クロウとナディ
※今回もクロウさま視点のお話です※
その日も、ひとり書庫で本を読んでいれば、
再び、かわいらしい金色の髪の少女が現われた。
視線を合わせれば逃げてしまうから、
視界の端に入れながらも、本のページをめくっていれば・・・
いつの間にか、とことこと、こちらに近づいてきた。
こんなことは、初めてで・・・
不意に、顔を上げると、
頬を赤らめながら、俺を見降ろしている少女・・・
シェンナディアがいた・・・
「あの・・・く・・・クロウ・・・」
「はい、シェンナディアさま」
「あ・・・あの・・・な、ナディ」
「・・・」
それは、あのルティカさまが呼んでいる愛称だった。
ひょっとして、呼んで欲しいのか・・・?
そう、思い・・・
「ナディ」
そう呼ぶと、シェンナディア・・・いや、ナディは、
ちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ・・・
何故かそんな表情につい、どきっとなってしまう・・・
「あの・・・お菓子・・・ふーりん国のお菓子を、ありがとう」
「え・・・」
「お・・・おにい・・・さまと、きょう、お茶をして・・・
クロウ・・・が、お菓子をくれたからって・・・」
「そうでしたか・・・おいしかったですか?」
「うんっ!とっても・・・甘くて、もちもちしてて、おいしかった!」
「ヴィーラさまとは、どんなお話を?」
「えぇと・・・この間の、ドレスが、とっても・・・かわいかったって・・・」
「ヴィーラさまにも気に入ってもらえて、何よりですね」
「う・・・うん・・・また、ルティと約束、したの」
「お揃いのドレスを着られるのですか?」
「う・・・うん」
「ナディは、どんな色のドレスが着たいのですか?」
「あ・・・あの、ね、笑わない?」
「えぇ、もちろんです」
「ぴんく・・・が、いいなって・・・
ルティはきっと似合うの・・・でも、私は・・・」
「ナディにも、きっと似合う」
「私にも・・・」
「俺が、保証しますよ」
「う・・・うん・・・クロウも、好き?」
「え・・・そうですね・・・ナディが着たら、
なんでもかわいくて、好きになってしまうでしょうね」
「好きに・・・うん」
そして、彼女がにこりと、おひさまのように微笑んだ時、
自覚したのだ・・・
あぁ・・・俺は彼女のことが・・・
いや・・・きっと最初から、ナディを・・・
俺は、ひと目見た時から、好きだったのだと・・・
―――
時を経るうちに、ナディは少しずつ、
明るくて、ステキな王女の鏡となっていた。
そして、相変わらず、ルティカさまとはとても仲が良く、
おんなじ金色系統の髪で、笑顔がとてもよく似ている。
侍女たちからもかわいがられ、
ふたり揃って、双子のように同じドレスを着つけられ、
それを見たヴィーラさまや、国王陛下と王妃殿下まで
大喜びでふたりを愛でている。
そんなある日・・・国王陛下から呼ばれた俺は・・・
ナディの婚約者になってほしいと頼まれた・・・
俺はナディにずっと惹かれていたし、
ナディの気持ちも、痛いほどに感じていた・・・
だから、それは天にも昇るような話で・・・
しかし、俺には秘密がある・・・
ほんのひと握りのひとしか知らない・・・
それを知った時、ナディはどう思うか・・・
俺は勝手ながら、ナディが俺を拒否したならば、
強引にでも、国を出て行くと、国王陛下に宣言した。
国王陛下は悲しそうな表情を見せたが、
ナディに拒否されてまで、この国で俺が過ごしていけるとは、
とても思わなかったから・・・
そして、婚約について、ナディに知らせる前に、
俺はナディをひとり、部屋に呼んだ・・・
「ナディ・・・君に、言っていなかったことがある」
「なぁに?クロウ」
ナディは、相変わらずかわいらしい表情を俺に向けてくれる。
その、全てが愛おしい・・・
彼女を失うのが、本当に恐くて・・・恐くて・・・
仕方がなかった・・・
けれども、彼女にこのまま、嘘をつき続けながら側にいることは、
何よりも、苦痛だった・・・
だから・・・告げた・・・
「ナディ・・・俺には、魔族の血が流れているんだ」
「魔族の・・・?クロウの中に・・・?」
「そうだ・・・俺の父親は、魔族と人族との混血だったんだ」
「・・・そうなの・・・」
ナディは、俺を嫌悪することも、脅えることもなかった・・・
そして、俺の胸にゆっくりと掌を乗せた。
「クロウをこの世界に導いてくれたお父さま・・・
きっと・・・ステキなひとだったのね・・・」
そう言って、愛おしそうに告げたのだ・・・
「・・・恐く・・・ないのか?」
「どうして・・・?」
「カイエ魔王国や、魔帝国の主要種族の血が、
俺の中に、あるんだ・・・!正確には、魔帝国だけど・・・」
「確かに、カイエ魔王国との問題は、
シリンズランドにとっても重要だけど、
フーリン国が守ってくれるから、大丈夫。
それに、魔帝国だって・・・ルティが、
そこの魔帝陛下はとってもよいお方だって、言ってたもの」
魔帝陛下・・・それは、俺の今ではたったひとりの
血のつながった肉親である、従兄だ・・・
そして、また、俺はルティカさまに救われたのだとわかった・・・
本当に、あの子は不思議な子だと感じた。
「ナディ・・・こんな・・・こんな俺でも良ければ・・・
・・・結婚してほしい・・・」
「・・・クロウ・・・と、私が・・・」
断られるだろうか・・・
“家族”として、長年接してもらったとはいえ、
血筋としては、魔帝国の皇族だが、
シリンズランドでは一介の騎士でしかない俺が・・・
王女であるナディに結婚を申し込むなんて・・・
ナディは、驚いて目を見開きながらも、
やがて、とても嬉しそうに微笑んだ・・・
「はい・・・!私も、クロウと結婚したいです!」
その瞬間、例えようもない感情が、
自身の中で満開の花を咲かせた・・・
いつの間にか俺は、ナディをそっと抱きしめていた・・・
けれど、ふと、ナディが・・・
「お父さまは・・・お許しくださるかしら・・・?」
「それは・・・大丈夫だよ」
そう言うと、ナディはちょっとだけ不思議そうだったが・・・
それを国王陛下に報告に行けば、ふたつ返事で承諾し、
ナディはとんとん拍子のその流れに、
呆気に取られていたが、俺たちは、“家族”に祝福されながら、
無事、婚約を結んだのだ・・・
ただ、最近はすっかり妹のナディにブラコン気味になっていた
ヴィーラさまがちょっぴり不満そうな表情をしていたのだが・・・
“泣かせたら・・・許さん・・・”
それだけ言って、顔を赤らめていた・・・
そんなヴィーラさまに俺もナディも互いに顔を見合わせ、
苦笑しながらも、俺はシリンズランドで、
新しい家族を得たのだった・・・




