迫るヒロインの影、そしてエルフ族の王太子
ナディと仲良く腕を組んで歩いていれば、不意に見慣れた青年に声をかけられた。
金髪碧眼系の多いエルフ族にしては珍しいローズブラウンの髪は肩にほんの少しつくほどで軽く流しており、森の狩人のように鋭いが美しいヘーゼルブラウンの瞳を飾るまつ毛も長い。顔立ちはエルフ族特有の美貌を維持しており耳は種族特有の長耳だ。
凛々しくも流麗に歩いて来るその足取りは見ているだけで惚れ惚れしてしまう。華奢な体つきながらも、普段弓を扱う天才青年は体幹がしっかりしておりぶれることなく真っすぐに歩いて来る。
「お久しぶりだ。ルティカ嬢」
彼は私の顔を見て男女に関わらずすべからくうっとりさせるような微笑を浮かべる。
「は、はいっ!王太子殿下!」
「ここは公の場ではないし、ナディの兄として接してくれていい」
と、いつも通り柔和な笑みを向けられて私はコクリと頷く。
「あ、ありがとうございます。ヴィーラさま」
彼の名はアリスヴィーラ・ルナ・シリンズランド。愛称は“ヴィーラ”さま。ナディの兄でシリンズランドの王太子殿下である。因みにナディとは腹違いの兄妹だが、私とその異母兄に比べれば格段に仲がいい。
―――と、言うか。
「ふふ、ナディはルティカ嬢が来ると本当に嬉しそうだ。もしシュティキエラ殿下の申し出がなければ私が妃に迎えようと思っていた」
と、ヴィーラさまがナディをふわりと抱きしめる。
「ちょっ!何言ってるんですか!?」
私が慌ててツッコめばきょとんとした表情を向けられる。
「だって、そうしたらナディはずっとルティカ嬢と一緒だ」
まぁ、ナディは将来エルフ族の騎士でもあるクロウさまと結婚し、結婚後も王城で離宮を与えられて生活するらしい。そうなればいつでもナディと会うことができる・・・
「ですけどそれだけで私をだなんて、恐れ多すぎます」
「そんなことはない。ナディが気に入っていることはもちろんだが、君は才色兼備で王太子妃としても全く問題ないからね。それに諸外国への顔も広いし。となれば王太子妃の素質はもちろん合格だし、私の理想にも合っている」
「理想ですか?」
「あぁ、ナディと仲がいいこと。そしてハーフアップツインテールがお気に入り」
ヴィーラさまは完璧美青年なのにとてもシスコン。妹思いで妹がなにより大事。だから妹のナディと仲がいいことはもちろんながら彼女のハーフアップツインテールももちろんお気に入り。ちょっと残念?に思えるかもしれないが親友のことを何よりに思ってくれているわけだし。
妃になることは多分、シュキさまのお父さま・フーリン国王陛下に認められなかった時を除けば可能性は少ないし。捨てられた私にとってはなかなかの良縁。まずは食べていくことが大事。だから捨てられた元大公令嬢は相手が例えものっそいシスコンでもきっと大丈夫。前世の記憶で大切な事柄をまさかのタイミングで思い出したことにより、私の精神もだいぶおかしな方向に持ってかれていると思う。
「お気持ちだけ、いただきます」
もしもの時はナディの侍女に立候補する方向で。
「それは残念だ」
と、苦笑するヴィーラさま。けど、本気で悔しがっていそうな気がするのは気のせいかな?
「それと、ルティカ嬢にちょっと確認したいことがあってね」
「はい。私で良ければ何なりと」
「君が婚約破棄された後、リヤムの王太子の婚約者になったのは“マキア・フォン・フラン”嬢で間違いないかな?」
「えぇ、はい?フラン?彼女はハレ男爵令嬢のはずですが」
「実はね、明日リヤム王国から婚約の挨拶だとかで、王太子とマキア・フォン・フラン嬢がこちらに来ることになったんだ」
は、はぁ?なっ、何で?
ヒロイン・マキアまでシリンズランドに!?
「と言うか何故“フラン”姓なのですか?」
私は意味がわからなかった。
「こちらで探ったところによると、王太子との婚約のためには、身分を釣り合わせなければならない。そう考えフラン大公自らが彼女をフラン大公家の養女に迎えたらしい。更に彼女は聖女。聖女という希少な存在を大公家の養女とするメリットは高いはずだ」
それに王太子の婚約者になるとなれば、父・・・いえフラン大公は万々歳。つか、欲深い継母は大喜びでしょうね。
ただでさえ自分の息子が大公家を継ぐことに並々ならぬ闘志を燃やし、将来は私の方が王太子妃となることから、自身の息子の立場が私よりも下になることが何よりも憎らしかったはず。だからこそ私を大公家から追い出すことに何の躊躇いもなかったのかも。
そうすれば自分の息子が一番になる。マキアは王太子妃になるのでしょうが。私の実の母の血を継いでいなくて男爵の血を片方だけ継いでいる彼女は自分自身より下の立場だとして威張り散らせるから。
だからこそ自身の立場を確固たるものにするために私を追い出して彼女を養女に迎えさせた。全てはフラン大公と言うよりも、継母の仕業であるように私には思えるのだ。
だって私は幼い頃はそれなりに仲の良かった異母兄を信じたい。そんな気がするから。その兄妹の決別を呼んだのも元はと言えば、継母がきっかけだった気がするのだ。
「それにしても困ったね。王族同士の付き合いで是非にとマキア・フォン・フラン嬢が私との茶会を希望しているとかで、リヤムの王太子から話があってね」
な、何であの王太子の婚約者になったからってヴィーラさまとの茶会を希望するの?
「私はあまり気乗りはしなかったが、あの王太子と茶会を度々していただろう?君とナディを伴ってそれぞれ参加していたが、本来は君とナディのための茶会だ」
確かに私たちの仲の良さを知っているシリンズランド国王夫妻とヴィーラさまは、国同士の付き合いにかこつけて度々私とナディの交流の場を設けてくれた。
まぁついでに王太子同士が交流していれば国同士の仲の良さも際立つし、シリンズランドとしても、リヤム王国としても交易が盛んな両国の間の利益があるから。もしかしたらその過去の功績を利用して打診したのかもしれない。
「お相手のご令嬢は何か勘違いをしているのかもしれない。私は君が参加しないのであれば、あのバカな王太子と話すのはごめんだから」
バカって言っちゃったぁ―――。ま、事実だけど。実際は私が陰でヴィーラさまに謝っており、ヴィーラさまはナディが私と会うのを楽しみにしているから別に気に留めないといつも優しくお声を掛けてくださって。はぁ~~~。
「まぁ取り敢えず今回は見極めと言うことで。君を冤罪ではめて追い出すようなバカ者たちだ。我らがシリンズランドに優位な弱みが握れるかもしれない」
美しい顔をしてものっそい腹黒いことを考えている策士・ヴィーラさま。でもそう言うところも好感持てますよ。だって全ては私の大切な友人であるナディのための腹黒ですもの。
「ただ、私は婚約者がいないからナディを連れ立って行くつもりだ」
確かに。王太子でありながらヴィーラさまの婚約者はまだ決まっていない。主な理由は前述の通りのシスコンだから、なのだが。だから公のパーティーなどではナディが同行することがほとんどで、クロウさまはその護衛で同行される。
もちろんナディの王女としての公務の時は婚約者兼付き人としてクロウさまが同行する。
クロウさまもヴィーラさまのパートナーをナディが務めることに不満は無いらしい。何せ自分はナディの護衛として付きっきりで傍にいられるのでその方が便利とか言っているから。パートナーとなれば他の客と話し相手もしなくてはならないし何よりほかの令嬢に寄ってこられるのが嫌らしい。つまりはヴィーラさまにそっちを押し付けると。
なかなか黒いクロウさまだが将来の義兄であるヴィーラさまとは、ナディを愛する会の共同保護者なので互いに協力関係を結んでいるとかいないとか。
「無論、ルティカ嬢はシュティキエラ殿下と共に、ゆっくりと過ごしてくれて構わない。シュティキエラ殿下にも伝えてある」
「は、はいっ!お気遣いありがとうございます!」
私はぺこりと頭を下げ、再びナディに引っ張られて行った。