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孤独

作者: 前田 紗羅

 彼は一日はいつも玄関のチャイムで起床するところから始まる。




(ピンポーン)


「成島さーん、今日の配給ですよー」




 配達員の男は玄関のドア越しからでも聞こえる声量だった。彼は鬱陶しく感じながらまだ眠たいので無視を続ける。




(ピンポーン)


「成島さーん、今日の配給は培養肉のステーキですよー」


「成島さん、起きてますかー、確認しなくてはいけないのでお返事くださーい」


 彼はしばしの沈黙の後、仕方なく起き上がる




「あ~もう、わかったよ」




 最悪な目覚めだ。彼はそう感じながらも毎朝嫌々ながらベッドから離れ、リビングのインターホンに向かう。


 インターホンのボタンを押すといつもの段ボールを持った配達員の男が映る。彼はこの男が苦手だ、見るからに愛想笑いの表情で常に待っているこの男には感情を感じられず、対応も仕事をしている感満載だからだ。




 もはやその男の顔に生気すら感じない。




「はい」


「あっ、成島さん。すみません、ありがとうございます。いやーこっちも仕事なんで」


 配達員の男がそう言うと器用に段ボールを膝に乗せチェストバッグからタブレットを取り出し何やら操作し始める。するとタブレットの下についている機械から紙が出てきて段ボールに張り付けた。




「じゃあ、これここに置いときますので」




 配達員の男は玄関先に段ボールを置き去っていった。




「ったく、なんなんだよ毎朝」




 彼はインターホンの電源を切り文句を言う、仕方がないので玄関を開け段ボールを家に入れ、配給品をリビングの机に置き紙に書いてある品目を眺めた。ここまで来たら眠気はなくなっていた。




「また培養肉か」




 彼はそう言うと家の中にある機械たちが動き出す。


 人類は一部のもの好きが働いている以外は働かなくていい世界を作ることに成功した。何でもかんでも自動化しどんな人の生活でも賄えるようになって十数年。誰一人として外に出ず自分たちのコミュニティだけで生きていくことが可能である。


 彼の家のカーテンが開かれ、エアコンが作動し、テレビが今日のおすすめを提示して、パソコンが起動しソフトが立ち上がるなど彼の生活は機械によって完全に自動化するまでに至っていた。




「”また培養肉か”の検索結果が出ました。こちらになります」




 スマートスピーカーの突然の音声に彼は驚く。




「いや、いいいいわざわざ検索すんなって」


「ハイ分かりました」




 窓から強い日差しが入ってくる。無理やり起こされた体に日差しが当たり少し癒される。窓の外に目をやるといつもと変わらず全く同じ家がきれいに並んだ光景が広がっている。当然彼もまたそれらの家と全く同じ家に住んでいるのである。




 彼はリビングのソファに座りリモコンで今日のおすすめを見始めた、その後撮り溜めたアニメや申請して配給された漫画を見たりソーシャルゲームをしたりしながら過ごす。夜にはパソコンの前に座りオンラインで自身の趣味と会うAIによってパーソナライズされた仲間たちと趣味について語り合うのである。




「どうだった、今日の”霧島狸の燭台”」


「いやーよかったね、特に陽菜乃ちゃんがかわいかったぁ」


「そうそう、霧島君にさぁ駆け寄ってから抱き着くシーン、最高だった。あれさ、霧島君は絶対陽菜乃ちゃんのこと好きになったよね」


「いや、でもさ幼馴染の蘭がいるんだからそんなことないと思うよ。小っちゃい時からの約束だってあるし」


「でもさ、あんなかわいい子があんな風にあざとく駆け寄ったら誰でも好きになっちゃうよ」


「いやいや、ないね絶対あんなにずる賢い女、好きになれんでしょ普通に」




 彼のこの言葉を機に喧嘩が始まってしまった。長い口げんかの末、彼は一方的な通信切断をした。嫌な終わり方をしてしまった、そう思いながらも自分と意見の食い違うことは許せなかったのだ。




「ヘイ、アイリス」


「ハイ、なんでしょうか」


「俺のパーソナルデータに”霧島狸の燭台は蘭がヒロインって”設定して」


「ハイ、わかりました」


「後、さっきのコミュニティはもう入らないから新しいところ探して」


「今週だけで三回目になりますがよろしいですか」


「なんでそんなこと聞くんだ?構わないよ」


「ハイかしこまりました」




 これが彼のある日の一日である、と言ってもほとんど変わらない毎日であるため、いつを切り取っても大して違いはないだろう。こんな生活であっても毎朝の配達を除けば彼は彼なりに幸せで特に不満を感じていない。




 ただ一つ言うべきことがあるのなら。




 彼が人類最後の一人であるということぐらいだろうか



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