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微かな光を求めて  作者: stage
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第9話:国王が飛び出す程の話

 庭園から離れて、国王イロアスと側近フィデルは歩いていた。国王は前、側近は後ろである。歩いていると次第に、庭園特有の花と土の心地よい匂いは薄らいでいく。それは国王の名残惜しい気持ちの表れにも思えた。

 この日の夜は曇天で、星1つ見えなかった。夜の闇が静寂をもたらし、2人の石畳の上を歩くコツコツという音だけが聞こえていた。その歩調は微妙に合っていなかったが、それを崩してはならないような緊張が走っていた。


 この玉歩の向かう先には、「明覆の館(リップ・ホール)」と言われる王城より一回り小さい館がある。王城の奥に位置する。その特徴は何と言っても、550もの部屋が備わっていることであろう。ここまでの部屋数は、世界でもそうそう見られない。だから国民からは王城だけでなく明覆の館(リップ・ホール)も羨望の眼差しが向けられていて、国王の偉大さを感じるものの1つとして慕われている。

 ただ、国民の大半もそうなのであるが、王城をよく知らない者は、明覆の館(リップ・ホール)が賓客がしばし滞在する迎賓館であるとか、日本で言う所の神社の奥の院のような聖域であるとか、あるいは中国の後宮や江戸時代の大奥のような場所であるとか思われる。が、決してそうではないということはここに記しておく。その詳細は後に語ることになる。


 さて、その明覆の館(リップ・ホール)であるが、その外観はどうであるか。前話で、王都ヴィクトリア(サンスベリア王国の王都)では灰色の高層建造物が立ち並んで、それを無機質的に感じる者もいるとあった。「明覆の館(リップ・ホール)」はそれよりもずっと無骨なものを印象としては受ける。その館の灰色はやや黒い方が優勢であり、妖しいものが棲みついている風である。その不気味さから、外見は明るい様子は微塵もない。そのため、明かるさを覆すように思えるという意味合いにより「明覆の館」と書かれることになった。読み方は、国王が「リップ・ホール」と定めた。

 このように、確かに王城と似て荘厳な雰囲気ではあるが、厳かさのベクトルが異なる。史跡の中の禁足地といった具合である。ただ、王城と隣接しているため、人の手は最低限加わっているようではあった。


 この印象から、忠義を尽くすフィデルも

「なぜ明覆の館(リップ・ホール)で寝るのですか、もっと良い寝床がございます。」

と進言する。しかしながら、イロアス王はそれを思春期の子どものように、

「分かった、分かった」

と返答して取り合わない。そこにいつもの笑顔は薄っすらとしかないのだから本当に鬱陶しかっただけなのかもしれないが、側近フィデルはそこに悲哀の情に似たものを悟り、それ以上何も発することはできなかった。





「失礼致しまぁす!!」

突然、1人の若い男の兵士が2人の方に走ってきた。声は張り上げ、全速力でこちらに向かい、兵士として視力を尽くしているようであった。はぁはぁと荒い息を上げているのが、遠目でも分かった。恰好は近衛兵である。

 近衛兵は目の前に来るや否や膝をつき、頭を垂れた。フィデルが

「どうした。『通信の魔法』を使わないということは機密なことか?」

と尋ねると、「はい」と短く返し、息を整えてから、

「城下で情報を得たので、そのまま通信の魔法を使えば会話を傍受される恐れがありました。そのため、至急こちらに」

とだけ言い、またぜぇぜぇと息を荒げた。相当な距離を急いで帰ってきたようである。近衛兵がごくりと喉を鳴らして一呼吸置き、ふぅと息をつく。そうして再び話し始めた。

「どうやら、例の『事案C』について、緊急のものになりそうです。」

「どういうことだ?」

国王は黙って聞いており、フィデルが近衛兵に対する質問の役を担っていた。

「事案Cについて、『異能』を使っている可能性が大きいことについては先日申した通りでございます。ただ、その『異能』について、町1つを崩壊させるほどのものかもしれません」

「どういう、ことだ?」

空気が張り詰める。

「事案Cは、深夜に1つの家だけ、岩や土に潰れて倒壊しているというものでした。それが山の近くでなく、周りの家には被害が一切なく、しかも家の前には決まって大きな穴が空いていたから、人為的なものとして考えられていました。もう20人は殺されています。」

「そうだったな」

「『事案C』について、今回の報告で申し上げたいのは2つです。1つは、これは隣国の諜報員からの情報なのですが、そこでも同様の事件が発生していたようなのです。本国における事件と全く類似している事件が半年前まで。隣国では、1つの小さな集落が瓦礫の山で押しつぶされている状態の場合もあったらしく、見るも無惨な様子であったと……。」

この隣国とは南側に位置する国である。それを聞いてフィデルは、

「もし同一人物の犯行であれば、半年前の南側国境で起きた難民の大移動の際に紛れ込んできたのかもしれないな。あの時の不法移民は相当に多かった。」

と推測を立てた。国王イロアスは目を瞑り、腕組みをしてじっと黙って聞いていた。


「そして、もう1つ。今回城下で聞くことができた話です。軍を退役された方が急いで来られて、今日その事件の容疑者に当たる人物を見つけたかもしれない、ということでした。」

「それは、誰だったか。」

「ヒュース元大将です。ちゃんと『調査の魔法』も使いました。」

「あの方か。今は一時的にパーグ街に滞在していたはずだ。よく王都まで来られたな。70代で、お元気でらっしゃる。」

と、フィデルは何度も頷いた。パーグ街は王国の中では南側に位置し、王都からは大分離れていた。熟練の兵士でなければ、1日で移動するのは難しい距離である。それを、よくあのご老体で移動しきったと、その愛国心も含めてフィデルは驚嘆したのである。

「しかし、どうしてヒュース殿はその人物に気づかれたのかな。」

と有能な近衛兵を労う気持ちも含めて、優しく声を掛けた。

「それが、『変化の魔法(フュージョニズム)』を使っていたとのことで。やや魔力に振れがあったことと、魔力の扱い方が隣国のそれに似ていることから、気づいたとのことです。変化している中身までは看破することはできなかったそうですが、変化していたその外見は……」

近衛兵は2人にその姿の詳細を伝える。

「なるほど」

と、フィデルは呟いた。手を顎に当て首を傾げる。いつの間にか目を開いていた国王イロアスがその様子をじっと見ていた。





 少しの沈黙の後、緊急事案に対するいつも通りの対応をしようとフィデルは頭の中ではまとまった。フィデルが、まず国王に進言した。

「国王陛下。ここは討伐隊を作り、私が解決させます。明日は国家一千年記念祭の予行で早いことですし、先にお休みになられて……」

「いや、俺が行こう。」

イロアスは側近の発言を遮った。フィデルに有無を言わさずに、

「フィデル、恐らくそいつの『異能』、お前が想定しているよりも遥かに強力だぞ。」

と言う。こういう時の国王陛下の勘ほど、当たるものはなかった。

「い、いや、あのですね、イロアス国王陛下。聡明で経験の多い国王陛下が仰られるのであれば確かにそうかもしれませんが、国王が直接対応するのは……」

「準備をしている間に犠牲者がでたらどうする?本当に街1つ、落とされるかもしれないのだぞ。ひょっとしたら、千年前の5つの大事件、『五大怪(ごだいかい)』に匹敵するかもしれない。」

とフィデルに危機を煽った。

「可及的速やかに準備を致します。日が明ける前には必ず出発致します。だから……」

「いや、私の方が速い。そして、強い。」

「それはそうですが!しかし……」

「国民の命は私より重い。だから行く。」

「国王陛下っ!!」

 国王と側近の2人の緊迫したやりとりが続く。側近は最後の発言は聞き捨てならないと、辺りの夜の闇を赤く染めるほどの怒髪天を見せていた。近衛兵はこんな光景は見たことが無く、慌てふためくことしかできない。その近衛兵の存在は、2人には見えていない様子であった。


「フィデル、お前の『異能』なら私の速度に追いつけるだろ。付いてこい。」

と、突然足を強く踏みしめたかと思うと、目にもとまらぬ速さで南側の空の方に飛んで行った。一踏みでどこまで行ったか分からない。石畳に深くめり込んだ足跡と2人の家来だけがその場に残されていた。

「あああ!!もう…………」

その光景に頭を抱え、長い銀髪をくしゃくしゃと掻いた。額に手を当てるという次元はとうに超えていた。頭を垂れて、思案する。


もう、どうしようもないな、うん。


 フィデルの遠い目の中には、幻想が薄っすらと映っていた。厚くなる始末書に対する、現実からの逃避であった。胃はキリキリとしていた。


 頭を抱えたまま、フィデルは近衛兵が居たことを思い出し、そちらの方を向いた。

「いいか。君は王城に戻って、今から言うことを中央に報告したまえ。パーグ街にて事案C発生の可能性あり。「変化の魔法(フュージョニズム)」を使用しているため、当該の街ではなくその周辺の街から応援の兵士を呼べ。その兵士達には各自点呼と「調査の魔法」でお互いが変化の魔法を使用していないか確認せよ。その後、パーグ街にて変化の魔法を使っている者が居れば、詳細に調べよ。一刻を争うため、最優先で行え。責任は私、フィデルがとる。そして国王陛下についてであるが、今起床している者であの速度に追いつけるのは私だけだ。私が王に付いて行くことと、明日の予行はできなくなるかもしれないことだけ伝えろ。国王に関するそれ以外の質問には一切答えないで宜しい。それでは。」

と一切詰まることなく下命した。その後、フィデルは『異能』を使い、一切の踏み込みをすることなく、パッとその場から消えた。あとに残ったのは、呆然と立つ近衛兵の男だけ。男は返事をすることもできなかった。

 近衛兵の男の目の先はずっと南方の空であった。国王陛下が飛んで行った方向である。厚い雲の中でそこだけが何かで貫かれた不自然な痕があった。そこだけが、星の煌めきを近衛兵に見せているのであった。





「困ります!国王陛下!」

フィデルは猪突猛進なイロアスにそう言い放った。超高速で空中を移動している最中であり、いつものように、国王が前、側近が後ろであった。目的地はパーグ街。

しっかりと声は届いているはずだが、しかし、国王イロアスは何も答えようとはしない。ただ前だけを見ている。わがままな子どものようで、どうすればいいのだとフィデルは目を瞑り、首を垂れた。

「本当に、この国王陛下は……」


 フィデルはいたたまれず、地上の景色を見て気分転換を図った。

 その景色は夜ということもあり大体は黒くて、鑑賞に堪えるものではなかった。どうせこのまま暗いままだろうと思って何度目かの山を越える。すると、急に地上が輝きだした。山を越えた先が大きな都市だったのである。街の上を飛んだ瞬間に、夜の生活の光が2人を包み、仄かに照らした。じっと見ると点々とする光は民の魂のようにも思え、この国で懸命に生きているのだと思うと、命の灯のようにも思えた。フィデルはその景色が生涯忘れられないものとなるだろうと目を輝かせた。

 そうしている間だけ、国王と側近はお互いの表情が見えた。イロアスはそれに気づくと、都市の空中で留まった。

「なかなか、夜空の旅もよかろう?」

と片頬を上げて言う。確かに、とフィデルは頷いた。この景色から、国王陛下の心根を少しだけ理解できたかもしれない。フィデルがそう思っていると、国王イロアスはフィデルに指を指し、言った。

「おい、フィデル。お前、着替えろよ。」

その一言で、フィデルは察する。騎士の服を着ていれば、相手が警戒して出てこないということであろう。

「勿論です。『民衆ノ踊リ』にあるように、民衆に対する敵は囲うのが一番ですから」

国王陛下に言うセリフとしては普通は不敬であるが、イロアスは歯を見せしっかり笑った。その笑顔に、気分は次第に高揚していった。短い会話で国王陛下と通じ合えることに、何よりも喜びを感じたのである。そしてこの状況、国王とたった2人で夜空を駆けることは他の誰にもできないことで、その特別感、優越感がフィデルの側近としての過酷さを忘れさせた。


「あと、俺のことは国王陛下ではなく、「スアロー」と呼ぶように」

「はい、了解しました。……えっ、ちょっと待ってくださいよ!?じゃあ、あの熟議の寓話に出てくる、男の論客は、まさか……」

「はっはっは!まさか、国王が自分の名前を逆から読んだものを市民として偽る時の名前として使っていたなんて……そんなことは、ねぇ。」

完全な自白であった。フィデルもその堅い表情を崩さざるを得なかった。まだ自身に知らない国王陛下の顔があると思うと心が湧きたつし、何よりお慕いする国王陛下の秘密を共有できることの嬉しさが大きかった。そして、先祖様も国王陛下のわがままに頭を抱えていたかもしれないと想像すると、頬は更に緩んだ。

「本当に、この国王陛下は……」

 そう小さく呟いたとき、時計の針は丁度午前零時を指した。





 なお補足であるが、パーグ街とは主人公の少女が現在滞在している街の名前であり、ヒュース元大将とは熟議の寓話も含めてこの国家のことを少女に熱く語っていたあの老人である。


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