国外追放、そして砂漠が目と鼻の先
「さて、ルティカ。君はフラン大公家を追放されフランの姓を捨てたもうただのルティカだ。そして、私の伴侶となる。君を妻に迎えられることを嬉しく思う。婚約期間はあるが君はもはや私の伴侶同然だ」
「はっ、はい。あ、ありがとうございます。シュティキエラ王太子殿下」
「シュキでいい。伴侶となる間柄、敬称もいらない」
「ではせめて、シュキさまと」
「承知した」
「は、はい」
私はシュティキエラ王太子殿下・・・いや、シュキさまとふたりっきり。そしてここは、祖国・リヤム王国から彼の国・フーリン国へ向かう馬車の中である。
さてはて、何故私がこんなことになっているのか。まずはそこから説明せねばなるまい。
―――
私の元の名は、ルティカ・フォン・フラン。赤みがかった金色の髪をハーフアップツインテールにするのがお気に入り。瞳は鬼灯色で今は亡き産みの母の色を受け継いだ。そして私はリヤム王国のフラン大公の長女だった。つまりは大公令嬢。公爵令嬢ではない。残念。
いや、公爵令嬢よりも家格は上なのでラッキーなのかもしれない。だが、大公令嬢だからこそ、私はリヤム王国王が第一子でリヤム王国第1王子兼王太子である、ソル・アシェ・リヤムの婚約者となってしまった。
これでも大公令嬢として育てられ育ってきた身の上。それなりにソル殿下の婚約者としての顔はしっかりできていたと思う。将来の王太子妃教育もしっかり受け、仕事もお手伝いし、そして社交界のパートナーも完璧に務めてきたつもりだ。更に通っていた王立学園では、清く正しく勉学に励み放課後は王太子妃教育とソル殿下のお仕事も手伝い至極まじめに過ごしてきたつもりだ。
だが、結果はどうだろう?勉学に励み、仕事に励み、迎えた学園の創立記念パーティーにて、私はソル殿下から一方的な婚約破棄を告げられ悪役令嬢の汚名を着せられた挙句、男爵令嬢マキア・フォン・ハレとの新規婚約を発表した。フラン大公家を追い出され、更には国外追放と相成った。
それにフラン大公である実のお父さまはすっかり後妻の継母と異母“兄”の言いなりである。だから私を悪者、大公家の恥として追放に同意したのである。更には大公家の人間であることをその場で抹消されたため、私は大公家の屋敷にも入ることができず、パーティーの日に着ていったドレス・宝飾品は大公家のものだとして全て没収。
平民の方がもっとましなものを着ていると言わんばかりのぼろい何の飾りもない黄ばんだワンピースを着せられ、そして笑いものにされながらパーティー会場を追い出されたのだ。
更に不幸は続く。私は国外追放を言い渡されたため、即刻犯罪人護送用の馬車を手配され、ソル殿下とマキア嬢の高笑いの中その馬車に押し込められた。
そしてリヤム王国よりも貧しく、環境が過酷だと言うリヤム王国の南のロディア王国との国境沿いに捨てられた。
ロディア王国とリヤム王国の国境には荒れ果てた大地が広がっている。その先もっと南に進むと砂漠があるのだ。昼は暑く、夜は極寒。水もなければ食料もない。ぶっちゃけ死ねと言われているのと同じである。
そんな状況で呆けていた私は荒れ野に生息した飢えた魔物には絶好の獲物だったに違いない。魔物は涎を垂らしながら私に迫ってきた。あいにく私は魔法が使えない。護身術は習ったが、それが何だと言うのだ。あれは、“人族用”である。―――魔物には、効かない。
私は荒れ野に寝っ転がった。そして目を閉じて最後の時を待ったのだ。しかし突然魔物の断末魔が響いたと思えば、私の上に影がかかった。また新たな魔物だろうか?
人生を諦めた私は目を開けることを拒んだ。しかし次の瞬間、聞こえたのはひとの言葉だった。
「お前、何をしている」
その抑揚のない青年の声に私は恐る恐る瞼を上げた。
太陽の陰になっているので見えづらい。しかも今の私、満身創痍。結構目がぼやけている。頭上にいたのは素朴な漆黒の髪に吊り目がちの赤い瞳、瞳孔は縦長、か?そして耳は軽く尖っており肌は砂漠の国に似合わぬ色白だ。いや、色白美人もいるかもしれないけど。顔立ちは端正、だと思う。だって人外の美しさを放っている気がするもの。
服装は砂漠の国でよく着られている白いローブのような民族衣装。そして両手の掌に、まるで添えるようにして握られている双剣と背中から見える三日月型の6つの刃。
「私は冤罪を着せられ、男爵令嬢に婚約者を寝取られ、婚約者と家族に裏切られ、あまつさえ国外追放になった、哀れな平民の女です。このまま獣の贄になるくらいしか選択肢は残されておりません」
「他に、あると言ったら?」
「この荒れ野から連れ出してくださるのなら、喜んでそれに縋りましょう」
「では言質はとったぞ」
はて売られるのか、奴隷として働かされるのか。まだよくわからないが。だがしかし、ここで命果てるよりは選択肢が広がりそうである。私がそっと目を閉じると不意に体が浮いた。
「ひあっ!?」
つい、間抜けな声を出してしまった。
私の眼前には彼の顔があった。そして間近でその顔を見た私はあれ??と思った。何だか見覚えがある、ような・・・?
しかしこんなところで会うはずもない方のような気がして、呆然としている間に彼にお姫さま抱っこされて彼の馬車につぎ込まれてしまった。
そう言えば、いつの間にか彼が握っていた双剣と背中の三日月型の刃は消えていた。
※因みに馬車について※
ルティカ「砂漠の手前までは馬、砂漠の先はラクダですね」
シュキ「ん。近くに馬車とラクダ車の中継所がある」
ルティカ「え、それマジですか!?じゃぁ、私そこ目指せば良くなかったですか?」
シュキ「だめ」
ルティカ「え、何故」
シュキ「・・・」しゅーん
ルティカ「あ、いえ。だからこそシュキさまと会えたんですもんね」
シュキ「んっ!!」(キラキラッ)