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◇6 親友



 F・カール大公を見送ると、ファニーは自室に引き返した。

 日付は既に変わっていた。

 今夜は、()()()()()()は来ないだろう。

 巻き癖のついた手紙を、ファニーはゆっくりと巻き直した。慎重に、元通りの状態に戻さなければならない。

 見せなければ収まらない人々とは違い、自分宛でない手紙を勝手に見るなどということは、彼女にはできない。


 仄かに香りを焚き締めた紙が少し反り返り、優雅な手蹟が見えた。彼女が人々に見せた、追伸の部分だ。


プロケシュ少佐へ 

もしあなたが、この手紙へのお返事をすぐに送れない場合は、明日の朝10時に、僕の従者が受け取りに上がります。

          ライヒシュタットより



 踊り子、ファニー・エルスラーは、ゲンツ秘書長官の愛人だった。60代も半ばのゲンツとは祖父と孫娘のような年齢差だったが、ゲンツはなおも、精力盛んだった。

 彼は宰相メッテルニヒと袂を分かち、ウィーンに新しい人材を育てるべく、私塾を開いていた。

 その塾生の一人が、プロケシュ=オースティンだ。


 2年前、初めて会った瞬間から、プリンスは、16歳も年上のプロケシュを親友だと見做した。それより前にプロケシュが、ナポレオンを擁護する本を出版したから。

 プリンスは胸に、アレクサンダー大王のコインを下げているという。ウィーンに来る前、中東勤務だったプロケシュがプリンスに渡したお土産だ。


 ライヒシュタット公と友情を結んだプロケシュは、しかしすぐにボローニャへ飛ばされてしまった。

 半年後、一時帰国した彼は、ライヒシュタット公と再会を果たし、その一方でゲンツの私塾に通い出した。


 せっかく帰国したのに、なかなか顔を見せないプロケシュに、プリンスは何度も何度も、会いに来るよう、手紙を書いた。ファニーの家にまで手紙が来たのは、この家でゲンツの私塾が開かれるからだ。

 プリンスからプロケシュに宛てた手紙が届いたのは、一度や二度ではない。それだけプリンスは、プロケシュに会いたがっていた。


 けれど、ファニーは知っている。

 プロケシュが宮殿を訪れないのは、ゲンツの元に通うだけが理由ではない。

 プロケシュは、結婚を考えていた。

 相手は、14歳年下の音楽家だった。前回の帰国で知り合った彼女を、プロケシュは2年も放っておいたことになる。これ以上待たせることはできないと、彼は思い詰めていた。

 それが、彼がプリンスからの求めに応じない理由だ。待ち焦れたプリンスが、ゲンツの愛人である踊り子のファニーの家にまで手紙を出し、人々を不安に陥れた原因でもある。


 いったいプロケシュはなぜ、ゲンツの私塾に通っているのだろうと、ファニーは疑問に思うことがある。彼に、メッテルニヒに弓を引く気概があるのだろうか。

 もしあるとしたら、今すぐプリンスを連れて、ウィーンから飛び出すべきだ。ハプスブルクという名の黄金の檻に囚われ、軍務にあっても昇進を許されず、ウィーンから出ることさえ叶わないナポレオンの息子を、フランスに連れていくべきだ。

 それなのにプロケシュは、自身の結婚を何より優先させている。結婚し、子どもができれば、皇帝と宰相に逆らおうなどということは、ますます考えなくなるだろう。


 きれいに巻き終わった手紙を、ファニーは元通り赤いリボンで結わえた。筒状に丸まったそれを、テーブルの上にそっと置く。

 朝の10時までにプロケシュがここへ来て、手紙を見つけることを祈った。






挿絵(By みてみん)

プロケシュ=オースティン







fin.








プロケシュは、


アルゴスの献身

https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/107632842


にも出てきます

(前半は、「◇1」に出てきたモルが語り手を務めます。後半、プロケシュのターンでは、「◇3」で名前だけ出てきたナンディーヌも登場します)




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



このお話は、1831年10月から翌年2月頃、彼が重篤な病(結核といわれています)を隠していた頃のお話です。ライヒシュタット公が亡くなったのは、この年(32年)の7月です。


彼の恋人候補としてはほかに、


・従姉エリザ・ナポレオーネ

(ナポレオンの一番上の妹の娘です。メッテルニヒの鉄壁の守りに阻まれて、おじ達が次々とナポレオン2世奪還を諦めていく中、単身ウィーンに乗り込み、従弟をさらおうとしました。その際、彼女は跪き、彼の手にキスをしています)


・ピザーニ伯爵夫人アルマッシィ

(ジプシーに育てらえた彼女は、妖婦として有名でした。ライヒシュタット公の死後、モルは、プリンスは危うく彼女の張った蜘蛛の巣に引っかかるところを、死によって救われたのだと言っています)


この二人については、本編の中で触れています。

ナポレオン2世 ライヒシュタット公

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129



他にも、まだまだたくさんいたと思われます。

ちなみに「親友」プロケシュは、彼は女性に触れることなく墓へ行ったのだと述べています。



最後までお目通しいただき、ありがとうございました。

もしご興味をお持ちになったら、ぜひ、他のお話にもおいで下さいませ。ホームページも作り直しましたので、どうか、是非。


https://serimomo139.web.fc2.com/genre/revolution.html








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