魔帝陛下、そしてその奴隷の話
魔帝国にて、私とシュキさまが
魔帝陛下・ルダさまとお茶をしていると、
またもやあのマキアの話が出てきたのだ。
「はぁ・・・思い出すだけでもムカつくが・・・
私の奴隷の顔を見るなり、どこで情報を得たのか、
その名前を呼んで訳の分からぬことを言い出したのだ」
「訳の分からないこと・・・」
もしかしたら・・・オトゲー関連かも・・・
「“あなたが魔王の国でどんなひどい目に遭っているかは知っている”
“私が必ず救い出してあげる”
“魔王・ルダを改心させてふたりとも攻略してみせる”・・・だと」
わぁ・・・あからさまね・・・
てか・・・それだと、そのルダさまが
魔帝として、魔帝国で奴隷に酷いことをしているような言い草だし、
ルダさまが悪者のような言い方・・・
あれ・・・待てよ・・・?
“ふたりとも攻略”って・・・
ルダさまが攻略対象ってこと・・・?
ヴィーラさまとクロウさまと同じく、
私の知らない攻略対象・・・
と言うことは、もしかしたら、“続編”の攻略対象かも・・・
あと・・・何か引っかかるんだけど・・・
何だったっけ・・・
「全く・・・我が魔帝国を“魔王の国”・・・か。
しかも私は“魔帝”なのだがな・・・?王と皇帝の区別もつかないとは」
そうか・・・魔王の国・・・そして・・・魔王!
だったら・・・もしかして・・・!
「あの・・・ルダさま!その奴隷と言うのは・・・
名前を“ヤタ”さまと言うのではありませんか?」
「・・・確かに、そうだが・・・」
やっぱり・・・!
仮に私が知っているオトゲーを第1シリーズとすれば・・・
その第1シリーズの・・・隠しキャラ・・・ヤタ!
確か、魔族と人族のミックスで、
魔王の国で奴隷として生きてきた彼は、
リヤム王国の孤児としてリヤム王国に潜入した暗殺者・・・
魔王の脅威となる聖女を暗殺する使命を負っていた。
つまりは・・・スパイ・・・
けれど、ヒロインの心の優しさと、強さに共感し、
聖女であるヒロインに奴隷の首輪を浄化してもらい、解除してもらう・・・
そして表面上は魔王の国の奴隷を装い、
二重スパイとなることで、ヒロインの魔王討伐に成功する・・・
因みに、その魔王こそがルダさま。
でも・・・ルダさまは第1シリーズで討伐されたはず・・・
第2シリーズでは実は生きていました&
今度は攻略対象になります・・・と言う展開なのか・・・?
「あ・・・ついでにですが・・・
彼の奴隷の首輪に手を伸ばそうとしませんでしたか・・・?」
「あぁ・・・そうだ・・・
とっさに触れられる前にヤタが防いだが・・・」
全く・・・マキアは何をやっているんだか・・・
奴隷の首輪にさわれるのは、その奴隷自身、
そしてその主人、もしくは主人に許された者と、
専門の術師だけなのに・・・
それを主人の許可なく触れるなんて・・・
下手したら主人に翻意があると疑われる。
リヤム王国が魔帝国に翻意ありとみなされる・・・
とても危険な行為だ・・・
「しかし、ルティカ・・・何故君がそれを、知っている・・・?」
「あ・・・えっと・・・」
前世の記憶で見た・・・何てことは言えない。
「断片的に・・・リヤム王国国内でも噂が持ち上がっておりまして・・・
けれど詳細は知らなかったのですが、今、ようやくピンと来たところです」
「ほぅ・・・あの愚かなメスのことは、
国内でも相当な噂になっているのだな?」
「まぁ・・・目立ちますからね」
男はホイホイ騙され、女はそれにイライラ。
そうか・・・そのヤタさまが攻略対象だったから・・・
「しかし、何故・・・首輪に触れようとした・・・?
私も会ったことはあるが・・・魔帝国に翻意をもつ・・・
とは考えられない・・・あれはただのバカだと思う」
わぁ・・・シュキさま辛辣・・・
まぁ、事実だし、私もそうだとは思う。
「ふふっ、そうか・・・シュキもそう思うのなら・・・
恐らくそれが真実なのだろうなぁ・・・?
だが・・・どのようなバカな思想があれば、
私の奴隷の首輪に触れようとするのだろう?」
そうですよね・・・
わかりませんよね・・・
私も、前世のオトゲーの知識がなきゃ、
さっぱり意味不明に思っただろう。
「あの・・・私が思うに・・・」
「ふむ、才女であるルティカの意見は、
是非私も聞いてみたいと思っていた」
いや・・・才女は・・・関係ないと思うけども。
100%前世の記憶から拾った知識だし。
「彼女は・・・奴隷の首輪を聖女の力で浄化し、
奴隷契約を解除しようとしたのではないでしょうか」
そう言った瞬間、明らかにルダさまの表情が剣呑なものとなる。
そりゃぁそうである。
魔帝陛下であるルダさまが奴隷としているのなら、
それは魔帝国の法に則って適切に契約しているに他ならないだろう。
違法なものならば、きっちりと調査を行ったうえで、
奴隷の主人に対し、裁判を行い、
判決に沿って奴隷契約の解除が認められることもある。
だが、違法でもなんでもないその奴隷契約を
一方的に第3者が解除しようとしたのならば、それは・・・
「では、あのメスは、私からヤタを奪おうとしたのか?
それとも、私の主人としての資質に文句を付けたかったのか?」
恐らく・・・どちらもだろう。
何せ、攻略対象として、ヤタさんを手に入れたがり、
そして、魔帝陛下であるルダさまを改心させる・・・
などと言っていた以上、ルダさまがヤタさんの主人として、
不適格・・・と、そう見ているが故の言動だろうし・・・
例え奴隷魔法を使える術師であっても、
主人の許可や司法の判断なしに勝手に契約解除などをすれば罪に問われる。
「そ・・・そもそも、聖女の力でそのようなことが可能なのでしょうか」
さりげなく、話題をそらすか・・・
ぶっちゃけ・・・ルダさまのお怒りが・・・やばめ。
「さてな・・・やったことがないから・・・何とも。
それに、聖女などという存在は、半世紀に一度現れるかそうでないか・・・
あぁ・・・いや・・・違うな」
と、ルダさまが首を左右に振る。
「ルティカは、竜帝国を知っているか」
「えぇ、もちろんです。フーリン国域よりも北方にある、
竜帝国域と呼ばれる地域を治める宗主国ですよね」
確か魔帝国も一部竜帝国域と国境が接しており、
また、フーリン国の山を隔てた向こう側にも、
竜帝国域の属国があったはずだ。
そして、海に面したフーリン国域の従国もまた、
竜帝国域の国々と貿易を行っているはずだ。
「そうだ。その国域の中に
エストランディスと言う王国がある」
「私も、聞いたことがあります。
シリンズランドと同じ、エルフ族の王国だと。
確か・・・聖女や聖者が生まれやすい国だと」
魔法や弓が得意なエルフ族・・・と言った点は共通しているが、
シリンズランドでは聖女や聖女が産まれることはほぼない。
ただ、同じエルフ族の国と言うことで、
国と国との距離は離れているが、
互いの重要な式典の際は、
わざわざお互い、脚を運び合うのだとか。
エストランディスは聖女・聖者の輩出に、
シリンズランドは魔道具の開発技術にたけている。
お互いが、お互いの長所を得たいと考えてはいるものの、
エストランディスはあまり聖女や聖者を国域外に出したくないらしく、
何度か互いの王族を嫁に出し合う形で話が進んだが・・・
あまり結果は芳しくないようだ。
エストランディスには、現在王女が多くいるらしく、
確か・・・シリンズランドの王太子・ヴィーラさまも
そのうちのふたりと見合いをしたと聞いたけれど、
ヴィーラさまがめちゃくちゃ怒っていたので、脈はなさそうだなぁ・・・
でも、今は残りのひとりの姫はどうかと話が持ち上がったが・・・
ヴィーラさま自身はもうこりごりらしい。
特に王太子が気にくわないとよく仰っているようで・・・
私は会ったことがないけれど、ヴィーラさまの妹で、
私の親友であるナディの陰口を叩いたらしい・・・
まぁ、それには私も怒ったが・・・
ヴィーラさまは全く乗り気ではない。
今後も脈は薄そうである。
むしろこちらの国域で聖女が輩出されるのは、
ほぼリヤム王国で、50年にひとりいるかいないか・・・
大体が人族であったはずだ。
「少し・・・検証してみるのも・・・悪くないか」
と、シュキさま。
「どう言う事でしょうか?」
「うん・・・実はな・・・
クロウがエストランディス王国に、
親しくしている大公がいるらしい。
その側近が聖者であると、聞いたことがある」
「では・・・!」
「あぁ・・・シリンズランドの魔道具開発にも役立つだろうし・・・
シリンズランドを通じて、データ検証を依頼してみようか」
「それはいいかもしれませんね」
「あぁ。早速使いを出して、聞いてみよう」
「あぁ。私からも頼むよ、シュキ。
私の奴隷に、危害を加えられては困るからね」
「わかった・・・」
シュキさまは頷くけれど・・・
「あの・・・」
私は手を挙げた。
「まだ、何か懸念が?」
「マキアはシリンズランドの牢から逃亡しました・・・
もしかしたら、そのヤタさまと言う奴隷に、
もう一度・・・近づくかもしれないです。
そして・・・ルダさまにも・・・」
「・・・そうさな・・・あのメスがほざいていた
訳の分からない言動もあるし・・・
警戒するにこしたことはない・・・」
「それに・・・もしかしたら、
ルダさまが聖女の魔法でお怪我を負うなんてことがあったら・・・」
ゲームの中の、魔王としてのルダさまは、
一度聖女に敗北しているはずだ・・・
そしてヤタさんは救われる。
そんなハッピーエンドだったはず・・・
だから、もしかしたら彼女は、
それを忠再現しようとするかもしれない。
ルダさまを“改心させる”と言う言葉も残している。
聖女の魔法が、ルダさまを傷つけるかもしれない。
「ふふ・・・っ、ルティかは心配してくれるのだな・・・
他の物が同じことを言えば、私の力を見くびっているのかと、
思ったかもしれないが・・・」
「わ・・・私ったら・・・失言を・・・!」
「いや、ルティカが本気で心配してくれているのは、嬉しい。
だから、ルティカは私にそのように言うことを許そう」
「あ・・・ありがたきお言葉です」
「そんなに固くなるな。そして、問題ない。
私は、聖女の魔法になど負けはしない」
「は・・・はいっ!信じております!」
「ふふっ、ありがとう、ルティカ。
でも、あまりルティカに心配されると・・・」
な・・・何か、私が見逃している不都合が・・・?
次の瞬間、ルダさまは、シュキさまを見やる。
いつもの仏頂面だけど・・・何だか・・・イライラしている・・・?
・・・何故・・・?
「ルティカが心配するのは、私のことだけでいい」
「え・・・」
「ルダ殿は強いから、心配する必要はない。
私のことだけ、考えていて」
「え・・・?は・・・はぃ・・・?」
えっと・・・何だろう・・・
嫉妬・・・してたのかな・・・?
いやいや、まさか。
「うん・・・なら、いい」
そしていつもの、優しい仏頂面を向けてくるのだった。