いつも眠い公爵令嬢は、王太子殿下を振り切り男爵令嬢?と共に幸せを掴む。
「君はいつも眠そうな顔をして、これでも私の婚約者かね?それに比べてマリアはそれはもう可愛らしい事。マリアが私の婚約者だったらよかったのに。」
「申し訳ございません。」
レティシアはルイド王太子の叱責に頭を下げ、謝るしかなかった。
眠いのは仕方がない。
毎日が忙しすぎるのだ。
寝る時間なんて、3時間位しかない。
レティシア・アルデルク公爵令嬢。
彼女は銀の髪にエメラルドの瞳のそれはもう美しい令嬢だ。
これまた金の髪に青い瞳。美しきルイド王太子の婚約者に選ばれて5年。今、歳は17歳になる。二人は同い年だった。
王立学園に通うレティシア。
ともかく眠かった。ゆっくりぐっすりと眠りたかった。
だが、忙しすぎてそれを許されない。
ルイド王太子は不機嫌にレティシアに、
「生徒会の私の仕事、いつも通りに終わらせておくように。」
「かしこまりました。」
やっかいな仕事はいつもレティシアに押し付けて来るルイド王太子。
放課後は放課後で、王太子妃教育もあり、王宮へ直行し、公爵家に帰れば、押し付けられた王太子の生徒会の仕事をし、夜中に起きて神殿へ行き、5時間、神殿で祈らねばならない。
レティシアは聖女でもあるから。
このシルディ王国の各地で眠っている魔物達を起こさないように、祈りを捧げて眠らせ続けるのが聖女の力。
その祈りもたった一人で神殿の中央の泉に入り、毎日夜中から明け方まで5時間祈り続けねばならず、それだけでも疲れて疲れて仕方が無く…
今日もルイド王太子に王立学園で小言を言われる。
「聞いているのか?私の話を。」
「申し訳ございません。」
昼ご飯を食べながら、話しかけてきたルイド王太子の話を、ぼうっとして聞いていなかったレティシア。
ルイド王太子はレティシアにいつものごとく小言を言う。
「本当にレティシアはどうしようもない女だな。それに比べてマリアは。」
マリアと呼ばれた女性がにこやかに近づいて来て。
「マリアでぇす。お呼びになりましたか?王太子殿下。」
「マリアがいかに可愛いか。レティシアに自慢していた所だ。」
「へ?」
「君が男爵令嬢でなければ、私はマリアと結婚していた。きわめて残念だ。」
ピンクの髪がふわふわの可愛らしい女性マリアは、途端に困ったような顔をして。
「申し訳ございません。王太子殿下。ルイド王太子殿下の婚約者はレティシア様ではないかと。」
ルイド王太子は首を振って、
「公爵令嬢だからな。それに彼女が聖女だから仕方なく。でなければ、いかに美人とは言え、こんな陰気な女と結婚するか。マリア、君のような女性と結婚出来たらどんなに嬉しいか。」
レティシアは悲しかった。
だが、ここで怒りまくるとか、そんな事をしたら不敬だ。
名門アルデルク公爵家の名に傷がつき、何より両親が怒りまくるだろう。
聖女であり、王太子の婚約者でもあるレティシア。その娘を誇りに思っている両親なのだから。
レティシアは、ルイド王太子に頭を下げて、
「具合が悪いので、わたくしはこれで失礼致しますわ。」
頭が痛い。フラフラする。
ルイド王太子はそんなレティシアを心配するでもなく、
「私はマリアと一緒に昼ご飯を食べるから、お前は下がってよい。」
レティシアは中庭へ向かい、ベンチへ座った。
眠い…とても眠すぎる。
ベンチに寄りかかり、瞼を瞑る。
ふと、額に冷たさを感じて、瞼をあけると、膝枕をされていて、額の上に冷たい物が乗せられていた。
「大丈夫ですかぁ?レティシア様。」
驚いた。男爵令嬢マリアにベンチの上で膝枕させていたらしい。額の上に乗せられていたのは濡れたハンカチだった。
マリアはにっこり笑って、
「誤解無いように言っておきますが、私、王太子殿下と何でもありません。勝手にあちらが勘違いしているだけです。それにしても、お身体大丈夫ですか?あまりにも心配だったので。」
レティシアは身を起こして、
「もう、大丈夫。授業は始まってしまったわ。有難う。わたくしを介抱してくれたのね。」
「真っ青な顔をしていらしたので。」
マリアはベンチの上に立ちあがり、両手を腰に当てて、
「少し、休んだ方がいいですよ。レティシア様は頑張りすぎです。」
レティシアはマリアを見上げて、
「でも、わたくしは未来の王太子妃、この王国の聖女なのです。ですから…」
「違うと思います。だってレティシア様が倒れたら?一番大事なのはご自分の身体ではないでしょうか?」
ベンチの上に立ったマリアが空を見上げる。真っ青で抜けるような青空。
レティシアもベンチに座りながら空を見上げる。
とても綺麗な青空。
久しぶりに空を見た気がした。
マリアがベンチから飛び降りて、
「レティシア様、今日はさぼって、一緒に街へ出かけましょう。」
「え?」
「街で遊びましょう。」
レティシアはマリアと共に、街へ行くことにした。
レティシアはマリアと一緒に、色々な店を見て回る。
お店の品物はとても綺麗でキラキラしていて、レティシアの胸はドキドキする。
「わたくし、お店で買い物をした事が無いの。いつも、馬車の中からお店を見るだけで。入ってみたいと思っていたのよ。」
マリアはニコニコしながら、
「私が案内いたします。」
二人で綺麗な洋服屋、小物屋、色々なお店を見た。
マリアがお金をちょっと持っていたので、レティシアに赤いリボンを買ってくれて。
レティシアはそのリボンを髪に着けながら、
「お金は明日返します。お揃いのリボンなんて嬉しいわ。」
マリアも赤いリボンを髪に着けながら、
「差し上げます。私のおこずかいで買える高くないリボンなので。」
「有難う。」
二人で、アイスクリーム屋でアイスを買って、アイスクリームを歩きながら食べて。
楽しかった。
こんな楽しい事があるのかと、レティシアは思った。
が、しかし、突如、人相の悪い男達に囲まれた。
「お嬢さん達、おじさん達についてきなよ。」
「これはお貴族様のお嬢さん達だな。」
マリアはレティシアをかばうと、近くにいた男に回し蹴りをし、吹っ飛ばし、飛び掛かって来たもう一人の男を投げ飛ばし、さらにもう一人の腹にパンチを繰り出して、地面に叩きつけ。
レティシアはマリアの強さに驚いた。
「マリアって、強いのね。」
「この位、なんて事はありません。」
ふと空を見上げると茜色に染まっていき、
マリアはレティシアに、
「公爵家まで送って行きます。」
「マリア。楽しかったわ。有難う。」
「私も楽しかったです。くれぐれも無理なさらないように。」
「ええ。そうね。」
マリアに勇気を貰った。
それでも、レティシアは聖女として毎日祈らねばならず、王太子妃教育を頑張り、ルイド王太子の生徒会の仕事をやらねばならず…
毎日毎日、忙しさから逃げる事も出来ずに。
でも、その忙しい合間を縫って、マリアととても仲良くなった。
「マリア…わたくし、逃げたいわ。神官長様にも国王陛下にもお手紙を書き、両親にも訴えたの。身体が持たないって。ルイド王太子殿下にもお願いしたわ。でも、誰もわたくしの辛さを解ってくれない。もう、わたくしは…」
マリアはレティシアの手を取って、
「一緒に隣国へ行きましょう。」
「マリア。貴方はいいの?」
「実は私、男なの。」
「え?」
「お父様が女の子が欲しいって、女の子として生きてきたのだけれども、私は男として生きたい。一緒に隣国へ行きましょう。」
「マリア…有難う。」
マリアの名前は本当はマリオで男である事に驚いたレティシア。
小柄なピンクの柔らかな髪の女の子のようなマリオ。
でも、彼の優しさはとても良く知っている。
男だと知って、そして自分と共に隣国へ行ってくれると言ってくれたマリオの心がとても嬉しかった。
レティシアはマリオと共に隣国へ逃げる事にしたのであった。
レティシアが隣国へ逃げるとは誰も思ってはおらず、マリオとレティシアはあっさりと隣国へ行くことが出来た。
シルディ王国の国王も、神官長も、アルデルク公爵家も、ルイド王太子も、レティシアがいなくなって、皆、大いに困った。
先行きの王妃として優秀なレティシアは期待されていたのだ。
何よりも聖女である。聖女が祈らなかったら、魔物が起きてしまう。
レティシアより力の弱い聖女達が数人、皆、必死で祈って魔物達が起きないようになんとかして。力が足りず神官長や神官達も必死に祈りを捧げて。
ルイド王太子は不機嫌に、
「あんな女、いなくなって清々する。」
国王が怒りまくって、
「彼女は優秀な王太子妃になるはずだった。それに聖女だ。お前が大事にしなかったばかりに。」
王妃も怒りまくり、
「そうよ。レティシアをお前が探して連れ戻してくるのです。神官長達も悲鳴をあげています。早く…急いで。レティシアを探しなさい。」
国王は冷たく、
「お前を廃嫡する。レティシアを連れ戻せなかった場合はな。第二王子クルドに王太子になって貰うがそれでよいか?」
ルイド王太子は真っ青になり、
「必ずレティシアを探し、連れ戻して参ります。」
ルイド王太子は王家の影とか、騎士団を指揮して、レティシアの足取りを探させた。
彼女は隣国へ行ったとの情報を掴んだ。
ルイド王太子は王家の影が掴んだレティシアの居所へ、彼女を連れ戻しに出かけるのであった。
レティシアはどうしていたかというと、
「ご飯が出来ましたよ。」
「うわーーい。」
「頂きますっ。」
教会で働いていた。聖女としてでなく、孤児達にご飯を作ってあげる手伝いをしていたのである。
癒しの力がある訳でもない。
ただ、人として人の役に立ちたい。レティシアが新たに見つけた生き方であった。
そこへルイド王太子が身分を隠して現れた。
「レティシア。見つけたぞ。シルディ王国へ戻って来てほしい。神官長達が祈りの力が足りないと悲鳴をあげている。未来の王妃としてもお前の力が必要だ。戻って来い。シルディ王国王太子の命令だ。」
レティシアはきっぱりと、
「お断りします。聖女としてわたくしの力を必要としないで下さい。わたくしはわたくしの人生があるのです。王妃としてもお断り致します。わたくしはこの国でわたくしの足で立ち、わたくしの生き方を生きようと思います。」
ルイド王太子はレティシアの腕を掴んで、
「王太子の命が聞けないのか?」
そのルイド王太子の腕を捻り上げた人物がいた。
「お久しぶりです。王太子殿下。私の妻に何か?」
「お前は誰だ?」
「マリアですうっ。今はマリオですけど。」
「マ、マリアっ?????」
レティシアはマリオと結婚していたのである。
レティシアはにっこりと、
「わたくし、マリオと結婚致しましたの。ですから、諦めて下さいませ。」
ルイド王太子はがっくりと項垂れて。
「まさか、マリアにレティシアを盗られるとは思わなかった。」
レティシアはマリオの手を握り締めて、
「わたくしは幸せですわ。貴方のお陰で自分の生き方を見つける事が出来た。」
マリオもレティシアを抱き寄せて、
「僕も幸せ者だ。こんな素敵な妻を得る事が出来たのだから。」
レティシアがマリオを好きな男性と意識するまで時間がかかる事は無かった。
大事な親友マリア。マリアの優しさ、強さ、全てが好ましく思っていたものだから、マリオに恋心を打ち明けられた時に、とても嬉しかったのだ。
この人と生きていきたい。すぐにそう思った。
教会で一緒に働いているうちに、その思いは更に強くなった。
レティシアは幸せだった。心から国を出てよかったと思ったのである。
そんな二人の幸せな様子を見たルイド王太子は諦めるしかなく、とぼとぼとシルディ王国へ帰るしかないのであった。
ルイド王太子は王太子の座を下ろされて、クルド第二王子が王太子になったのであった。
聖女は、新たに力のある女性を見つけ出して、他の数人の聖女達と共に祈りを捧げるようになり、魔物達を起こすことなく一応、シルディ王国は平和を保つ事が出来た。
王太子を降りたルイドは平民になり、市井に放り出された。
普通の王太子なら、野垂れ死んでいたであろう。しかし、彼は…
「マリアが男だったとは…マリアでさえ、あのように可愛らしく変身したのだから、私だってもしかしたら…」
姿形だけは美しかった。
ルイドは美しく女装をし、その道のお店で一番の売れっ子となり、金持ちのパトロン達に恵まれ、若さが衰えてもオーナーとなり店を経営し、贅沢で幸せな人生を送ったとされている。