット数が異なってるんだろう?」
「データ量の違いじゃないのか?」
「そうかもしれないんだけど、2回目と3回目では、周波数が10Hz高い回数自体はそんなに大差なくてね」
「つまり、ビット数が多い3回目は、2回目に比べて平面にデータを並べたときの『空白』が多いってこと?」
「うん、そうなんだ」
山野は近くにあったメモ帳に「鳥肌メッセージ」のビット数を素因数分解した数字を書き込んでみた。
1回目 23と73
2回目 29と79
3回目 31と83
「やっぱり単にデータ量の違いなのかなあ」
山野がメモ帳を閉じようとしたとき、川端が止めた。
「ん、これ、縦に見たらどうだ?」
「え、縦?」
「ああ。縦に見ると、23、29、31は隣り合う素数で、73、79、83も同じく隣り合う素数だ」
「ほんとだ!」
「このビット数は偶然じゃない。これを送信した『存在』は、明らかにアレシボ・メッセージのビット数の意図を理解した上で、素数の知識を披露してきたんだ」
「なんでそんなことをしたんだろう?」
山野が不思議そうに言うと、川端が笑った。
「さあな、データ量と関係ないのなら、単に遊び半分で決めたのかもな」
「ははは、茶目っ気たっぷりの宇宙人だね。それじゃあ、平面に並べてみるね」
山野は、2回目と3回目の電波を周波数の高低によりマス目の左上から右に向かって順番に右下まで色を塗り潰してみた。しかし、何ら意味のないドットの羅列になってしまった。
「うーん、2回目と3回目は、絵ではなく何らかの数式なのかな?」
山野と川端は、物理の公式等を必死に当てはめてみたが、何も合致しなかった。
「ここまでアレシボ・メッセージを意識させながら、実は全然違う解読方法なのか? 宇宙の誰かさんは天邪鬼だなあ」
川端が天井を仰ぎ見ながらタメ息をついた。
「ほんとそうだよね。1回目もアレシボ・メッセージを上下逆さまに送ってくるくらいだし、まるで子どものイタズラだよ……逆さま? そうだ、逆さまなんだよ!」
山野は、先程とは逆に、周波数の高低によりマス目の右下から左に向かって順番に左上に向かって色を塗り潰したところ、次のようなドット絵が現れた。
2回目の電波は、並んだ2人の人間が手を取り合っているような絵の下に、いわゆる「空飛ぶ円盤」と呼ばれるUFOを横から見たような絵が描かれていた。
3回目の電波は、左の人が右の人を腕で叩くような絵の下に、左の人が倒れ、右の人が左の人を足で踏みつけているような絵が描かれていた。
それぞれの絵の上下には、おそらく絵ではない2進数が並んでいた。何らかの数式か文字を表していると思われた。
† † †
それから数日後、山野はスーツ姿で県庁へ向かった。県庁の講堂には、日本全国どころか全世界のメディアが集まっていた。
世界中のSETIに参加する研究者が分析した結果、「鳥肌メッセージ」は地球外の知的存在によるものである可能性が極めて高いと結論付けられ、第一発見者である山野が発表することになったのだ。
もともと引っ込み思案の山野は、SETIとのやり取りや関係機関への通報等を、すべて川端にお願いしていた。
そして、山野は、第一発見者としての発表も川端にお願いしようとしたが、川端から固辞されてしまった。
川端曰く「人類初の偉業の発表を代行するのは、流石に荷が重い」ということだった。とはいえ、一人で発表する勇気のない山野が泣きついたところ、川端は会見に同席してくれることになった。
「えー、今回、当天文台で受信した電波についてご説明いたします」
山野は緊張しながら「鳥肌メッセージ」受信の経緯とそれが表すドット絵について説明した。
説明後、記者からの質問が殺到した。
「電波はどこから来たのでしょうか?」
「ヘルクレス座方向ということ以外にはまだはっきりと分かりませんが、知的存在がアレシボ・メッセージを受信してすぐに返信したと仮定すると、だいたい25光年前後の距離ではないかと思います」
「その距離には知的生命体が居住可能な惑星はあるのでしょうか?」
「ヘルクレス座の恒星に限って言えば、
グリーゼ623という連星がそれくらいの距離にありますが、居住可能な惑星は見つかってないと思います」
「そうすると、宇宙船から送信されたのでしょうか?」
「何とも言えないところです」
「ドット絵以外の数字の意味は解析されたのでしょうか?」
「何らかの数式や言語の可能性があると聞いていますが、まだ不明です」
「2回目の手を繋ぐ2人とUFOの絵と、3回目の争う2人の絵はどういう意味があるのでしょう?」
「現在、様々な専門家が研究されていると聞いています。私は残念ながら分かりません」
「第一発見者としての感想で結構ですので是非!」
記者が食い下がった。困惑した山野が隣に座る川端の顔を見た。
川端が小さい声で「個人的な感想でいいと思うぞ」と言った。
山野は、少し考えてから頭を掻きながら答えた。
「まったくの個人的かつ主観的なものですが『君たち次第だよ』ということじゃないかと……」
「君たち次第?」
「ええ。2回目の絵は、2人が手を繋いだもの。人類と似た価値観を有しているとすれば、親密、友好というメッセージを感じます。その下の宇宙船のような絵と合わせると、宇宙人は人類と友好的な接触を求めているということではないでしょうか」
「一方、3回目の絵は、相手を腕で叩いた者が、やり返されて負けているように見えます。接触に当たり、人類が攻撃的であることが分かれば酷い目に遭わせるぞというメッセージを感じます」
「人類の態度次第で相手の態度も変わるということなのかなあと感じますね」
その後、しばらく雑多な質問を受けて、記者発表は終わった。
続きは明日投稿予定です。
明日完結予定です。