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実戦/豚野郎


 嫌な予感、的中。それも、予想より更に悪い方に。


「あの、花凜さん? つかぬ事を伺いますが、どうして俺達はこんな人通りの少ない地下道を延々と歩いているのでしょう?」


例のごとく、強引な花凜さんに引きずられるまま、彼女の家の人?の、車に乗り込んだ俺は、薄暗い如何にも不審者とかその他もろもろのヤバい人に出会いそうな地下道を歩いていた。・・・・・男の俺はまだしも、花凜さんみたいな美人がこんな時間にうろつくのは、大変よろしく無いと思うんですが。


「決まっているでしょう。実戦には相手が必要だもの。だから、探しているの」

「いや、その相手は花凜さんがしてくれる流れだったような・・・・・」

「その必要はもう無いでしょう? 自分である程度現状の確認はしたようだし。だから、正真正銘、文字通りの実戦で経験を積みなさい」

「て、ことは・・・・・・」


 つまり、そういう事っすか・・・・・。


「『業囚』と戦うのよ。大丈夫、初めてはみんな痛いと言うけれど、慣れてくるとそれが快感に変わるから」

「変わりたくない。そんな風には死んでも変わりたくない」

「まあ、死にはしないわよ。初回特別サービスで私も戦ってあげるし。取りあえず今日の所は、喰われないよう回避に専念なさい」

「そんな怪しい会員サービスの勧誘みたいな励まし方じゃ全く安心できないんだけど・・・・・。それはそうと、心を喰われると、具体的にはどうなるんだ?」


 昼休みは結局、その肝心な部分を聞けて無かったからな。


「『精神喪失』って、聞いた事無い?」

「あのニュースで最近取り上げられてるやつか? ・・・・・って、まさか」

「そういう事よ。記憶も身体も正常だけど、著しく感情表現が欠落する。あれが『業囚』に心を喰われた状態よ」

「・・・・・・それって、一度喰われると、もう元には戻れないのか?」

「元に戻る、と言う意味では、恐らく不可能ね。ただ、また育むことは出来る」

「育む?」


 どういう意味だ? 


「心って言うのは、その人が人生で体験したあらゆる事に対して抱いた感情で出来ているわ。それを『業囚』は喰う。つまり、同じ年月だけ人生を謳歌すれば、自然とまた感情表現は出来るようになる。けれど、それまでの人生で育まれた心と、その新たな心は、入れ物である人間が同じなだけで全くの別物よ」

「そう、なのか? 今の話だけだと、そこまで違うようには思えないんだが・・・・・・」

「例え話をしましょう。あなたは、今お姉さんと暮らしていたわよね。そのお姉さんのこと、どう思ってる?」

「何だよ、いきなりだな。どうって言われても、俺をこき使うクソ姉貴としか思わねぇよ。

・・・・・・まあ、一緒に暮らしてくれたお陰で、今住んでる場所から離れなくて済んだってのはあるから、多少は感謝をしてないでも無いけど」

「男のツンデレって想像以上に気持ち悪いわね」

「帰る」


 頑張って正直に話したのにこの仕打ちですよ。


「まあ待ちなさい。あなたが今口にした、お姉さんに対しての『憤り』とか『感謝』とか、その他全ての気持ちが、丸ごと無くなったらどうなると思う?」

「どうって?」

「分からない? ならもう少し分かり易い例えにしてあげるわ。あなた、クラスメイトの顔と名前は覚えているかしら?」

「まあ、流石にそれくらいは」

「じゃあ、その中で、好きでも嫌いでもない、特に興味の無い人を思い浮かべなさい」

「何だそりゃ・・・・・・。てか、そいつにも失礼だろ。まあ、居ないわけじゃ無いけど」

「その人が、いきなり今日からあなたの家族で、一緒に暮らせって言われたらどう?」

「!」


 ・・・・・なるほど。そういう事か。


「何の感情も抱いていない、只の顔見知りと一緒に暮らせる? たとえ共に過ごした思い出の記憶があっても、『思い』を奪われてしまえば、それは記憶という情報でしかなくなってしまう。顔と名前と、自分の家族だという情報を知っているだけの、興味の無い赤の他人」

「それは何というか・・・・・・キツいな」

「友人も、恋人も、家族も、クラスメイトと同じ記号でしか無くなる。それを悲しいと思う感情すら奪われる。それが、『業囚』に心を喰われるということよ。それに、これは人間関係だけの問題じゃ無い。それまで追いかけていた夢や目標があった人は、それさえ失ってしまう」

「たとえ同じだけの時間を生きたとしても、以前と同じような感情は抱けるか分からないし、以前ほど強くは想えないって事だな」


 それはどこか、今の俺が、美友や智志に対してとっている態度と似ている。もっとも、感情が無いのでは無く、そう必死で振る舞っているに過ぎないが。


「理解できたなら、精々喰われないよう回避だけでも死に物狂いで頑張りなさい」

「・・・・・・お陰様で不安と恐怖は最高潮だ。ご期待に添えるよう全力で逃げ回ってみせるよ」

「死ぬほどダサいセリフなのに、タメを作って言うだけで何だかちょっと格好良く聞こえるから不思議ね」

「そう思うならそのまま聞き流してくれよ・・・・・・」


 どうでも良いけど、この人なんで俺にこんな厳しいの?

 

「さて。最近のデータではこの辺りが最も出没頻度が高いはずなのだけど。なかなか見つからないわね」

「一応聞くけど、そのデータとやらはどこから手に入れてるんだ?」

「・・・・・聞きたい?」

「いえ、結構です!」


 妖しげに微笑む花凜さんに、俺は総毛立つような寒気を覚えてすくみ上がる。・・・・・・え? この人の親ってもしかしてアレなの? あっち系の人なの? 道を極めちゃったりしてる系な感じの人なの?


「ま、普通に傘持ちを使って集めた情報と、警察内の特殊機関にあるデータベースから『精神喪失者』の発見箇所を照合して、割り出しただけなんだけどね」

「なんだ、脅かすなよ。本気でビビって損したじゃないか。・・・・・・ん? いやちょっと待て。どうして警察のデータベースを・・・・・・」

「聞きたい?」

「滅相もございません!」


 もしかして『業囚』とかよりこの人が一番ヤバいんじゃないの?


「そんなに怯えなくてもいいわ。『あの人』は、自分から私や私の周りに干渉しては来ないから」

「あの人?」


 と、意味深な花凜さんのセリフに俺が首を傾げた直後、彼女の綺麗な顔がこわばった。


「っ! 避けて!」

「え? うおっ!?」


 気がつけば、俺は彼女に突き飛ばされていた。

 いきなりの事に意識は動転していたが、それでも、彼女の行動の意味はすぐに理解できた。


 先程まで俺が立っていた場所の地面を粉砕して降り立った、その()()の異様が、全てを物語っていたから。


「出たわね」

「で、でかい・・・・・・」


 頭上から突如として降ってきたそいつは、手足が酷く短いのに対し、腹がバランスボールのようにパンパンに膨れいる。

 腹と同様に丸々と膨れた顔のパーツはその面積に対してはあまりに小さく、目も鼻も唇も、ぱっと見ではのっぺらぼうの表面にイボが出来ているようにしか見えない。


 そして何より、でかい。


 身長、いや、体長はおよそ二メートル近くだろうか。横に膨らんでいるせいで尚更でかく見える。


「お、おでの前で、い、いじゃいじゃ、しやがっれ・・・・・・」

「・・・・・・は? 何て?」


 突如現れた化物、いや、業囚の迫力に怖じ気づいていた俺だが、おもむろに口を開いたそいつの、あまりの滑舌の悪さに思わず聞き返してしまった。返せ、俺の緊張感。


「どうやら、この豚野郎が最近この辺りを通るカップルを標的にして襲っている業囚で間違い無さそうね」

「・・・・・・うん。いや、気持ちは分かるんだけど、ネーミングセンス素直すぎません?」


ホント返せよ、俺の緊張感。

 それと、童貞の上に変態の誹りを受けたくないから敢えて口には出さないが、その呼び方はある一定の需要がありそうだからやめた方が良いと思います!


「変態。とんだ豚野郎ね」

「しまった油断した!? そして誤解だ! 俺はその呼ばれ方で喜びを覚える性的嗜好は持ち合わせていない!」


 くっ、まさかこんな時でも俺の心を読んでいたとは・・・・・。いや、こんな時に余計なこと考えてる俺も悪いんだけどさ。


「それはそうと豚野郎。どうやら見た感じ、あの豚野郎はそんなに強そうじゃないから、豚野郎一人でも何とかなりそうだし、私は高見の見物をさせてもらっても良いかしら?」

「すいません一瞬でも気を抜いたことは謝りますから助けて下さいお願いします。あとややこしいんで俺のことまでまとめて豚野郎呼びは勘弁して下さい」


 昨今、女子高生の口から一日に何度も「豚野郎」と聞く機会が果たしてあるだろうか? いや過去にも未来にも多分無いし、願わくば二度と聞きたくないんだけど。・・・・・ほんとだよ?


「まったく、世話の焼ける豚野郎ね。とんだ焼き豚野郎ね」

「上手いこと言った、みたいなそのドヤ顔は死ぬほど腹立つけど、もうそれで良いから取りあえず教えてくれ。業囚を倒すには具体的にどうすれば良いんだ?」

「それは・・・・・・」

「おい! おでを無視しれまだいじゃいじゃと! ぶっ殺すじょ!?」


 俺達が暢気に会話していることに腹を立てたのか、豚野郎(仮)は、顔をヤカンのように沸騰させて、咆哮した。


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