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微かな光を求めて  作者: stage
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第17話:時計台の頂の話

 サンスベリア王国のパーグ街(主人公の少女が半年間滞在している国とその街の名称)の中央には、パーグ大時計台がある。その建築物の雄大さと文化的側面、風情ある街並みと共に映える美しい景色により、観光地の1つとして栄えている。そんな優雅な街並みが今、崩壊しようとしていた。天気は瓦礫の雲に覆われ、時々()()()()である。

 落下してくる土塊の量は徐々に増えつつあった。街への被害の模様は先に話した通りである。勇敢な者達の働きにより死者はまだでていない。しかし街を脱出できていない人々はまだまだ多く居て、瓦礫が本格的に降ってくれば被害の拡大は避けられない状況であった。

 瓦礫は街のみを覆っているのだから、外れまで()けば土砂の雨を恐れる必要はない。人々もそこを目指して走り続ける。そうやって逃げ切れた街の人々あるいは観光客達は、決まって後ろを振り返る。その行動は、大事な友人や家族がまだ取り残されているという極めて自然なものに起因しているのかもしれないし、あるいは人間の好奇心が野次馬を形成させてしまうような、そういうものかもしれない。ただ、「自分は先程まであの阿鼻叫喚の世界に居たのか」と身震いし、さっと血の気が引いていくことだけはどの人にとっても変わらなかった。

 多くの者が膝を折り、目を閉じて、手を合わせる。幾人かは涙を流していた。あるいは、街の様子を見て肩を落とし、呆然とする者も居た。もう、どうすることもできなかったのだ。

 哀情に沈んでいく街の外れ、その地上からずっと上方にある星達だけが、相も変わらず、残酷なまでに輝いていた。





 渦中の街の時計台、その頂にて。光に包まれた時計台とは相異なり、その屋上は厚い曇天で覆われた昼下がりのように、光を薄く遮られて形成された暗さで満ちていた。全く見えないわけではなかった。周囲が明るすぎたから、時計台の屋上はそういう様子になっていたのかもしれない。ともかく、これから描写する話はここが舞台となる。

 1人の男が面倒くさそうな面持ちでその舞台に佇んでいた。下は緑のジャージを履いて、上半身は黒い作業着だけを肌の上に直接着用している。着用しているといっても正面のチャックを全開にしていて袖も通さず(マントを羽織るような要領である)、パックリと割れている筋肉を曝していたから自然、そちらの方に視線がゆくような風貌であった。露出している上半身の、特に胸の付近から腹の少し下辺りに汗が滴っていて、それは筋を沿って地面にポタ…ポタ…と落ちていく。目を瞑り、鼻を時々啜り、僅かに喉を鳴らして呼吸をし、胡坐を掻いて、それはまるで厳しい修業を積んでいるかのように思えるが、しかし何重にもできた眉間の皺とその重みで下がってしまった両目、その部分が表情の中でもとりわけ強調されていたから、苦痛に耐えることを嫌い、仕方なくここに座しているという方が雰囲気としては近いように思われた。屋上であるから上には何も防ぐものはなく、常に「防御の魔法」の防御壁を貼っているから魔力は徐々に減っており、それを思えば当然の様相であった。

 その苛立ちを静めるため、ルーティーン。右隣に置いてある白い袋に入った大きい干しイカを口に持ってきて、太い腕と白い歯でイカの綱引き。やがて丁度の大きさに千切れて、口に引かれた方を進撃する巨人が喰うような、そういうで要領で食べていた。


 少し変わっているこの男の名は、クロック・アルデヒド。その名が言わんとするように、時計台の守の役割を代々担う、由緒ある家である。時計屋を営んでいる。歴史上の貴族のようなお偉い存在ではなく、単にパーグ大時計台の保守・整備を行っているに過ぎない。が、パーグ街では顔馴染みであるため、この街で「クロック家」と言えばこの家が直ぐに当てはまる。

 別に覚えなくてもよいが、クロック・アルデヒドの家族構成等を念のため話しておく。家族としては、父と母と弟そして妻が居る。父の名はアセト、母はホルム、弟はエータである。

 が、必ずしも幸せな生活が続いたわけではなかった。父は10年前に出向いた東側諸国で何らかの事件に巻き込まれ亡くなり、母はそのショックで寝たきりとなった。その時アルデヒドは18歳。弟は10歳年下で、わずか8歳。やっと掛け算を覚えた頃である。アルデヒドは父から「時計の魔法」と「修理の魔法」を教わっていたので、一応、家業を継ぐことはできた。

「俺が頑張るしかねぇ…」

 そこからは我武者羅だった。我武者羅に働いた。働いたと言っても、パーグ大時計台の広告を出し、街を盛り上げ、時計屋としての職人の仕事をし、時計台の保守・整備をするというもので、家業を継ぐだけであるから、劇的に稼げるようになったわけではなかった。それでも平日は毎日働いて、お金を何とか工面して、それで弟を王都一の学校に行かせた。弟にはこの街には勿体ない程の才覚があることを兄のアルデヒドは知っており、笑顔で送り出した。それが3年前のこと。





 ある朝、それは物静かでまだ誰も起きていないような時間帯。アルデヒドはいつものように身だしなみを整えていた。その終わり際。ふと鏡を見ると、その中にはパンダが居た。ぎょっとして、頭をブンブンと強く振り、再度確かめるように鏡を見るとアルデヒド本人であった。本人であったが、顔色は死体よりも悪かった。

 アルデヒドはそれが信じられなかった。目の下の辺りを何度か擦るように撫でた。指を見ても、当然何も付いていない。訝しんで、もう一度鏡を見る。

「えっ…。」

 やはり鏡は自身の姿形を正確に写していた。アルデヒドの目の下は墨を塗られたかのように真っ黒であった。そのせいでパンダに見えたに違いない。

 思えば、頭がほんの少しぼーっとして、足元もおぼつかない気がした。疲労か病気か見当もつかない。だが、いつもと同程度に動くことはできそうであり、倒れることは無さそうであった。だからまた、その日もいつものように働きに出た。弟のためだ。休む暇はない。働くしかない。アルデヒドはそう、自分に言い聞かせた。





 1年前、アルデヒドに妻ができた。最近になって子どももできた。生まれてきてはいないが、双子であることは分かっている。アルデヒドは幸せだった。人生の有頂天を味わっている気分であった。


 本当だろうか?


 自身の黒い部分がそう囁く。それはお出かけのキスをする時、街でありがとうと言われる時、帰ってきて風呂に入る時、妻の美味しい料理を食べる時、お腹の中の小さな生命の胎動を聴く時。その時々。鏡の中、あの目の隈の黒い部分だけが独立していて、それが積み重なってやがて自分を襲ってくる、そういう予感がした。





 そして、今朝。アルデヒドの妻ミクは唐突に、

「時計、好き?」

と魔法で料理を作りながら、器用に尋ねてきた。初夏であるからか長袖を3回ほど捲っていて、そうすると薄橙の手首の辺りが見えてしまい、それが朝特有の柔らかな日の光に照らされていたから、女性の人肌の艶やかさを周りに伝えているようであった。

「え?…ああ、勿論。」

少し間をおいて答える。そこに嘘偽りは全くない。

「私も好きよ。お仕事、頑張ってね。」

「ありがとう!!ふぅ~!」

 妻にはカッコよくて面白い姿だけを見せていた。暗い感情は胸の奥に押し込んで隠す。そうやって日常を経ていた。

 仮面の夫は最愛の妻からお出かけのキスを貰って、いつものように仕事場である時計台に向かった。


 朝から行うのは、決まってパーグ大時計台の保守・整備であった。クロック家の家業の1つである。

 時計台はいつまでもこの街に鎮座し、変わらない。時間の遅れもない。それはアルデヒドが毎日、時計台の保守・整備を行っているからであった。毎日、毎日、毎日。毎日、である。アルデヒドの日常の変わり映えの無さ…一般人の進むべき道を苦労して歩いているという現在の状態…は、時計台の聳え立つ姿と同じである。


 このままで良いのだろうか?


 また煩い声が聞こえる。今度は後ろから。抑鬱とした感情がアルデヒドの中でまた膨張する。

 この街は田舎というわけではなかった。別に周囲から圧迫感を感じているわけでもない。妻や子ども、血の繋がった弟を邪魔だと思っているわけでも、家業が重荷になっているわけでもない。この「日常が続く」という至って普通のことが、アルデヒドにとっては耐えられそうにないだけであった。自身の日常はまるで歯車の如く、時計を動かす大事な部品の1つであるように思えた。

 身なりが「いかにも」という人が来訪する時、あるいは社会的な地位の高い人が観覧する時、アルデヒドは決まってその人をじっくりと眺めていた。その目は意図せず細くなってしまっていて、いわゆる羨望の眼差しとなっていた。あまりに不変で、平和で、自由の中でも富や地位は結局固定化されていて、それに抗うことができる職でも立場でもなく、自由になるために職を辞することも難しく、別段向上心が燃え上がってくるわけでもなく、絶え間ない努力をしているわけでもなく、ただただ細やかな幸福を恙無い生活の中で感じている。俯瞰した時の社会であるとか仕組みであるとかそこに組み込まれる自身のことであるとか境遇であるとか、アルデヒドにとってそういうものが歯痒かった。

 どうも肉体が丈夫であろうと、その精神は完熟しているわけではないらしい。


 もどかしくなって、ついに呟いてしまう。

「天と地が変わってしまうことないかなぁ…」

 ちょっとした少年臭さがアルデヒドの周りを帯びていた。出勤、その歩いている最中にも、何度か干しイカをしゃぶりつく。それは妻にも内緒のルーティーンであった。

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