親友/幼馴染み
・・・・・結局、昼休みが終わった後も気になる事が多過ぎて、五限、六限、ホームルームと、上の空で過ごした。
それから、そそくさと帰路につき、近所の公園に立ち寄る事にした。
そそくさと、とわざわざ表現したのは、教室の居心地が酷く悪かったという事情もある。
サニーを始め、クラスメイトから花凜さんの事について質問攻めにされ、トドメに美友からの刺すような視線。
まったくもって、散々な一日だ。
・・・・・それもこれも、あの女。六良手花凜があんな派手に接触して来たせいだ。
とはいえ、彼女のお陰で、あの蛇女を撃退出来る・・・・・かも知れない手段を、俺が持っている事は分かった。
問題は、それを使いこなせるか否か、だな。
「まあ、取りあえずやってみるしか無いな。・・・・・よこせ」
屋上の時と同じように、俺はもう一度、仮面とダガーを纏う。
因みに、花凜さんと傘持ちが去った後、心証は「消えろ」と願えば普通に消えた。消えなかったらどうしようかと思った。
何はともあれ、俺はまず、自分の身体能力があの蛇女や花凜さんの様に強化されているのか、検証してみることにした。
この公園、「水山緑地公園」は非常に広く、また、林やスポーツ施設等、人目を避けるのに都合の良い障害物が多くあり、子供達が帰路についたこの時間帯は人気も殆ど無い。
心証の力を試すのにうってつけなのだ。
・・・・・・・・かくして、検証すること約一時間。結論から言えば、激変だった。
一通り検証して、分かった事。
心証は、物理的に他の物体に干渉する事が出来るが、逆に、物体の方は限定的にしか心証に干渉出来ない。
具体的には、触れる事は出来ても壊せない、といった所か。
こちらから触れた感触や力を加えた実感はあっても、物体から衝撃や痛みを与えられる事は無い。
次に、心証と肉体の入れ替わりは、厳密には纏う衣類や靴も含まれている。
その証拠に、あれだけ動き回ったにも関わらず砂埃や泥で汚れてもいなければ、傷や破れも無い。
だが、試しに木の枝を持って叩きつけて見たところ、あっさりと折れた。
理屈は分からないが、恐らく「自分」と認識出来る範囲までが入れ替わるようだ。
取りあえず、今確認できるのはこの程度だな。
まあ、少なくとも昨日のように、蛇女に一方的にやられることが無いと分かっただけ良しとしよう。
まだイマイチ身体の動きに認識が付いていかないが、殴る蹴るくらいなら問題無い筈だ。
「さて、問題はこのダガーだよな・・・・・」
俺は相変わらず一向に抜ける気配の無いダガーを掲げて、ため息を零す。
こいつを抜く事が出来れば、花凜さんが氷の刀でそうした様にあの蛇頭を切り飛ばしたり、突き刺して倒せる、かもしれない。
「仮面を付けて刃物を持った不審な高校生が、公園の遊具で一人遊びなんて、通報ものの事案ね?」
「っ!?」
と、背後から突然投げかけられた声に、俺は慌てて仮面とダガーを消す。
振り返れば奴がいる。いや普通に花凜さんなんだけど。
ん? いや待て。花凜さんがここにいるのは普通じゃ無いだろ。
「花凜さん、どうしてここに?」
「貴方の事が心配だったから」
「っっっ!? ・・・・・って、誤魔化されねーよ! どうして俺がここに居るって分かったんだ?」
「あら、可愛くないわね。まあ冗談だけど」
心臓がうるさい。内心、滅茶苦茶ドキドキした。
だってこの人、冗談言う時も表情変わらないんだよ。美人に真顔でそんなこと言われてドキドキしない童て・・・・・男子高校生なんて居ないんだよ。
「貴方を治療した時に、身体にGPSのチップを埋め込んでおいたの」
「それも冗談だよな? スマホをGPSで探せるようにしただけだよな?」
心臓がうるさい。コレ本当に心臓の音だよな? 心証とか業囚とか全部嘘で、実はサイボーグに改良されたとかじゃないよな?
「安心なさい。科学はそこまで進歩してないわ。多分ね。それに、どちらにせよ人じゃ無くなった事に変わりは無いのだから、今更そんなに慌てる必要も無いでしょ?」
「・・・・・そう、かもな。というか、もうなんか別に良いんだけど、何であんた俺の心読めるの? プロファイリングの達人か何かなの?」
「まだ気付いてなかったの? これも心証の影響よ」
「は?」
思わぬ追加情報が飛び出して来て間抜け面を晒す俺に、花凜さんは呆れ腐った表情で説明し始めた。
「言ったでしょう。心の証、それが心証。相手は同じ発現者か業囚に限るけど、その気になれば考えを読むくらいは出来るのよ。まあ、コツはいるし、相手が油断している時に限るけどね」
「え、マジで?」
何だそのスーパー便利&ウルトラ迷惑スキル・・・・・。
てか、え? ちょっと待て。じゃあ今までのあれこれとか全部聞かれてたってか読まれてたの? やばい。下卑た目で見ていたことがバレてしまう。
「安心なさい。これ割と疲れるから、常に心を読んだりはしてないわ」
「そ、そうか・・・・・」
「それに、あなたは私の事を下卑た目でなんて見ていないでしょう? いやらしい目ではたまに見ているようだけど」
「割と常に心読んでね? あと、その二つって一緒じゃね?」
過去の俺が居たたまれなくて死にたいんですけど・・・・・。
「違うわ。少なくとも、私の感じ方はね。貴方は、見るだけで手を伸ばそうとはしない。・・・・・いいえ。そもそも特定のモノ意外に、手を伸ばすという発想が無いのかしら」
「???」
「・・・・・分からないなら別に良いわ。それで? 心証の力を試していたんでしょう? 少しは使いこなせるようになった?」
何だか露骨に話題を逸らされたような・・・・・。いや、考えたところでよく分からんし、別に良いか。
「まだ身体の動きに振り回されてる感じだな。ダガーも鞘から抜けないままだし」
「そう、抜けないのね。どうやら、やっぱり見込み違いかしら。まさか、こんなインp」
「やめろ。それ以上は女子高生の口から聞きたくない」
「女子高生の口で、だなんて・・・・・。破廉恥な」
「あんたは嘘つくか下ネタ言わなきゃ会話できないのか!?」
寧ろ、この人が下卑た目で俺のことを見てるんじゃないの?
「仕方が無いでしょ。私みたいな完全無欠の完璧美少女は、少しくらい茶目っ気を見せて下々の者に合わせる道化を演じないと、友達の輪から爪弾きにされてしまうわ」
「え? 花凜さん・・・・・友達、居たの?」
「えい」
「うおおおおおおおっ!? 死ぬ! 死ぬから! 刀で刺されたら人は死ぬから!」
この女、眉一つ動かさず躊躇無く氷の刀を心臓に向かって突き出して来やがった!
「大丈夫よ。もう人じゃないし」
「ああそっかっていやちょっと待て!? これまでの流れから察するに、心証の発現者同士は干渉出来るんじゃないか?」
「ふん。無神経な事を言う割に、反射神経と頭の回転は悪くないみたいね。あと、一応言っておくけど私、友達は多いわよ? 側に寄らせる人間は選んでいるけどね」
「っっ!?」
なん、だと・・・・・?
「そ、その世の中を舐め腐った性格と明らかに人を見下した言動で、どうやったら友達が出来るんだ?」
「ぶっ殺すわよ? 言ったでしょ、マドンナだって。この大和撫子ルックで黙って優しげな微笑みを称えていれば、大抵の男も女も好感を抱くわ。私はその好意を受け取ったり受け流したり捨てたりしている。友達って、そういうものでしょ?」
「その関係を友達とは呼ばない。詐欺の加害者と被害者だ」
思った以上にとんでもねーなこの女・・・・・。
「なら、貴方も友達は居ないわね」
「は? どういう意味だ?」
「だって、道化を演じているのは貴方も同じでしょ? 寧ろ、道化そのものになろうとしているようにすら見える。滑稽を通り越して、失笑ものだわ」
「っ、俺が・・・・・?」
彼女の言葉を反射的に否定しようとした物の、続く言葉どころかぐうの音も出なかった自分に驚き、俺は硬直する。
「あの後、もう少し詳しく貴方の事を調べたわ。と言っても、クラスメイトの子達に少し話を聞いたくらいだけど。でも、収穫はあった。断言するわ。貴方に、友達はいない」
「・・・・・まあ、否定は出来ないな」
言われてみれば、俺にとってクラスメイトが友達かと問われても、迷わず首を縦に振る事は残念ながら出来そうに無い。
サニーやその周りの連中とつるんで遊んだりはするが、彼らが俺を友人と思っているのか、俺が彼らを友人と思っているのかは、微妙な所だ。
コミュニケーション能力の高い彼らは、空気を読むことに長けている。だから、俺が踏み込んで欲しくない所まで、決して踏み込んで来ない。それが楽で、身を委ねている。
だが、逆に言えば、彼らは俺のことを何も知らないし、俺も彼らのことを深く知っているわけではない。その希薄な関係性を、「友達」と呼ぶのはおこがましい気がする。
では、美友や智志はどうか?
二人は幼馴染みだ。
けど、二人とは俺の方から一方的に距離を置いてしまった。
果たして今の俺に、彼らの友人を名乗る資格があるのだろうか?
・・・・・いや、そんな物は、もう・・・・・。
「聞き捨てならないな」
と、思考の泥沼に沈みかけたその時、まるでそんな俺の手を掴み引き上げるかの様な、力強い声が公園に響き渡った。
「さとっ・・・・・麻生先輩!?」
その声の主は、今正に俺が思いを馳せていた幼馴染みの一人だった。
驚いたが、冷静に考えれば此処はうちの近所だ。
智志の家からも近いのは当然で、学校との位置関係を考えれば通りかかってもおかしく無い。
「あら、これはまた意外なお客様・・・・・でも無いかしら?」
花凜さんは何かを悟ったような顔で智志に微笑みかけた。
その笑みは、何故か酷く胸の内をかき乱す。
「六良手。それに祐輝も。今の言葉、撤回して貰おう」
いつも通りの落ち着いた話し方の中に、隠しきれない苛立ちを滲ませて、智志は俺達に詰め寄る。
・・・・・いつぶりだろうか。ここまで感情を露わにする彼を見たのは。
「へぇ。あなたは私の名前を覚えていてくれたのね。てっきり彼と一緒で、私には微塵も興味が無いのかと思っていたけれど?」
「はぐらかすな。クラスメイトの名前くらい覚えて当然だ。そんな事より、もう一度言うぞ六良手。先程の言葉を撤回しろ」
花凜さんの含みを持たせた問いにも一切乱されず、智志は鋭い眼光で射るように彼女を睨みつける。
「・・・・・はぁ。先程の言葉、と言うと、彼に友達が居ないと言う話かしら?」
うんざりした様に、花凜さんは溜め息を吐く。
その態度に、智志は更に険のある目つきで語義を強めた。
「そうだ。少なくとも、ここに一人、祐輝の親友が居る」
「っ・・・・・」
それが揺るぎない真実であると言わんばかりに自分を指し示す智志が、俺は眩しくて仕方が無かった。
・・・・・ほんと、格好良過ぎなんだよ。
格好良くて、優しくて、強くて・・・・・そして、美友を守れる。
それが、麻生智志。
俺の永遠の憧れで、俺が永遠に届かない存在。
俺達の、いや、美友のヒーローだ。
「貴方はそう思っているのかもしれないけど、彼の方はどうかしら?」
「なに?」
「っ・・・・・」
挑発的な花凜さんの言葉に分かり易く苛立つ智志。
そんな彼の視線に射すくめられ、俺は思わず蹈鞴を踏んだ。
「宇治峰くん? あなたは、この麻生智志くんの事を、親友だと思っているの?」
「・・・・・・・・・・」
俺は、その問いに即答出来なかった。出来る筈が無い。
俺はもう、麻生智志の親友だった『宇治峰祐輝』では無いのだから。
「祐輝?」
心底不思議そうな顔で、智志は俺を見る。
やめてくれ。俺には、あんたにそんな顔をされる資格は無い。
「俺と・・・・・俺と麻生先輩は、幼馴染みだ。それで良いだろ」
口から出て来た言葉は、そんな誰に対してなのかも分からない言い訳の様な、答えにもなっていないお為ごかしだった。
「それで、本当に良いのね?」
「・・・・・ああ」
試すような、挑むような花凜さんの視線から逃げ出すように、俺は目を逸らして頷く。
「・・・・・・・・」
智志は、何も言わなかった。ただ黙って、瞑目している。
「そういう事だそうだから、麻生くん。あなたには悪いけど、前言は撤回しないわ」
「・・・・・分かった。だが、祐輝!」
「っ!? ・・・・・な、何だ?」
突然張り上げられた強い声に、俺は益々弱気な態度で応じる事しか出来ない。
「俺はお前の事を親友だと思っている。美友も、お前を待っている」
「っ!?」
その言葉は、余りに甘美に、残酷に、俺の心を揺らす。
「だから、いつでも帰って来い」
そう言い放つと、智志は俺達に背を向け公園から立ち去った。
・・・・・本当に、敵わないな。きっと、死ぬまで。
「さて、面倒な邪魔者も居なくなった事だし、行くわよ」
「え・・・・・は? 行くって、こんな時間から何処に?」
花凜さんは何事も無かったように素知らぬ顔で俺の手を引く。
「何を言ってるの? 昼休みにやり損なった事をしに行くに決まっているでしょう?」
「やり損なった事って・・・・・?」
彼女は何故か、やけに楽しげに微笑む。・・・・・この人の笑顔とか、嫌な予感しかしないんだが。
「実戦、よ」