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微かな光を求めて  作者: stage
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第5話:この国の話

 ドアを開けるとすぐ目に入るのは、隣家の、灰色の石壁である。家を出て左右にしか行けない細い路地裏は日の当たりが悪く、その薄暗さとゴミの溜まる不衛生さが、ネズミと犯罪人達の安息の地となっていた。

 少女は右側の、表通りに通じている方へと駆け足で移動した。


 もう少しで表通りに抜けるという時に、日光が当たる手前、少女は急停止する。いつもの「おまじない」のためだ。

変化の魔法(フュージョニズム)

 その呪いを発した瞬間、何か「生気」のようなものが少女の身体から抜けていった。そうしていると顔が少女の面影を残した女々しい少年の姿になり、髪は紫の長髪から黒の短髪に、服も町の少年がよく着るシャツとズボンに変化した。土汚れた肌や体格は変わらなかったが、この姿を見て少女であるとは誰も思わない、そのレベルの変装であった。





 この世界には「頻出魔法事典」と呼ばれる本がある。軍事に従事したり、あるいは魔法を生業にしたりする者たちが必ずと言っていいほど所有している本であり、その道に進む子どもは学校で必ず購入する、教科書のようなものである。

 この本を読んだとしても魔法を扱えるわけではない。しかしながら、古今東西、生活、戦闘、防衛、調査等において、よく使われる魔法が事典として記されている。しかも、その各々の魔法に対してどのような魔法・対処が好ましいかも書かれているので、実際の現場で役に立つ。例えば、「炎に関する魔法であれば、軽微なものであれば、水に関する魔法で対処するべき」等である。例として簡単なものを引用したが、頻出のものは全て書かれており、「これ1冊を極めれば就職はまず間違いない」と言われている。

 それほど有用であるのに、驚くべきところは、この本は1000年前に書かれた、ということである。その千年前の見地が今でも通じるということは、その著者が魔法と戦闘において、その知識が如何にずば抜けていたかが分かる。

 しかし、その著者は不明である。


 さて、その「頻出魔法事典」には、変化の魔法は次のように書かれている。


変化の魔法(フュージョニズム)


魔法概要:自身の身体と衣服を変化させる魔法。それ以外のものは変化させることはできない。また、身体を変化するとしても、変装が限度であり、性別自体の変化はできない。さらに、この魔法を使っている間は、常に魔力を消費することになる。声を変えるには別の魔法が必要(→変声の魔法)。


使用場面:諜報員の活動や犯罪人の逃亡に用いられる。


長所:変装自体は、自由自在である。また、魔法に精通していたとしても、見分けることは困難である。


短所:魔力を常に消費するため、長時間の使用は困難。また、戦闘しながらの使用は、精密なコントロールが必要。そのため、戦闘すると「変化の魔法(フュージョニズム)」を使用しているかどうか、発覚することが多い。


対処法:所有物等を変化できるわけではないので、警察や兵士の身分証の徹底等をする必要がある。また、重要施設や国境においては、専門員又は所定の魔法道具によって厳格に管理することが重要である。怪しい者に対しては「調査の魔法」を積極的に使うことも重要である。





 さて、この諜報員又は犯罪人しか使う機会が無い魔法を纏った、怪しさ満点の少女が、石畳の表通りに出た。その表通りは、日本人がヨーロッパを思い浮かべるときのそれと似ているが、その造りは目を見張るものがある。

 地球人向けに描写するのであれば、石畳はフランスのパリで、建物群はスイスのベルン旧市街で見られるそれとよく似ている、アール川のような市街を流れる川もある、ただ一点違う所を挙げるとすれば、ベルン旧市街ように国会議事堂があるエリアではない、と言えば分かりやすいだろうか。

 建物の前には白いテントが設置されて露店を出している場所もあった。そうして市場を形成している。それが、見事な画になっていた。

 そんな表通りの活気はいつもより大きかった。


居酒屋のおっちゃんの客を呼び込む太い声

八百屋の野菜のセールを告げる若い女の美声

魔法道具屋の、分かる人だけくればいいという店構えとその雰囲気

品物を運ぶ車の車輪の大きい音

魚屋が魔法で魚を捌き、綺麗に盛り付けるデモンストレーション

店など目もくれず、追いかけっこをしている少年達の叫び声。

酒や肴を歩き売る青年の客との応対

街を会話しながら歩く女性たち

お偉いさんを乗せていると思われる絢爛な車

国旗を市場中に掲げるべく、高所で作業する大工たち


 石造りであるにも関わらずこの市街の人間が無機質でなく、汗水たらして勇みよく生きていることを感じさせる。夏の太陽の光を石畳が反射し、市場の熱気は頂点に達していた。この賑やかな市場の独特の空気に、少女の表情は自然に和らぐ。

 ただ、少女が少し不思議に思ったのは、活気が良すぎることであった。お祭りでもするのかと言わんばかりのものだった。





 適当に、その辺の無害そうな、70歳は超えているであろう老男に話しかけた。

「あの、すみません」

「ん?なんだい、坊や?」

 その優しい声にほっとする。


「あの、なんで今日、こんなに盛り上がってるんですか?」

「坊やは、年齢に見合わず丁寧な言葉遣いだねぇ……そうだね、あの国旗を見てごらん」

 と、男は建物の上に指を指した。その方向を見ると、2つの長剣が真ん中にクロスして描かれた真っ赤な国旗が掲げられていた。その横には、その国旗を市場の上に吊るそうと、大工たちが汗を拭いながら作業していた。

「お祭り…ですか?」

と礼儀正しい少年の振りをする少女は首を傾げる。

「そう、祭り。でも、そんじょそこらのお祭りとはわけが違うよ。この国の生誕千周年と国王の在位千年を記念した祭りだ!」

その言葉に耳を疑った。

「えっ、この国の王様、千年も生きているんですか!?」

「知らなかったのかい?親御さんから童話を聞かされなかったのかい?子ども達なら学校の演劇とかでやりそうな題材だけどねぇ…おかしいねぇ…」

男はじろりとこちらを見た。


しまった……!


咄嗟に少女は目を擦るフリをした。

「あ、えーっと……。わたし、ううん、僕は…両親が…居な、くて…」

とか細く、棒読みで伝えた。すると、男の方が慌て出して、

「そ、それはすまないことを言ったね。それなら、私が一から教えてあげるから、ね。だから、ほら…泣かないで。」

と言って、背中をさすった。

 少女は悪戯が成功させた少年のような表情を浮かべた。目を擦っている腕が、その表情を男に隠した。


 そうしてしばらくすると男はこの王国の歴史と地理を流暢に諳んじた。その起源は、丁度千年前に遡る。






 男の語りはあの世界の常識に依っていた。少し分かりにくいから、私が同じ内容を地球の常識を交えて話そう。


 地球において、千年の都と言えばその1つとして日本の京都が思い浮かばれる。

 少女が現在いる王国はある大陸の内陸国であるのだが、その大陸の中で「千年の王国」と言われればたった一国、「サンスベリア王国」のことを指す。

 同様に、地球において、「英雄」というと様々な武将や近現代の軍人・政治家が思い浮かばれるが、この大陸において「英雄」あるいは「救世主」と言われればたった一人、サンスベリア王国の国王、「タルヴァザ・イロアス」を指す。

 冒頭で、少女は世界の英雄にも救世主にもなれなかったと言った。しかし、この王は英雄にも救世主にもなった。

 そして、地球の常識からは外れているが、王国を創るだけに留まらず、千年間この国と苦楽を共にしている。つまり、千年以上生きているのだ。千年もの年月が流れても、「初代国王にして現国王である」と言える特異な存在、歴史の生き証人であるのが彼だ。




 そして、最も重要な点は、イロアスの持つ逸話の数々である。それらは今日、童話や歴史書、あるいは演劇にもなっている。

 例えば、王国の創生においては、


・現在の上流階級の元になった独自部隊の結成

・軍事大国である隣国からの侵略戦争の防衛

・大飢饉の予測による救国

・千年前、大陸で起きた、一国を揺るがすレベルの5つの重大事件、「五大怪」の内2つの解決

・王城での超巨大魔物との決戦


 等々、様々な逸話がこれでもかと存在する。どれもこれも、一つでも達成すれば歴史書にその名を連ねるレベルである。それをすべて達成したのが彼である。


 今日の地球には、「全ての道はローマに通ず」という言葉がある。ローマの偉大さを表す言葉である。

 今日のこの世界においては、千年前のたった一人の男の出現が大陸の事情を一変させた。

「全ての道はイロアスに通ず」

と言っても過言ではない。彼はこの大陸において、そのような存在だった。


 「千年前に何が起きたのか?」

 これを知ることが、この世界を知る鍵になるだろう。

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