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微かな光を求めて  作者: stage
16/18

第18話:まさかの話

投稿、遅れました。申し訳ありません。

 パーグ街(主人公である「少女」が現在居る街の名称)の中心に位置する、一際高い建造物「パーグ大時計台」を舞台として、現在物語は進んでいる。大時計台及び街並みは大陸有数の観光資源であり、特に時計台の方は700年前に建立されたということは先に述べた。また「クロック家」と呼ばれる、時計屋を営む一家がこの時計台を管理、及び整備していることについても触れた。現在、この家の主は「クロック・アルデヒド」であり、その境遇、性格、心情も前話で詳らかにした。

 この国の、あるいはこの国の王について必要なことを少しだけ復習しておく。パーグ街と呼ばれるこの観光の街は、「サンスベリア王国」という国家に属している。王国と言うからには国王が居る。「タルヴァザ・イロアス」という名で、齢千年を超えている。性別は男。様々な逸話や伝説を持ち、国民からは絶大な支持を持っている。彼はその黄色い声には浮かれず、欲を持たず、権力を振りかざさず、つまりは王座に君臨するのみという態度を取っていた。実に謙虚なこの国王の在位年数はあと2日で丁度千年であり、それを祝福するための準備が着々と進められていた。

 そういうおめでたい雰囲気の中で、現在パーグ街は人為的な災害により危機的状況にあった。文字通りの「土砂降り」である。事件の犯人の名前は「レイン・ブラックロー」。物語の主人公である「少女」がこの男を何とか倒し、今その災害を止めようとしていた。止めなければ、街は終わる。当然、人も大勢死ぬ。少女は全速力で時計台に駆けて行き、何とかその根元に到着することができた。しかし残り数分で一気に土砂は落ちてきてしまう。果たしてどうなるか、と、そういうあらすじであった。これらも既に述べた。

 今挙げた三者が、各々の思いを胸に、この時計台を舞台にして交差してゆく。





 さて、本題に戻ろう。とはいっても、もう少しだけ回想が続く。クロック・アルデヒドの回想である。

 それは冬の季節。パーグ街では珍しく、数年振りの降雪で紙面を賑わせていた頃。その、夕暮れ時。

 街は既に白く染まり、かと思いきや真っ白という程ではなく、風情ある街並みの石造りの壁や地面の特有の肌が所々露出していた。雪かきは全く必要ないと感じるような、あるいは雪国の者が鼻で笑うような、そういう程度の雪であった。しかし雪を殆ど経験しない地域であるから交通は止まる。自然、人も車も行き来は大分少なくなり、数種の足跡だけが地面の白さを奪っていた。公園に行って雪合戦をしているからか、子ども達の遊ぶ様子もない。

 そこに、ザッ、ザッ、とコートを羽織った男性が肩を竦めながら中央通りを歩いていく。けれども、その足取りは平常よりも随分遅いことが容易に理解できる。白い世界の中でその歩いた痕跡だけが透き通っており、踏み潰されて凝縮された氷は、可哀想に、ツルツルと光っていた。それではあんまりであるから、人間への復讐の為に足を滑らせる罠を仕掛け、雪上の歩き方を知らない街人達が次々と引っ掛かり、滑って転んでいった。

 時計台も、その壁に備えている複雑な装飾の上に雪を積もらせていた。それは一見、化粧をしているようで趣深い。「記録の魔法」を使うチャンスであると思える。が、保守・整備を日常行っているクロック・アルデヒドはそう楽観できなかった。

 パーグ大時計台の価値は芸術的側面が半分、歴史的側面が半分であった。歴史的な方を言えば、幾年を超えて、その姿を保っている。そういう側面である。

 では、細部はどうであろうか。例えばギリシャ風の、燭台を掲げる女の像が実際に装飾されているが、一部の塗装は剥がれている。顔や胸の突起の部分が特に顕著で、素の木質を感じさせた。素人目にも分かる、朽ちかけているのだ。

 今、その木像の頭の上が冠雪していた。威厳のある女の化粧を施した姿態は、時に美しさよりも可愛さを見せることが多い。私的な部屋のベッドの上に丁度抱きしめられる大きさの人形を座らせているような、表舞台で一世を風靡している女が昔は深窓の令嬢であったことを想起させるような、そういう隠れた愛くるしさである。風変りの化粧は女の印象をまるっきり変えてしまい、時計台に飾られた燭台を持つ女がまさにそれであった。

 雪は、思っているよりも重く伸し掛かる。一介の職人であるアルデヒドにとっては、燭台を持つ女が悲鳴を上げているように思えた。ギシギシという古びた木製の音がまさに叫喚であり、それを聞いていると彼は胸が苦しくなっていった。雪をどうにかしなければならない。

 時計台の高層での作業、もとい雪掻きが始まった。その前後、雪の名目で早めに入場を切り上げて、帰っていくお客様1人1人に挨拶を行う。しっかりと頭を下げた。

 客が全員出た後で雪を取り除いていく。が、氷塊を落としてはいけないので、全て回収する。通常の雪かきよりもずっと、繊細な作業を求められた。

 先程も述べたが、もう夕刻である。厚い雲に覆われてしまい、夕日はその赤みすらも見えず。外が一段と速く、薄暗くなっていく。小休止、アルデヒドは窓の外からその景色を、無為に眺める。眺めれば眺めるほど、意識はずっと遠くの街、山、城、やがて弟へと向かう。しばらくすると寒気が鼻孔にツンと突き刺して意識を現実に回帰させ、同時に頭痛を酷くさせた。胸も頭も痛いからしきりに息を吐いてしまう。それは悉く白色で、空気に溶け込むまでの時間がずっと長く感じた。





 やや本筋からズレた話を行うが、創作物というのはやはり現実とは乖離した世界であるという風に考察する。「事実は小説よりも奇なり」と言うが、なるほどその言葉は反って創作物が現実を写実的に描写することの無理性を露呈させているように思える。

 どの創作物もある部分では現実に沿っていて、非日常的なファンタジーの世界でさえもその性質から逃れることができない。なぜならどの物語も人間が創っているからであり、その人間が現実を生きているからであり、その知識や経験が多少なりとも物語に反映されているからである。感情だとか、言動だとか、そういうものを高次元の神の視点から捉えることは終ぞ無理がある。人間のそれに依るしかない。神を描写しようとも、極めて人間的なものになるのである。しかし、エッセイや自叙伝のような形式で現実を完璧かつ完全に写実しない限りは、どのような物語も結局は現実と離れてしまう。

 人間のリアクションという点ではとりわけである。例えば、「まさか」という言葉。驚愕やひらめきにおいて使用されることが多い。漫画の1コマの吹き出しの中、あるいは小説の鉤括弧の中、探偵の物語の中、そういう中で特に用いられる。が、現実的にはこのような発言をすることは極めて稀で、相当な事実が無ければ、無意識下の言葉としては出ないことの方が多いと言える。寧ろ声が喉に引っかかる具合になる。無論、個人差はある。ただ、頻繁にそういう漫画的な表現が発生するわけではないはずである。


 この世界の面白い所は、そういう創作物的な表現を現に行っている所である。誰でも、そうである。絵になる、文章になる。まさに絵空事の世界である。

 クロック・アルデヒドにもそういう癖があった。彼はこれまでの人生で3度、「まさか」という言葉を思わず口にしてしまっている。1度目は父が亡くなった時、2度目はある人と相見えた時、3度目は今日土塊や土砂物が空一面に広がった光景を仰ぎ見た時である。どれも名探偵が事件の真実をピンと解き明かすことができたような、しかしそれよりはずっと意外性に富んでいるような、そういう感覚下での「まさか」であった。

 1度目は略す。2度目は、この雪の日の、丁度すぐ後である。「記憶の魔法」を使ったかのように、アルデヒドはそのことを思い起こした。だから敢えて、以下は省略気味に書いている。





 夕刻。雪は一層降り頻っていた。その男とは作業の移動中、通路で相まみえた。上半身は黒い厚手の服を素肌に着けていて、袖に手は通していない格好の不思議な男。腕を組み、仁王立ち。黒髪で、窓の外の景色をじっと眺めていた。アルデヒドは後ろ側からだった為、顔までは分からなかった。

「あの、すみません。もう入れる時間は終わっていますので…。」

 柔らかなお客様対応。それを無視して

「君は」

と、謎の男。

「困ったことはないですか?」

と言ってきた。

 ヒルデヒドの眼前の男は本当に不思議な男だった。言葉の抑揚だとか発し方だとかに温かみを感じた。巷の人間より、ずっと。それは冷えた廊下、その無機質さすらも暖めてしまう程であった。

 知らない人間、顔を見せない人間には寧ろ悩み事や心の蟠りを表出できる。インターネットの関係と同じ、我慢による累積物の捌け口である。この時計屋もそうであった。長い沈黙の後、自然とアルデヒドの口が動いた。 

「実は、私は……」

 前話に述べた悩み事を発すると、男は肩を小刻みに動かした。傍から見ても分かる。笑っていた。静かに、笑っていた。しかし嘲笑ではない。それが、アルデヒドにとっては救いだった。

 男が動く度、背中の肌がチラチラと見える。その背筋は立派なもので、アルデヒドはその筋肉に少し見惚れていた。

「君は」

と、再び謎の男。

「こうするべきだ、ああするべきだ、なんてことを誰もが言いますけれども、私が君に対して具体的に何かを助言することは、まず困難です。なぜなら、」

一呼吸置き、喉を鳴らして調子を整えた。

「なぜなら、君の表のことを今知っただけなのですから。」

アルデヒドは、真っ直ぐに背中を見つめ続けている。

「君は」

何かをじっくりと確かめるかのように、謎の男は言葉を紡ぐ。

「時計、好きですか。」

「え?…あぁ、勿論です。」

即答ではないが、そこに嘘偽りはなかった。その返答に、半裸の男はふっと息で笑った。

「慰めだとか私の経験による助言だとか、そういうものは冷めるかもしれませんので省きます。私が言えることは2つだけです。」

直球であった。

「1つは、自分で考えることです。それはもう、必死に。私の言うことすらも間違いであると疑って掛かって下さい。それは放任のように、月並みのように思えるかもしれませんが、寧ろ逆です。思考とはそんな単純なものでは無いからです。雪が降る今日のような日であっても、脳の汗が出る程に思考して下さい、思考し続けて下さい。様々なことに思いを巡らせてみてください。私が最初に言ったことはまさしくそれを由来としています。思い巡らせたから、君に助言できないのです。君を推定するには情報が不足しているのもそうですが、充足したとしても、それを一般化された公式や理論によって助言を行うことは、必ず君の為になるわけではありません。勿論、君が自身の思考の為に、あるいは考え抜いた末に助言を受けるというのであれば別ですが。要は絶対解はない、ということを念頭に置かなければなりません。」

 男は、言う。

「恐らく一部の人は君にこう言うかもしれません。『好きなことを仕事にしていて金を貰っているんだ、文句を言うな』と。これが思考の放棄です、感情のみの露呈です。君のことに思考を巡らせるなら、まず君の事情や心情、環境等一切を知ってから述べます。伝記を読むが如く、情報を十分なまでに集めてから詳述します。その人はその人なりの苦労をしているだとか、そういう裏の事情のことです。それを慮らなければなりません。その度々に考え続けなければなりません。考え続ければ、あなたのような当然の仕事に思われているものにも有難みを見出せるような、そういう思考を手に入れることができるでしょう。」

 そして、と男は一瞬の間を設ける。演説の領域であった。

「もう1つは……先の前提を無視するようで恐縮ですが、私の経験則によるものです。ですが、歳のせいか、どうしても言わないといけないものなのです。それは、使命感に駆られたらそのことをなりふり構わずやって下さい、ということです。その時の思考だとかそういうのは、少し後回しにしても構いません。私は一瞬の判断の遅れで、一生の後悔をしました。思考は大切ですが、時機は逃さぬように、何卒。」

 と男が窓の外の景色を見たまま言い終わった。また、その場は静まってしまった。何かを思案するアルデヒド。ずっと真剣な顔を崩さず、作業のことを失念していた。

 数刻の後、ヒューヒューと冷風が吹きこんできた。その冷たさに彼はハッとして、

「あの、すみません。お客様、もう時間なので…」

と言うと、

「ああ、今降りますよ」

と返答された。

 男がこちらを振り向く。すると、真っ先に目に入ったのは服の隙間から見える鍛え上げられた身体、ではなかった。

「ま、まさか…」

漫画のようなセリフ。

「こ、こ、国王陛下!?!?イロアス国王陛下!?!?」

素の反応のままに、アルデヒドは叫んだ。目の前に居るのは、お札の顔になっている人物、子供の頃から何度も言い聞かされてきた偉大な人物、世界の歴史書や教科書に必ず載っている人物、新聞・ニュースで見かける人物、そしてこの国に千年もの間国王として君臨する人物。タルヴァザ・イロアス国王その人であった。

 そもそも、このパーグ大時計台はイロアス国王の所有する不動産であった。その内部には当然の如く荘厳さを醸し出す肖像画が掲げられている。この国王は営業時間外に滞在しているが、自身の所有する不動産に居るだけ。全く問題ではなかったのである。寧ろこの場合、アルデヒドのような平民の方が、行動としては不敬であると裁かれてしまう。が、この国、サンスベリア王国では不敬罪は殆ど形骸化しているから、そこは幸いであった。

「これ、内緒に。お願いします。」

 イロアス国王は人差し指を1本、唇の前に立てた。荘厳さは薄れていて、仕草はほんの少し茶目っ気があるように思えた。国王イロアスはその場を去ったが、アルデヒドは動けず、暫く呆けていた。呆けるしかなかった。





 そうして、現在に至る。平和に過ぎていく日々の中で、3度目の「まさか」がやってきた。

*今週多忙のため、来週に投稿します。

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