部活をサボる俺に毎日「がんばれ」と声をかけてくれる無駄にあざとく無駄に可愛い女の子と俺は将来結婚します。
放課後、部活がもう既に始まっている時間。
俺は校舎の裏でひっそりとサボっていた。
コンクリートの壁に寄りかかってタオルを目の上に乗せる。
「まーたサボってる」
今日も聞こえてきた、彼女の元気な声。
タオルを取り、声のする方へと目を向ける。
窓淵に肘を乗っけてこちらを見ていた甘原奏音と目が合った。
窓を挟んで外と内で会話をするのが俺と彼女の日課だった。
それが今日も始まる。
「いつも思うけどよ、他人事みたいに言ってるお前こそサボってんだろ」
「……なにが」
ムっとぶっきらぼうな表情をする甘原。
これは図星だな。
「図書委員のことだよ。俺、お前がちゃんと仕事してるの見たことねえんだけど」
「久賀が帰ったらちゃんとやってるし」
「ほんとか?」
「はぁ、久賀にだけは言われたくないよ」
それを言われると弱い。
「一応、俺だって部活はそこそこ真面目にだな」
「ふーん」
「ちゃんと練習を」
「ふーん」
「……なんでもないです」
そう言うと、甘原はうんうんと深く頷く。
なんかムカつくな。
なんでだ。
まあいい、今日はこれでサボりは終わりだ。
本来ならもう少しサボりたい所だが、甘原に何を言われるかわからん。
それに、甘原のご機嫌が斜めみたいだ。
「そろそろ俺行くわ」
背中を壁から離して部活に行こうと歩き出す。
「もう行くの?」
「え……」
ぽつりと聞こえてきた甘原の言葉。
一ヵ月以上、放課後に甘原と会話して初めての切り返し。
なんだこれ、どういう意味だ。
「どうしたの」
ってうぉい、なに固まってんだ俺。
さっさと立ち去れ、これは罠だ。罠に決まってる。
多分、やっぱ辞めたとか言ったらバカにされるしまた弄られるだろう。それはそれでいいのかもしれないが、男のプライドはまだ捨ててない。
「やっぱもう少しここに居るわ」
プライドは捨てました。
なにか言われる。そう思った直後、甘原の顔がパーっと満面の笑みへと変わった。
「そっか」
「……とみせかけてやっぱ行こうかな」
「…………っそう」
明らかに落ち込んでいる。
段々と状況を理解していく俺の脳内、それにつられて口角が緩くなっていることに気付いたのは丁度今。
慌てて口元を隠したがバレていないだろうか。
一度、咳払いをして空間をリセットする。
「やっぱ残る」
「うん!」
「やっぱ行く」
「……そう」
「やっぱ残る」
「…………」
「やっぱ行く」
「うん!」
あれ、今笑顔だった? 俺、送り出された?
「もういいよ、部活行ってきても」
「え……」
やはり甘原は俺を部活に行かせようとしている。
じゃあなんだったんだ、さっきまでのやり取り。
甘原の考えていることがよくわからず、モヤモヤとした気持ちが残りつつも俺は部活に行こうと歩き出す。
すると、左肩がグイっと急に引っ張られた。
「今日も部活、がんばれ」
まあいいか、どうせまた明日会えるし。いつか聞けばいい。
◇ ◇ ◇
「ねえ、久賀のいる野球部ってそんなに暇なの?」
「弱小校だからな」
五月も折り返しのこの季節、野球部に入っている俺は夏の大会に向けて真面目に練習に取り組まなければならないが、今日も今日とて俺はサボっている。
「弱いの?」
「そりゃ弱小って言うぐらいだからな」
「どんくらい弱いのさ」
「毎年一回戦コールド敗け、運良ければ九回までできるくらい」
「よっわ! そんな弱いの!?」
仕方ない、俺はそれを承知でこの学校に入学して野球部に入っている。
「で、今年はどこまで行けそうなの」
無邪気にひどいことを聞いてくる彼女、貴女には人の心がないのでしょうか。
「もちろん一回戦負け」
「久賀って下手くそなんだ」
その言葉を聞いて俺の頭の中にある何かがぷつりと切れた音がした。
「……と言いたいところだが、俺がいれば三回戦は行ける」
「変にリアルなところがキモいよね。そこはもっと大きく甲子園とかでいいのに」
「無理に決まってんだろ」
甲子園とか軽々しく目標には掲げられない。
練習サボって女の子にうつつを抜かしているクソ野郎がそんなこと口にしたら全国の球児に殺されるだろう。
「でも割と気合入ってるよね。ウチの野球部。なんか前見た時はゾンビが練習してるくらい覇気がなかったけど、今とかここまで声が聞こえてくるね」
「活きのいい一年が何人か入ったからな」
「あれ、なんだか嬉しそうじゃないねー」
ニヤニヤと何か言いたげな目でこちらを見る甘原。
正直、最近は罪悪感というかサボっていることに抵抗があるというのは本音だ。
「サボってばかりいるとレギュラー取られちゃうよ」
「チームで一番野球が上手いのは俺だ。心配ない」
「ほんとかなぁー、怪しい」
「一回、試合見に来いよ。俺の言ってることが正しいって証明してやるから」
前々から俺が真面目に部活やってる姿を見せたいと思っていたが、誘うタイミングを窺ってそのままになっていた。
この流れで頼む、見に来てくれ。
「んー、嫌かな」
「……もう一回言ってくれ」
「嫌だ」
「なんでだよ、別にいいじゃねえか。試合見てくれってマジ頼むから」
「だってカッコいい久賀春哉とかマジ似合わないから」
んだよ、その理由。
こっちは部活をサボってだらしない久賀春哉のイメージを払拭したいというのに。
「そんなに私に見て欲しいの?」
からかうように言う甘原に対し、俺は強い口調で怒りをぶつけるように告げる。
「ああ、お前に見て欲しい」
「……っ!?」
「え?」
自分で言ったセリフを脳内で再生し、目の前で固まってる甘原へとゆっくりと視線を移した。
かあっと頬を真っ赤に染めた甘原はくるりとこちらに背を向けて深呼吸を繰り返す。
静かになった彼女の背中をぼーっと眺めていると、やがて振り返る。
「がんばれ、甲子園行ったら見に行く」
◇ ◇ ◇
「甘原って図書委員だろ?」
「うん、そだね」
「お前、暇なの?」
「急になに」
「いやさ、毎日俺と話してるだろ。暇なのかと思って」
「ねえ、もしかして私が久賀のこと好きだから毎日話してると思ってる?」
え、違うの。
俺のこと好き以外に毎日話す理由ないよね。
「いや、そんなこと思ってねえって言うか、思ってても言うわけないだろ」
「確かに」
妙に納得されてしまった。少し気まずい。
「ちなみにだが、俺は別にお前と話をする為にここに来てるわけじゃないからな。ここがサボる場所としては最適なだけだから。勘違いするなよ」
「は?」
本当に意味がわからない、とでも言いたげな呆れ顔で甘原はこちらを見ている。
ここから今すぐ逃げ出したい焦燥に駆られながらもなんとか踏み止まり、とりあえず何か言おうと口を開いた。
「そう言えばなんで甘原は俺に声かけたんだ?」
俺と彼女は昔からの馴染みがあったわけでも、一年生の時に同じクラスだったわけじゃない。なんなら二年も違うクラスで接点は一つもない。
甘原は答えにくそうにポリポリと頬を搔いている。
……うん、やっぱりコイツは俺のことが好きで声をかけてきた。
それがすんなり来るよな。
「部活サボってるアホがいるから弱みでも握ってやろうかと」
「どういう意味だっ!?」
「いやほら、サボってるの顧問にチクられたくなければパン買ってこい、とか言えるじゃない。そういうの一回やってみたかったから」
あぶねっ、この女危ねえよ。
そんなこと考えながら俺に近づいてきたのか。
戦々恐々としていると甘原は俺の頬にデコピンをかましてくる。
「……いてぇ。なにす――」
「今のウソだから、本気にしないでね」
それは声をかけた理由か、それともデコピンについてか、どっちもなのか。
甘原の言ってることが本気なのか冗談なのか普段からわかりにくい。だからそういう時はスルーするに限る。
「冗談はその小さな胸だけにしとけよ」
「は?」
「今のウソ、嘘だから!」
なんとかキャンセルすることに成功。
危なかった、ちっぱいについて触れると今にも鈍器で襲ってきそうな迫力を醸し出すから怖い。
甘原の機嫌も悪くなっただろうし、そろそろ撤退するか。
「じゃあ俺、部活に行くわ……ってあれ、甘原?」
いねえ、どこ行った。
いつぞやの日を思い出しながら甘原に声をかけたが、そこに甘原の姿はなかった。
どこに行ったのかと窓越しに図書室を覗き込む。
右へ左へ視線を左右に動かして彼女を探す。
しかし、姿は見当たらない。
暫く横目で様子を窺っていると、甘原が知らん男と一緒に本棚の影から現れた。
仲良く喋る様子もなく、淡々としたスンとした表情をしている。何をするのかと様子を見守っているとどうやら本の貸し出しをするらしい。
ちょっとした胸のざわつきが収まり、ホッと胸を撫で下ろしてると甘原がこちらに近づいてきた。
慌てて図書室に背中を向けてスマホをぽちぽちと弄る。
「どう、私だって仕事するんだから」
「仕事だったんだな」
「一応、図書委員ですから」
今日初っ端に暇って言ったことを気にしていたのだろうか。
さっきの機嫌悪そうな表情からは一変して満足そうな笑みを浮かべる甘原。
何を言うわけでもなく、じーっとこちらを見つめている。
えーっとなにこれ。
目を逸らしたら負けなゲームか。
と思っているとぐいぐいっと頭を俺の方へと近づけてくる。
あ、そういうことか。
ようやく合点がいったわけだが、もちろん俺は彼女なんていたことないし女友達もロクにできたことない。
彼女が求めているものを照れや羞恥心なしでこなすのは無理。
じゃあどうするか、感情を消す。
「すごいすごい(棒)」
「もっと心を込めて」
「甘原ちゃん、えらーいえらーい」
「殺すよ?」
せっかくの期待に応えたというのに、なぜか不満顔。……なのか? 若干、にやけているように見えなくもない。
そんな甘原の顔を見ていると、不意に笑みがこぼれる。
「なにニヤけてんの、キモいんだけど」
「無駄に可愛いなと思って」
「……っ! ほんとに殺すっ!」
そう言いながら甘原は俺に向かってくしゃくしゃに丸まった紙を投げつけてきた。
ぷんすかと怒って行ってしまった甘原の背中が見えなくなってから俺は紙を広げる。
『がんばれ』
今日も部活に行って参ります。
◇ ◇ ◇
放課後、いつも通りに校舎裏でサボっている。
部活動はもうとっくに始まっている時間だ。
今日も俺は彼女、甘原奏音を待っている。
「りゅー、こっち行こ。誰もいないよ」
「まじ? 行っちゃう? ヤッちゃう?」
と、俺のがいる場所からそう遠くない距離でカップルの会話が聞こえてきた。
今日も駄弁ってサボる予定だったが、まさかの乱入者。このケースは初めてのパターンだ。
別に隠れる必要はないが隠れたくなった。しかし今俺がいる場所に逃げ場はない。
カップルと鉢合わせるのは止む無し。
「久賀、ここでなにしてんの?」
ビクッと思いっきり肩を震わしてびっくりしてしまった。
この声、確実に甘原。
「お前こそなにやってんだよ……」
カップルに俺の存在が確実にバレた。
だが、状況を知らないであろう甘原はニコニコと笑っている。
いつもと同じように窓から顔を覗き込ませて俺の頭に触れようと手を伸ばした。
「急になんだ」
「えー、じゃれあい?」
今日はアレだ、いつになく甘原が鬱陶しい。
そう思っていると、カップルの声が風に乗って微かに聞こえてきた。
「あ、でもここって図書室から丸見えかも」
「まじ? 無理じゃね? 帰る?」
「うん、また今度しようね」
どうやら運よく立ち去ってくれたようだ。
別にカップルが校舎裏に来たところで問題はないが、毎日居座られると俺がここでサボりにくくなってしまう。
できれば二度とここに来ないで欲しいものだ。
「良かったね」
まるで俺の心を見透かしたかのような甘原の言葉。
「カップルが近くにいるの、お前はわかってたのか?」
改めて考えると今日の甘原の第一声はおかしかった。
俺がサボっていることを知っているのに、あの質問はおかしい。
「校舎裏のこの静かな空間、誰にも邪魔されたくないでしょ」
「…………まあそうだな」
「うん、誰にもネ」
そう言いながらじーっとこちらを睨みつける甘原、もしかしなくてもこれ俺も邪魔って言ってるのかな。
ちょっとどころじゃない、結構傷つくよ。
「どうしたの」
「別にどうもしてないが」
なんとか平静を装ってメンタルを正常に保つ。
これが部活をサボり続けた男の末路なのか。
「なんか言いたいことあるなら言ってみなさい、ほらほら」
「言いたいこと?」
「私と久賀が一緒にサボり始めて丁度一ヵ月半経ったから記念になんでも答えてあげてもいいよ」
「なんの記念だよ」
「ないの? 言いたいこと?」
甘原は明らかに俺を試している。
ここで正解を導き出せれば、きっと今後もこの不思議な関係を続けていけるだろう。
じゃあこれからもこの関係を続けてくれ、ってストレートに言うのか。
アホか、俺。
そんなこと言ったら明日からバカにされるに決まってる。
じゃあ何を言えばいい……。
「もっと色々なバリエーションで『がんばれ』って言って欲しい」
「へ? ……ぷっ、ははっ、あははっ」
「ほ、ほら言いたいこと言ったぞ」
元気よく笑う甘原の顔を見ていると、思わず口元が緩んでしまう。
返事を聞くのは気恥ずかしいのでこのまま立ち去ろうとすると、甘原が何か言うようなそんな気がして振り返る。
「じゃあ今日も部活、がんっばれ」
読んでいただきありがとうございます。
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!