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微かな光を求めて  作者: stage
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第16話:駆けて、馳せて、そういう、話

 「どのような魔法も超魔法も必ず弱点が存在する」

というのは、「頻出魔法辞典」に記されている格言の1つである。確かにこの本には、戦闘用の魔法の多くについて短所だとか対処法だとかが理路整然と述べられている。実践でも大いに用いられている。

 では、少女の「変化の魔法」はどうだろうか。覚醒したから「変化の超魔法」と呼ぶべきかもしれないが、兎にも角にも、やはり弱点はある。その1つは少女の様子を見れば直ぐに分かる。


「はぁ…はぁ…はぁ…」

 少女はパーグ街の表通りを駆けていた。全身で呼吸をし、胸の辺りを膨らませたり萎ませたりして、その隆起は急速で服の上からでも分かる程であったから、体に常ならない負荷がかかっていることが理解できる。顔を顰めて、しかし足は止めず。皮肉にも少女自身があの悪夢を正夢にさせていた。異なるのは背後の鬼は既に力尽きて、追いかけてこないこと。少女はそれを看取ったこと(ブラックローはただ気絶しただけだが)。少女は孤独でなく、街の人々が居ること。そして、少女が英雄だとか勇者だとかそういう持て囃される存在に焦がれていて、それを考えるだけの余裕があることである。

 これを聞くと楽観的には、悪夢よりは幾分かマシの状況であると感じる。が、そもそも、数分走っただけでは少女の軽快な走りを妨げるに至らないはずである。あるいは、悪夢と比較するまでもないはずである。

 「変化の超魔法」の弱点の1つがそこにある。性質や物体自体を変化させるという強大な能力は、魔力と体力を必要以上に使う。レイン・ブラックローをぶっ飛ばした後、あの対峙の時、少女は貧血の感覚に襲われていた。足元はおぼつかず、立ち眩み、客観的に見ていつ倒れないかとソワソワする程であった。ブラックローもそれに気づいたのか、実はそれ以上の大意があったことは既に触れたが、ともかく少女のためを思って魔力を譲渡(たく)したのである。

 少女も自身の魔力と体力の欠乏に気づき、この「変化の超魔法」はここぞという時機に使おうと決心していた。魔力はブラックローのお陰で回復した。ただ体力だけはどうにもならず、走ると脇腹が痛くなってしまい、それを必死に手で抑え込んでいた。走り続ければそのキリキリとした痛みが五臓六腑に沁みわたって、それが呼吸を荒くさせ、果てには舌を犬のように出してしまって、周囲に人が居るのも憚らず、その苦しいマラソンを続けていた。少女の精神だけは勇猛邁進であったが、体はまだ及んでいなかった。

 実はこの「変化の超魔法」、もう1つ重大なデメリットがある。が、それはまた別で話そう。取り敢えず、魔力と体力の消耗が激しいことだけは事実である。


 というわけで、やはり頻出魔法辞典を書いた著者は魔法について碩学であったことが分かる。今は誰のことか知られていないが、この者は人類の、魔法のピラミッドの錐の先に居た。少女の居る国、サンスベリア王国の国王イロアスも、その側近であるフィデルも「頻出魔法辞典」を愛読しており、一国の要人達が信頼を置いているのだからその有用性は顕著であるといえよう。

 因みに、この2人の出番はもうすぐである。





 さて。少女が月光を求めていた時、あるいは丘を目指していた時、その時とは打って変わって、走れば走るほど多量の光を全身に浴びていた。少女はトンネルの出口を抜けようとする景色と似たものを感じて、しかし街の中心にある時計台を目標にしていたから、まだ終わりは見えなかった。光量が多くなるに連れて、人も増えてきた。もう深夜。午前零時から数分過ぎていた。

 闇に不快感を覚えるこの世界の多くの者にとって、天災とか戦争とか、そういう例外でない限り馴染まない情景であった。多くの国がそうである。

 この王国に関しては一定の人口の居る街であれば、星が見えなくなるほどに外灯や屋内から漏れ出る光が多い。もの淋しさは感じない。その上宗教の熱はとうに冷えきっており、その分、現実に存在する国王への畏敬の念の方が高揚していたから、光に関係する逸話をまやかしか何かだと思っている者も少なくない。だから、夜に出歩く人も一定数居る。

 ただ今回は地球の人々から見ても、夜とは思えない程、街を徘徊する人数は多かった。この王国の重大な式典、「国家一千年記念祭」は2日後であり、今日ではない(日を跨いでいるから2日後である)。前夜祭でもない。それなのに祭りかと思い違えるかの如き、偽りの盛況であった。祭囃子は人々の困惑から来るざわめき、会話。文字通り噂が噂を呼んでいって、その人数は増加の一途を辿っていた。


 街の人も観光客も皆、やはり空を仰いでいた。街の中心に聳える時計台…パーグ大時計台とそれを放射状に囲む住宅街との見事な景色は健在だが、今は遠出の者達さえもそれは目に入らない。皆一様に曇天と化した「丘だったもの」に呆気にとられ、その非日常的な風景は却って鬼気森然たる雰囲気を消し飛ばしていた。恐怖による根源的な情動自体が消し去られていたのである。


 そんな折。ほんの一部の土塊が雲を崩して、空から降ってきた。砂のサラサラとした心地ではなくて、ゴツゴツとした岩のように、一目見て分かる程の硬さであった。崩れてから数秒の後、街灯に照らされた黄土色のそれが人の群がる先に落ちた後、その、刹那。人々の悲鳴が上がった。それは少女より更に街の中心の方であった。

 現実が始まった。集団的パニック。飛行の魔法を扱える者はこの街には少なく(むしろ王都のような街の方が少数派である)、従って人々は街の外へと放射状に逃げ始めた。それを見て、波が重なって大きくなるように、更に多くの人々が逃げ始める。ごった返す。

 悲鳴が上がる。子供の泣き叫ぶ声、親の名が入った悲鳴。そこに交じるいくつかの怒声。肌が感じるのは特有の汗の臭い、密集時の空気のヌルさ。そうして、一切の夜風は消え失せた。

 家族達は急かされ、街灯と屋内灯は点けっぱなしになっていた。人々の生を渇望する為のリビドーだけを照らし出していて、それが却って儀礼の象徴への又は偶像崇拝のための光となり、照明の本来的な背景よりも厳かさだけが卓越していた。国民性である熱意だとか情熱は、こういう緊急事態になると「情けは人の為ならず」の結果のみをどうも求めてしまうようで、それは千年前と大分違う方へむかってしまったようである。つまりは人々の醜穢さがありありと現れていてそれが底無しであるから、その言動も情も照らしてしまう真実の光の荘厳さが、それは一部の宗教と共通の意味を持つかもしれないが、街の中に突如として表出してしまったということである。

 街には覆い隠したくなるような浅ましい姿態、その数々。光はただそれを強調させるだけ。こちら方がある意味現実的な非日常性を帯びていた。





 少女が本格的な人の波に入る前。

「どいて…よ!」

 眼鏡をかけ不機嫌そうな女の、中年位のキリキリとした声が、人混みの先頭の少し後ろから上がった。前の足が遅い高齢の男を突き飛ばして、前に出ようとしたのだ。高齢の男性はよろめいて、その間に後ろの名も知れない人々に身体が押されてしまい、遂には倒れてしまった。男の弱々しく小さな身体が人の洪水に埋もれる。それを助けだそうとする人は居らず、多くの人間はチラリと見るだけであった。

 それを見て、少女は放ってはおけなかった。焦せりを顔に浮かべつつも、人々の波を優しくかき分けかき分け、そして高齢の男の所に到達し、その周りを「防御の魔法(プロテクト)」で守り、保護した。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ…ありがとう、ありがとう…」

 老男は泣きながら感謝した。少女の右手を両手で握り締め、何度も頭を下げた。少女をマリアのように讃えているかのようである。

 対する少女は少しだけ困惑気味であった。母親の「周りの人だけでも愛すること、助けること」という、少女の脳にこびりついた言葉。それを実行しただけであった。優しさもあったかもしれないが、優勢なのは母親の意を遂げることである。けれども、先程まで握っていた皺のある手を、男があやすように慣れた手つきで頭をワシャワシャと撫でてくるから、少女も満更でもなく顔を赤らめた。 


「ありがとう、()()()()。」

 その一言に、少女は「あ」という言葉だけが出て、全身がピシッと固まった。しまった。忘れていた。「変化の魔法」を。勇者に憧れ、人の生き死にが掛かっているという焦りもあって、必死になりすぎた。当然傷もそのまま、身体も服も汚れたままであった。今度は老人の方から、

「だ、大丈夫かい?」

と言われてしまった。少女は現在、ホームレスよりもずっと惨めな格好である。それを知覚した途端恥じ入り、冷汗三斗。特に服が女の子としては致命的で、

「その服…。裾丈とか袖とか厚さとか…。それよりも汚れとか…。」

と言われてしまい。

「そ、それでは〜!」

 幼気な少女はもう居ても立っても居られ無かった。服への頓着は無かったが、少女の耳は赤く染まってしまっていた。防御の魔法を解いて、逃げるように街の中心に位置する時計台へと駆けた。老人はそれに気づいて後ろから必死に手を伸ばしたが、構わなかった。人の波に押されて、今度は転ばなかったが、少女の艶めかしい後ろ姿と朧気に映る紫色の長髪を、絵画のようにその世界には入れず、ただ眺めるしかなかった。


 人が多い。少女はうまく先に進めずに居た。このままでは埒が明かないと、やや強く人を弾いて住宅の方へと向かった。壁をよじ登ろうとしたのだ。

 少女は自身の宿命がその先にあると感じているのか、脇目も振らず、乾燥した石壁を登っていく。スカートの中の瑞々しく柔らかい白肌の太腿と、少女の服の白い裏地が見えてしまうが、本人はお構い無し。壁の窪みを見つけて指をかけ、その為に腕を大きく広げるが、その時の袖口から露わになってしまっている脇の窪み。それがピンと伸ばされて、元の皺の部分だけは違う色を見せていた。服の袖口はフープのように広いから、その周囲の生肌を殆ど隠さず、そのすべすべしさを見せつけている。少女の着ているワンピースは、基本的にはその汗ばんだ肌に密着して、幼い身体の輪郭をはっきりとさせている。が、スカートの裾辺りとノースリーブの広い袖口の周りだけは身体に合わせて自由に動く。そのため足や腕を広げる度、服の中、普段なら布に覆われているはずの生肌の部分が、チラチラと見え隠れしてしまっていた。

 そういう自身の姿態を気にすること無く、少女は登っていった。ブラックローの言う無垢さの一端であった。

 何人かの者はその姿を見て、こんな時に何をしているんだ、と指を指す者も居た。しかし助け出そうとする者は終に居らず、暫くすると街の隅へとまた駆け出した。


 ただし。少女の助け出す勇気ある行動を見て、幾人かは自身を奮い立たせた。警察官や兵士ではない一般の人々である。まだほんのポツポツと降ってくる土達から他人を守ったり、身体の弱い人を担いだり、飛行魔法を使えるものが土の落ちてくる地点を叫んだり、その場に留まって人の流れを観察して逃げる方向を指差したり。すると温かな波が広がっていき、より速やかに人々は逃げることができるようになった。


 どんな人も光源、そこから発せられる光は何物にも代えがたく、温かい。その光の強度に街の光の厳かさは元に戻った。相好を崩させる人々の力であれば誰もが相槌を打つのであった。





 少女は壁を登り切った後、屋根の端に座って足をぶらぶらさせた。幾人かの勇気ある行動を知ってか知らずか、街を見下げつつ鼻を啜り、はにかんだ。この笑顔は自身の境遇、魔法を使って騙して来たことへの因果応報、諦めの境地だったのかもしれない。そうでなくても、少女の微笑みの裏を、幼いなりの覚悟が満たしていた。

 下からは相変わらずの悲鳴と怒声。それを止めるべく少女は再び駆け出した。さっきよりも何倍も速く。風もまた吹いてきた。初夏であるからこそやや冷えていた。その冷えを浴びつつ、屋根の上、連なる家々の上を、魔力を使って上手く駆けていた。よっ、ほっ、とぉ、と掛け声を掛けたくなる爽快さがあり、パルクールの要領であった。次の屋根が遠い時は、下向きに魔力を放出して反動をつけ、飛び越えた。この心地良い疾走につられて、ワンピース以外に唯一身に着けているネックレスも首の周りで楽しげに踊っていた。


 そうこうしていると、下に居る街の兵士達が少女の方に必死にサインをした。

「速く逃げなさい!」

 それに対して白い歯を見せ、

「大丈夫!」

とわんぱくな腕を広げて、大きく振った。が、次の瞬間。土塊が眼前の脆い木造の屋根の上に落下した。大きな音を立てて屋根をぶち壊し、大きな穴を開け、木片が飛び散った。少女は慌てて急ブレーキ。目をまん丸にし、両腕をあわあわとさせる。あと数十センチで落ちてしまうという所で止まることができた。

 少女の肝は冷え、ホッと一息。額の汗を拭う。穴の方を見遣るとそこは埃だらけの見慣れた床。なんと偶然、それは少女の滞在していた家であった。ほんの少し前までそこに居たのに、少女は妙に懐かしさを覚えた。

 少女はこの妙な懐かしさに首をほんの少し右に傾けた。首は肩より遠い角度で、だから左側の首筋が少しピンと張って、それをツゥっと這わせて意地悪したくなるような、そんな可愛げがあった。

 この懐かしさは自分を引き止めてしまうのか、とちょっとだけ立ち止まる。立ち止まるが、その直後。下の街道から善意の喚き声がして、どうでもよい葛藤は吹き飛んだ。

 頭を振って、またニヤッと笑って、そうして再び駆け出した。上からは徐々に、土砂が降雨の予兆のように落ちてきていた。迷っている暇はなかった。少女は1人、地獄に特攻した。

 遮蔽物の無い屋根の上、群衆は当然登らない。少女を止める障害はもう何もなかった。





 土塊が落ちてくる様子を降雨の予兆と例えたが、街の全体を屋根の上から見れば、木造の朽ちた屋根がボロボロとスローモーションで崩れていくように思える。自然災害ならば段々と激しさを増す火山弾か。ただ、その降下の速度は異能の名前と同じく雨に匹敵する。夜空の闇を落としてしまった土砂物が本当に落ちてくればどうなるか…。固形物による破壊の雨は落雷の何万倍も恐ろしいものであった。





 再び少女の近くに落ちてきた。右の方。破裂音とともに辺りに破片が飛び散る。少女は右に掌を向けて、

防御の魔法(プロテクト)!」

と守った。防御壁に当たるパチパチという音だけが少女に届いた。

 別の逃げ遅れた人が居て、急いでいたから性別すら分からないが、その頭上にも土塊が落ちてきた。

攻撃の魔法(アグレッシオ)!」

と魔弾を1つだけ放つ。土塊は空中で狙撃され、バァン!という大きな音ともに押し出された。逃げ遅れた人は何度も少女にお辞儀し、兵士に連れられて逃げることができた。そうやってリズムよく駆けていった。


 もうすぐ時計台。中心へと行けば行くほど、ゴーストタウンとなっていった。その中で兵士や警官達、一部の勇気ある者たちが逃げ遅れた人を庇っていた。防御壁と魔弾と魔光線が無尽に放たれていて、戦場の様相を呈していた。


 空を見ていた兵士の何人かは少女に気づく。しかし、声を掛ける暇も無い。崩壊する街並み、あるいは終末世界の如き絶望と相まって、声すら掛けないその姿は自身の為の冷酷さの現れを思い起こさせるが、決してそうではない。その証拠に眉と頬だけは下がっていて、少女の行く末を見守っており、何とかして助け出そうとする気概は十分に見られた。


 屈強な魚屋のハマとキシもそこに居て、使うのは光り輝く筋肉(プロテイン)…ではなく「防御の魔法(プロテクト)」であった。相変わらずの2人に少女も思わず大声を出して笑いそうになる。それを抑えて、どんどんやれ!と心の中で囃し立てた。


 少女は駆ける、駆けていく。左右から「蒼生万民の魔法(パリテ・カース)」(全員が扱える万民のための魔法のこと。数は100程度。)ではない「粉砕の魔法」だとか「風飃の魔法」だとかそういう声がして、「回復の魔法」だとか「医術の魔法」だとかそういう声がする。「人間舐めるなよ」とパーグ街に潜む静かな怒りと小さな力の結集が、その鳴りを響かせているかのようであった。民衆の祭りの燃え上がるような一体感が世俗から独立し、街を赤く染め上げていた。


 だが、まだ足りない。英雄の存在が足りない。あと1ピース。あの土砂物達を一掃させられる存在。この街の者では成り難い存在。祭りの最後の打ち上げ花火、人混みを鬱陶しいと思う人の表情をも変えることのできる、そういう存在。その圧倒的なまでの神々しい光は、いつも遅れてやって来る。





 少女は遂に時計台に到達した。ぜぇぜぇと荒い息。膝に手をつき身体をリズムよく上下させていた。呼吸をとにかく落ち着かせる。一刻を争う状況下、周りに降ってくる土の塊は不思議と気にならなかった。少女の目線には時計台、その頂だけをジロリと睨め上げていた。

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